早乙女美咲研究所潜入記

(6)岐路

「帰ってきたか。おお、なんだかさっぱりした顔してるなあ。理紗ちゃん可愛かったか?」
 家に入るやいなや、顔を合わせたとたん、そう意地悪そうに俺に言う親父。俺は無視を決め込み、荷物といっても小さなカバン一つだけど、それを取りに自分の部屋へ入る。
「なんだよ、軍資金出してやったスポンサー殿に対し、冷たいじゃねーかよ」
 そんな親父に対して俺は軽く敬礼みたいなポーズを取り、荷物を持って部屋を出る。
「なんだ、もう出るのか」
「うん、五時に待ち合わせなんだ」
「誰と?」
「わかんね」
 そう言って靴を履き、玄関を出る俺だった。
「おーい、レポート待ってるぞ!」
 親父の声をあえて無視し、俺は家を飛び出した。

(へえ、街ってこんなに面白かったんだ)
 俺の足はもう一度渋谷に向かっていた。理紗といる時は気づかなかったけど、本当暫くぶりに一人で眺める街の姿は三ヶ月前とは違って見えた。なんだかこう、店とかの彩りやデザインが一つ一つ興味深くて。暫く田舎で暮らしてきたせいなのか、それとも時々読んでたティーン向け女性誌のせいなのか…。
 初夏の暑い日ざしと暑さで流れる汗をぬぐい、かなり伸びた髪を手でかきわけつつ、
(あ、いけね。また脚が…)
 三ヶ月ギプスで矯正された脚が再び内股気味になる。気を取り直してどうどうと意識しながら男歩きをする俺。
 そして昼下がり、青山付近まで歩いた俺は、さすがに暑さと疲れでお洒落な喫茶店に入ろうとしていた。そこのショーウィンドウを見ていた時、その隣の何だかセレブ御用達みたいな店構えの美容院の人が入り口で雑談していた様子。そして俺の方をちらちらと見ていたのは覚えている。
「ちょっと、君?」
「え、あの、俺?」
「うん、君」
 そう言いながら、店長みたいな男と女性のスタイリストらしき人が近寄ってきた。
「君、高校生位?」
「え、うん、そうですけど」
 何だかわけがわからないと言った顔をしている俺を横目に、店の人二人が目で何か会話してた。
「君、この近くに住んでるの?」
「いえ、近くではないんですけど」
「あのさ、もしよかったらうちのカットモデルやってくれない?」
「え?カットモデル?」
「うん。当然お金いらないからさ」
「え、いや、その…」
「あ、今でなくてもいいのよ。よかったら連絡ちょうだいね」
 女性スタッフがそう言いながら俺に何やら名刺を渡し、そして店に消えていった。

「すげぇ、結構有名なサロンじゃん…」
 午後四時近く。目的地近くまで行くバスの出る品川駅のインターネット自由検索端末からその名刺の書かれたアドレスを検索した俺は思わず声を上げた。知ってる芸能人の名前もちらほら見える。
(俺、そんなにかっこよくなったんだ。このまま続けて、そして予定通り一年で止めて男に戻ったら、ひょっとしてマジで芸能界…)
 心の底から嬉しさがこみ上げた俺は端末を落とし、駅のトイレで自分自身を確認。
(そうだよな、俺確かにかっこよく、というか、なんか美少年になったかも)
 ストレートだったはずの髪は少しウェーブがかかり、顔色は良くなり、顎と頬の線は以前とははっきりわかるほど柔らかくなっている。只、俺の体の中で何が起こってるかは自分の胸がよくわかってるけど、自分にひょんな事から訪れた好機なのかもしれない。
(よし、もう少し続けてみよっと)
 俺は思わずスキップをしながらトイレを出た。

