早乙女美咲研究所潜入記

(5)恋人理紗ちゃんとの再会

 翌朝の朝食後、ロビーで堀先生の簡単な説明が有った。明日日曜の夜十時までにここに戻ってくる事。そして初めてここの場所が知らされる。伊豆急行の某駅からバスに乗ってさほど遠くない海岸沿いの場所らしい。
「バスの本数は少ないので注意してね」
 渡辺先生からバスの時刻表が配られる。
「それと、美紅ちゃん以外は男の子で帰ってね。それとも女の子で帰る自信の有る人いる?」
「いるならあたしの下着とか服貸すよー」
 堀先生と渡辺先生の言葉に皆笑う。その声はもう女の子の笑い声に変わりつつあった。
「あの、その胸は…」
 心配して聞く美里。
「ああそう、さすがにカップ付きキャミはやばいから、美紅以外はみんなニプレス渡します。美紅、後で下着を貸すから部屋に来て」
 皆の、
「いいなあ」
 の声に笑みを浮かべた口元に小さくVサインを添える美紅。
「あと、ここの施設の事は絶対に喋らないで下さい。本当最近へんなのがうろついてるから…」
 堀先生の言葉にぎくっとした俺。そして、俺の方を見て堀先生が続ける。
「愛ちゃん。支度が終わったらもう一度ここに来て。それじゃみんな良い週末を」
 支度と着替えをしに、めいめい大急ぎでロビーから出て行く訓練生達。

 部屋の引き出しから久しぶりに男物の下着とGパンとシャツを取り出す俺。だが…、
(うわ…なんだこれ…)
 久しぶりに着たランニングシャツとトランクスのごわごわした肌触りがちょっと嫌だった。そしてシャツを着たとたん、胸に感じる変な感覚。体を動かす度に時折俺の口からでる変な声、
(だめだ、やっぱり)
 あきらめた俺は、渡辺先生から手渡されたニプレスを本当嫌そうに貼った。そして、
(うわ、太腿がきつい!それになんだこの感覚…)
 少し余裕があったはずのGパンに、太腿はやっと収まり、そしてウエストはぶかぶかになっている。そして太腿に感じるぞわぞわした感覚が気持ち悪い。
 我慢して、きつくなった太腿のGパンを再度引っ張り上げ、穴一つベルトを縮め、俺は密かに書き溜めたレポートをカバンに隠し、堀先生の待つロビーへ向かう。
「あ、愛ちゃん。身支度出来た?」
 黙って堀先生の向かいへ座る俺。
「なんか、来た時と比べて、すごい美青年になったわね」
 少し嬉しくなる俺に堀先生が手渡す。
「愛ちゃん。帰りなんだけど、夕方五時にこの場所まで来てね」
 手渡された紙には都内の某所と詳細が書かれてたけど、
「え、こんなとこに?なんで、俺…あたしだけ?」
「さあ、行ってらっしゃい。只、多分男の子で帰るのは、これで最後になりそうだから」
 やっぱりその手の言葉は俺にとって嫌だった。送り出される様に施設を出る俺。そう、まさに三ヶ月ぶりの外の世界!初夏の風がすごく気持ちいい!日差しがすごく眩しい!

 今まで暮らしてきた施設の玄関から続く、車一台分の小道。途中にある少し開けた場所。そこには小さなベンチが有り、横には、
『あなたの夢をあきらめないで。堀幸子』
 と書かれた小さな立て看板。
(…辛い訓練から脱走してきた人用なのかなあ)
 そう思いつつ、俺は堀先生の顔を思い浮かべつつ先を歩く。
 暫く行くと、車が頻繁に行き来する国道か県道らしき道にたどり着く。傍にはバス停留所そしてその後ろには大きなコンビニが有った。
(なんだ、結構来るのが難しい秘密の場所に有ると思ったのに)
 駅へ行くバスの時間を確認した後、俺はコンビニに入り、手渡された小遣いの入った封筒からお札を出し、ジュースを一本買い、やがて来たバスに乗り込んだ。
 バスの中で、この三ヶ月間の事を走馬灯の様に思い出し、親父に手渡す予定の資料を人目を避けながら読む俺。そのレポートの最初は典型的な男文字だったのに、後になる程字体は柔らかくなり、次第に女の子の書く丸文字になり、そして風船文字とかイラストまで描かれていた。
(こんな恥ずかしいの、親父に見せれるかよ)
 そう思いながら、海の方角に時折見え隠れし、やがて見えなくなった施設、早乙女美咲研究所の方角をぼーっといつまでも眺めていた。

