早乙女美咲研究所潜入記

(14)もう男に戻れないって、何よそれ!

 やっぱり、なんだかおかしいと思ってた。夏以来僕の頭の中には女性化に対する抵抗勢力が消えかかっている。頭の中にいつしか、自分の体を女にしようとする勢力が出来ている。その原因てもしや…、
 僕は大急ぎで着替えを済ませ、お風呂道具を置きに新入生だけの五人の部屋に向かった。今日こそこの話、先生の誰かに教えてもらおうと。と部屋の戸口には一枚の張り紙が有った。新人五人は寝る前に、こちらに来なさいって書いてある。
(美紅は皆川先生…留美は堀先生…、僕は、渡辺先生、別館二百三号?)
 丁度良かった。今日こそ…!

 パジャマ姿で部屋をノックして入ると、渡辺先生がペパミントグリーンのキャミとショーツのまま、窓から外を観ていた。
「先生、スタイルいいですよね」
 堀先生と同じく、もう三十半ばのはずなのに、キャミで包まれた真っ白な肌はまだ理紗と同じ位ピチピチしていた。
「あ、うん、ありがと。あたしもさー、高校一年までは男の子だったんだよね」
「そう思えないです」
「ありがとね。女になると何歳になっても、褒められるとされだけで気分うきうきしちゃうからさ」
 そう言うと、渡辺先生はまるで子供の様に大きなベッドにダイブ。
「疲れた?愛ちゃん。今日は一緒に寝ようね」
「え、それってどういう事なんですか」
「今日は先生が訓練生一人ひとりについて、一晩じっくり悩みとか相談聞いてあげる日なの。毎年テニスの後やってるよ。去年なんて二十人もいたから大変だったんだから」
 なーんだ、丁度良かった。確かにすごく疲れたし、僕はパジャマのまま渡辺先生の横に寝転がる。
「女っていいよね。こんな可愛いの着る事が許されるんだからさ。愛ちゃんも着てみたら?」
「えー、恥ずかしいよ」
「あたしの予備ほら、ここにあるし」
 ふとそこを見ると、レースたっぷりの何かの服が綺麗に畳まれて置いてあった。
「パーティーでさ、アイドルの○○ちゃんに似てるって言われてたじゃん。それに二つ上の瑠璃ちゃんにも似てるってさ」
 寝転がって僕の方を見る渡辺先生が続ける。
「二年前の今日、瑠璃ちゃんの担当はあたしだったんだよ。ミュージシャンになりたいっていうからさ、とにかくもっと素直に感じて、見て、笑って、泣いて、時に怒って、男みたいに考えなくていから、女は感じるのって言ってあげたの」
「ふーん」
 僕は興味深そうに畳まれた布をしばし物色。理紗の着ていたのと似ているレモンイエローのキャミとパンツを取り出して、手に持って。と、その瞬間ふと我に返る僕。なんで、いつのまに僕こんな女の子っぽい事を無意識に近い状態で…。
「あの、渡辺先生、一つ聞いていい?」
「え、うん、いいよ」
 息をのんで、そして小声で恐る恐る…。
「あの、あたしたちの女性化治療って、去年と違うんですか?」
 一息で言い切った後、渡辺先生の答えを聞くために全神経を耳に集中。
「え?あ、その事?うん、全然違うよ」
「あ、やっぱり、そうなんだ」
 次の質問をしようとした時、渡辺先生が続けた。
「去年二十人だったけど今年は五人だったのもその為。一種のテストなの。まあだめだったらいつでも今までの方法に置き換えられるし。んで、ちゃんと成功してるみたいだから問題なーし」
 寝たままうーんと背伸びする渡辺先生。僕は恐る恐る次の質問。
「あの、どう違うんですか?」
「え、そうね。まあ例年より半年は早く女になるみたい」
 ベッドの上でペタン座りして、両手でキャミパンツ持った僕に、優しく微笑みながら答える渡辺先生。
「訓練最初から薬使ってね、精巣を退化させた後卵巣に変えて成長させていくの。そして、ここを卒業する一か月前に精巣を取り出して、特殊な細胞と一緒にお腹に埋めるの」
 じゃ、僕の精巣って、もう…。
「先生、僕、今どうなってるの!?」
 やっと核心の質問が出来た。そんな僕に小悪魔みたいな微笑みを向ける渡辺先生。
「え、愛ちゃん?この前の血液検査からみると、あなたの精巣はさ、もう小学校低学年位の…」
「もう子供の頃の精巣に退化しちゃったって事?」
「うふーん…」
 そう言って笑顔になる渡辺先生の目がきつくなる。
「小学校低学年位のねー、女の子の卵巣になってるの…」
 その言葉は僕の全身を凍らせるのに十分だった。
「あ、そっか、愛ちゃん元々はお父さんのスパイで送り込まれたんだっけ」
 そう言いながら片手で僕のパジャマの胸元を触る渡辺先生。
「愛ちゃん。覚悟してね。あなたはもう性的には女に近い体なの」
 僕の震える唇から、やっと声が出る。
「…男の子に、戻す方法って…」
「今んとこ無いよ。前は退化させるだけだったけど、今回から丸ごと変えちゃうから。多分これから研究だろね。それとも愛ちゃん、実験台になる?」
 何も言えず、只ベッドの上でぼーっとする僕。と、
「パチーーーン!」
 音と共に僕の頬に痛みが走った。驚いた僕の目に、口を閉じ、怒った目をした渡辺先生が映る。
「愛ちゃん!いいかげんにしなよ本当に!みんながどれだけ愛の事心配してるかわかってんの!?女になるのが嫌だったら、とっとと出ていきゃよかったじゃんよ!親父さんの事もあるだろうけど!ここに残りたいだの!男に戻れるかだの!もうあたし訳わかんないよ!」
 その途端、大声でむせび泣きながら、渡辺先生の胸元へ飛び込む僕。
「僕だって、僕だって!こんな変な事にならなきゃ、普通に今頃男子高校生として平和に暮らしてたんだもん!ここの事も何も知らないごく普通の!男子高校生としてさ!それに!留学もしたかったしさ!それがさ、もう僕生きていくには、女にならなきゃいけなくなったんだもん!不安なんだもん!まだ女で生きていく自信…無いんだもん!僕が来年女子高校生だなんて!そりゃ訓練はしたけど!とっても、とっても不安なんだもん!」
 胸元でわんわん泣く僕の背中を、今度は優しく手で抱いてくれる感触が有った。
「そっか、そうゆーことか…」

