早乙女美咲研究所潜入記

(9)だめだ、俺もう…

 不思議だった。昨日あんなに悲しかったのに。夜遅くまで毅君と大輔君と別れた寂しさでベッドの上で一人泣いたのに。今朝は結構けろっとしていた僕。
 そんな僕は今、体育の際の更衣室替わりの板の間の研修室にぺたん座りしている。
 今日の午前は月一回の研究所内の花壇の世話と草むしりの日。体育の一環らしいので、他の四人は早くもブルマ姿になって中庭でおしゃべりしながら花壇の世話の準備をしていた。一人取り残された僕。
 僕はもう普通の男の子じゃなくなってしまった事を自覚していた。のっぺりしてふっくらし始めた顔。ショートボブにカットされてしまった髪。思春期の女の子程度に変化して膨らんだ胸。丸みをおびはじめすべすべになった体、その体に焼きついてしまったスクール水着とスカートビキニの日焼け痕、そして一瞬だけど男性にときめいてしまった自分。 そんな自分の前に、体育でいつも履いていたピンクのショーパンと、袖がピンクの体操服。それはいわば初期の女の子トレーニングの時に着用を義務付けられた体操服。そしてその横には、いわば女子学生の印とも言える、真新しい紺のブルマと紺の丸首体操服。
 僕は恐る恐る、ブルマを手にしてため息をついて、そしてじっと見つめた。
(これを履いたら、僕はまた一歩男から後退してしまう…)
 水着なんていう普段はあまり目にしない物じゃなく、僕が中学の時、女の子達が普通に身に着けてた物。そしてその可愛い姿に何度か見とれた事がある物。そしてそれを今、今度は自分が身に付けなければならない立場になっている。
(大塚先生も、渡辺先生も、まだブルマ履かないのか?て言ってきてるし、折角仲良しになった他の四人達の仲間はずれになりたくない)
 僕は大きく体を反らしてブルマを手にした両手で顔を覆って天井を向く。そしてゆっくり手を戻し、そして座ったまま脚を伸ばし、そしておそるおそるそのゴムでくしゃくしゃになった布切れを脚に通した。そしてゆっくりとそれを太腿まで引っ張り上げていく。
(ああ、男でなくなっちゃう…)
 そして立ち上がり、最近ぷるぷるし始めた僕のヒップを包む様にして、とうとうその紺の布切れは僕の下半身に吸い付く様に密着した。そして研修室の鏡に自分を映すと、そこには中学時代に興味深く眺めていたのと同じ姿をした僕。
 少し日焼けしてるけど、ブルマから伸びる曲線で縁取られ始めた、健康そうな脚。うっすらと透けるブラの二つの膨らみを持ち、どことなしに少年っぽい面影を持った女の子姿の僕が映っていた。
(僕、倉田愛…)
 軽くにっこりすると、優しい微笑みになる鏡に映った、女の子になり始めた僕。
(いっかあ!別に変な所ないし!ブルマの前の小さな膨らみ以外は!)
 覚悟を決めて僕は恐る恐る研修室から、同期のクラスメートがいいる中庭に恐る恐る歩みだした。
「あ、愛、ブルマにしたの?」
「かわいいじゃん!そのほうがいいよー」
 たちまち皆が駆け寄ってくれて、女に一歩近づいてしまった僕を祝福するみたいに体とかヒップを触ってくれる。やっと僕もみんなの一員になれた気がして、でもなんだか複雑な気分。その時、
「撮るよー!」
 いきなり聞こえた渡辺先生の声。手に携帯を持ち、いつのまにか近くまで来てたのに全く気がつかなかった僕
「愛ちゃーん、こっち見て!」
 恥ずかしがる暇もなく、最近はもう条件反射みたいに、その声がかかると顔近くでVサインをしてしまう僕。そして早々と僕のブルマ姿が記録されてしまった。

「妨害でもかかってるのか?とにかく写真くれ」
 執拗に早乙女美咲研究所の情報を求める親父に対してあきれ返った僕は、インターネットから落とした伊豆半島内の研究所のある場所とは反対の場所の写真を何枚か適当に送付しておいた。そして、理紗からは全く返事がこない。
 半分頭に来た俺が連絡をすると、相変わらず短文で悪態をついてくる彼女。まあ、メールが返ってくるだけまだましかもしれないが…。
「理紗!まだそんなに怒ってるなら、俺、本当に女になっちまうぞ!いいのか!?」
 そうメールで結構きわどい事を送ると、しばらくたってから返事が来た。
「なってみれば?どうせならあたしより可愛くなってみたら?」
 挑発とも思える返事が理紗から返ってきた。
(そうなの?あっそう?そういうならこっちだって!)
 僕はもう体に女も焼きついたし、ショーツ、ブラ、スク水、ビキニ、ブルマまで経験しちゃったんだ。そーかよ、わかったよ!
 俺はメールで悪態をつくのを止め、一呼吸置いてから別のメールを送った。
「嘘嘘だよー。元気にしてるからさ、熱海まで来ない?日時は…」

