早乙女美咲研究所潜入記

(7)焼き付いた女の印

 体育は今まで通りのショーパンでも、そして配られたブルマでも良いって事になった。今のピンクのショーパンでも恥ずかしいのに、俺はとうていブルマなんて履く気は無かった。正式に制服を着せられてから最初の体育、思った通り美紅が最初にブルマ姿で授業に現れる。
 皆のからかいの声の中、恥ずかしそうにうつむき加減で、ふっくらとし始めた太ももを触りつつ、
「かわいいでしょ」
 とのたまう姿や、後ろ向きになった時に見える背中に出来たブラの線、そして丸みを帯び始めたヒップを包む紺色のブルマを、履き慣れないせいかひっきりなしに触るその姿。
(美紅、かわいいなあ)
 と本気で思う俺。しかし、ふと今や俺の背中にも、美紅みたいにブラが透けて見えてるんだって事に気づく。
(俺も、美紅みたいに…、いや、ちがうちがう!)
 体力は確実に衰えてきているのがわかる。準備運動で中庭を二周走っただけで、もう息をきらして疲れが出てくる俺。鉄棒を使っての懸垂も三回で腕が伸びてしまう。美紅は一回でもうだめという顔をしていた。
 その反面、毎日のダンスとか股割りとかの特訓のせいもあるのか、体は柔軟になってきている。体を倒すと体と足はほぼくっつき、両手の指は、両足の指をしっかり握れる程になった。
 次の体育の時間は、俺以外全員ブルマ姿になっていた。
「愛、なんでブルマ履かないのぉ」
 背中に相手を乗せる準備運動の最中、普通の女声になった留美が俺に意地悪そうに言う。
「あ、あの、あたし、まだ恥ずかしくて…」
「まーだそんな事言ってるー」
 ぴょんと俺の背中から飛び降りた留美は、俺に向かってくるっと一回転して両手を胸元で広げて決めのポーズ。
「ブルマ可愛いよ」
 背中と胸元から透けるブラの線が、留美がもう普通の男の子でなくなった事をアピールしていた。あ、そうか、俺もそうだった。
 その日は暑い中、五人で交代制のドッジボール。ぶつけられたり、うまく逃げたりするたびに皆の口から上がる黄色くなり始めた笑い声。投げられるボールの威力もだんだん衰えてきたけど、その分皆の動作も鈍くなりはじめ、ゲームとしてはバランスが取れたものになっている。俺もいつの間にか皆に同調して、もはや平均して一オクターブも上がってしまった声で歓声を上げていた。
 俺を除く四人のブルマの前は、普通の女子には無い膨らみが有った。しかし、全員がもう機能が衰えているのだろうか、それは小さなものに変わっていた。
「よーし、次の体育から水泳なので水着着用の事」
 ここに来て二年目の大塚先生も慣れたものらしい。そして、いよいよ女子用の水着を着せられる俺。こればかりは選択の余地無しだ。本当、俺は聞かなかった事にしたかった。
 その日の夕方、ボイストレーニングの授業を終えた俺は、ひりひりする喉の痛みを我慢しながら部屋に戻り、制服のスカートを脱ぎ、ブラウスのボタンを外し、暑いニーソックスを脱いだ。もう腹筋も消えかかり、かなり白くなった俺の体に吸い付く様に付いているブラとショーツ姿の俺を姿見でじっと眺める俺。
(俺って今どこまで女になっちゃったんだろ)
 汗がしみこんでいる筈のブラウスとか、ブラからは汗の臭いは全くしない。そして、今日体育のドッジボールとかで結構疲れているはずなのに、いつのまにか疲れは消えている。
(俺、そんなにスタミナの付く事とか、食事してないんだけど。慣れちゃったのかなあ)
 そう言えば午前中の高校入試の為の勉学は最近すごく良く理解出来る。公式とか暗記物とかすらすらと頭に入っていく感じがする。それらは俺にとってはすごく嬉しい事なんだけど…。
 その時、
「愛ちゃん?いる?」
「あ、はーい」
 普通に口から出る様になってしまった女口調の返事と共に部屋のドアを開ける俺。
「あ、着替え中だった?ごめん」
「あ、いえ別に」
「こら、愛ちゃん。女同士でも気は使うもんだぞ。下着姿はNG!」
「あ、ごめんなさい」
 戸口に立っていたのは、懐かしい俺の携帯を手にした堀先生と渡辺先生だった。
「はい、携帯電話は返します。普通に使っていいけど、ここの事は喋らない様にね」
 俺の手にしっかりした男性用モデルの黒い携帯が手渡される。
(いいの?先生?俺、いわばスパイだよ?親父に電話しちゃうよ?)
 そんな俺の心の中を知らないのか、堀先生が続ける。
「そ・れ・と、外出は届ければOKにするからね。但し、女の子で近場に度胸試しならの話。もし外出したいなら女の子の服用意するから言ってね。結構いろいろなのストックしてるからさ」
(げっ、いよいよ…)
「女の子の服とか買ってあげたいんだけど、そのうちすぐに体形とか変わっちゃうだろうからさ。落ち着くまでは借り物という事で」
「じゃね、ゆっくり休んでね」
 そう言いつつ、同じ事を他のクラスメートに言いに隣の部屋に急ぎ足で行く二人の先生だった。本当に俺の事何も知らないの?堀先生…