 暫くたってすっかり落ち着いた二人、可愛いキャミ姿になった僕をしっかり抱きしめながらいろいろお話してくれる渡辺先生。
「いいよ、年ははなれてるけどさ、あたし愛ちゃんのお姉ちゃんになったげるからさ」
「う、うん」
「お姉ちゃんて、言ってみて」
「う、うん、お姉ちゃん?」
「何?愛」
 何も言わず、柔らかなお姉ちゃんの胸に顔をうずめる僕。
「これで愛にはお姉ちゃんが二人も出来たんだ。あたしと奈々ちゃんと」
 そう言いながら、ノーブラのキャミごしに僕の胸を触りはじめる渡辺先生。
「お姉ちゃん、ちょっと…」
 そして、渡辺先生の柔らかくて冷たい指による胸攻撃に、だんだん僕の心が乱れていく。
「懐かしいよね、まだ少し固めの男の子の体に付いた柔らかな女の脂肪と、膨らみ始めの胸の感触。あたしも女になっていく上でこんな体の時、あったよねえ」
 今度は僕の顔に手を当て、自分の大きな胸に更に押し付ける様にする先生。桃の様に香りが僕の鼻に更に強く…。
「じゃ愛ちゃん。女を教えてあげよっか」
 僕の胸を触る渡辺先生の指の感覚が、僕をいたわる様に優しくなっていく。子守唄みたいに頭に入っていく、先生の言葉。

