早乙女美咲研究所潜入記

(22)あたしは愛

 あたしの目が覚めたのはそれから二日後、顔は包帯で包まれ、体のところどころも包帯とかガーゼで包まれていた。
 口はなんとか喋れるみたい。ふと見ると横に美紅が立っていた。
「あ、美紅…」
「おはよ、愛」
 すっかり元通りに元気になった美紅が、あたしに微笑みかける。
「愛、女の子になったんだよね」
「う、うん、そうみたい」
「今美里が改造され中。留美は自分の部屋で寝てる。あたしは二日後」
「そっか、留美も女になったんだ…明日香は?」
「まだ研究所。すっごく緊張して震えてるんだよ」
 他愛も無い会話が続く。と、
「はーい、愛ちゃん、気づいた?女になったけどさ、ゆっくりなんてしてらんないよ。ほら」
 渡辺先生が持ってきたのは、高校の推薦入学書類だった。
「とにかく、将来留学したいっていう愛にふさわしい所選んどいたから」
 でも今だるい、すごく。後にしたい…。しかしそこの一通の書類があたしの目に留まる。戸籍謄本…長女 倉田愛…。
「先生、これ…」
「え?あ、うん戸籍謄本。みんな手術受けると同時に戸籍を女にされるからさ」
 なんだか幸せな気分になり、ベッドに寝なおして深々と布団をかぶるあたしだった。

 あたし達の手術が終わって伊豆に戻った頃、高校は春休みに突入。今度はあたしの前の十四期生二十人の子宮移植手術。人数が多いから日本の他、アメリカと香港に分けるらしいんだけど、
「なーんで!なーんであたしたち日本なのよー」
「あたしたち十五期の面倒も見てるよねー!」
「アメリカとか香港組って終わったらバカンスだって聞いてるのよ!」
 伊豆の研究所居残り組は東京の早乙女クリニックで明日から手術なんだけど、待遇でぶーぶー言う奈々先輩達。
「わかったわよもう、ちゃんと見返りするからさ」
「ほんとだよ!ゆっこ(堀)先生!」
 二台の車に乗って東京方面へ向かう奈々先輩達と先生達。研究所にしばし平穏が訪れそう。
 全身の腫れやあちこちに出来た小さな血腫もようやく消え、あたしの体は以前の様に、いや、以前よりも真っ白になり、そして昔の面影は残すものの、もう元男の子のあたしも一目ぼれしそうな可愛い女の子に変わってしまった。
 ショーツ一枚で鏡に映るあたし。Cカップに膨らんだ胸はつんと上を向き、バストトップの色と形は処女系ヌード写真で見る女の子のそれの様。
 でこぼこも無く、シミとかほくろまで取り除かれたなめらかな体。早くも骨盤の成長が始まり、おへその上にかすかにくびれが出来始めたお腹。そして体をひねると、小さいながらも丸く可愛くてつんと上を向き始めたヒップ。
「あ…」
 もう本当信じられないって感じでため息を付くあたし。
「あ、そろそろ時間。推薦入試行かなきゃ」
 もう慣れた手つきで両手にブラを持ち、かがんで重たくなってきた胸にはめ、背中に手をやるあたし。涼平だった頃の事をどんどん忘れていくあたし。

 美紅は彼氏と同じ神奈川県の高校へ入学。
 留美は、役者になるべく、東京の有名芸術大学の付属高校へ。
 美里と明日香はイラストレータになるべく、二人揃って美術大学の付属だって。
 そして、あたしは…東京の外語系大学の付属高校に入学が決まった。

