メディアが誘導する亡国の迷路!
失われた「日本の美徳」。日本の病巣を、鋭くえぐる渾身のメッセージ。
元寇の恐怖と因縁は消えていなかった。
反日教育をしている中国に対し、
自らを「親中派」と名乗る政治家は、いったい何人か?
「いつからこんな日本になってしまったのか」とうそぶき、
国や指導者を批判しつづけているメディアの虚像。
【目 次】
まえがき ── 3
第1章 悪口といじめ ───────────── 11
・メディアの低俗性─12 ・「正」「邪」のすり替え─21 ・政治家─34 ・民間人─53
第2章 組織の闇 ────────────── 67
・「反日」組織─68 ・「元寇」の子孫たち─78 ・政治家の裏切り─92 ・経済界の背信─106
第3章 臆病と卑屈 ───────────── 115
・卑屈な政治家─116 ・いじめの歴史─127 ・低俗な評論─139 ・品格との戦い─150
第4章 いじめと戦った小泉純一郎 ─────── 167
・土建屋政治との決別─168 ・指導者いじめの構図─181 ・自虐史観といじめ─191 ・いじめの幼稚性─197
第5章 アラカルト ───────────── 207
・引退政治家─208 ・官僚天国の官と政─219 ・メダカの学校─232 ・批判人種の行方─242
あとがき ── 252
【作 品 講 評】
昭和16 年生まれの著者は、敗戦国の国民の一人として、焼け跡の中から復興を目指して懸命に働き、現在の豊かな日本を築いた貴重な担い手である。しかし、定年を迎え、ふと周囲を見渡した時に、戦前戦後を戦ってきた先人を敬うこともなく、偏ったマスメディアに扇動されてしまい、歴史認識が正しく定着していないことに気付き、非常に危機感を持ったという。そこで日本の外交の姿勢や政治の問題点を指摘しながら、今後の日本はどうあるべきか、その指針を提示すべく本作を執筆した。マスメディアに登場する人々が、時の指導者や政府を侮蔑することに終始する異常な光景は、これまで長い間育まれてきた日本の美意識や、あるべき姿からかけ離れたものであり、子供たちの教育の現場に横行するいじめの病巣と通底するものがあると著者は指摘する。本作は、父祖への敬意と、祖国への愛情を込めた熱い叫びに他ならない。
その真撃な思いが隅々に至るまで漲り、緩急自在な文体と相侯って、読者を飽きさせることなく最後まで牽引する。国際政治や外交を取り上げつつ、机上の理想論を振りかざすのではなく、あくまでも現在の国民のあり方、つまり「国を愛せない」という病理に着目しつつ、その原因と対処を説くことにより、問題を個々人のレベルに引き寄せることに成功した。「愛国心」が新たな議論を呼んでいる昨今においてタイムリーであり、決して政治家や外交の専門家に任せておけばよいというものではなく、国民一人ひとりが国を愛しているかどうか、自分自身の問題として捉えるべきであることを知らしめる。
また、何より感心させられたのは、政治や経済、戦争など重いモチーフを扱いながら、平易な表現に徹し、間口の広い作品に仕上げている点である。それは、本作が我が国の「現代」を真撃に見つめ、現在のマスメディアのあり方に異を唱えるところを出発点としているためである。したがって、同時代を生きる人々すべてが今日のマスメディアのあり方に対して、自らの日常に照らして問うことができるのだ。新聞にしても、テレビにしても、一方的に情報を提供するマスメディアに自分はどういった立場を取るか、それは何故かと、常に自己の意見を持つことの必要性を改めて考えさせられた。情報の蓄積が偏った価値観を育てる危険性や、グローバルで公平な視点を持つ、真に国際人としての日本人たるべき必要条件とは何かを問う本作の意義は大きい。
一方、こうしたジャンルの作品においては、いかに独自性のある着想をし、既成概念を払拭し、斬新且つ建設的で説得力のある意見が構築できるかが求められている。そのためには、幅広い知識と鋭い観察力、柔軟な発想と未来を見極める確かな目が必要であろう。本作では、読者の誰もが知っているようなジャーナリストや評論家や政治家を例に挙げ、政治的に大きな動きがあった際の解説と分析を進め、率直で大胆な私見が述べられて読み応えがあった。
筆舌に尽くしがたい戦争の苦難を経て、現代の日本を築いた父祖への敬愛の念を持ち、祖国を愛することの意義の必要性を切々と訴える著者の言葉は、読む者の胸に確かに響くものがある。指導者の政策や指導力不足ばかりを槍玉にあげ、頂点に立つ者を非難の的としてきたことが、いじめの構図そのものであり、議論するべき対象が他にもあるという指摘は貴重である。著者揮身のメッセージが一人でも多くの現代日本人の耳に届き、真に有意な自省の、また奮起の契機となることを願ってやまない。
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