早乙女美咲研究所潜入記

(15)理紗の彼氏って、ステキ

(理紗の事でお話ししたい。日曜午後新宿まで来れない?)
 もう折角だからと、僕は返事のメールを送ってそして翌々日、早速メイク講座で覚えたテクニックを使い、似ていると言われた○○○48の某アイドルっぽいメイクを施して、(別にデートじゃないし)
 と、ジーンズのショーパンとレギンス、ブラウスとハンドバッグのラフな姿で新宿に向かった。
 もう一人で女で外出なんて慣れちゃったし、どうせ僕男の子には戻れないんだし、間違っても理紗と恋人同士なんてなれない。先日の理紗、ちょっと可愛そうだったから、僕から竜矢君に、これからも理紗をお願いねって頼んで今日は帰ろう。
 なんて思いつつ、電車の中で同類の女の子のファッションとかメイクを品評していた。
「おーい、こっちこっち!」
 新宿のアルタ前で待っていると、きっちり決めた髪に黒のスーツと黒のシャツという結構オシャレな姿で馴れ馴れしく声をかけてくる竜矢君。
「へーえ、普段着姿の愛ちゃんも可愛いじゃん」
 なんだ、この馴れ馴れしさ!僕はさっさと済ませようと、近くの喫茶店へ行く事を提案。
「いやあ、すっかり涼しくなったねえ、ほんと」
 一人でいろいろくっちゃべりながらメニューを見る彼。
「君何がいい?」
「あたし、コーヒーでいいです」
 オーダーを取りに来たウエイトレスが去っていくと僕はつんとおすましで竜矢君に尋ねた。
「で、理紗についてのお話ってなんですか?」
「おいおい、そう早まるなって、時間はまだ十分あるし」
 十分あるしって、僕これから女の子になる為の試験勉強とかしなきゃいけないんですけどっ!
 
 予想外のティータイムだった。すっごい話上手な竜矢君。みてくれだって悪く無いし、むしろいい方。喫茶店の別の席の女の子達が時々竜矢君の方を見ているのに気が付く。多分僕とカップルと見られてるのかな。
 僕は僕で、思えば男の人とこうやってプライベートで話したのって半年以上ぶり。彼の話す自動車、バイク、女性アイドルの話には当然ついていけたし、女の子の好きな食べ物、ファッションとかの話とかを、まだ頭に残ってる男性の感覚で翻訳して、彼にわかりやすく話す僕。
「愛ちゃん、すごいね。いろんな事知ってるんだ。見た目は清楚で可愛いのにさ」
「えへ、ありがとね」
 形上のお礼も僕は忘れない。いつの間にか喫茶店で三時間近くもお喋りしてしまう僕。そろそろ潮時と思った僕は、
「じゃ、長い間ありがと。理紗ちゃん大切にしてあげてね」
 そう言い残して席を立とうとしたその時。
「愛ちゃん」
「え?」
 彼の言葉に、手に持ったハンドバッグを膝に置きなおす僕。
「愛ちゃんてさ、友達思いのとってもいい子だと俺は思う」
「え、そかな」
「もう、本当その可愛い全身からそれがあふれてくるよ」
「え、あ、ありがと」
「ねえ、もう一度会えないかな?」
「えー、なんで」
「来週位…」
「来週って、理紗ちゃんには会ってあげないの?」
「あ、じゃ再来週に…」
「…なんでですか?」
「いや、その…」
 かっこいい竜矢君の態度が急に子供じみた表情になる。
「その、今日みたいな楽しい会話したいんだ。愛ちゃんみたいな女の子、俺初めて会うし…」
 髪の後ろとか、首筋を書きながら、僕をちらちら見ながら話す竜矢君。突然僕の頭に、(なんとかしたげなよー)
 の声が聞こえる。
「わかったわよ、再来週だけね」
「本当!」
 僕よりはるかに年上のはずの竜矢君が子供みたいに喜んで、そして僕の手をぎゅっと握る。
(す、すげー大胆な奴…)
 そう思いながらも、僕の顔は笑みを少し浮かべた菩薩顔になっていた。
「それじゃ、場所と時間はまた連絡するから!」
 そういいつつ伝票をさっと握りしめ、レジへ向かう竜矢君。先に外で待ってると、嬉しそうな竜矢君がにこやかに笑いながら僕に軽く挨拶して、新宿の喧騒に消えていった。