(こんなところで?)
 地図通りに行って指示された時間に到着したのは、夏の夕暮れのまだ明るい日差しの中、もの悲しい寂しさ漂う倉庫の一つ。俺は左右を見渡し、本当にここでいいのかという顔をしつつ、その入り口に近づいていった。と入り口付近で、暑い夏なのに黒のスーツでサングラスをかけ、口ひげをたくわえた一人の男が近づいてきた。
「愛お譲様ですね」
 突然研究所での通名で呼ばれた俺は一歩あとずさり。しかもお嬢様って…
「こちらです」
 男はそう言って建物に入り、エレベーターのボタンを押すと、軽く一礼をする。
「あの、どこへ?」
 俺のその言葉に男は返事をせず、やがて開いたエレベータの中へ俺を誘導し、そして、最上階のボタンを押した。
 ほどなく最上階へ着くと、男は横のドアに入り、そして階段を上り始める。
(ちょっと、なんだよここ…)
 薄暗い階段を二階分あがっただろうか。ドアを開けると…
(え、なんだここ)
 そこには小さな部屋が有り、暑い中パイロットスーツらしき服を着た人が数人。
「ご到着でございます」
「あ、じゃ準備します」
 男と会話したそこのパイロットスーツの人が別のドアから消えてまもなく、
「バロロロロロン!キュイーン!」
 外でものすごい音がする。
「愛お嬢様。さあ外へ」
 謎の男に背中を押され、そのドアから出た俺が見たものは、
(ヘ、ヘリコプター!?)
 ためらっている俺に、
「さあ、皆が待っています」
 皆という言葉を聞き、俺は少し安心した。
(そうなんだ、みんなが待ってる)
 前かがみになりながら、ヘリの後部席に乗り込む妙な男に続いて俺もおっかなびっくりでヘリに乗り込む。その時、そのヘリポートの入り口付近で何やら騒ぎが起きた気配がする。ふとその方を見た俺は絶句。
「お、親父!?」
 親父のもう一人の見知らぬ男が、パイロットスーツの人々数人に腕をつかまれながらも、こちらへ向かってくる気配だった。
(親父、まさか俺を尾行してたのか!?)
 親父は何か叫んでいるみたいだが、ヘリコプターのエンジン音に邪魔され、殆ど聞こえない。
「行くな!お前が行こうと…」
 やっとそれだけ聞こえた。とうとう親父ともう一人は取り押さえられ、身動き出来なくなっている。
(レポートしてこいと言ったり、行くなって言ったり、なんなんだよ全く…)
 俺はふとバッグから、堀先生にもらった赤いカチューシャを手に取り、伸びた髪をそれでまとめて髪を振った。もの悲しい顔で女の子らしく脚をそろえ、手元で小さく手を振る。
「ばいばい、親父…」 
 それは女の子がする別れの挨拶。
 やがてヘリは轟音を立てて離陸。じっと俺を見つめ、小さくなっていく親父をみつめながら、
(俺がこうなったの、親父のせいだからね)
 そう思いつつ、俺はもう一度親父に手を振った。

「全く、夏にこんな暑苦しい事やってらんねーよ!」
 離陸してからほどなく俺の横に座ったあの怪しい男がいきなりそう言って、サングラスと口髭を取り、髪に手を当てる。
「あー!大塚先生!?」
 カツラを手に大塚先生が額の汗をぬぐった。
「俺もどこで見られるかわかんねーからな。こう見えても元は私立名門付属高校で体育受け持ってたしよ」
 そう言いつつ俺に向かってにやりと笑う大塚先生。
「愛、三ヶ月良く頑張ったな。まあ、ご褒美の空中散歩だ」
「へぇー…」
 眼下に広がる宝石の様な街の灯。映像と違って生で見るその光景に俺はすっかり虜になってしまう。
「うわあ、綺麗!」
 思わず学んだ女の子イントネーションでそう叫んだ俺は、恥ずかしくなってうつむいてしまう。
「まあ、愛も明日からはお嬢様だしな」
 ぽかんとしてる俺に、大塚先生はヘリのエンジン音に負けない大きな声で続ける。
「明日からお前は早乙女美咲研究所の正式メンバーだって事。まあ三ヶ月試用の後本採用って奴よ」
 その言葉の意味がわからず、ほけっとしてる俺に更に大塚先生は続ける。
「まあ、要は!お前は明日から女として扱われる訳だ!」
「そ、そうなの…」
 何故かあまり俺は驚かなかった。まあ、以前も基礎トレ終わったらどうのとか聞かされてたし。
 でもそれにしてもこの夜景すごく綺麗!うっとりした目で移り変わる宝石の海の様子をただじっと見つめている俺だった。只、何故ヘリなんだろ?確かに尾行していた親父はこれで撒く事が出来たけど、まさかこうなるのを予想して俺ヘリで移送されたの?ひょっとして、親父の事ばれてる!?

