早乙女美咲研究所潜入記

(4)俺の胸が

 「次、愛ちゃん入って」
 翌日は朝から堀先生の定期診察だった。部屋に入ると目が合った渡辺先生が何故かよそよそしくVサインを出す。
(あ、昨日の事多分堀先生に…)
 そう俺が思った時、
「だめよちゃんと薬飲まなきゃ…」
 口頭一番で注意される俺だった。
「胸に変化が有ったそうね。上裸になってくれる?」
 パソコンの画面を見ながらそういう堀先生に対して、俺は何も出来ずそこに立っているだけ。
「どうしたの?良かったじゃない。薬の効果が表れてさ」
 ようやく俺の方を見て笑う堀先生。そして椅子から立ち上がって俺の肩に手をかけてくれる。
「ほら、恥ずかしいのはわかるけど、そのままじゃ診察できないからさ」
 しばし躊躇った後、俺はトレーナーとキャミを脱ぎ、猫背矯正ベルトを外す。
「おー、ここまで来たか」
 目をつぶって少し横を向く俺の胸を、すべすべする細い指で触診する堀先生。
「これわかる?乳腺。普通男の子には無いものだよ。小さいけど、ほらしっかり出来てる」
 バストトップのすぐ下に小さなしこりが有るのが俺には判った。
「どうしたの?こうなったのが嬉しくないみたいじゃない」
 先生のその言葉に、俺は恐る恐る聞いてみる。
「あの、昨日渡辺先生から、俺が男性機能停止になってるって聞いたんですけど」
「あ、真琴、じゃない渡辺先生から聞いたのか。そうだよ、愛ちゃんの場合少し前からそうなってたみたいね」
 俺は嫌がってるという風に悟られたくなくて、口に無理やり笑みを浮かべる。そして堀先生が続けた。
「ここに来る前に調べたかもしれないけど、女性ホルモンの事とか、その効果の事とか。でもここの治療は他所とは違うからね。個人個人に合わせた治療してるから。まあ、他の所よりも三倍から人によっては五倍のスピードで女性化するからね。それにみんな若いし」
 そう言って俺の大きくなったバストトップの大きさを小さなノギスで測る堀先生。呆然としている俺の表情に気が付かないのだろうか。むしろ、気づいてくれよ。
「肌もかなり白くなったし、質感も変わってきたし、ほら、このあたり、前はでこぼこで硬かったけど、女の肉が付き始めて今こんなに柔らかくなってるし…」
 その後ショーツを降ろされて男性自身の計測をされている俺の心と目はあさっての方を向いていた。
「渡辺先生、あれやったげて」
「…」
「真琴?」
「あ、はい…」
「愛ちゃんに、バストのマッサージ教えてあげて」
「はい。じゃ、愛ちゃん、ベッドの上に仰向けで寝て」
 只ぼーっとして俺は言うとおりにした。
(俺、このままだと取り返しのつかない事になる。絶対そうなる)
 ベッドの上に寝転がる時も、俺の頭の中はその事で一杯だった。
(今ここで渡辺先生に全て話してみよう。そして、明日にはここを…あ!!)
 渡辺先生の冷たくてすべすべする指が俺のバストトップの下を触り、やがて手のひら全体で俺の胸をマッサージし始めた。
(ちょっと、これ…!)
 今まで何回か自分の胸を触った事はあった。でも、今渡辺先生にされているその施術は、
(なんだこれ、心がすごく落ち着く、なんだかその、気持ちいい…)
 くすぐったい様な、冷たい様な、明日にでも全てをばらして出て行ってやるという俺の気持ちが急に消えていく。
「愛ちゃん。そろそろ男の子の一人エッチ、やらなくなってきたんじゃない?」
 施術しながら渡辺先生が言う。
(あ。そういえば…)
 俺、東京から二人が戻ってきたゴールデンウィーク以降、一度も…
 俺は口を少し開き、目を瞑った。少し呼吸も荒くなってく。五分位でそれは終わった。
「はーい、これ男の子の一人エッチの替わりに毎日自分でやってね」
 俺は恥ずかしそうにしてベッドから飛び降り、挨拶もそこそこに部屋を出た。
 渡辺先生も人が悪い。とんでもない事を教えてくれた。これじゃ俺、この施設出て行けないじゃん。
 そして、その日の午後、新しいトレーニングが紹介される。