 陽子さんの用意してくれた想定問題集はすごく良かった。僕達は今までのおさらいを効果的にやれると同時に専門トレーニングにも十分取り組める。
 メイクの基礎をマスターした僕達は、メイクの細かい応用テクニックを学びはじめ、ヘアメイクでは、あげ髪がすらすら出来る様になっていく。
 更に僕はメイクの上級まで選択してるので、殆ど個別指導みたい。体育の時間は全てダンスレッスンとバレエとジャズダンスのおさらいに置き換えられる。
 もう男の子には戻れないんだって事が、僕のトレーニングに対する執着心を上げたのは確か。
 もう女としては理紗を超えたんだけど、まだ理紗に対する思いは残っていた。河合さんにお願いする新しい下着は、全て理紗の付けていたブランドのものに統一されていく。
 そして、時々する夜の一人エッチの時、もう殆ど理紗になりきっていた僕。声とか仕草とか、不思議な事じゃない。だって、理紗しか見本が無いんだもん。
 胸は成長は鈍いけど、更に柔らかさを増して感度が上がり、ヒップにいたっては、履いたショーツからヒップの肉がどんどんはみ出る様になっていく。
 排卵こそ無いけど、小学生の女の子の卵巣とほぼ同機能になった僕の精巣は、ぺちゃんこになった袋の奥で、少しずつ成長し、僕の体に会った女性ホルモンを分泌しだしたみたい。そして、十月終わりには、とうとう週一の女性ホルモン注射は廃止された。
 
 あれから一週間たっても、竜矢君からは連絡が無い。
(ちゃんと理紗とうまくやってるんだ)
 そう思って、よかったよかったと自分に言い聞かせる僕。ところが…、仮約束の直前の木曜日の朝、僕に竜矢君からメールが入る。しかも、二日後の土曜日の朝会えないかって…。
(なんだよもう、竜矢の奴、自分勝手にさ)
 しかもメールの内容は、
「わざわざ遠い伊豆から来てくれてありがとう。お礼がしたい。はっきり言う。君とデートしたい」
 そう書かれていた。
(理紗はどうしたんだよ、理紗は?)
 ところが、それ以上に引っかかった事が有る。
(僕が今伊豆に住んでるって知ってるのか?理紗なんか僕の事喋ったのか?)
 その短い文面見てるうちに、なんだか僕は変な気分になっていく。もうこれ以上理紗の彼氏と会うのは理紗にとって絶対良くないのに。僕、まだ女じゃないのに男とデートしたらまずいんじゃないの?と思う反面、
(すごいじゃん、男からのお誘いメールだよ!生きてる男だよ!ちょっとカッコいい男じゃん!理紗から奪っちゃえば?)
 そういえば、前会ったときのおしゃべり、ちょっと楽しかったかな?ま、いいっかあ!
 ちろっと舌を出すと快諾の返事をすぐ送る僕だった。

