早乙女美咲研究所潜入記

(17)なんで僕、まだ女じゃないの?

 別れの話を切り出せないまま、僕達は再び稲村ケ崎に到着。近くの駐車場から小さな公園へ歩いていく竜矢君とその後をついていく僕。もう彼の足取りは、僕をほっておいても大丈夫。ちゃんとついてくるといった自信で満ち溢れていた。
「なにしてんだよ。行こうぜ」
 展望台への階段の途中で僕に振り返って言う彼の姿。なんか、かっこいいし、その、頼れる?
「わあ、綺麗!」
 海に浮かぶ漁船の灯と、港町の灯りと波の音。彼氏に連れられた女の視点から見たその光景が僕の目に新鮮に映る。早く竜矢君に今後のデートは断りの言葉を、と思っていた僕の思いはしばしどっかに飛んでしまっていた。
 ふいに感じた背中への人の気配。とうとう竜矢君は僕の肩に手をかけてくる。
「俺、何人かの女の子と友達になったけど、愛ちゃんみたいな子は初めてだ」
「それって褒めてくれてるの?」
「当然だろ」
 僕もおつきあいてて悪い気がしない。そうだったんだ。僕理紗にここまでしてあげなきゃいけなかったんだ。ずっと引っ張ってあげて、いろんなお話してあげて、理紗を笑わせて、楽しませて。女の立場で竜矢君にいろいろエスコートされて、僕初めてわかったんだ。でも、もう理紗とは…
 その瞬間、僕の足は宙に浮く。ふらふらっと何かわかんないまま、僕の目線は星空を見上げ、そして展望台の灯りの元、竜矢君に向く。ひざ裏に食い込む暖かい手の感触、そして僕の付けてるブラのホックをまさぐる様な手の感覚。
「ち、ちょっと!ちょっと!」
 声を上げる僕。一瞬何をされてるかわからなかったけど、すぐにわかった。
(お、お姫様だっこ!?)
 怯えた様に竜矢君を見つめる僕に、彼は優しく微笑みかける)
「俺だって男さ。これは今日付きあってくれたくれたお礼と俺の素直な気持ち」
(ちょっと!ちょっと!これ!だめだよ!僕、女じゃないし!)
「ち、ちょっと!」
 僕は彼から逃れようと体をよじり、彼の腕の中から手を解放させようとするけど…びくともしなかった。
 ショーパンごしに彼の体に触れる、僕の柔らかくなったヒップと、短くてちっちゃな僕の履いてるショーツの感覚。ブラウス越しに彼の手に当たる僕のブラの感覚。それが僕がもう男の子じゃないって事教えてくれる。
「これで愛ちゃんに嫌われたら、所詮俺はそれだけの男だったって事さ」
(そんなかっこいい台詞言わないで!)
 僕を抱いた彼の顔が僕に近づいてくる。僕は怯えて抵抗すらできず、彼の目から顔をそらすのがやっと。
(やめて!やめてったら!僕、竜矢君とはおつきあい出来ない体なの!)
「愛ちゃん、君が好きだ」
(やめーてーーーっ)
 その瞬間、こらえきれず目を瞑った僕の唇に、しっかりした感触を感じる僕。
(やだ!僕!男とキスしちゃった)
 それは僕の唇にくっついた後、すぐに離れた。途端に、僕の股間に何か締め付けられる様な感覚と、きゅーんとしたお腹の痛み。ブラの中でバストトップがピンとなる感覚、ぞわぞわし始めた背中。そして
(な、何これ…)
 僕の全身から、何かオーラみたいなものが出始め、そしてそれが僕の鼻をくすぐった。甘ずっばい果物の様な香り。それは理紗といちゃついた時に、彼女の体から…それは、
(これ、女の子の匂い)
 竜矢君も気づいたらしい。
「愛ちゃんて、今まで気づかなかったけど、いい香りするんだ」
(これって、今の瞬間僕から…)
 僕は相変わらず、彼の腕の中で凍ったみたいに動けなくなり、目線はずっと星空を見ていた。
「こんな事初めてなんだろ。女の子なら必ずいつかは経験する事さ」
 僕をだっこしながらそう言う彼の手に、だんだん力が入りはじめる。僕はたまらなくなり足をばたばたしようとするけど、彼の手にしっかり抱えられ、思う様にいかない。
(だめ!だめ!もうやめて!そんな事!僕、僕ってまだ…)
 あさっての方を向いたまま動かない僕をゆり起こす様に、僕の体を持ち代える彼。
(だめだよこんな事、第一理紗に悪いし!)
 そして、僕の顔にもう一度迫ってくる竜矢君の顔。思わず目を瞑る僕。
(ぼ、僕、その…、まだ心の準備出来てないし、恥ずかしいし…)
 今度は軽くじゃなく、僕の唇にしっかりと竜矢君の唇は重ねられた。以前理紗とのキスの時は、僕の固い唇を理紗の可愛いアヒル口が柔らかく受け入れてくれたのを覚えてるけど、今は全く逆だった。
 いつのまにか、こんなにぷるぷるになってしまった僕の唇。それが竜矢君の固い唇を柔らかく受けとめていた。
 僕の手からストンと落ちるハンドバッグ。ばたついて抵抗するのを忘れた様に大人しくなる足。更にきゅんと痛くなってくる僕の股間の退化した男性自身。そして彼とキスしたまま、僕の腕は無意識に彼の首をしっかりと…。
(なんで僕こんな事してるんだろ)
 その答えは出なかった。どのくらい時間がたったのかわからないけど、ようやく二人の唇は離れた。
「疲れただろ?どっかで休まない?」
 その言葉に僕はふっと我に返る。
(ああー!、朝から女の子連れまわして、ごはんおごって!キスして!疲れさせて!)
 彼の罠にまんまとひっかかった僕。だめだ、このままじゃ竜矢君は僕を絶対あきらめないだろう。それに無意識とはいえ、彼の優しさに抵抗も出来ず、キスまでしてしまった
僕。今さらお別れなんて僕の口からバツが悪くて切り出せない。そしたら、残る手段は、あれしかない)
 彼の言葉に、僕は元気なくうなずいた。
 とうとう車は再び江の島近辺へ。あれ以来殆ど黙った僕にあれこれはなしかけてくれる竜矢君だけど…。
 僕それどころじゃないんだよ!男で生まれた僕が、今こうして女の子としてホテルかどこかに連れていかれる秒読みが始まってるし!体とか触られてどういう表情しようかとか考えてるし!女の立場のエッチの表情のトレーニングは十二月からのレッスンⅣからで、僕まだ習ってないし!しかも僕そこできっぱりと正体明かそうとしてるし! 
 その場で多分失望するだろう竜矢君への言い訳どうしようかとか!その時どんな修羅場が僕を待ってるのか、想像つかないし!
 僕はそうういろいろな事を考え、只車の中でぶるぶる震えているだけだった。竜矢君はそんな僕を初めての事に怯えているだけだと思ってるのだろう。僕が答えなくてもいい様な話題とかを話始る。
 竜矢君。お前、本当にいい奴だよ。本当、僕が女の子に変身しはじめる前に会いたかった。