 板貼りのトレーニング室で、白の丸首の体育用シャツに、薄いピンクのショートパンツ姿で座る俺達五人。すっかりお互いの距離も縮まり、くっつく様にしていろいろだべっている。
 とにかくみんなおしゃべりが好きになり始めていた。他愛もない事をいろいろ話す俺達。ショートパンツから伸びる足は、まだごつごつしていたものの、いつのまにか毛はめだたなくなり、白くふっくらし始めてた。
 シャツから透けるの下のパット付きのキャミ、そこには全員小さな自然な膨らみが合った。それは俺の胸元にも合った。
 すらっとした美少年になってきた美里。顔が依然と比べ物にならない程可愛くなりはじめた飛鳥。伸び始めた髪が瓜実顔に馴染み始めた留美。元から女顔だったけど、最近女のオーラが出始めた美紅。そして、ジャニーズ系の美少年顔が更にふっくらし始めた俺。
 早くここを出ろと言う俺と、居心地いいし、留学の為にもう少しここにいろという俺が頭の中で常に喧嘩をしている。
「ねえ、愛。愛は女の子になったら何になりたい?」
 喋り口調に女のアクセントが入り始めた留美が俺に話しかけてくる。俺が考え事してる間他の四人はそんな話しで盛り上がっていたみたいだった。
「え、俺…、いやあたし?」
 皆が俺の顔を見る。当然そんな事なぞ考えてもみない俺。
「あ、あの、あたしは、まだ…」
 その言葉を聞いたみんなが少し笑う。
「愛ってさ、普通に結婚してお嫁さんになりそうだよねー」
 最初会った時はネクラみたいだった美里が、眼鏡の奥で目を輝かせながら楽しげに言う。
(よしてくれ、俺がお嫁になんて、気持ち悪い…)
 とその時、部屋の入り口で手を叩く音。入ってきたのは、
「うわっ」
 思わず声を出す俺。
 白で筆書き調で大きく「MIKE」のサインみたいな柄の描かれたレオタード姿の水無川先生が、小さなスピーカー付きプレーヤーみたいな物を手に入ってきた。その後でブルーのレオタード姿の美咲まい先生。そして普段のトレーナー姿の如月ますみ先生。
 水無川先生のレオタードには俺は見覚えが合った。確か現役のアイドル時代、テレビで何かのダンスの時に…。
 横の美咲まい先生はちょっと太めだけど、レオタード姿が似合ってた。確か、美咲まい先生も元は男だったはず。でもふっくらした体にくびれたウエスト。堀先生や渡辺先生と変わらない位、綺麗な女体になっている。俺も普通に今後ここでトレーニングすると、いつかはこんな体に…。
「はーい、今日からダンスが始まりまーす。これ、ここじゃ看板メニューだからみんなしっかり覚える様に」
 水無川先生の言葉に、俺を除く四人の、
「はーい」
 の声。ボイトレがすすんでいるせいか、ハスキーだけど女声の合唱が聞こえる。
「こら、愛、返事がない!」
 如月先生の声に、
「は、はい!」
 特に意識した訳でもないのに、俺の口からもハスキーな女声が出てしまう。
「覚えてもらうのは、これからの三分間のダンス。ちょっと長いけど日常的な女の子の可愛い仕草てんこもりだからね。これマスターすると、どんな咄嗟の時でも女の子の仕草が出るからお楽しみにね」
 そう言いつつ、大きな可愛いヒップを俺達に向け、プレーヤーのスイッチを入れる水無川先生。
「まーすみー!何座ってんの!あんたもやるの」
「えー、あちきもっすかー!昨日酒飲んで今調子悪いのに」
「はーやーくー」
「わーかーりーましたよー、やればいいっしょ…」
 皆が笑う中、めんどくさそうに腰を上げ、水無川先生の横に立つ如月先生。そしてプレーヤーから聞き覚えの有る曲のントロが聞こえてきた。たしか水無川先生が前にアイドルユニット『うるるんシスターズ』にいた時のダンスヒット曲。
 そして三人の先生達による手本が始まった。インターネットの動画サイトで素人の女の子達のダンスを今まで何度か理紗に見せてもらった事が有る。しかし、目の前のそのダンスは、それよりはるかに動作、仕草に切れがあって、そして可愛い。
 特に難しい動作はない。でも確かに普段女の子達が何気なく行っている仕草がいたるところに…。
 横ステップ、ジャンプ、くるっと回転、丸く可愛くひっきりなしに動く手、たゆまなく動かすヒップ、あちこちで決めポーズやVサイン…他の四人が羨望の眼差しで見ている中、俺は心の中ではため息をついていた。
(もうだめだ、俺、完全に女にされる…)