 当日土曜日の朝、目覚めて洗顔の後、ちょっとどきどきしながら理紗の着ているブランドの真新しい下着に足を通す僕。
(まあ、まさか、ね)
 気持ちの問題と自分に言い聞かせ、慣れた手つきで最近張りが出てきて、下にふっくらとバストトップを持ち上げる様に脂肪の付いてきた僕の胸をブラに当てて背中のホックに手をかける。
 そのまま姿見を見てくるんと一回転。はやりの模様付きストッキングを履き、そして最近余分な肉まで付き始めた僕のお腹は、ソフトガードルで覆われ、退化して、もはや卵巣機能になった僕の股間の膨らみは、綺麗に女の子のビーナスラインに変わっていく。
 ブラの上からキャミを着込み、流行りの歌を口ずさみながらオレンジのブラウスを着込んで、花柄のミニスカ風ショーパンを履く僕。
 その姿は、半年前、女になるなんて嫌だなんていってた僕とはもう別人。初めてのデートにうきうきする、まるで…
(そう、理紗もこんな気持ちだったのかも)
 いつのまにか増えた化粧道具の入ったボックスを持ち、最近出来た階下の研修室横の真新しい小さなメイクルームへ行く僕。と、そこには先客が…、
「美紅?」
 僕の言葉に、オレンジのワンピース姿で、三台のメイクスペースの中央に座り、口にヘアピンを咥え、上げ髪作成中の美紅が振り向く。
「おあよー」
 口の加えたヘアピンのせいか、僕にはそう聞こえた。
「え、何?愛も今日デート?」
 口からヘアピンを取り、器用に髪に付けながら美紅。
「へえ、彼氏出来たんだ。良かったじゃーん」
「う、うん」
 美紅の横に座り、メイクトレーニングで養った腕で、器用に髪を上げ、ヘアピンで留めはじめる僕。
 但し、僕の事を気に入ってくれてるご褒美で今日一回だけデートしたげる。その後はちゃんと話して、理紗をよろしくって言うつもり。
「美紅もデート?あの待ってくれてる彼氏と?」
「うん、そーだよー」
 髪を仕上げた美紅が、ファンデを手に化粧を始める。小柄な体に映えるオレンジのワンピース。華奢になった腕と裾から伸びる黒のストッキングで包まれた曲線美な足。早くもモデル級の女の子に変身した彼女。
(僕だって)
 髪を上げ、いくつかのヘアピンと髪留め、アクセを試して一パターン選び、髪を整え、僕もメイクに入る。美紅とメイク対決!
「ねえ、愛、お化粧楽しいよね。自分が自分でなくなっていくこの過程」
「うん、そうだよね」
 僕が相槌を打ったその時、
「あー!美紅!愛!」
 メクルームのドアから顔をのぞかせる、明日香、美里、留美の三人。
「今日二人揃ってデート?」
「いいなあ!」
 そういって冷やかす三人に、
「あんた達も早く彼氏見つけなよ。世界観変わるよ。ほら、愛だって見つけたのにさー」
「えー、愛の彼氏って、どんな人?」
「いつみつけたの?」
 その言葉になぜか顔を真っ赤にする僕。
「こらあ、朝から何騒いでんの」
 廊下から渡辺先生の声がする。
「あのね、美紅と愛が今日デートなんだって!」
 明日香がご丁寧に渡辺先生を呼び込む様な発言。
「美紅は聞いてたけど、愛が!?」
 その途端、ドアからひょいと顔を出す渡辺先生が鏡越しに見える。
(ああんもう、余計な事ばっか)
 僕がそう思った時、
「愛!やったじゃん!今日初デート?」
(もう…)
 眉を整えながら、僕は軽く渡辺先生に愛想笑い。
「そっかそっか、お姉ちゃんうれしいよ。愛がそこまで成長したなんて」
 渡辺先生のそんなからかい言葉にもいつのまにか胸キュンしてしまう様になった僕。
「愛、いい?男だった時の気持ちは全部捨てるのよ。愛は女になったんだから。いつも笑顔でいるんだよ。相手の男を立てるんだよ。おねだりはいいけど、わがままは控えるんだよ。絶対自分の事を僕なんて言わないのよ。愛まだたまに言ってるからさ」
「あ、はい、先生!」
 その横で、化粧を終えた美紅が、傍らのハンドバッグを手に、メイクスペースを立つ。
「美紅!ガンバ!」
 僕の言葉にありったけの笑顔を僕に向ける美紅。
「まあ、美紅は大丈夫だよね?」
「もうデート慣れしてるしね」
 そう言って皆が見守る中、いそいそと出口に向かう美紅。でもくるっと僕の方を振り向いた姿が、僕の前の鏡映る。
「愛!がーんばっ」
 再び可愛い笑顔を僕に向ける美紅。
「美紅!がーんばっ」
 もう一度美紅に声援を送って、メイクスペースの椅子から立ち上がり、両手を胸元で小さくガッツポーズしてありったけの笑顔を美紅に向ける僕。
「じゃ、行ってきまーす」
「行ってらっしゃい!」
 ほどなく僕もメイクを終え、最後にピアスの穴あけたいなーなんて思いながら白の小花のイヤリングを耳に付ける僕。
 鏡に映ったその仕草に、だんだん本気で女になってきた自分にどきっとしながらメイクスペースから立ち上がる。その時、
「どうしたの?」
 今度は廊下に堀先生の声。
「愛ちゃん、これからデートに出撃でーす」
 美里のその言葉に集まった一同が笑う。
「ちょっと愛ちゃん?」
 堀先生がドアから顔を出すと同時に、ドアからハンドバッグを持って出ようとする僕。丁度鉢合わせな感じだった。
「彼氏って、いつ見つけたの?」
 そんな言葉聞こえないふりして、玄関に行き、用意していたベージュのヒールに足を通す僕。
「行ってらっしゃーい」
「頑張ってねー」
 皆の歓声の中、一人堀先生だけがけげんな顔をしていた。

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