(親父、携帯返してもらった。とりあえず俺は元気だよ)
 と、それだけを親父にメールで送り、そして俺は続いて理紗にメールを送ろうとした。しかし、何て送ればいいのかわからない。
 俺は近日中にはスクール水着を着せられてしまう身。俺の女性化を嫌っている理紗に何て送れば…。
 さんざん悩んだ挙句、
(理紗、携帯通じる所に来た。また会いたい)
 とだけ打って、俺はピンクのトレーナーに着替えて食堂に入った。

 とうとう運命の日が来てしまった。昼食後着替える為に研修室に入った俺は真新しいスクール水着の入った袋からそれを取り出し、諦めた表情でそれを手にした。いわば生まれて初めてプライベートな空間とはいえ、女姿を施設の外で披露する訳だ。周りを見ると、皆スカートからショーツを脱ぎ、そしてスカートの下から水着を履いている。
 そう言えば中学の時、更衣室の壁に空けられた小さな穴から女子の着替えを覗いた事が何度か有る。同期の四人がやっているのはそこでの着替えと同じ事だった。
「愛、また恥ずかしがってるの」
 胸元に小さな二つの膨らみの有るスク水姿の美紅が俺の側によって来る。
「う、うん、あたし初めてだし…」
「えー、あたしだって女の水着は初めてだよ」
 そう答えた美紅は俺の前で初めて着た水着が嬉しいとばかりくるっと一回転。あ、他の三人も俺によって来た。
「わーかーりーましたー。今着替えまーす」
俺はもうあきれたというか、堪忍したというか、とにかくスカートの下からとかそんなまだるっこい事はせず、制服のブラウスを脱ぎ、スカートを落とし、ブラとショーツを外し、大胆に裸になってスク水に脚を通した。その途端誰かが俺の背後から俺の体を抱きしめ、そしてその手の指は俺のバストトップへ
「あーーん!」
 いきなり男とも女ともわからない声を上げ、足の力が抜けしりもちをつく俺。振り返ると意地悪そうな笑みを浮かべた美紅の顔が目に入る。本当なら引っ叩いても良さそうな状況なのに、俺は何故か笑っていた。大急ぎでスク水を引っ張り上げ、肩紐を腕に通した俺は仕返しとばかり美紅に背後から襲い掛かり、彼女の胸を背後からぎゅっと掴んだ。
「キャーッ」
 俺の両手に柔らかな暖かい感触と、ころころした美紅のバストトップの感覚。ここに入った時、二人ともまっ平らだったはずの胸はもうこんなに変わってしまっていた。その瞬間美紅にすごい親近感を覚える俺だった。
「こんなになっちゃったね…」
 ゆっくり俺が手を離すと、今度は自分で自分の胸に手を当てる美紅。集まった他の三人も大きさの違いは有るけど、全員スク水の胸元には小さな膨らみが出来ていた。
「早く行こ。大塚先生に怒られるからさ」
 明日香がそう言って、もともと太っていたせいか、早くも目立ち始めたヒップを揺らしながら浜辺への階段へ駆け出していく。
 俺も初めて身に着けた、体をぴっちりと覆う不思議な感覚のそれに違和感を覚えながらも明日香達の後に続く。