 一時間と少し後、ヘリは夕暮れの早乙女美咲研究所裏の海岸に到着。そこに置かれたいくつかの照明ライトの真ん中に着地してエンジンが止まると、
「愛ちゃーん!お帰り」
 俺に駆け寄ってくる渡辺先生。
「無事に帰ってきた様ね」
 そう言いながら堀先生も姿を表した。
「愛、急いでよ。みんなもう帰ってきてるし、明日からの準備で大忙しなんだから!研修室の和室にすぐ来てね」
「う、うん、すぐ行きます」
 そう言い残して研究所に消えていく渡辺先生。
「愛ちゃん。明日からは女として扱うわよ。覚悟してね」
 堀先生の言葉に軽く返事をした後、俺は気になってた事を恐る恐る質問。
「あの、俺だけ、なんでヘリコプターで」
「あら、大塚先生から聞かなかった?研修終えた子達へのプレゼントだって。美里と明日香はアイドルグループのコンサートご招待。美紅はご両親と有名なホテルで夕食と一泊。留美はディズニーランドよ」
「あ、すごく綺麗でした。夜景」
「そう、よかったわね。さあ、早く明日の準備してらっしゃい」
「はい、堀先生、ありがとうござました」
 よかった。俺の思い過ごしだった。俺は砂浜から研究所の階段を駆け上がり、皆の集まる研修室へ向かった。
 この直後、大塚先生と堀先生の会話なぞ知る由もなかった。
「おい、堀先生。今年からえらい豪勢じゃねーか?」
「さあね、あたしの只の気まぐれよ」

「愛ちゃんね。はいこれ、制服二着、ブラウス長袖半袖二着とニーソックス。それと、新しい体操服とブルマ、レオタードとオーバースカートは…、これが可愛いわね、それと…」
 すっかり女が身につき始めた他の四人がキャツキャッ言いながら制服とかを体に当てている中、あまりの事に呆然となっている俺の前に、どんどん積み上げられる女の子の服。 河合さんという渋谷のブティック「LOVERY」のオーナーの人らしい。昨日理紗にお気に入りだって連れて行かれた店の一つだったけど、まさかその店がこの研究所に関わってるなんて。
(早い、早すぎる、こんなの)
 男物のジーンズ姿いつのまにか上手くなったペタン座りで呆然としている俺に河合さんが声をかけてくる。
「どうしたの愛ちゃん。気に入らない?」
「い、いえそんな事は…」
「恥ずかしいんでしょ?」
「え、あの、は、はい…」
 確かに俺の顔は恥ずかしさで真っ赤になっていた。
「じゃ、愛ちゃん。こっちきてAカップのブラとショーツのセット五着選んでね」
(ぎゃあああ!)
 俺の頭の中で何者かが悲鳴を上げる。とうとう来たんだ、この瞬間が…。
「愛ちゃーん、早く来て」
 いくつものトランクが置いてある部屋の片隅に座って俺を手招きする河合さん。
「あー、愛が下着選ぶよ」
「えー、愛ってどんなのが趣味なんだろ!」
 こらあ、お前らこっちくんな!恥ずかしいだろ!
 たちまち下着の入ったいくつものトランクケースの前に座る俺のまわりに仲良く座る四人組み。でもたちまち彼女?達の口からはブーイングの声が出る。
 俺はその中から一番大人しそうな、白とかクリームイエローとかの大人しそうで飾り気の無いものばかりを五着手にする」
「愛、地味すぎるよ」
「初めてのブラでしょ、もっと可愛いのにしなよぉ」
 愛の代りに次々と下着を選んでくれる同期の女の子?達。
「ねえ、なんで五着しかだめなのーぉ、あたしもっと欲しいのに」
 赤に白のドットとフリルの付いたブラパンセットを手に、すっかり女の雰囲気がついた留美がむずがる。
「だってさー、すぐに必要なくなるわよ。あんたたちの胸の発育スピードから見るとさ、ここ卒業する頃にはBカップは間違ないとこだし、Cとか、Dだって有りえると思う」
「えー、本当河合さん!」
「次ブラのサイズ変える頃には、あんた達堂々と女の子でうちに買いにこれるわよ」
「えー!嬉しい!」
 口々に喚起の声を上げる女の子達の横で、俺はうつむいて相変わらず顔を真っ赤に。
(Dカップって、理紗より大きいじゃねーかよ)
「ほーらー、愛っ、何恥ずかしがってんのよ!」
「あたしたちが選ぼうか?」
 たった三ヶ月の間に、女ではないんだけど、可愛げな男の子の雰囲気を身につけた明日香と美里がトランクケースに手を伸ばした。
「あ、ちょっと待って」
 河合さんが皆の手を止める。
「あたしも長い間女の子になっていく男の子の面倒見てるのよ。愛ちゃん、あたしが選んであげる。ここを卒業する頃の愛ちゃんを想像してさ」
(よかった)
 俺は少しほっとする。少なくとも男の自分が自ら選んだ女の下着を付けるとう自分自身の罪悪感はこれで消えた。
「えっとねー、愛ちゃん、ちょっと大人しすぎるし、照れ屋だよねー。だからさー」
 河合さんが選んで俺の前に置く下着を見ていくうち、俺は彼女に選ばせた事を後悔しはじめた。どれもレースのたっぷり付いたパステルカラーの可愛いものばかり。しかもそのうちの二つは例え俺が選んだとしても絶対選ばないものだった。
「ほら、愛ちゃん。もっと自分をアピールして。自分は可愛い生き物なんだってさ」
 河合さんの声に、
「わー、可愛い!」
「絶対愛に似合うよー」
 俺の隣に座った美紅と留美が俺に肩を軽くぶつけながら言う。
 クリームイエローのものは、中学卒業の時、理紗の家に行って彼女と抱き合った時に付けていたもの。そしてパステルピンクのもう一組は…
(それ、昨日理紗が付けてたものじゃねーかよ!)

