早乙女美咲研究所潜入記

(19)報復

 次の日、応接室に呼ばれた僕は、早乙女・三宅大先生、渡辺先生と談笑している見慣れない人にちょっとびっくりする。
 浅黒い顔に蛇の様な目と口髭、派手なスーツにエナメルの靴。どうみても普通の人じゃない。只、横に座って談笑している渡辺先生とか、前に座ってる堀先生の顔とか見ると、少なくとも僕達に危害を企てそうな人じゃない事がわかった。
「あ、愛ちゃん来たのね。ハンさん、実は今度の件なんだけど、悪い事に首謀者はこの子の親父さんらしいの」
 早乙女先生の言葉に、怖そうな顔におどけた笑みを浮かべ、オーバーに手を広げるハンと呼ばれたその人。
「だから、手荒にはしないで欲しいんたげど…」
 おどけた様にうなずいてわかったという素振りをするその人。
「愛ちゃん。この人ハンさんていうの。何してる人かはちょっと内緒だけど、いろいろあってあたしたちの事いろいろ影で応援してくれてる人なのよ」
「あ、こんにちわ」
 今更ながら挨拶をする僕に、
「オー、コニチワ」
 とドスの効いた声で答えるハンさん。
「まあいわば、任侠の人だよ。昔ここの創始者のライ先生が、ハンさんの友達の人で怪我したんだけど、公に入院とか手術出来ない時にいろいろ面倒みてあげたりさ…」
「真琴!(渡辺)」
 いきさつを僕に話しかけた渡辺先生を一括する早乙女先生。
「マモナクヤル、レンラクマテ」
 そう言い捨て椅子を立つハンさんに、人相の悪い付き人みたいな人が彼の背中にコートをかける。
「幸子(堀)もうこの件あんたに任せておけないから、あたしたちでやるから!」
「はい、申し訳ないです」
 早乙女先生の怒った声に、頭を下げる堀先生。僕は黙ってハンさんを見送った。

 そして迎えた新年だけど、とてもお祝いムードじゃなかった。ベッドで寝たきりになってぼーっとしている美紅。それにつきっきりになってる渡辺先生。そして、
「あれがそうなの?」
 暫く姿を見せなかったヘリコプターが、また研究所の上を飛んでいくのを見ながら三宅大先生が舌打ちする。
「正月なら油断してると思ったのかしらね」
 横で早乙女先生がため息つきながら、去っていく方向を窓から見守っていた。と、早乙女大先生の方から、携帯の着信メロディが聞こえた。暫く話しをしていた早乙女大先生が廊下から戻ってくる。
「ハンさんから。あさっての一月三日に仕掛けるって」

 その日の朝、僕は堀先生と早乙女大先生に研究所の近くのとある場所に連れてこられた。そこは以前渡辺先生に連れられて散歩がてらに肝試しに来た、薄気味悪いとある倒産した会社の保養施設のはずが…、
「え、何これ…」
 外装はすっかり新築同然になり、そして鬱蒼と生えていたその建物の周辺の木々は綺麗に取り除かれていた。しかし中に入ってみると、そこは僕が前来た時の不気味な雰囲気そのまま。僕はそのまま連れられて二階に上がり、その建物の正門が見える、朽ち果てた部屋に連れてこられた。
 二階の部屋とかフロアにはスーツを着たたくさんの人相の悪そうな人々、そして、
「えーっ」
 ふと噴出した僕。あきらかに女装したってわかる人が十数人程。
 それらの人がなにやらひっきりなしに携帯で連絡とったり、メイクしたり…。
「堀先生、ここって…」
「そう、偽の早乙女美咲研究所って事」
 あのハンさんて人、短い時間でこれだけの事。
「今日ここで、男の娘養成所の三学期の始業式があるって、例の番組サイトに偽の情報入れといたの」
 横でメイクしている日本人らしき男の人が、僕にはぁーいと手を振ってくれ、お返しにあいそ良く返事する僕。
「さっき、愛ちゃんの事とっても可愛い女の子ですねって言ってたよ」
 堀先生の言葉にちょっと照れる僕。
「それで、愛ちゃん。今日多分いろいろマスコミの人とか来るけど、その中であなたの親父さんがどの人か教えて欲しいの」
 今回の騒動のタネであり、そして僕の親父を教えるって、ちょっと気が重かったけど、僕はうなずいた。
 部屋で指揮をとってたらしい人が携帯電話を切ったと思うと、なにやら早乙女大先生に英語で話し始める。
「来たわよ!ロケバスまで連れてきたみたい!」
 わくわくした顔で僕に話す早乙女先生。そして僕達の復讐劇が始まった。