 岩場に挟まれた百メートル程の真っ白なプライベートビーチ。人家とか船とか全く見えないその浜辺に俺はほっと一安心。髪を海水から守る為、白い水泳帽を被らされた俺達の姿は、まだまだ女の姿じゃないいけど、全身は丸みを帯びはじめ、顔はどことなしに白く優しく見え、普通の男の子じゃなくなってきているって事がわかる。
 なにより俺のこの恥ずかしい姿を他人に見られていない事が俺の心の助けだった。
「それじゃ、入れ!といってもこれから一時間好きにしてよし。俺は岩場にいるから」
 その言葉に歓声をあげ、波打ち際へ駆け寄ってく俺以外の四人。みんな女の子で泳ぐのは初めてなんだろう。俺もゆっくり波打ち際へ行き、少しずつ海に入った。
(女の水着って、なんだか服着て水に入ってるみたい)
 冷たい水から体を守られてるって感覚も有った。
(ふーん…)
 俺は興味深げにスク水が海水に濡れていく感覚を楽しんだ。もう別に嫌だという感覚は麻痺していた。だって、ショーツにブラ、女の子の可愛い制服まで着せられたんだし。体も一部女になってるし。どうせ元に戻るんだし、別にどうなってもいいしさ。それに昔見たプロレスラーだってこんなの着てたし!
 水を掛け合ってはしゃいでいる他の女の子?達の横で、俺は気ままに海の中で体を動かし、時には潜水、時には本格的に泳いだり。そして時折クラスメート達の体をタッチしたり。それからしばし俺は皆と少し離れ、岩場で囲まれた潮溜まりみたいな所へ行って、石を枕みたいにして仰向けになり、しばしぼーっとしてた。少し離れた岩場ではいつのまに持ってきたのか、大塚先生がつり糸を垂れている。見た目によらず、プロスポーツ選手のトレーナーだって出来る先生って聞いたけど、
(変な先生…)
 そう思いつつ、軽く水しぶきをあびながら、スク水で包まれた自分を水がくすぐる感覚を楽しんでいた。
(弱くなっていく体を守ってくれてるみたいだ)
 そして遠くに見える島影みたいなものを見ながら、水着のヒップの部分を手で直す俺。 女って何なんだろう。俺は今までここで受けたトレーニングを思い出しつつ、白くすべすべになった体をあちこち触る。胸元には俺にも出来てしまった小さな膨らみが二つ。水着の上からなぞってみると、冷たい様なくすぐったい様な…。
 他人の目から見ると女の子って可愛いと思うけど、自分にその要素が入り込み始めると…。
(力無くなってくるし、すり傷とか治りにくいし、朝のスキンケアとか風呂とか面倒だし、第一ブラ着けないと生活出来ないって初めて知ったよ)
 体を拘束する様なブラジャーの感覚に俺はまだ全然慣れていない。
(理紗って毎日こんな面倒な事してるのかな)
 そう思いつつ、ふと砂浜を見ると、そこには歓声を上げながら手を繋いで波打ち際で波と遊んでいる四人のクラスメートの姿が有った。トレーニングと脚癖の矯正の為か、その仕草は普通の女子そのものになっていて、キャッキャッと女声で笑い合って…
(仲間はずれ!?)
 それを見た瞬間俺の頭の中で稲妻の様にそんな感覚が走る。俺は大慌てでとび起きて波の浅瀬を大慌てで浜辺に向かって走る。長い間付けられた矯正ギプスのせいで、内股気味になってしまった脚で。
「ずるーい!あたしも混ぜて!」
 無意識のうちにそう叫んでしまう俺だった。
「あ、愛どこにいたのよ」
 一人行動をとっていた俺を暖かく迎え入れてくれる、少女になりはじめた男の子達。俺はいつのまにか端にいた留美の手を握って、一緒に波遊びを始めた。
 しばし遊んだ後、皆疲れたのか砂浜に座って休憩。俺は前に座った美紅が水着の肩紐を指で直す姿を見て、あっと声をあげてしまった。美紅の方から背中にかけてくっきりと着いた水着跡。
(あ!やべっ!)
 俺は思わず自分の方の水着をめくると、そこにはくっきり着いたスク水の日焼け跡。
「ちょっと美紅!俺…あ、あたしの背中どうなってるか見て!」
 そうつつ美紅にくるっと半身を向ける俺。不思議そうに俺の背中を触りつつ、
「大丈夫なんともないよ」
 と美紅。
「いや、あの、水着の跡って付いてない?」
「え?うん、付いてるよ。セクシーじゃん」
(ぎゃっ)
 笑みを浮かべつつも俺の頭の中に雪が降り始める。そうだよね、普通こうなるよね!?肩からお腹、お尻に至るまで、水着の渕からのぞく薄赤く焼けた体に全身しっかり白っぽい女のスクール水着の跡!しまった、忘れてた!
「えー、可愛いよー」
 明日香と美里も近寄ってきて、そして俺の体を触った後、自分に付いた水着跡を見て嬉しそうな顔をした。
(理紗に、殺される!)