 俺がジュースを買ったコンビニでは、俺がバスに乗り込んだのを見届けた店主らしき若い女性が、携帯でどこかに連絡を取っていたのを俺は知る由もなかった。
「愛ちゃんだっけ。今バスに乗ったところ…。うん、別に変な人とか、車とかはいないみたい。うん、何か有ったら連絡頂戴ね」
 その相手は堀先生だった。堀先生は携帯をポケットに入れると、不安そうな顔で所長室から窓の外を見ていたらしい。
「ねえ、ゆっこ(堀)本当にいいの?変な事になったら大変だよ!」
 横では気が気でならないといった渡辺先生がヒステリックになった口調で文句を言っていた。
「あの子だけ帰さない訳にはいかないでしょ。閉じ込めっぱなしだと逆に先方から変に思われるし。大丈夫、あたしはあの子を信じる。だってさ…」
 なにやら秘密めいた話する二人の先生達。

 三ヶ月ぶりの実家の前、少し躊躇い今まで殆ど押したことも無いインターホンのボタンを押す俺。
「涼平?涼平か!?」
 久しぶりに見る親父は俺の姿を見てびっくりする様な声を上げる。
「おい、涼平帰ってきたぞ!しかし、お前、すごいハンサムになったなあ…テレビで見る芸能人みたいだぜ。最初わかんなかったよ」
 そう続ける親父の後ろにお袋が現われる。
「涼平?涼平なの?まあ、すっかり変わって可愛くなって…。何今の語学研修の場所って身だしなみとかも教えてくれるの?」
「おい、早くお茶でも入れてやれ!」
 そう言って母親を追い返す親父。
「何?お袋にはまだ言ってないの?今の俺の事?」
「んな事言えるかよ!んな事より早く入れ」
 俺は親父に促される様に家に入り、親父の書斎に向かう。
「あ、それと理紗ちゃん。今晩会いたいってさ」
「えー!理紗が!?」
 俺は目の前が真っ暗になる。
「親父なんてことしてくれたんだよ!」
「こら、もし帰ってきたら理紗ちゃんに会いたいって、ここ出る前言ってたろ?」
 え、そ、そうだっけ…
「おい、早く、話し聞かせろ!」
 お茶のセットを持って書斎に一緒に入ろうとしたお袋を半ば追い出す様にして親父が戸を閉めて俺に催促。俺はそこの椅子に今まで調教されてきた様にお尻に手を当てて座る。俺の脚は無意識のうちに女っぽく閉じられた。下半身を中心にして、上半々をひたすら動かす女っぽい自分の仕草に、俺はどきっとしてそれを止めた。