 閉められた施設の正門に到着した一台のバスから、何やら撮影機材とかマイクを持った人々。そして何人かのラフな服装の人、レポーターらしき女の人まで降りてくる。そしてその中の一人がインターホンを押し始めた。
「愛ちゃん、あなたの親父さんいる?」
 堀先生の言葉に、僕は窓からそっと顔を覗かせて確認するけど、あれ?
「先生、いないみたい。バスの中かな」
 堀先生はすかさず携帯で下で待機している人に連絡を取り始めたけど、
「バスの中には誰もいないみたい。あれで全部よ」
「おっかしいわね…」
 堀先生の言葉に横の早乙女先生が不思議そうに呟く。下では、インターホンに呼び出されて出てきた、みるからに女装とわかる男の人が数人。何か押し問答してるみたい。
 なんか取材のチーフらしき人が大声で、取材させろだの、知る権利がどうのこうのと…。
 ふと横にハンさんが現れる。
「あの、僕の親父、いないみたいです」
 僕の言葉に、
「リアリィ?」
 と答えるハンさん。早乙女先生が何か中国語らしき言葉で二、三言会話。と、ハンさんは笑って部屋から出て行った。
「なんて言ってたの?」
 気になって聞く僕。
「いないなら、好きにしていいよねって」
「え?」
 早乙女先生がちょっとオーバー気味におどけた顔をする。
 開けられた正門からずうずうしく押し入ろうとする取材の人達、あいかわらず取材させろだのどうのこうのわめくその中の一人の男の人。
 と突然、施設のあらゆる窓から、何十丁もの拳銃やら自動小銃が現れ、その銃口は全て無礼な取材の人達に向けられていた。しかし、その取材陣の男の人も相当なもの。
 どうせおもちゃだろだの、やれるものならやってみろと大笑い。と突然、
「ズガガガガガガガガガガガガ!」
 まるでいくつもの雷が同時に鳴る音、それが建物に木霊してすごい音量!思わず耳を塞ぐ僕と堀先生と早乙女先生。
「ま、まさか!」
 と早乙女先生が顔を出し、堀先生と僕もびっくりして顔を覗かせた。
 銃口が狙ったのは、無人のロケバスだった。更に僕達の観ている前で、轟音と共に何十、いや何百の銃弾がロケバスに命中し、次第に鉄くずみたいになってく可愛そうなバス。「やめろ!やめろ!」
 と叫ぶ取材の人、そしてあまりの事にカメラを置いて物陰に逃げ込むクルーの人、今度はそのカメラめがけて何発もの銃弾が撃ち込まれ、腰を抜かして建物の影に隠れたクルーの前で、そのカメラは音を立てながら粉々になっていく。
「こんな事していいのか!ただで済むと思うなよ!」
 男のその言葉に、轟音と共に再びロケバスとカメラに無数の銃弾。可愛そうに、唯一の女性が座り込んだスカートの下の石畳が濡れだしてしまう。生意気な取材の人はとうとう情けない悲鳴を上げる。
 あたりがしんと静まり、二階にいる僕達もあまりの事に声が出ない。ふと横のハンさんの手下の人が携帯を手に取り、早乙女大先生に手渡す。
「は、はい…。あ、…、いえいえ、もう結構です。十分です。は、はい」
 そう言って再びその携帯を返す早乙女大先生。
「ハンさんから。気が済んだか?もうちょっと脅かすかって…」