 思いがけず、理紗から承諾の返信が返ってくる。理紗にさんざんからかわれた僕は、少し考え直して部屋の箪笥の引き出しを開ける。
(ぶかぶかになってなければいいんだけど)
 ここに来てからというもの、体重は少し減っていて、ウエストはベルトの穴二つは減ってるかも。
(ぶかぶかでもいいや。こんだけ締まったんだってアピール…)
 そう思って何の気無しに履いた僕のGパンにすごい事がおきていた。なんで?どうして?なんでこんなことが…
(太腿が、入らない…)
 理紗に最後に会ってから一ヶ月位しかたってないのに。そういえば、制服のスカートだって、体育のショーパンだってブルマだって水着だって、太腿なんて気にせずに履けるものだった。思えば、ブルマを履いた時、ヒップと太腿がやけにぷるぷるすると思ったけど…。
 僕は慌てて無理して履こうとして、太腿にぴっちり食い込んでしまったGパンを脱ぎ捨て、ショーツのままで自分の横姿を鏡に映してみた。
(うわぁ、これ)
 ここに来る前の自分の記憶を思い出して、今の自分と比べてみる俺。細くて何本かの筋肉の線が入っていたはずの僕の太腿には、もうその線は消え、全体がふっくらとした曲線に変わっている。そしてヒップと太腿の境界線は上の方にきりっと有ったのに、今その境界線はだらんと斜めに垂れ下がっていた。
(ああ、もうだめだわ。もうこのジーパン履けない。じゃあ…仕方ないや!!)
 理紗に仕返ししてやろうと思い、俺は彼女に会いに行くんだけど、という事で渡辺先生に相談する事にした。

「えー、女になりはじめた愛ちゃんに会ってくれるのー?いい彼女じゃーん」
 そう言ってくれる渡辺先生に、俺は着ていく服の事を相談した。
「うんうん、よしよし、そーゆー事ならねー」
 僕の事なのに、まるで自分の事の様に嬉しがる渡辺先生。そしてレンタル衣装室に僕と一緒に入り、服の品定めをしてくれた。
 まもなく渡辺先生が選んでくれたのは、日焼け防止用にと長袖の薄手のバラ色のブラウスに、そして、
「えー、バルーンスカート?」
 薄いピンクのそれを両手に持って僕の腰に当てる渡辺先生。
「これだと下半身にボリュームが出来て、薄いヒップがごまかせるし、前の膨らみも目立たないでしょ?」
「なんだか、昔のちょうちんブルマみたい」
「まあ、履いてごらんなさい」
 ふわふわすべすべの肌触りのブラウスを着込み、不思議な感覚のそのスカートに脚を通すと、今まで経験した事が無い不思議な心地よさを感じる僕。
(女の子の服って、こんなに軽いんだ)
 鏡に映る僕はそこで今まで体得したいくつかのポーズを取ってみる。やっぱり秋葉系の服よりこっちの服で可愛い仕草した方が似合う。ていうか、僕、可愛いじゃん!
「女の子の可愛さって、その仕草も重要なポイントだからさ」
 そして、
「いきなりヒールは無理だから、これなんか可愛いんじゃない?」
 僕の為に白に金のアクセントの入った一足のミュールを用意してくれる渡辺先生。それを履いてレンタル衣装室の床を歩くと、コツコツと鳴る軽い音。街行く女の子達の歩く音だった。僕は渡辺先生にお礼を言って、ショーパンとTシャツ姿に戻り、衣装を大切に抱えて部屋に戻った。

 いよいよ結構の朝、今日は日曜で朝からとっても暑くなりそうな雰囲気。部屋の椅子に例のよそ行きのおしゃれ着に身を包まれ、そして鏡の前で堀先生に軽く化粧を施されようとしている僕。
「化粧の実践授業は秋からなんだけど、今日は愛ちゃんにとって特別な日だから許してあげる」
 そういいつつ僕にパウダーをはたく堀先生。僕にとって初めてのお化粧体験だった。
「よかったよねー、理解ある彼女でさー。いろんな事一杯教えてもらいな。暑いからお化粧くずれするかもしれなけど、直し方は一応知ってるよね?」
 いや、そう言ったけど、本当は理紗をからかいに行くんだけどさ…
「お化粧くずれの時さ、彼女にやってもらえばいいじゃん」
 そう言つつ、僕の髪を丁寧にブラッシングしてくれる渡辺先生。
 僕の顔が鏡の中で少しずつ変わっていくのがすごく面白い。化粧品の女の香りに包まれ、まるで魔法かけられたみたいに変わっていく俺。
「大分ホルモンが効いてるみたいね。お肌とかかなり女の質感になってるし。まあ軽めで」
 はじめてビューラを体験し、伸び始めた睫毛の形を整えられ、そしてマスカラをつけられ、軽くシャドーを入れられると、僕の目はみるみる女っぽく可愛く変わってしまう。そして頬にチークを入れられて…
「えー、こんなに変わるんだ…」
 そして最後に堀先生は手に薄いピンクのルージュを手にして、すっかり女の子っぽくなった鏡の中の僕に話しかける。
「女の子の化粧で一番大切で、そして一番重要なもの。巷では唇は大事な女性自身を表現しているとまで言われてるの。それを飾るのがこれ」
 僕の唇はみるみる艶の有るピンク色に変わり、そして鏡の前の僕は、少年ぽい女の子から、だんだん普通の女の子に変わっていく。
(女の子の大事な部分を表現してるだなんて、話がうますぎるよ、だって僕なんだか、変な気分になってく)
「本当はもっと気合入れたいんだけど、初めてだし、化粧直ししやすいし、来年女子高校生だしね、これくらいで」
 女子高校生と聞いて、来年の事を不安に思う僕。来年の今頃の僕ってどうなってるんだろう?予定通り留学してるのか、それとも…。
「さあ、行ってらっしゃい!」
 最後に髪を整えてた堀先生が軽く僕の背中を叩いて、そして小さなハンドバッグを手渡してくれる。
「一応化粧品とか鏡とか必需品は入れておいたから。後、男子トイレに間違って入らないでね!」
「ありがとうございまーす」
 そう言ってミュールとハンドバッグを手に、初めて女の子お出かけモードの僕。
「愛、かわいいよ!」
 玄関に見送りに来てくれた同期のクラスメートとか先輩達の冷やかす声。
「愛、自信持って!うつむかない!あんたは女の子、可愛い女の子なんだから!」
「はーい!」
 奈々先輩の言葉に軽く返事して、僕は研究所の小道の先のバス停へ向かった。