 東京の早乙女クリニックの二階の一室が僕に割り当てられた。そこは過去堀先生も使ったという由緒ある部屋。
 高校の入学式の日、鏡の前で清楚なブレザーに着替え、ボウタイを胸に付けておすまし気味なあたし。ふとあたしの携帯が鳴る。
「愛!元気!?」
 奈々先輩からだった。
「愛、入学おめでとう。愛の制服見たいなあ」
「ちょっと待って」
 携帯のカメラで写真を撮り、それを奈々先輩に送るあたし。
「かーわいーじゃーん!」
「ありがと、お姉ちゃん!」
「言ってくれるじゃんか!そうだよ、あたしはいつだって愛のお姉ちゃんだからさ」
「う、うん。いろいろ教えてね、女の子の事。あたしまだ自信無いの」
「うそばっか!」
「ほんとだよ!女子高校生になったなんて今でも信じられないんだからさ」
「そっか、何かあったら即電話しといで」
「う、うん、ありがとね、お姉ちゃん」
 そういって電話は切れた。その時、
「いいお姉さん出来たわね」
 部屋のドア横でじっと聞いてた早乙女大先生。
「早乙女先生、本当ありがとうございました。部屋まで用意してくれるなんて」
「だって愛ちゃん、ちゃんとした女の子になるまで家に帰らないって言ったんでしょ」
「え、あ、はい」
 そういいながら鏡を見ながら髪型を直すあたし。そうだ、あたしどうしても一つ聞きたい事が、
「ねえ、早乙女先生。どうしてあたしがこの研究所に入れたんですか」
「ああ、その事ね」
 ちょっと笑いながら早乙女先生が続ける。
「愛ちゃんを強く推したのは、ゆっこ(堀)よ」
「えーーー!」
 驚きの声を上げる僕に早乙女先生が続ける。
「あなた適正検査ダントツだった上にさ、ゆっこ(堀)も愛ちゃんと似た所有るの。まああの子の場合は、なぜかわかんないけど女の子になりたいって言ってたんだけど」
「え…」
 ちょっとわけがわからないあたし。
「トレーニング受けてみたら、だんだん本性が出てきて、そして自分は女だったんだって最後に気づいたの」
 あたしの髪を纏め、傍らのシュシュを取りながら、早乙女先生が続ける。
「あなたの場合も潜在的に何かあったのよ。只、家庭環境とか、お友達とか、プライドとか有って、それが邪魔してそれが自分にも見えなかったんじゃない?」
 鏡の前で座る僕に、リポンの方がいいなって傍らの赤のリボンを手にする早乙女大先生。
「ゆっこ(堀)は、それを見抜いたんじゃないかな。自分と同じ匂いがするって」
 髪型がうまく纏まり、ポンとあたしの頭を撫でてくれる早乙女先生。
「でも、どうやって見抜いたの」
 あたしの言葉に笑いながら横を立つ早乙女先生。
「感よ!感。それ以外何もないわ」
「えー!」
 驚いた様に言うあたし。
「あの子の感は結構あたるの。それにさ」
 あたしの通学用鞄を手に取ってくれる早乙女大先生。
「感なんてのは超常現象でもなんでもないの。今まで見たり聞いたりしたこと。本人は忘れたつもりでも、頭は覚えてるものなの。そしていざというときは脳が全ての情報を引っ張り出して超高速で計算して、一つの答えを出すの。それが感よ」
 はいって感じで僕に鞄を渡してくれる早乙女大先生。
「女はその能力が男の十倍位あるのよ。愛ちゃんもそのうちわかるわ。だから、女は変に考えたりしちゃいけないの」
 早乙女大先生が結論付けた。