 そして翌朝、俺にとっては地獄が待っていた。早朝からラフなタンクトップにショーパン姿の先輩達五人が俺達の部屋の前で制服を着た俺達が出てくるのを待っていた。
「何ぐずぐずしてんだよー、みんなあんたたちの晴れ姿見たくて朝から待ってんだからさー」
 多分奈々先輩だろうか。皆の部屋の戸を時折どんどん叩く音がする。そして、最初の歓声が上がった。
「美紅!やっぱり一番のりだったよね!」
「可愛い!似合ってる」
「あー、あたしも制服ピンクがよかったなあ!」
 こそっと部屋ののぞき窓から前の廊下を見る俺、
(美紅なのか?可愛い…)
 元から女の子で生活していた美紅。薬とトレーニングで更に可愛くなった美紅は、あの制服のおかげでどうみても女子学生にしか見えなかった。皆に追いかけられ、服を触られ笑顔で顔をくしゃくしゃにして、恥ずかしげに先輩達の手を軽く払っていた。
「あ、留美だ」
「え、留美も終わった?」
「あ、可愛い!」
「すごい!女の子になってんじゃん!」
 みんなにいじられているらしい留美、そして
「ありがとう、女になれる様がんばります」
 ハスキーだけど、女の声とイントネーションになった留美の嬉しそうな声。そして、
「明日香!」
「美里!」
「よかったね、すっかり男っぽさが抜けたじゃん!」
「もう少ししたらさ、絶対普通に女に見えるよ!」
 はしゃぐ二人を先輩達と留美、美紅が励ます様に褒めていた。
「あと、あれ?愛は?」
「愛、愛!何やってんのよ!朝ごはん行くよ!」
「愛!遅い!」
「女はコミュニケーションと団結よっ」
(んなこと言われたって、恥ずかしいものは恥ずかしいじゃんかよ!)
 俺はまだベッドの上で、今まではかされていたローティーンの女の子用の綿パン一つで座っていた。制服は袋から取り出してベッドの横には置いてある。でも、
(絶対着れない。俺には無理…)
 そうこうしているうちに部屋の外がだんだん静かになる。みんなあきらめて食堂へ行ったんだろうか?でも…、
(このままじゃ俺仲間はずれになる。女のいじめってこういう所から始まるって聞いた。それに、これ着ていかないと、トレーニングに参加出来ないし、どうせ、いずれは着せられるんだ…)
 そう思いつつ、自分に与えられたピンクの可愛いい制服を両手に持ち、ため息をつく俺(今日からこれ着るんだ。それにその前に…)
 俺は横に無造作に置かれた、ブラとショーツのセットを横目で見る。
(やっばりだめだ。こんなの体に付けれない。でも…、ここは我慢して…)
 さんざんためらった挙句、その五組の下着セットから俺が手にしたのは、サイズこそ違うけど、なんと昨日理紗が付けていたものだった。
(理紗、俺を守ってくれ)
 思いつめた表情で俺は綿パンを脱ぎ、ピンクのフリルたっぷりのショーツに脚を通した。
(あ、こんな感覚なんだ)
 前は短いのに、柔らかくなり始めた俺のヒップをくるっと大きく包み込むその不思議な感覚の下着。小さく退化しはじめ、ふにゃふにゃになった俺の男性自身はその圧力で半ばつぶれ、ショーツの中に納まってしまった。