 愛ちゃん、女の子になるんだよ。
 半年後には女子高校生だよ。
 女にとって一番大切で大事な三年間だよ。
 優しくて、可愛い生き物になるんだよ。
 男の子の時より、お友達いっぱい作れるよ。
 音楽と絵とか今より好きになれるんだよ。
 テレパシー使える様になるんだよ。
 考えなくっていいんだよ。物事好き嫌いで決めていいんだよ。
 少しの事で感動できちゃったりするんだよ
 可愛い服着れるんだよ。
 下着だって、可愛くて綺麗で着心地のいいの付けれるんだよ。
 メイクで一杯遊べるよ。
 ヘアメイクだって、いろいろ楽しめるよ。
 男の人を好きになってもいいんだよ
 好きになった男の人にいっぱい甘えていいんだよ。
 一杯笑えるよ。一杯泣いていいんだよ。
 重い物持つ必要なくなるんだよ。早く走る必要もなくなるの。
 だって、好きになった男の人がちゃんと守ってくれるよ。
 ちょっとの事で男の人は喜んでくれるよ。
 する側から、してもらう側になるんだよ。
 男の人とエッチ出来る様になるんだよ
 男の子の時より十倍位気持ちいいんだよ
 赤ちゃん生める体になるんだよ
 赤ちゃん生んで育てられるんだよ
  
 全身を愛撫されながら、歌う様に僕に話す渡辺先生。気持ちよくって、だんだん洗脳されていくみたい。
「お姉ちゃん。さっきから言ってるそれって、前に聞いたのとちょっと違うんじゃない?」
 渡辺先生の大きく膨らんだ胸元を指でさわりつつ僕。
「そうだよ。前言ってたのは女の子になる前の男の子に言う脅し言葉。本当にいいのかー?女ってこんなに大変だぞーって」
 お返しに僕の胸元を指でなぞりはじめた渡辺先生が続ける。
「んで、今言ったのは、女の子になりはじめた男の子に言う、応援の言葉」
「そうなんだ」
 ベッドに寝転んだ僕は、手を意識してしなやかに動かし、先生の二の腕を軽くつかむ。
「じゃ、愛ちゃん。次、大人の世界教えてあげよっか。あ、そっか、相手理紗ちゃんだっけ。女の事は大体わかるんだっけ」
 再び意地悪そうに僕に目を向ける渡辺先生。
「ううん、教えて。女の事…」
 甘える様な目で先生を見つめる僕。
「実はこれさ、来年一月からのレッスンⅣでもやるんだけど、とりあえずダイジェストって事で…」
 女性化トレーニングを受けてまだ半年足らずの僕。もう性的には小学生の女の子になった僕。そして今こうして、夜の大人の女の子の事を教えられていく僕。
 早くも男の子には戻れない体になってしまったという事を初めて知った夜だった。

 流石に翌日の朝はお互い恥ずかしくて、みんなはあまり目を合わさなかった。そして帰りの電車の中でぽつぽつと昨日の夜の事を小声で話しだす五人の僕達新入生。
 流石に去年と違い、女性化治療が効果的に早くなり、もう男の子に戻れないと聞かされた時は、ちょっと動揺したみたいだったけど、みんな女として自信が付いたみたい。