「今日で覚えろなんて言わないから、はい、まずは手の動きとヒップの揺らし方の基礎を」
 俺達に手取り足取りでいろいろ調教を始める三人の先生達。俺もまず手の動きから調教を受けた。
「違う!指の動きが全然なってない!」
 水無川先生から直々に教えられる俺。手を丸く動かしながら順番に指を折っていくなんて、そんなの男の生活に必要なかったじゃん…
「次、顔の横でVサイン!違う、そこじゃない!ここに!」
 俺の右手のVサインは、頬の下から頬の横に持っていかれる。
「はい、笑え!もっと!笑顔!だめだこいつ!まい(美咲)ちゃん!こいつもっかい笑顔の練習させて!次、留美!違う!女の笑顔はこう!くしゃくしゃ位が丁度いいの!」
 なんかこのトレーニングに命をかけているみたいな水無川先生。といきなり指導を中止し入り口へかけていく水無川先生。その先にはいつのまに覗きに来たのか、所長の堀先生がた。
「どうしたの、ゆっこ(堀)も久しぶりにやってみる?」
「だめだめ、もう絶対できないから」
「まい(美咲)だってやってんだよ」
「もう勘弁してよ、このトレはみけ(水無川)に任すから」
「あっそ」
 そういって訓練生達を一瞬振り返り、そして一歩堀先生に近づく水無川先生。
「あのさ、ゆっこ(堀)の方針に文句つけるわけじゃないんだけどさ、その、ちーと早すぎねーか?このトレ…」
「ええ?そうかなあ?」
「だってこいつらまだ体ガチだぜ?外見は女の肉付き始めてるから柔らかそうに見えるけど」
「まあ、又今年からホルモン剤変えたし…」
「いや、そーじゃなくってさ…」
 再びちらっと俺達の方を見る水無川先生。
「まい(美咲)だって、今日からこれやるって聞いたの、ゆっこ(堀)が東京から帰ったあとだって聞いたぜ?えらい急じゃん?」
「いいじゃん。楽しいトレは早くからで。みっちり教えてあげてよ」
「…東京で何有ったのよ。この時期あんな長期の出張なんてさ…」
「なんでもないわよ、今年はたった五人だし、どうしようかって言ってたの」
「ふーん、まあ、何もなければいいんだけどっ!」
 そういい残して、再び俺達をいじめにかかる水無川先生。当然そんな会話が有った事なんて俺には知る由もなかった。

 あれからたちまち二週間。日ごろのトレーニングに加え、ダンスレッスンが始まってから、毎日くたくた。でも体を動かすのがなんだかとても楽しくなってきたのは事実。俺はかなり伸びてきた髪を水無川先生からもらったカチューシャで留め、まだダンスまで行かない部分部分の仕草を練習。思えば髪が伸びるスピードが少し早くなった気がする。
 そしてようやく体が慣れてきた今日、風呂場で胸に違和感を感じた俺はそこを飛び出し、大急ぎで部屋に戻り、鏡の前でトレーナーとカップ付きキャミを脱ぎ捨てた。
「うわあ!やべ!まじやべーっ!」
 そう思わず叫んだ俺。マチ針の頭ほどだったはずの俺のバストトップは、いつのまにか小指の先ほどにも大きくなっていた。しかも、横を向くとちいさいながらも円錐形に尖りだした俺の胸。
 腹筋はほぼ消え、二の腕の筋肉のつき方は、いつのまにか女のすらっとした形にかわりはじめてた。
 トレーナーを脱ぐと、ピンクのボーダーのパンツの前の膨らみは、確実にここに来た時の大きさよりも一回り小さく…
(やばい、こんなのばれたら理紗に殺される…)