(これ、オーバーニーって言うんだっけ。こんなの初めてだよ)
 付けたら結構暑いかなって思いながら、俺は片足ずつその不思議な靴下に足を通す。
(うわあ、俺の足、女みたいになってく)
 うっすらと柔らかな脂肪の付き始めた俺の足はいつのまにか青色がかかった様に白くなり、黒のオーバーニーと見事に調和していた。
(やっぱり恥ずかしいよ。外だれもいないよな。誰も入ってこないよな)
 ショーツとニーソックスだけの姿で俺は恐る恐る部屋の外を確認する様に扉を開けた。しかし、その途端、
「じゃーーーーーん!」
 扉の横から飛び出てきたのは奈々先輩だった。他の先輩達や同期の四人も部屋の外で息をこらせていたらしい。
「キャ!」
 思わず口にして、そして恥ずかしさで口に手を当てる俺。それは初めて俺が女の悲鳴を上げた瞬間だった。
「何悲鳴あげてんだよ!まだ着替えてないの!もう本当に世話の焼ける!」
 途端に奈々先輩は俺を部屋に押し戻し、後ろから他の四人の先輩が部屋に押し入ってきた。
「前に言ったよな!抵抗は無意味だって!」
 そう言いながら、裸の俺に背中から抱きつき、女性化し始めた俺のバストトップを襲い始める。
「奈々先輩!やめて、あ…」
 胸に来る突然の刺激に耐えられず、そう言ってたちまち膝が崩れる俺。
「杏奈!ブラ取って!」
 杏奈から手渡されたブラを手に、俺の背後にまわったそのままの姿勢でブラを俺の胸に当てる奈々先輩。
(ああ、だめだ、俺女にされる…)
 俺の脳裏に昨日見た理紗のむっちりした体が浮かぶ。
 とうとうブラのストラップを両腕に通され、そしてピチっとした感覚と共にホックが背中で留められた瞬間俺の体は膠着してしまう。
(とうとう、俺ブラを…)
 呆然となってる俺に奈々先輩の声が飛ぶ。
「愛!なにやってんの!ブラウス!」
 半ば強引に半袖のブラウスを他の先輩達に着せられ、そして俺は頭の中が白くなった状態でボタンを留め始める。だが、
(そっか、女は右前なんだ…)
 慣れない手つきでボタンを留め始める俺、その時、
(あ、バストトップが擦れない)
 以前から時々すれて痛くなったり、妙に張って過敏になって、時々声を上げていた俺の胸は、いまや内側が柔らかいブラジャーという下着によってガードされ、そして多分二度とすれたり、声を上げる事はないだろう。でも、俺はこの胸がこんな状態である限り、ずっとブラを付けなければならなくなったのも確か。
(ブラ無しだと生活できないもん)
 ずっと前に聞いた理紗の言葉の意味がなんとなくわかった。
「何ぼーっとしてんの!次スカート!」
 奈々先輩の声にはっと我に帰る俺。で、でも…
「奈々先輩!お…、あたし、すごく恥ずかしい」
 本当に恥ずかしくて顔を真っ赤にした俺に意外にも奈々先輩は笑いながら、俺の頭を撫でてくれる。
「別にいいじゃん。ブラまで付けてるんだし、一緒じゃん」
「だって…」
 そう言って自分でもびっくりするくらいしおらしい表情をみせてしまった俺。
「…、そっか、スカート初めてなんだ…」
 奈々先輩がすっと俺の前に来て、子供をに話しかける様に俺に言う。
「そういえば思い出すなあ、あたしも初めてスカートはいた時の事、今日からあたし女なんだって思って…」
 と一瞬天井を向いて言いかけて、慌てて奈々先輩は首を振る。
「さ、スカートはいてみて。絶対何か変わるからさ!」
 先輩達の見守る中、俺はピンクと赤のチェックのスカートを手に持ち、先輩達に背を向け、あきらめた様子でスカートに脚を通した。
「ウエストはもう少し上だよ」
 菜摘先輩の声に、スカートをもう五センチ程上げてホックをかける俺。そしてベストを拾い上げ、大きなボタンをかけ、そして最後に胸元にスカーフを付けた。
「愛!」
「愛ちゃん!」
「可愛いよ!」
「愛、こっち向いて!」
 相変わらず顔を真っ赤にして恐る恐る振り向く俺。
「はーい、愛ちゃん!よろしくーのポーズ」
 反射的に俺は膝を軽く曲げ、作り笑いで胸元で軽くVサイン。
「愛、かわいいじゃん」
 でも俺自身すごく違和感を感じてた。特に、
「あ、あの、これじゃパンツがみえちゃう…」
「見えない様にすんの!この丈のスカートの場合、どこまでかがんだら見えるかとか、毎日鏡見て確かめるの。それにさ」
 俺の言葉に奈々先輩が鋭く答え、そして尚も続ける。
「愛のお尻が大きくなってきたら、パンツがお尻に引っかかってもっと上行くから大丈夫」
「あ、はい。ありがとうございます」
 俺、なんだか急にしおらしくなった気がする。その時、
「愛!」
「愛、可愛いよ」