 ステップⅢのトレーニングは続く。午前中はいつも通り勉学、そして午後は教養専門と個別のトレーニング。たちまち僕達はメイクの基礎を覚え、ヘアアレンジもだんだん上手く…。
 個別の専門では科目によっては東京都心まで行かなければならない場合があり、特に女優を目指している留美は特に午後出かける事が多くなった。そんなある金曜日の夕食時の事。
「陽子!おひさしぶり!」
 玄関に来た一人のお客さんを先生達が皆で歓待している様子。
「もう忙しくってさ。毎年これの為に来てるみたいなもんだし。今年は五人でいいのね」
「あー、また怪しげな…」
「ていうか、あたしの長年の集大成だもん。はっきり言ってこれ市場に流したらさ、男の娘ブームのせいもあって飛ぶ様に売れると思うよ」
「おーい、新人、しゅうごぉー!」
 如月先生の声に食堂にみんなでいた僕達五人が玄関へ集まると、スーツ姿の見慣れぬ女性が一人。多分この人も…。
「大先輩よ。渡辺先生と同じ三期生の武見陽子さん」
 堀先生の紹介にみんな丁寧に挨拶。
「てさ、ゆっこ(堀)こんな闇テキスト、研究生に配るのにあんたが立ち会っていいの?」
「いいのいいの。もうここで普通にトレーニングしてるだけで十分だからさ」
 陽子さんの持ってきた大きな手提げの中を覗く皆川先生と如月先生。
「もともとこのテストは、三宅先生の発案でしゅから」
「未だに手術の最終承認は三宅先生だからねー。早くゆっこ(堀)に渡しちゃえばいのに 一冊を手に取り、堀先生が眺めた。
「本当、あたしの手元に最終承認が来たら、こんなの即刻やめてやるのにさ」
 と、
「ちょーっと、あたしの生きがい奪わないでよ!」
 そう言って武見さんは集まった僕達にその本を一冊ずつ手渡した。
「はい、これ、多分聞いていると思う百項目テストの傾向対策と過去問題と模範解答集。合格は筆記八十点、実技六十点だから楽勝でしょ。ちゃんとこれ見て勉強する様に。
「はい!」
「ありがとうございます!」
 早速中を見始める僕達の姿を見てご満悦の武見大先輩。
「絶対だめだよ!三宅先生だけは見せないでよ!」
「はい、そうしまーす」
 僕がちょっとおどけて武見大先輩に敬礼のポーズ。
「早乙女先生は?」
 ちょっといぶかしげに皆川先生。
 と、誰も密告する人なんていそうもないのに、陽子大先輩声が小声になる。
「大きな声じゃ言えないけど、早乙女支部長は黙認してっから」
「あっそ」
 陽子大先輩の声に、皆川先生も安心した様子。
「さてと、お仕事終わり。去年は二十冊だったから別に送らせてもらったけど」
「今日泊まっていくんでしょ」
「当然!あと、温泉入りたい、伊豆の魚食べたい、地酒飲みたい」
「あ、じゃあ今からいきましょうよ。いいとこ有るんでしゅ」
 そう言いながら、おのおの玄関を出ようとする、堀、渡辺、皆川、如月先生達。
「あ、あの、皆川先生…、ジャズダンスの事でって、夕食後にって…」
 美紅がそう言って皆川先生の所へ行こうとするけど、
「え、ああ、あとあと、あしたあした」
 そう言って玄関を出ていく皆川先生。
「ほーんとに、何度も思言うみたいだけど、あなた達も本当いい時に来たわよねえ。昔三宅先生が所長だった時代にはこんな事考えられなかったわ」
 朝霧先生が食堂の厨房から手を拭きながら出て僕達にため息まじり言う。とその時、
「優しゃん!優しゃん!何やってんしゅか!優しゃんも来るの!」
 慌てた様子で食堂に入ってくる如月先生。
「わかったわよ、片づけてからバイクで行くから、先にいつもの温泉でしょ」
「しょーしゅ、温泉っしゅ!」
 再び厨房へ入っていく朝霧先生。
「…、だってさあ、三宅支部長さ、あたしの方針いつも甘い甘いってみんなに言うのー、だからこれだけは譲れないってさー…」
 堀先生達の声がだんだん遠くなっていくその時、可愛いストラップが一杯付き始めた僕の携帯のCメール着信音が鳴る。その相手を見た僕はぎくっとして、食堂から飛び出る。 その相手は理紗の彼氏のはずの、竜矢君だった。
(ほ、本気でメール送ってくるか?あいつ…)
 あれで終わりと思ったのに…

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