「…、携帯を取り上げ、断崖絶壁に立つ施設に三ヶ月幽閉。施設には脱走を防ぐ為の鉄条網と監視カメラ…。ほうー、竹刀を手に、くたくたになるまで女の仕草を強要。飲み薬と注射か。薬を渡す先生とやらは本当に医者なのか?」
「ちゃんとした医者だよ」
「チッ、そうかい…」
 頭をかきむしりながら何やらノートに書いている親父。
「そこの所長や師範とよばれる人々も、元男性が多い…。気持ち悪い奴ばっかだったろ?」
「みんな綺麗で可愛い人ばっかだよ!」
「あと、施設の警護もかねる体育教師。叩かれた事は?」
「一度もねーよ!」
「それじゃあ、面白くない。施設を警護する恐そうな男による体罰が会ったと聞く…と」
「親父!やめてくれよ!」
 俺のその言葉に親父はペンを持つ手を止め俺を睨む。
「あのなあ涼平、お前何の為にそこに行ってるのかわかってんのか?」
「…わかってるよ…」
「俺はあの施設がカルトと睨んでるんだ。俺の特ダネ、将来がかかってるんだ。今のお前の話じゃ、何も面白くないぞ」
「だって、事実そうなんだもん」
「騙されてるだけだよ!」
「ぜってーそれねーし…」
「鉄条網と監視カメラだぜ」
「脱走じゃなくって、入ってくる奴を防ぐ為だよ!」
 俺の脳裏に、バス通りへ続く小道の途中にあった立て看板が浮かぶ。
 あなたの夢をあきらめないで。本当にあの先生達の言いそうな言葉。しかし、俺の親父ときたら…。親父が意図的にあの施設の悪い所、反社会的な所をあら捜ししようとしているのがはっきり判った。
 しばし黙って口を尖らす親父が質問を変え始めた。
「その施設の場所なんだけど」
 俺はどきっとする。
「今日一人で帰ってきたんだよな。どうやって帰った?」
(親父、乗り込むか偵察する気だ)
「その場所さえ教えてくれれば、俺の仲間とかがそこに探りに行くから」
「…」
「どうした、何故黙り込むんだ?」
「だってさ…」
 必死で言い訳を考える俺、そうだ行きの時に確か…
「あ、あのさ、行きも帰りも目隠しされて車に乗せられてさ、今日も気が付いたら電車の駅だったし…」
「行きの時は熱海だったんだろ?そこから車でどれくらい?」
「三十分位か?」
「よおーし!」
 親父が少し嬉しそうな表情をする。
「熱海駅から車で四十分の海沿い。そうかそうか」
 やべ、まずい事喋っちまったか俺…
「でも渋滞とか有ったしさ」
「渋滞以外で走った時間はどれくらいだ?」
「忘れたよ!そんな三ヶ月前の事!」
 とうとう親父はペンを机に放り出し、大きな伸びをする。
「なあ、お前気づけよ。どうやって洗脳されたかしらねえけどさ。そうか、極めて高度な洗脳テクニックを駆使している為だろうか?入所者達は誰一人自分に施された洗脳効果に気づかない…と」
「…、もう好きにしろよ」
 俺はため息をついてはき捨てる様に言う。
「ほら、その証拠に、お前さっきから女みたいな足の組み方してるだろ?気持ち悪いなあ」
 俺はぎょっとして、斜めに流していた足を真っ直ぐに組みかえるが、その足元は自然と内股になってしまう。
「それが洗脳って奴だよ」
「はいはい、もう好きに書いてくれよ…」
 もうこれ以上親父につきあいきれん。俺は両手をテーブルの上に重ね、その上に顎を置く。それもいつのまにかする様になった俺の女の子型の不満表現。
「ほら、やめろ、そんな仕草」
 親父の声にそのままの姿勢で親父を睨み、口を尖らせる俺。
「そう、レポート頼んだろ?持ってきたか?」
「…書いてない…」
 こんな状況であんな可愛らしくなった俺のノートなんて渡せるかよ。
「…日記すら書く事を禁じられた徹底的な洗脳体制…」
 再び親父がノートに手を走らせるのを軽蔑する様な目で眺める俺だった。
「失敗だったか…」
 親父の呟く声に俺はどきっとする。やべ、俺伊豆に戻れないかも…て、ちょっと今の俺にとって早乙女美咲研究所つて、いいとこなのか、それとも悪い所なのか!?
「理紗ちゃん!そうだ今すぐ理紗ちゃんに会って来い!」
 親父はそう言うといらいらする手で理紗の所に電話をかけ始めたらしい。ちょっと、いつからそんな仲になってんだよ!
「理紗ちゃんですか?あ。涼平の父です。お久しぶりだね。あ、涼平が帰ってきたから、すぐに会ってあげてよ…」
 ったく、余計な事すんなってーの!今の俺とてもじゃないけど理紗と会う気分じゃないし!
 机の上に顔を載せ、ぐったりしている俺の前に一万円札二枚が振ってきた。
「なにこれ?」
 俺は机の上に顎を載せたまま片手でそれをつまみ上げ、顔の前でひらひらさせる。
 親父はちょっと大げさに咳払いの芝居を見せた後、俺に背を向けた。
「その、なんだ。昔はもうお前位の人間は結婚も出来た訳だ。今はまだお前の年では無理だが、女は結婚しても良い年だ」
「だから何だよ」
 俺はようやく体を起こし、今度は背もたれに浅く腰を据え、その二枚の札を確かめる様に見つめる。
(そう言えば、この三ヶ月お金なんて使った事なかったなあ。ずっと閉じ込められてたし)
「まあ、今夜はその、里紗ちゃんと楽しんで来なさい。帰ってこいとは言わんから」
「それって、里紗とやってこいというのか?」
 呆れた様子で俺は親父に言う。まだ十六才の俺にそんな事言うか。
「まあ、理紗ちゃんと一晩楽しめば、変な洗脳から解ける、のではないかと…こほっ」
 相変わらず俺に背を向け、意味ありげな話方をする親父。
(こういう所だけすごいよな、俺の親父…)
 まあ、どう使うかは俺任せだ。理紗と会うのはちょっと嫌だけど、俺は軽く挨拶して理紗の家に向かった。