 俺は急いでベッドに行き、寝転んで本当何十日ぶりかに男の一人遊びを始める。しかし、
(俺、どうなっちまった…)
 いくら頑張っても男性自信は大きくならない。それどころかさきっぽに痛みすら感じ始める。汗びっしょりになってもとうとう俺の男性自身は柔らかいままだった。
 とうとうあきらめて呆然と天井を見つめる俺だった。
(この胸、理紗に見られたら…)
 理紗の怒った顔が頭に浮かんでくる。
(胸のマッサージ続けないと、また痛むよ)
 そう渡辺先生に言われて、時々軽くやってたはずの胸のマッサージ。たしかに気持ち良かったけど、俺はしぶしぶやっていた感が有った。その結果が…
(ちきしょう!)
 そう思いつつ、俺は何の気なしに胸を触った。その途端、
(あ…、あっ)
 何とか男性自身を大きくしようと興奮してた俺のバストトップは、そのせいで何か起きたらしい。前回とは比べ物にならない程の気持ちよさが、胸、じゃなくて全身を襲はじめる。
(おい、これ…、俺の体どうなって…)
 俺は胸から手を外す事が出来なくなってしまった。俺の意思とは無関係にゆっくり、そして優しく俺のバストトップを触り始める俺の指。
(やめろ!俺、そっちには行きたくない…)
 とうとう俺の口から、これまでに出した事の無い声が漏れ始める。以前何かで見た男同士のちちくりあいの映像が俺の頭に浮かぶ。そんな恥ずかしい事を今この俺が…
「あ、あん…」
 もうだめ、俺この感覚の虜になってしまってる。
 そしてようやく俺の男性自身は元気を取り戻した。これを機に俺の右手は男性自身を触りに、そして左手は右手を外した胸の方へ行ってしまい、再び胸を…
 俺の胸に出来た小さな膨らみと突起。それを触ると連動する様に感じる俺の男性自身。矯正とかダンスレッスンでいつのまにか大きく開く事のなくなった俺の両膝は、女の子の様に閉じられ、やはりダンスレッスンで動かせる様になった俺のヒップが揺れ、そして気がつけばまるで女の子の様に体を動かしてた。
(やめろ!やめろ!俺…)
 そしてその瞬間、俺の男性自身の先に懐かしい感覚が…、でも少し違っていた。ぴゅっと出たはずのその感覚は直前になって、だらりとなり、先からは白い、いや、透明の液がだらりと流れ落ちた。
 男性機能停止…、もう一ヶ月も前に言われた事を、今始めて俺は自分の体で思い知った。
 ベッドの上で俺は暫く動かなかった。というか動けなかった。俺の体はいつのまにか、こんなに変わって…。そして俺の意識はそこで途切れる。

 体調悪化、それを理由に二日程トレーニングを休む俺に、渡辺先生他全員が俺に、トレーニングの時とは打って変って優しくしてくれる。ずる休みじゃない。本当に風邪をひいたみたいになったんだ。熱が出て、だるくて…。
 そんな俺が寝ている部屋にかわるがわる来てくれる、先生達、そして同期のクラスメート達、そして先輩達。
「元気だしなよー、まあ、あたしなんて結構ずる休みとかしたしねー」
 特に奈々先輩が良く俺の部屋に来て話し相手になってくれる。
「奈々先輩、ありがとう」
 ちょっとほろっとする俺。そして休んで二日目の夜、堀先生が部屋に来て俺に言う。
「愛ちゃん、気分どう?」
 俺は起き上がって堀先生に挨拶する。
「あ、もう大丈夫です」
「そっか、良かった」
 そう言うと堀先生の口に笑みが浮かぶ。
「愛ちゃん達がここへ来て三ヶ月になります。一応基礎トレーニングは合格とします。最後にこうなったのも愛ちゃんが一生懸命努力した結果だと思うから…」
 俺の目を見つめて堀先生が続ける。
「明日、訓練生全員一泊二日で親元に帰省してください。愛ちゃんもね。ご両親にも連絡してありますから」
 そうだった。三ヶ月間は外出禁止で、それ以降は、特に聞いてなかった。
「三ヶ月間良く頑張ったわね。今日はゆっくりお休みなさい」
 そう言って部屋から出て行く堀先生。そうだったんだ。もう三ヶ月過ぎちゃったんだ。親父、ここ決してカルトじゃないよ!みんな優しくて、真面目に女の子訓練を施してくれて!

Page Top