俺の中の杏奈

(8)波乱づくめの海開き

 (ともかく、落ち着け!)
 杏奈の親友だったロングの黒髪の美少女系の太田真帆とショートでふっくらした顔の新田愛利にもう一度笑顔でVサインを送った後、僕は二人に背を向け、今更の様に手渡された水着とやらの紙袋にのそのそと手をかける。
「真帆、なんか名刺貰わなかった?」
「貰ったー!なんかモデル事務所みたいなとこ!後でお話したいとか」
「ねえ、行こう行こう!杏奈は貰わなかった?」
 その言葉に僕は二人の方を振り返ると、既に二人は上着を脱いで上半身は既にブラのみの姿。
「あ、あの、あたしは…」
「ねえ、後で一緒に行こうよ。三人でさ、モデルデビューもいいんじゃない?」
 ボディーローションと女の子の匂いの混じった香りが僕の鼻をくすぐる中、笑顔を振りまきぺちゃぺちゃと僕の肩を叩く愛利。
「う、うん」
 そう言いつつ、恐る恐る紙袋からビニール袋に入った水着とやらを手に取る僕。それは真っ白に水色のラインやイルカのアクセントの入った…
(うわ…なんだこれ??)
 と、その時
「え、何?杏奈まだ中見てないの?」
「あんなに憧れてたじゃん?」
「え、あ、さっき渡されたばっかで」
 手渡された水着と二人のブラ姿に緊張して顔真っ赤な僕。
「あたしと真帆なんてさ、一週間前に試着するからって水着貰ったよ」
「サイズ合わなかったらどうすんのよ」
「杏奈の事だからさ、とっくに貰ってなんかアレンジでも考えてるかって思ったのに」
「ねえ、早く着替えようよ」
 そう言ってけたたましく騒ぐ二人。真帆はミニのスカパン、愛利はデニムのショーパンに手をかけ、二人とも瞬く間にブラパン姿。僕はというと、もう緊張しっぱなしで、えっと、ブラを見せない着替え方は…なんてやってると、
「ちょっと杏奈!何隠してんのよ!」
「どしたの?何か有ったの?」
「あ、べ、別に」
 真帆は既にショーツの上から水着のスカートを履いて、ショーツに手をかけていた。彼女の大きく膨らんだ胸がブラの中で揺れている。女の香りはなんとか我慢できたけど、その光景を見た僕の股間はとうとうジーンとした感触が、あ、やばい。ぺちゃんこになってた僕のあれが、
(あ、やばい!)
 頭の中が真っ白になった時、
「杏奈ちゃん?水着のサイズ大丈夫?」
 部屋を軽くノックして入ってきたのは、
「あ、自爆霊先生!」
「お久しぶりですぅ!」
 何やら手に持ち、柴崎先生が僕には目もくれず、真帆と愛利に向かって手を振り、お互いハグ。このおばさん杏奈のクラスメートにも良く知られた存在だったのか。
「あれ先生、その袋…」
 愛利が柴崎先生の手に持つ自分達の水着の入ったのと同じものを見て言った。
「あ、これ?急遽今日の司会進行頼まれちゃってさ。こんなおばさんにこんなの着せて何楽しいんだか」
「せーんせ!大丈夫ですよ!絶対似合いますから!」
 なんだよ、きーてねーよそんな事!あんたもこれ着るのか?三十近くのおばさんだろ!
「あ、あの、それで、なんか杏奈変なんです」
「杏奈じゃないみたい…」
 固まって僕の方を観る三人だった。柴崎先生は一瞬天を仰ぎ何か考える素振りしていたが、
「あー、多分あれね…」
 そう言うと彼女はつかつかと僕の方へ歩み寄ると、僕の履いてる花柄のキュロットに手をかけた。
「き、きゃっ!」
 訓練の賜物なのか、僕の口から出る短い女の悲鳴。思わず皆から顔を背ける僕。
「せ、先生!」
 真帆と愛利も同時に叫ぶ。まさか、嘘だよね!?この自縛霊いや、自爆霊でいいや!こんな所で僕の正体をばらすつもりじゃ!?
「これよ…」
 柴崎さんの声に二人が近寄ってくる!ちょっと待て!なにもこんな所で僕が男だって事!