 普通のホテルにしか見えないブティックホテル。さすがに入口を入る時は、
「えーーーーーー!!」
 とささやかな抵抗言葉を口にしておいた。
 こういう所は何度か理紗と来た事が有るけど、何も知らないふりする僕。黙って部屋に行く間、僕の緊張感は爆発寸前!
 いっそ今ここで自分がまだ男だって事ばらそうかと思ったけど、そんな勇気無いし、ここまでしてくれた竜矢君に悪いし…。
 そして、とうとう二人で入ったその部屋。木目調の家具にアンティーク、どこかの小奇麗な女の子の部屋という感じで、全然そういうホテルという気がしなかった。多分、竜矢君、初めてじゃないな!
 ふと部屋の片隅に置いてあるピアノを目にした僕。僕は襲い掛かる緊張感から逃げる為に、何も言わずにすっと椅子に座り、そして…。
 ピアノから流れて来たのは『エリーゼの為に』の曲。
「すげえ、愛ちゃん、そんなクラッシック曲まで弾けるんだ」
 演奏する僕の肩に両手を置き、しばしその音色に聞き惚れる竜矢君。別になんでもない。研究所のピアノの試験の課題曲の選択肢の一つがこれだもん…。
「ちょっとシャワー」
 竜矢君がとうとうシャワールームへ。とうとう、とうとうその時が僕に迫ってくる。もう怖くて、怖くて、何度か音程をミスしてしまう僕。そして、次にやはり選択肢の一つのベートーベン『月光』のサビの部分を弾いていると、とうとう彼がシャワールームから出てくる音がする。
(ああ、ついに来た!)
 僕の奏でる『月光』の音楽の音色が大きくなっていく。
「愛ちゃん!俺本当、君みたいな女の子、探してたんだ!」
 上半身裸でいきなり椅子に座ってる僕を背中から抱きしめ、ぎょっとして身をすくめる僕の胸に手を当てる竜矢君。
(えっと、えっと、始まっちゃった…えっと、えっと、理紗ってどうやってたっけ…)
 