「え!涼平!?」
 インターホンから理紗の声が聞こえたと思うと玄関がどたどたと音がして理紗が家から飛び出してくる。
「涼平!涼平…だよね…」
 俺の顔を見た理紗は一瞬ためらった素振りを見せた後、俺に問い直す。
「理紗、久しぶり…」
 久しぶりに見た理紗の顔にはうっすらとメイク。そのせいか卒業式の時とはかなり大人びていた。
「なんか、別人みたい。ちょっとかっこよくなった?それに声、なんか変わってない?」
 少し引いて不審がる様に俺に話す理紗。
「あ、なんか、いろいろ、ね」
「語学研修してるんじゃないの」
「う、うんそうだよ」
「そこってやっぱり、家庭教師の女のとこでしょ!」
「いや、あの女もいるけど…」
 理紗がちょっと怒った素振りを見せる。しかし、
「いいよ、涼平の事信じてるから。ねえ、どっか遊びに行こうよ!」
「う、うん俺もそのつもりで…」
「家に入って待ってて。あの、三十分位かかるから」
「あ、いいよ」
 何の気無しに了承する俺。しかし、
「ふーん、前だったらそんなに待たせるのかよって文句言った癖にぃ」
 気分を良くしたらしい理紗は笑いながら家に戻り、奥の廊下に消えていく。
「まあ、涼平君おひさしぶり」
 代わりに理紗のママが顔を出す。
「あ、おばさんお久しぶり」
 軽く挨拶する俺。
「まあでも、暫く見ないうちに随分かっこよくなったわねぇ、ううん、なんか可愛いってタイプにもなってきたみたいだし。テレビにも出れるんじゃない?」
「よしてくださいよ、おばさん」
 以前よりもなれなれしく接してくるおばさんに応接室にに通され、久しぶりの理紗の家の匂いとかを懐かしむ俺。
「もう、うちの理紗が心配してねぇ、行った場所もわからないし、携帯も繋がらない。変な人の所に行ったんじゃないかとかって。でもこうやって顔を見させてもらってあたしも安心したわ」
「うん、ごめんねおばさん。その、いろいろ厳しいところで」
「語学研修だって?しっかり勉強して帰ってきてくださいね」
「あ、はい…」
 お茶を入れてくれたおばさんが部屋から消え、俺は理紗が来る少しの間、もし女性化の事がばれたらどうしようかっていろいろ考えてた。
「お・ま・た・せぇー」
 理紗が応接室のドアから顔を出す。そして、
「じやじゃーん!」
 ぴょんと部屋の中に飛ぶ様に入る彼女。白のブラウスに花柄の、
「それペチパンて奴?」
「えー、良く知ってるじゃん」
 ペチパンの裾を引っ張り、おかしくないかどうか確認する理紗。そこから伸びる白い太腿が可愛くて、
「理紗、可愛いじゃん」
「え?」
「うん、超可愛い」
「どうしたの涼平?以前そんな事殆ど言ってくれた事ないじゃん」
 理紗が変な顔をする。
(女同士の挨拶は、まず相手を褒める事。男でもそうだよ)
 堀先生の言葉に従っただけの事だった。
 すっかり機嫌の良くなった理紗が俺の腕に絡みついてくる。
「行こ行こっ」
 香水の香りと理紗自身の甘い香りが重なって俺の心をむずむずさせる。そしてちらっと理紗の胸元を見ると…
(女の子は、男とここぞっという時の為に花柄とかレースたっぷりのとっておきの下着を付けるの)
 俺の頭の中で再び堀先生の言葉が聞こえた。
(うわあ、理紗、勝負下着かよ…)