 午後過ぎ、水泳が終わると真っ先に俺は水着のまま風呂場の脱衣所に駆け込み、鏡に自分の姿を映す。水着の肩のストラップを外すと、くっきり胸に付いた白い日焼け跡。そしてもう小さな膨らみまで出来始めた胸の赤黒く大きくなったバストトップが、その白さにくっきりと映えている。
「やっちまった…」
 独り言を言った後、呆然となる俺。これ理紗にどう言い訳しようか…。暫く理紗の前では裸になれないし、俺このままだとプールとかスーパー銭湯にも行けない…。
 シャワーを浴び、いつの間にか慣れた手つきで女の下着を付け、そしてレンタル衣装室から借りてきた女の子用のTシャツ、そして、制服以外に流石にスカートは履きたくないけど、夏のこの時期用意されているのは、スカート以外は女の子用のデザインのショートパンツばかり。
 俺はしぶしぶ黒の地味なデザイン…といっても、金の鋲とポケットに白のハートマークみたいなストレッチのデザインだけど、それを履いてベッドに寝転がり携帯を確認。
 親父からは施設内の写真を至急送れとメールが有った。
「やだよ、俺そんな気分じゃないし…」
 ところが、理紗からは携帯が返ってきてから何度かメールを送ったのに返事が全く無い。
(理紗、まだ変に思ってるのかよ)
 えっと、理紗、ちょっとまずい事になっちまった。会えたら話す…と。そうメールを打って俺は携帯を置き、カットされた髪を手でぱさっと軽く払ってベッドにドンと寝転がり、窓の外の夕焼け気味の風景を見ながら水着の言い訳を考え始める俺。その時俺の頭の中で夕焼けと連想して、小学校の時の下校時に放送でかかってたドボルザークの音楽が流れはじめた。どうしてだろ、こんな感覚なんて久しぶりかも。
 ふいに俺は一人でるのがなんだか寂しくなってくる。人恋しい、誰かとお話したい。でも今理紗とか親父と喋るのはちょっと…、気心知れた人が…、いるじゃんここに何人か…。
 俺はベッドから飛び起き、隣の美紅の部屋に向かって走り出していた。

「美紅、いるの?」
「あ、愛ちゃん?いいよ入っても」
 隣の美紅の部屋のドアを開けると、美紅の横でペタン座りした留美が胸元で手を振っていた。
「珍しいよね、愛が寄ってくるなんて」
「なんかいつも孤高って感じなのにね」
 あ、俺浮いてたのかも。
「ううん、なんかさー、最近すごく一人が寂しくなってさー」
 そういいつつ俺も留美と美紅の前にぺたんと座る。
「あ、あたしもそうなの。だからさー、最近暇な時はいつも美紅の部屋に来てさー」
 早くも睫毛が伸びて女の子らしい目に変わってきた留美がその目を輝かせて話す。
「美里と明日香は?」
「あ、あの子達も時々来るよ、二人揃ってさ」
「愛が来たの初めてだよ。四人揃った時なんて、愛ちゃんどうしてんのかなーって話したりするよー」
 ああ、なんでなんだろ、他愛もない事ばかり話してるのに、なんか俺幸せな気分。それ以降俺も含めた五人は美紅の部屋で暇な時はいろいろおしゃべりする様になっていった。
 女子高校生特化トレーニングは俺の頭の中を百八十度ひっくり返す内容だった。
 視聴覚室でヘッドセットを付け、耳から流れてくるギャル言葉を何度も口真似する俺。それに手の仕草が入った映像をモニターで見ながら真似する俺。女の下着の種類、トップスとボトムスの種類を少しずつ頭に叩き込まれていく俺。ヘアメイクが少しずつ上手くなっていく俺。化粧はまだだけど、化粧の基礎とか方法を覚えてく俺。
 水無川先生のダンスにも有る、少女がすると可愛い仕草というのを少しずつ体得していく俺。そしてクラスメイト二人で女子高校生言葉でマシンガントークをさせられる俺。最初は一分ともたなかったのに、だんだん五分十分と続き、喋りながら次の言葉を考え、左脳がどんどん発達していく俺。
(なんだかんだいって、俺このトレーニング楽しんでる)
 時々そう思うけど、だんだんそんな事気にしなくなっていく俺だった。
 渡辺先生と如月先生はしばらくの間、アメリカで研修という名のバカンスに行ってると渡辺先生から聞かされた。
「帰ってくるまでに、通しで全て振り付けを覚える事って言ってたよ」
 そう聞かされて、時間が有れば、可愛いTシャツと例の黒のショートパンツ姿で、板張りのダンスルームで壁一面の鏡を前に、一人で、そして時には仲間達と一緒に教えたり、教えあったりしてトレーニングに励む俺。
 鏡に映るアバターみたいな、ショートパンツの俺の女姿。その動きが、ぎこちないものから、だんだん女を思わせる動きに変わっていく。
 水泳時には、俺は肌が焼けると痛いという理由で、渡辺先生から日焼け止めの薬をもらい、あまり泳がない時は肩にバスタオルをかけてこれ以上の日焼けを防いだ。

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