 同期の四人がドアから俺の方を見て手を振っていた。
「ちょっと、もうこんな時間じゃん。あたしも着替えてがっこ行く準備しなきゃ」
 他の先輩達もその声に大慌てでめいめい自分の部屋に戻っていった。
「今日から、新しい日が始まるんだよね」
 留美が独り言の様に言って、可愛くなりはじめた顔を俺に向けて笑った。
「ねえ、朝ごはんいこっ」
 そう言って留美は俺の手を取って走り始める。既にきめ細かになり、つるつるしはじめたお互いの指先。俺も仕方なく留美の手を握り返し、そして短いスカートをになびかせながら俺達は食堂へ向かった。
 とにかく俺のスカートデビューは無事に終わったらしい。

 朝九時、ミーティングルームで可愛い制服姿になった俺達五人と堀先生の初対面。
「ああ、やっぱりもっさりしたトレーナーより、制服の方がいいわよねー、見てて華やかだし。あら、愛ちゃん、まだ恥ずかしいの?」
 開口一番でが俺たちを見ながら機嫌良さそうに話す堀先生。そしてその言葉にくすっと笑いもさまになってきた他の四人。ともかくこんな短いスカートだと、パンツが…。
「皆さん頑張ったわね。今日からあなた達は正式にここの研究所の研究生です。そして同時に女性として扱われます。それと今後のカリキュラムは、これまでとは大きく変わります。第二期終了は九月末。それまでの期間は…主な項目は」
 手渡されたレジメを読んで、俺は再び気持ちがへこんで行く。
「第二期は女子高校生になる特化トレーニングです。少女でもなく、大人でもないこのたった三年間の期間ですが、女性にとっては人生で最も重要な時間です。午前は高校入試の為の勉学中心、午後は体育、ダンス等を含め、女子高校生文化の習得となります。それで…。
 朝のミーティングが終わるやいなや、俺は堀先生と渡辺先生に捕まってしまう。
「愛が最初なんだから、早くしてよ」
「え、何を…」
「髪カットするの」
「ええーー!」
 いつの間にか中庭に停められていた移動美容室に連れて行かれる俺と、後ろを興味津々の顔でついてくる他の四人。
「愛がどんなふうになるか楽しみだもん」
 俺の背中のブラのホックを触りながら喋る美紅の言葉に全身寒気が走る。
「はい、おはようございまーす。最初は倉田愛ちゃんですね。眉も剃ろうか。あ、大丈夫ですよ。あたし達全員ここの卒業生だし、みんなの事とか気持ちはすごく良くわかるから」
 二人のアシスタントを従えた黒のスーツでいかにも美容師って感じのその女性の言葉に、皆黄色くなり始めた声で口々に綺麗とか可愛いとかの言葉が出る。
「えっと、全員終わる頃には多分夜になってると思うから、ここで待ってても退屈するだけよ。次呼ぶまで待っててね」
「はーい」
 そう言いながら移動美容室を出て行く四人。そして俺は生まれて初めての女の髪型にされ始めた。
 かなり伸びた髪は丁寧に揃えてカットされ、ビューラーでウェーブをかけられ、そしてむっとする何かの液体をかけられ、頭には昔母親のつきそいで行った美容院でよく見る丸い機械。
 それが終わるとアシスタントの人によって眉にカミソリが入り、俺にとってはすごい匂いの美容液みたいなものが顔に施された。
 最後に髪に軽くハサミが入れられた俺、眉をいじられた後から、俺は鏡に映る自分の顔をただ何も言えずにぽかんとしながら見入っていた。美少年ぽかった俺の顔にだんだん女っぽい要素が加わっていく
(俺、俺がこんなになっていく)