 渋谷行って、原宿行って、俺は理紗を連れて久しぶりのデート。理紗の歩調にあわせ、理紗の行きたがりそうなファッション、コスメ、フラワー、雑貨等のショップで、雰囲気の良さそうなショップを探しては理紗を連れて入り、時には親父から貰った小遣いで小物とかを買ってあげる俺。
 当然今までの三ヶ月間の事を忘れ、男らしく振舞いをせねばならないと思いつつ、俺は努力をした、つもり…なのだが…。
 図書室で女性ファション雑誌を暇にかこつけて読み漁ってた俺にとっては全く難しくなく、むしろ自然に行えた。
「涼平、変わった…」
 初夏の暑い中、アスクリームを理紗に渡す時、理紗が俺の顔を見上げて言う。
「でも、こういう事言うのも変だけど、前みたいなぶっきらぼうな涼平も、なんかいいなって」
「なんだよそれ」
「ううん、いいの。今の涼平好きだよ、たださー…」
 原宿の人通りの多い商店街の脇に涼平を引っ張り込み、理紗はちょっとあたりを見渡して小声で言う。
「いったい何やってるのよそこで、語学研修以外にさ?」
「え、いや、特には…」
「ちょっと手振ってみて!」
 いきなり言われ、無意識のうちに胸元で小さく手を振る俺。
「ちょっとしゃがんでみてくれる?」
(何考えてるんだろ)
 俺はそう思いつつすっとしゃがんでみるが、自分でも気がつかないくらに自然にお尻に手を当て、足は両膝を揃え、理紗からみて斜めに向けてしまっていた。
「ターンしてみて!」
「ターン??」
(何を考えてんだ?)
 三ヶ月間、時には頭真っ白になりながら覚えた女の子特訓のせいか、俺は特に気にせず言われた通りの事をした。目が回らぬ様バレエダンサーの様に体と顔をずらして回り、そして指を伸ばして反らし、腕はハの字にって、あ、しまった…
 その途端、俺のその動作を見た理紗の口は何か叫びたげに大きく開き、そしてすぐに俺をきっと睨み口を尖らせ、ふくれっつらをする。
「なんでそんな事が出来るのよ!」
「あ、こ、これ?」
「会った時から何か変、何か変だと思ってたらやっぱり…」
 睨む理紗の目が鋭さを増す。理紗は再び左右を見渡し、近くに人がいないのを確認、そして、小声だけどはっきりした口調で続けた。
「涼平!仕草とかが女っぽい!一瞬スキップしたり!歩く時お尻ふったり!アイス両手で持って食べたり!あきらかにおかしい!」
「え、そうかしら?」
 動揺した俺は遂に、この三ヶ月間女言葉で喋っている癖が出てしまう。
 とうとう理紗は俺の胸倉を手で掴み、非力ながらも自分に引き寄せる。
「説明してちょうだい!」

 しばらく後、俺と理紗は原宿商店街の奥まったひっそれした喫茶店に座っていた。しかし、俺いつのまにあんな嘘がうまく、なったかどうかはしらなけど、とにかく言い訳とかごまかしに関する能力が少し上がった気がする。
「ふぅーん…」
 暫く俺の話しを聞いてた理紗が、わかった様なわからない様な顔をして、喫茶店の窓の方を向いた。
「つまり、英語だけじゃ実感覚がわかんないから、動作とりいれ、そして芝居形式で学習してて、今涼平が女役でって事で??」
「う、うん、そうなんだ。ははは、結構面白いよ」
 うまく騙せたと思った俺だったが…
「…、て!誰が信じるか!そんな話!」
 半分テーブルから身を乗り出して俺に抗議する理紗。しかしほどなく、
「もういいよ、一時的なもんでしょ?変な女の家庭教師のところにいるせいだって事でさ」
 俺が話を続けようか止めようか迷っていると、理紗が尚も続ける。
「まあ、たしかにジャニっぽくなってるし、痩せたのか太ったのかわかんないけど、なんだかかっこかわいくなってるしーぃ?女の事もわかってきたみたいだしーぃ?」
 意地悪そうな表情と声でおどける様に言う理紗。そして、
「今晩、ずーっとつきあってくれたら許したげる。晩御飯込みでね」
 再び小悪魔みたいな笑顔を浮かべる理紗だった。
(今晩ずーっとってか?それって、そういう事だよなあ…)