 でも、あたし、一つだけすっごい不満が有る。クリニックの階段を降りるときそれについて話すあたし。
「え、どうしたの?」
「これからあたしの行く高校の事!」
「無事女子高校生になれたんだから、それでいいじゃん?」
「あたし、奈々先輩の所へ行きたかったのに!」
「仕方ないじゃん。二年続けて特例は無理って言われたんだから」
「だからってさあ!」
 僕はおもいっきりクリニックの玄関を開けて、早乙女大先生に見せた。
「なんで、なんでこの娘と一緒の高校になっちゃったのよ!」
 そこに立つ、あたしとおんなじ制服着た一人の女の子。それは、まごうことない、あたしがまだ涼平だったころの彼女、理紗。
「はあーい、理紗ちゃん。お久しぶり」
「お久しぶりって、理紗そこであたし待ってるしー!なんで先生と仲良くなってるかわかんないしー!あたし高校決まった時、なんか変な予感したしー!」
「あーら、それが女の感てものよ。あたしも理紗ちゃんがそこに通ってるなんて知らなかったしー!推薦入学の高校決めたの真琴(渡辺)だしぃー」
 あたしの口真似する早乙女大先生。
 もうあたし訳わかんないしー!よくもやってくれたわね!渡辺先生!
「おはようございまーす」
 そう言ってクリニックの玄関で、微笑みながら早乙女大先生に胸元で手を振る理紗ちゃん。
「あ、あの、涼平じゃない、愛ちゃんのお父さんから、かたじけないって伝言が」
「あっそう、じゃハンさんに言っとくね」
 その話を聞かないふりしてあたしは理紗の横をつんとしながら通り過ぎる。
「ちょっと、涼…、愛!」
「何よ!理紗!あたしの顔なんか見たくなかったんじゃないの?」
「だってさ、愛のおかげであたし竜矢と前以上に仲良くなれたんだもん。結構アピールしてくれたんでしょ?あたしの事」
「ま、まあね」
 あたしとベッドでちょっぴり関係した事は、流石に竜矢君は理紗には言ってないみたい。ていうか、言えないよね。
「それに、愛のお父様に早乙女先生お仕事紹介したんでしょ?」
「早乙女先生が教えたんじゃないわよ。お友達のとある人」
 あの騒動の後半があたしの親父と無関係だったとわかったら、あのハンていう人、いい情報が有るって、あたしの親父に最近日本に進出してきたっていう香港のカルト教団の取材なんてどうだって言ったらしい。ハンさんが煙たがってる一味らしいけど。
 しかも情報、取材費、ボディーガート付で。後は好きにしていいって、親父の奴喜んで香港取材に行って暫く帰ってこないけど、どうも理紗をあたしとか早乙女先生とかハンさんの連絡役に使ってるらしい。
「もう、あたしたち恋人の関係じゃなくなったんだからさ。お友達でいいじゃん」
 正直、ほんの一時でも理紗の彼氏と関係しようとしたあたし。本来ならこんな姿になっちゃった今、あたしの方が会うの気まずい位なんだけど。
「愛、すっごく可愛い女の子になったよね」
「…」
「早乙女先生からさ、女の事いろいろ教えてあげてって言われてるしさ」
「わかったわよ」
「でも学校じゃあたしが先輩だからね。そのあたりわきまえてよ」
「うるさいなー、わーってるよ!」
「こら!愛!男言葉は禁止!それと竜矢に会ったらなんて言うの」
「なるようにしかなんないわよ」
「盗ったら、殺す!」
「盗られない様にしろっつーんだよ!」
「愛、男言葉はだめって言ってるでしょ。女言葉でしゃべる愛、可愛いのに」
「おめーと話すとついつい出てくんだよ!」
「愛!もう!」
 そして昔通り仲良く手を繋いで入学式に行く二人だった。僕の女の子で初登校の後姿を見る早乙女先生の後ろ手には一通の封筒。
 それは、如月先生から
「愛ちゃん、なかなか根性有るっしゅから受けさせてみられ?」
 と言われて渡された、某芸能事務所のアイドルオーディションの申し込み書類だった事をあたしはその日の夕方知った。
「あーあ、これで監視役も出来たし。そういえば、明日今年の新入生の入所式だっけ、今年は十人か…」
 早くもヒップの成長が始まって、歩くたびにお尻が揺れ始めたあたしと理紗の後ろ姿をずっと見守りつつ、独り言をつぶやく早乙女大先生だった。

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