 そして、カットが終わりカットクロスを脱ぐと、俺の着ている可愛い制服が現れた。そして顔と体のドッキングした姿を姿見で見た途端。
(うわあ!)
 思わず口に両手を当ててしまう俺。制服の可愛さも有るんだろうか、女の子らしい髪型になった俺は、どこにでもいそうな、スポーツとかをやってる細身の女の子に変わっていた。
「はい、倉田さん終わり。次明日香ちゃん呼んできて」
(え、この姿明日香とかに見られるのって…)
 顔を真っ赤にした俺はうつむき加減で早足で、多分皆の集まっている和室の研修室に向かった。四人の談笑する部屋にそそくさと入る俺。
「あ、明日香…、次明日香だって…」
「キャー!愛、可愛い!」
「かっこいい!スポーツ少女みたい」
 俺の言葉なんてまるっきり無視。
「明日香!次!」
 それだけ言って俺は顔を真っ赤にして研修室を離れた。
 とにかくみんなと離れたかった。すごく恥ずかしくて。走ると太ももに当たるスカートの裾、そして履かされたティーン向けのショーツが風に当たる感覚。今後毎日こんな格好で俺暮らすのか?
 洗面室に駆け込んだ俺は、大きな鏡に映る自分の姿を改めて眺めた。そこには別に目を背けたくなる様な物は映ってない。可愛い制服に包まれたボーイッシュな女の子が一人。只、それが自分自身だという事以外は…。
 かなり長い間、俺は女が混じってきた自分の姿をじっと凝視していた。そして、
「こんにちは」
「ばいばい」
「うそだよー」
 ここで教わってきた女の子ポーズを恐る恐るしてみると、当然目の前の女の子も可愛い仕草で真似をする。
 今度は思いっきり笑顔を作ってみた。くしゃくしゃな程女の子の笑顔は魅力だと教わった事を思い出しす俺。鏡の中の女の子の顔には、今まで見たことの無い位の笑顔が浮かぶ。その時、
「愛ちゃーん」
「キャッ!」
 洗面室にいいきなり現れた渡辺先生に名前を呼ばれた俺の口から、ハスキーだけど女の驚きの声が出てしまう。
「ふーん?自分に見とれてるんだ」
「ちがうちがう!」
 慌てて隠す俺に渡辺先生は意地悪な顔をしながら俺に近づいてくる。
「いいよねえ、あたしもそんな制服着たかったなあ」
「え、先生ってここの卒業生なんでしょ?」
「そうだよ。でもあたしの時はそんな可愛いのじゃなくてさー、白のブラウスに黒のタイトスカートだったしさー」
 渡辺先生の昔話が始まった。俺の前に足半歩の距離で懐かしそうに話す先生。そういえば女性同士は男と違って仲良く話す時はこれだけ距離を縮めるんだっけ。そっか、俺渡辺先生からは間違いなく女性扱いされてるんだ。
 堀先生との出会いとか、初めて薬飲んだ時とか、ここへの入所の時とか、胸が膨らみ始めた時の事とか。
 俺は今までの特訓の成果をまるで試す様に、聞き手に回る女の子になってた。おおげさな相槌、笑顔、ほんとにーとか、そうなんだーとかをタイミング良く。
「愛ちゃん、ちゃんと最後までがんばりなよ。愛ちゃんなら絶対魅力的な女の子になれるからさ」
 最後にそう言って渡辺先生は出て行った。そこでふと我に帰る俺、
(俺が、魅力的な女の子にって、そんなの、だいたいそんなになったら理紗に殺される!)
 でも俺の頭の中に別な気持ちが現れてきたのも事実。この三ヶ月とても辛かったのは確か。でも、でも、
(ちょっと、楽しいかもしれない)

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