 初夏にしては蒸し暑い東京の台場。ウィンドウショッピングとか、夜景とか、どっかの放送局の模擬店とかを楽しんだ後、近くのレストランで食事。ようやく俺にも三ヶ月ぶりに男が戻ってきたらしい。
 可愛く振舞う理紗を誉めたり、手をつないだり、腰に手をやったり、軽く触ったり、時にはキスもしてあげた。
 その度に見せる理紗の表情が頭にどんどん焼きついていく。理紗とは離れたくない。ずっと一緒にいたい。
 メイクの効果も有るけど、大きく可愛い目、ふっくらした頬にあひる口。これみよがしに白のブラウスから見せる花柄レースの可愛い下着と、そこから香ってくる香水と理紗本人の香りの合わさった甘い匂い。
(そっか、女って男をひきつける為にいろいろ努力してんだ)
 そして、夜九時まわり始めた頃、俺達の足は自然と渋谷の道玄坂の方向に向かって行く。目的の場所は二人とも口に出さないけど二人ともわかっいた。
「ここにしよっか」
「う、うん…」
 満室で数件断られた後、俺達はやっと空き部屋の見つかった通りの外れの小さなファッションホテルの一室に腰を落ち着けた。
「ちゃんとした部屋じゃん…」
「でも駅までかなりの距離だぜ。だから空室があるのかも」
 初めてのこういう部屋が不思議で楽しくて仕方ないといった表情で、ベッドに座って足をぶらぶらさせる理紗。ほどなく理紗は下着だけになってベッドでテレビを観賞。俺は胸の変化を理紗に気づかれるのが恐くてシャツのまま。しかし、今日一日でバストトップのむずむず感はかなり高まってた。
 そんな俺の気持ちと体を知らない理紗は、キャッキャッ言いながら体をぶつけてきたり、俺の体の上に乗ったり、手をがぶりとかみ始める。そしてお互い少し疲れた所でベッドで二人抱き合って長いキス。
 三ヶ月ぶりに男が戻ってきそうな気がしたその時、理紗の顔から笑顔が消え、そして俺のシャツを掴んで脱がしにかかる。
「理紗、おい、何を!」
 半袖のシャツを脱がして、ランニングシャツの俺の胸元を一瞬見た後、
「おかしいと思ったの!なんでこんなに暑いのに、二枚も着てるなんて!涼平今までこんな日はTシャツ一枚だった…」
(もういいや、どうせいずればれる事だし…)
 俺はさほど抵抗無しで上半身裸にされた。
 そんな俺の顔に目もくれず、理紗の目は俺の胸に釘付けになっていた。そして左手を口に当て、右手の指で俺の大きくなったバストトップを恐る恐る触る。
「どういう事なの、これ…」
「どうって、なっちまったもんは仕方ねーよ」
「ねえ、涼平!危ないから、すぐ帰りなよ」
「嫌だよ!俺に留学あきらめろってゆーのかよ!」
 その後、理紗と続けるのやめるので結構押し問答が続く。結局理紗は折れたらしい。
「涼平、絶対一時的なもんだよね…」
「止めたらちゃんと元に戻れるよ」
「信じてるよ、涼平…」
 やっと笑顔が戻る理紗。そして俺たちは再び唇を重ね、ベッドに倒れこんだ。暫くブラ越しに理紗の胸をさわってやると、理紗は演技なのかどうかわかんないけど、すごく可愛らしい顔をして、俺の首に手をからませた。そして、俺の手は理紗のブラのホックに手をかけた。しかし、
(俺、多分戻ったら、こういうの付けさせられるんだろな)
 レースと花柄の、女しか身につけないその下着を外すと、久しぶりに見る理紗の胸。
「理紗、大きくなった?」
「うん、今Cだよ」
「そっか…」
「なによ涼平!あんたの胸ってさ、Aカップって言うんだよ!それ!」
「うそ!」
「うそじゃないよ!それにさ、体女みたいにすべすべして柔らかくなってんじゃん!」
 とにかく、うるさい理紗を黙らせる為、俺は彼女の胸を口で攻撃。たちまち悶え顔になり、あえぎ声を上げる理紗。だが、ここまでしても俺の男性自身は全く反応しない。
「あ、あん、あーん…」
 次第に感じる大人の女の表情と仕草に変わっていく理紗。中学の時はそうでもなかったのに高校生になったら、こんなに変わるものだろうか。それとも、理紗の精一杯の演技なんだろうか。
 理紗に抱きつかれると真綿で締め付けられる様に感じる俺の体、そして甘い理紗の香り、そしてむしゃぶりつく様に俺のあちこちにキスをする彼女。そしてようやく俺の男性自身は反応し始めた。それを体で知ると、理紗は俺の体にのしかかる様にして、自分の体を俺にこすりつけ、俺の耳を可愛い舌でチロチロと舐めたり、噛んだり。そして、
「涼平、わかってたでしょ…。あたし今日は帰らなくてもいいから…」
 耳元で囁かれた理紗の言葉に、とうとう俺の体が反応した。男性機能停止と言われた俺だが、それを封印したお札が剥がれたらしい。理紗の処女を奪うべく、猛然と行動を開始する俺。
「よかった…涼平が戻ってきた!」
 理紗も多分俺を戻って来さそうと、結構演技したんだろうと思う。