 バスから伊豆急に乗り換え、ミュールの音を響かせ熱海駅に向かう僕。全然平気というか何事も起こらない。只、一人の女の子になった僕への視線を結構感じる。特に男じゃなく女の視線がすごい!もう頭の先からてっぺんまで、じろじろ見られる。
 電車に乗ったときの女の子の仕草も一応教わってはいた。席に座り、まっすぐながらも目線を人から外して、時折鏡を見たり、携帯を見たり。そのうち世間は夏休みで家族ずれがどっと入ってくる。
「ほーら、騒がしくしない、お姉ちゃんの横に座って!」
 お姉ちゃんと言われて、ちょっと恥ずかしがる僕の横に座った家族連れの女の子が、僕の顔をじっと微笑む。僕もその子に微笑み返すと、その子のお母さんが僕ににっこりした。
(ああ、女同士って、こういう感じなんだ)

 熱海の駅に着いて、理紗が待っているはずの商店街の某喫茶店。ちょっとどきどきしたけど、勇気を出して入っていった。初めての女の子モードの僕に理紗は何て思うだろう。なんて言うだろ。
 そして、喫茶店の奥に理紗を発見。あの時と全然変わってない。僕はわざとミュールの音をさせてゆっくりと席へ向かう。ちらっと理紗がこちらを見たけど、僕とは気づいてない様子で、再び携帯画面を見はじめた。僕はとうとう行動開始!。
「理紗」
 彼女の名前を言うが、全くそれに気づかない。今度は少し大声で、そして練習した女声で
「りーさっ」



 今度は流石に気がついた。暫く僕を見る理紗そして、
「あっ!」
 口に手を当て、目を丸くし、そして理紗の目線は僕の全身を細かくリサーチしはじめる。
「ここ、いい?」
 テーブルを挟んで理紗の前の席に座る間、理紗は僕をしっかり見据え、震えた様に口を震わせていた。僕も実は恥ずかしさで一杯だったけど、
「理紗、元気だった?一ヶ月ぶり…」
 その途端、理紗は僕の手を引いて立ち上がる。、
「理紗、ちょっと!」
 そのまま僕は強引に女子トイレに連れ込まれてしまった。
 初めて入った女子トイレ、その中の個室に僕は連れ込まれてしまう。
「服、服脱いでみてよ!」
「なんで?」
「いいから!脱げっつーの!」
「だからなんでよ」
「あんたのその水着の日焼け痕は何よ!ブラの膨らみは何よ!」
 僕はようやく理解した。たしかにブラウスには透けたブラと一部水着痕が見え隠れしていた。ブラはともかく、バラ色の服で水着痕はわからないだろうと思ったけど、さすがにばれてたか。 僕は意識して、ブラウスを脱ぐ女の子の仕草を披露して、ちょっと恥ずかしげに背中を向けた。
「なによこれ!」
 理紗はいきなり背中を向けた僕のブラを指で器用に外し、そして、僕に出来てしまったバストに手を伸ばす。そしていきなりそれを鷲づかみ。
「痛っ痛い!」
 思わず声を上げる俺は、くるっと回って理紗と向き直ったその時、
「パチ!」
 軽い音と共に僕の頬に軽い痛みが走る。僕に平手打ちした理紗の目には涙が溜まり、口は真一文字にきっと閉められていた。そしてそのまま理紗はトイレから出て行く。
「あ、理紗!」
 はっと思ったけど、僕の口からは男声じゃなく、ハスキーな女声が出ていた。喫茶店の室内では多分理紗だろう。あわただしくヒールの音を立てて逃げる様に去っていく理紗らしき女の子の足音が消えていった。

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