 ほどなく、下ではハンさんが生意気な取材チーフにゆっくり歩み寄り、胸倉をつかんで引き起こした。明らかに怯えた顔のその生意気男に、ハンさんは一枚の真っ赤なカードか名刺を手渡した。
「オマエのボスニイエ、ベンショウシテヤル、ココニレンラクシロ」
 僕にはそう聞こえた。

 その日から嫌がらせ?はぱたっと消えた。もうヘリも漁船もいなくなったらしい。そして堀先生からステップⅣの説明が始まるけど、美紅の姿は無かった。
 ステップⅣは、男性と接する時のあらゆる事を教えられるらしい。誘い方、誘われ方、男好きなファッションとかメイク、仕草。そして万一の時のエッチの仕方、断り方等。
 本当正直言って、これが僕には一番心に残るトレーニングだった。
 エッチだけど、実は女としてこれから生きていく上で最も大切な事を教えてくれる講義。招かれた先生の一人はなんと当研究所卒のAV女優さんだった。
 それらを習得しつつ、卒業課題も並行して行う僕達。
 一月半ば、最後に残ってた着物の着付けに合格して僕は全ての課題をクリア。女の子への身体改造の許可を一番最初に得た。
 着物のまま飛び跳ねて喜ぶ僕。皆が祝福してくれる中、僕はいまだに寝たきりの美紅の事が心残りだった。そしてある日の夕方の事。
 美紅の同期四人が渡辺先生の部屋で、まだ元気のない美紅にいろいろお話をしていた頃、部屋のドアが開き、堀先生が顔を出した。
「美紅、お客さんよ」
「…あたしに?誰よ…」
 半分投げやり状態でドアの方を見た美紅。僕達も振り返ってみると、堀先生の横に一人の短髪の好青年。と、唖然とする美紅。
「美紅、ごめんな」
 照れて笑うその青年に僕の横を飛ぶ様に何かがすっ飛んで行く。それはベッドで寝たきりのはずの美紅。
「勇次!勇次!!」
 それは美紅の彼氏の勇次君だった。ちょっと照れくさそうに、そして恥ずかしそうに美紅の顔をじっと見る彼。
「ごめん、美紅、もう放さない…」
「うわああああん!!!」
 大声を上げた美紅はそのまま勇次君ともみくちゃになってしっかり抱き合い、口づけ。それは嫌らしくもない、本当愛し合ってる者同士の姿。
 美紅、良かったねってみんなが見つめる中、
「ちょっと!ゆっこ(堀)今連れて行ったの誰よ!それに美紅は絶対安静でしょ!」
 ばたっとドアを開けたのは三宅先生。と、その光景を見て事情を悟った様。
「おめーはクララかよ…」
 一言そう言った後堀先生に厳しい眼差しを向ける三宅先生。
「あんたさ、今年いくつ失態犯した?去年より一段とひどいじゃない!スパイを入所させるわ、生徒が自殺未遂おこすわ、部外者を引き入れるわ…」
「すいません…」
 その言葉に素直に謝る堀先生。
「まあ、今いいもの見せてくれたから不問にするわ」
 そう言ってバツが悪そうに出ていく三宅先生。慌ててドアに向かって深くお辞儀する堀先生。
「出よう、邪魔しちゃ悪いもん」
 留美の言葉に僕達はそっと部屋から出ていく僕達。まだ泣くのをやめない美紅の声が廊下まで聞こえていた。