 クーラーの利いた部屋にも関わらず、俺たちがぐったりしたのは深夜をとっくに回っていた。可愛いショーツ一枚をはき直した理紗は
「シャワーだけ…」
 と言った後、俺の腕の中で気絶した様に眠っている理紗の顔を見ながら、俺は眠りに入りながらもいろいろ頭の中で考え事。
(これが女なんだよな。こうやって男に甘えて、可愛く見せて、男を自分の虜にさせる。少なくとも俺にはこんな事は無理だってわかった。まあ約束は1年だけど、騙されたふりしてこのまま続けてみるか。でも俺たった三ヶ月でこんなになったけど、一年後って…、ああでもやだなあ、基礎トレ合格しちまったし、戻ったら俺何されるか…)
 そこで俺の意識はふっと途切れた。

「涼平、おはよ」
 理紗が開けたんだろうか、ホテルの窓からの光に目が眩んだ俺は理紗の声に目を覚ました。
「…何時?今」
「八時まわったとこ」
「そうか…」
 大あくびをする俺の二の腕に、俺をじっと睨みながらかぶりつく理紗。
(絶対逃がさないから)
 そう言っている様な気がした俺は、理紗に背を向けて寝なおそうとする。
「涼平、まだ寝るの?」
 そう言って理紗は背中から俺の体をぎゅっと抱きしめる。背中に当たる理紗の柔らかな胸の膨らみ。理紗のバストトップが俺の背中をくすぐった。とその時、
「こらっ理紗!」
 突然理紗の白くて柔らかい指が俺の大きくなったバストトップをもてあそび始める。
「理紗!やめろって!」
「やめないもん…」
 俺にしっかり抱きついた理紗の指に力が入ってくる。
(なんだ?なんなんだこの感覚!?うわっ)
 必死に理紗をふりほどきつつも、俺の胸は未知の感覚、なんだかむずがゆくて、切なくて、そして冷たくて、そしてふわっとさせる様な感覚に陥る。そして程なくそれは全身に伝わり、俺は無意識に膝を閉じてしまう。
「涼平、これが女なんだよ。胸がそんなになった今、何か感じるでしょ…」
 尚も俺に抱きついたまま、胸を攻撃しつつ、意地悪く言う理紗。
「あ、あん、あん、あん!」
 体は正直だった。口から一オクターブ高い声で三発、変な声を出してしまう俺。
「何変な演技してんのよ!バカらしいからゆるしたげる」
 そう言って俺を攻めるのを止め、傍らのブラを手に俺に背を向け、それをつけ始める理紗。
(バカ!演技じゃねーよ。今俺の口から勝手に…)
 でもそんな言葉は絶対理紗には言えなかった。

「絶対元に戻ってよ!次会う時までに!」
 午後友達と会うと言い、そう言って地下鉄の駅の地下入り口に消えていく理紗。ホテル出てから朝昼兼用の食事をしている間、さんざん俺に小言を言ってた理紗。俺の事を心配してくりてたんだろうけど。
(やっぱり理紗可愛いなあ)
 俺は昨日の理紗との初エッチを思い出しつつJRの駅に急ぐ。
(夕方五時までに、湾岸のここへ来いって、なんだろここ?)
 ポケットから紙を取り出して眺めつつ、俺は荷物を取りに家へ向かった。

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