 しばらく後、僕は部屋のベッドに寝かされ、竜矢君の愛撫を受けていた。舌こそ入れさせなかったけど長いキスの後、彼のキスはうなじから耳、首筋へと…。
 正直気持ちのいいものじゃない。でも、
「あ、あん…」
 僕は我慢して一生懸命理紗の口真似をしていた。
 目を瞑ってたから、僕を襲う彼の姿は見えない。感じるのはねっとりした彼のキスと舌の感覚。そしてごつごつした手で体を触られる感覚。
(うわー、気持ち悪い。早く気づいてくれないかなあ)
 時折薄目を開け、彼の動作を観ながら僕。
(ちょっと、早く次へ、ちょっと、あ…あっ)
 理紗の口真似しても全然驚かない所を見ると、まだ理紗とはここまで行ってないらしかった。でも、それ以外の女の子とは多分…。
 やがて、僕は自分の誤算に気づく。多分竜矢君、相当手馴れているらしい。とうとう彼の片手はブラ越しの僕の胸に。そして片手は僕の背中へ。
(ちょっと、竜矢君!早く気づいて!僕のあそこに手をやって!)
「ああん、ああん…」
 理紗の口真似のはずが、だんだんそうでなくなってきた僕。一人エッチの時、すべすべになってきた自分の手で胸を触るのとは全然違う…、されるほうがいい。荒々しくて、それでいて大切そうに、優しさまで感じ始める僕。
「ちっちゃな胸だね」
そう言ってほほ笑む彼に、とうとう僕は付けていたブラを外されてしまう。思わず両手で顔を隠す僕。研究所の人達以外に初めて見せた僕の膨らんだ胸。
 竜矢君が驚かない所を見ると、
(もう僕の胸は、おっぱいの小さい普通の女の子で通るみたい)
 そっか、そうなんだ。部屋の天井をぼーっとみつめてそう思ったその瞬間、
(わっ!?)
 バストトップにひやっとした感覚と、そこからくるずっきーんと全身を走る衝撃。
(わっわーっ!!)
 なんだか切ない気持ちと共に、体にしみこんでいくすごい気持ちよさ。自分で触った時はそんなでもなかったのに、その何倍もの…。
 あまりの事に、僕は声にならない声を上げ、手足をばたばたさせるけど、完全にのしかかられた竜矢君にそれは封じ込められて…。
「ち、ちょっと!竜矢君!」
 僕の抵抗に全く動じず、彼は捕まえた獲物を愛撫する様に僕の胸に口をあてる…。
「や…、やーーーん!」
 もう理紗の真似なんて出来ない。それはもう自分の女としてのごく自然な表現。
「や、やん!やんやん…」
 慣れるどころか、どんどん気持ち良くなってくる彼の胸攻撃。
(だ、だめだ、僕…)
「愛、可愛いよ、愛」
 呼び捨てにされる僕、バストトップに彼の舌が当たるたび、全身じーんとして、僕の退化したあそこがずきずきして…
「やーん!やーーーん!り、竜矢…クン…」
 無意識のに彼の首すじに手を絡ませ、そして彼ともっとくっつこうとしはじめる僕。だめ、もう、頭の中が白く…何も考えられない、なんで、なんでこんなに気持ちよくなるの!?いつのまに僕の体、こんなになっちゃったの!?
 目は涙で潤み、汗びっしょりになり、口からはだらしなくよだれが出そうになる。たかが、胸触られただけなのに…
「愛ちゃん。好きだ…、俺の女に…」
 竜矢君のその言葉が僕にとどめをさしたみたい。
「やあああああああん!!」
 小さな悲鳴を上げた僕の頭に何か起こったらしい。それはまるで頭の中に入っていた液体がすーっと抜けてからっぽになっていく感じ。何かいろんな事が、大切な事とかが、頭の中から全部抜けて、そして、すーっとしていく。気が抜けたみたいになっちゃう。
「竜矢!ずーっと、ずーっとこうしていたい!」
 思わず僕の口からそんな言葉が出ちゃう。もう、理紗に悪いとか思わない!僕が男だって事はやくわかって…なんてもってのほか!
 ところが、僕がそう思ったその瞬間、非情にも竜矢君の手はとうとう僕のキュロットの股間