 ステップⅣのトレーニングは恋愛対象が男性に変わった僕達にとってすごく興味ある内容だった。先生達がしつこい位僕達の心がどれだけ女性化したのか常にチェックしていたのはこの為なんだろう。頭の中が男だったら絶対ついていけない。
 某現役AVの卒業生の人の講義は、実際ラブホの部屋を使ってのトレーニング。ラブホの選び方から始まって、初体験の心得とか、仕草とか、体、足、手、指、目、口他の動かし方。
 たとえば男におねだりする練習とかもあった。
「はい、愛ちゃん。彼氏にバッグねだってみて」
 皆の見てる中、男役の先生に甘え声とおねだりのポーズ…なんて、そんなはずかしい事すぐ出来ないよ僕!
「愛ちゃん、よく考えてね。愛ちゃんのひと言、ひとつの動作が、千円になるか一万円になるかを決めるのよ。バッグ欲しいとストレートに言うんじゃなくて、例えばね、あなたの女にふさわしくなる為に、こういうのが欲しいなあ、とかさ」
 やがて、先生の腕に自分の腕をからめて、頬ずりしながら甘え声をだしてバッグをねだる僕が完成していく。もう自分では内心恥ずかしくて恥ずかしくて、部屋を飛び出したいくらいだったけど。
 でももっとすごいトレーニングが続く。ベッドシーンの練習とか…。
 先生が男役で、下着姿の僕達が女役でベッドの上でいろいろ…なんだけど、
「明日香ちゃん、そうにらまないの…。それじゃ只のしたなめずり!女の子はもっと可愛く舌を出すの!」
「美里ちゃん、はずかしがらなで、おっぱいもっとくっつけて」
「瑠璃ちゃん!いきなり彼氏の下半身触ってどうすんの」
「愛ちゃん、それじゃ相手は痛いって!もっと力抜いて!」
「美紅ちゃん、それじゃくすぐったいだけだって。彼氏いるんでしょ?よく彼我慢してたわね」
 慣れない僕達の珍プレーの続出にみんな大笑い。
 実物大のシリコン製の男性自身の模型を使っての愛撫の練習なんてものも。
「去年の今頃ってあなたたちもこんなだったんだよね。あたしも昔はさー」
 ショーツの上からも目立たなくなってしまった僕達の退化したそれ。僕がそれを言われる通り触っていると、僕自身の男性自身がじーんとしびれていくのがわかった。
 渡辺先生は女の子のエッチと快感と心理を、絵とかスライド使って大真面目に講義。すごく笑えてくる。
 そして、百項目の課題は美紅以外は全員合格。残るは美紅一人!

 彼氏と元通りになった美紅は以前よりも元気になり、遅れていた課題を猛スピードでクリア。
 そして、ある日の朝、美紅もやはり最後に残したのは、みんな手こずる和服の着付け。そしてこれが終われば僕達十五期生は全員合格!
 皆が見守る中、美紅はもう慣れた手つきで襦袢を着て、下紐で留めて、着物を着て、帯を付け…
 だんだん和服美女に変わっていく美紅。皆何も言わずにその光景を見ていた。そして、「できました」
 の美紅の言葉に、早乙女、三宅大先生が向き合う。
「いいんじゃない?」
「まあ、美紅だし、特に問題無いし」
「はーい、じゃ美紅合格」
 その途端、悲鳴に似た僕達の歓声が部屋に響き、五人が抱き合って輪になって踊り始めて、今までの苦労を思い出して、一瞬で忘れて、目に涙浮かべて…。
「終わったぁー!」
 堀先生が机にどさっとうつ伏せになり、渡辺先生は椅子に背伸びしてもたれかけ、あやうく椅子がひっくり返りそうになる。
 しかし、皆の目線はある光景を見てびっくりして声が止まる。三宅先生が机の影にして手にしてるのは、陽子さんの作った模範問題集と回答集!
「え、あ、これ?三期の陽子ちゃんが作った資料。よく出来てるわよねーこれ…」
 三宅先生の横でウインクしながら指を手に当てる早乙女先生。
「え、なんですかそれ?」
 わざとらしくそれを覗き込む渡辺先生。
「だーめーよ!見ちゃ。陽子には絶対生徒とか他の先生に渡しちゃだめって言ってあるんだし」
 どこで手にいれたんだろ…。ひょっとして、渡したのは早乙女先生?
「はーい、皆さんお疲れ様です。明日は自由。あさってからいよいよ手術。最初は成績トップの愛ちゃんね。明後日の十三時に東京の早乙女クリニックに来てね。はーい、おわりーっ」
 皆の歓声と拍手が再び部屋に響く。

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