に。
「やっやだ!そこは…、そこはだめ!」
 いままでの気持ちよさが一瞬になって恐怖に変わり、彼の手を取って抵抗しようとしたけど、
「え!」
 一言竜矢君が叫び、そして僕の履いてるキュロットを脱がしにかかる。
「やめて!やめて!見ないで!」
 そして、そして、僕の事がばれた…。

 ベッドに座り、がっくり肩を落とす竜矢君。二人沈黙の間が何分続いたかわからない
「愛ちゃん、男の子だったんだ」
「そ、そうだよ。今変身中だけど…」
 ようやく、がっくりうなだれた目で僕の顔もみずに喋る竜矢君に、開き直って笑みを浮かべる僕。
「愛ちゃん、悪いけど、俺には、そんな趣味は…ない」
 ちらっと僕を見て言う彼のその言葉は、もう竜矢君と僕はこれで終わりって事。
「どうして!どうしてだよ!やっと理想の女の子と知り合えたっていうのに!」
 ベッドに座ったまま髪をかきむしり、そして両手で顔を覆い、暫く無言になる彼。
(違うよ。僕もうすぐ本当の女の子になれるんだよ)
 何度かそう言いかけたけど、それは今の僕の口からは出してはいけないトップシークレット事項。
「理紗を、裏切った天罰かもしれないね…」
 じっと黙ったまま、ブラを付け、元通り服を着はじめる僕に、独り言の様に呟く彼。
「理紗、とってもいい子だよ。大切にしてあげて…」
 僕のその言葉の最後の方は、早くも涙声。
「駅まで送ろう」
「ありがと…」
 僕の返事と同時に彼はぶっきらぼうに服を着て、ジャケットをはおり、一人部屋から出て行く彼。
「うわーーーーーーーーん!」
 その瞬間、僕の口から悲鳴に似た泣き声が出る。

 鎌倉駅へ向かう車の中、終始無言の竜矢君に僕は最後のサービスとばかり、作り笑顔と笑みを浮かべ、理紗の事を最大限にアピール。理紗の好きな食べ物、ブランド、香水、服、癖、芸能人等々…。
 でもさすがに車が鎌倉駅に近づくと、僕もだんだん口数が減ってきた。と、信号待ちの時ポケットから携帯を取り出し、不思議そうに顔を振りながら画面を見て再びそれをポケットにしまう彼。
「どうかしたの?」
「いや…」
 ホテルから出た後初めて聞く彼の言葉。
「実は先日君とのメールを理紗に見られてね。あいつ、俺の携帯を投げてぶっこわしやがったんだ。その後、弁償って事でこの新しい携帯くれたんだけどさ…」
 僕の事を愛じゃなくって君と呼ぶ彼に、言い表しようのない寂しさを感じる僕。車はとうとう鎌倉駅に到着。
「ありがと。すごくいい夢だった」
 僕の顔を観ずに助手席のドアを開けてくれる竜矢君。そして僕が出ると、彼は運転席に戻り、一度も僕を振り返る事なく、車と共に夜の暗闇に車と一緒に消えていった。
(竜矢君、ごめんね。理紗の事大切にしてあげてね)
 彼の車が消えた後でも、僕はしばらくの間消えていった方角を眺めていた。

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