「あ、これ…」
 真帆の声と共に、彼女の冷たい指先が僕の股間…ではなかった。彼女の指は僕のヘソの下をゆっくり触り始める。そうだった。僕のそこには、死んだ杏奈の卵巣と子宮が埋め込まれた手術の傷跡が…。
「そうだったんだ…ごめん杏奈、見られるの嫌だったんだ」
 彼女の方に顔を向けると、小さな手を合わせて僕に謝る真帆と愛利が目に入る。
「本当は辞退させたかったんだけど、杏奈ちゃん楽しみにしてたからさ。それに長い間寝たきりだったら、体もなんか硬くなっちゃってね。本当別人みたい」
「杏奈可愛そう…」
「でもどうするの先生」
 僕の事を気遣ってくれる二人。
「そうね、化粧用のファンデでごまかすか…」
「あ、先生それがいい!」
「あたしコンシーラ持ってるけど、お貸ししましょうか?」
「いい、あたしがうまくやるから」
「杏奈、大丈夫!今日はあたしたちがうまくフォローしたげっからさ!」
 ばたばたする二人を止める先生。やがて二人はささっさとかっこかわいい白と水色とブルーのビキニを身に付け、備え付けの姿見を見ながら髪を整え、シュシュとピアスを手際良く耳に付ける。すごい早業。そして、
「杏奈、先行ってるね」
 の言葉を残し二人は部屋から出て行った。波音が遠くに聞こえる以外はしんと静まりかえった、にわか控え室の宿直室か休憩室みたいなその部屋で、柴崎先生は大きくため息。そして、
「ぜんっ、ぜんっ、トレーニングっ、したっ、とおりにっ、出来てっ、ねーっ、じゃんかっ、よっ!」
 そういいつつ丸めた今日の司会進行の台本みたいな資料で僕の頭を何度もはたく彼女。
「んな事言われたってさ…」
 いつのまにか無意識で出る様になった僕のふくれっ面を両手を腰にして睨む柴崎さん。と、彼女はおもむろにくるっと僕に背を向け、白のスーツの上着を脱ぎ、同色のミニのスカートを脱ぎにかかる。
「どうすんの!?やるの?やんないの!?」
「や、やります…」
「もう女同士なんだから、いちいち隠さなくていいからっ」
 柴崎さんの見事な女体…但し短い白のショーツにはキティちゃんのバックプリントだけど…、僕はそれを見ながら覚悟を決め、花柄のキュロットとブラウスを脱ぎにかかる。
 僕の胸にしっかり付いたブラをそっと指で触り、もう慣れた手付きで背中のホックを外し、ブラ紐から肩を抜くと、小さいながらも女の子のバストになってしまった僕の赤黒いバストトップ。それを見た僕も大きくため息をつく。とその時、
「あ!」
 僕の短い声と共に、僕の両胸を冷たくて柔らかい指が襲ってくる。柴崎さんの手だった。再び僕に向き直った彼女はキティちゃんショーツ一枚で僕に向き合っている。そんな彼女の胸は、大きくて丸くて、ピンク色のバストトップがつんと上を向いていた。
「覚悟しときなよ。あんたもいずれはこんな体になるんだからさ」
 僕は顔を上げて彼女の顔を見た後、彼女の胸を凝視。と僕の胸を触る彼女の指先が優しく僕の尖った胸を愛撫。女になってきた僕の胸が彼女の指でくすぐられ、なんだか冷たくてくすぐったくて…。
「大丈夫よ。痩せて見えるけど、ちゃんと杏奈ちゃんの面影は出てきてるから」
 突然の事に僕は柴崎さんの顔を目を丸くしてじっと見つめるけど、半開きになった口から小さな喘ぎ声が出始める。
「膨らみはAカップだけど、バストトップはもう普通の女の子って感じか…」
「ちょっと、柴崎さん…」
 とうとう目を瞑り、僕のバストトップに感じる優しくて冷たくて柔らかい指の感覚に心を奪われてしまう僕。前に田柄さんに荒々しく触られた時とは大違い。
「杏奈ちゃん、今日あんたは女神になるんだよ。あんたが笑わないと、あんたが可愛くないと、折角集まってくれた男の人が不幸になるんだよ。あんたはもう女。女の子。可愛い女の子…」
 女の快感を覚え始めた僕に、柴崎さんの言葉は催眠術の様に僕の頭の中に入っていく。そして彼女はようやく僕の胸から手を離し、今度は僕の背中に手を回し、ぎゅっと僕を抱きしめてくれた。
「多分あんたは女に抱きつかれた事ないと思うけどさ。女にそうされると男はこんな風に感じるんだよ」
 彼女の柔らかくて張りの有るいい香りのする体と、大きくてふっくらした胸を自分の貧弱な胸に押し付けられる僕。本来ならさっきみたいに僕の股間に、でもそんな生理現象は起きなかった。なんていうか、柴崎さんが愛おしくて守ってくれる大切な人の様に感じる。
(お姉さん!?)
 僕の頭の中にそんな言葉が浮かぶ。
「柴崎さんてさ、僕のお姉さんて感じでいいのかな?」
 僕の言葉に彼女は少し笑って何も言わない。
「ねえ、お姉さん。僕の胸だって、いずれこんな風になるんでしょ?」
 そう言って彼女の大きな胸をそっと触ってみる僕。柔らかくていい香りがして、そうだよね。僕柴崎さんから女として扱われてるから、こんな事しても平気なんだ。
「胸だけじゃないわ。お尻だってこんなに大きくなるんだよ」
 そう言いながら僕のお腹に自分のお腹をくっつけてくる彼女。あっきーさんの手によって女性化の処置されてるとはいえ、まだまだ全く形が違っていた。
「ふっ、まだまだガキね!バストもヒップも!悔しかったらあたしみたいな体になってみな!」
 そう言って彼女は僕から一歩離れると、頭と腰に手を当て軽くモデルポーズ。
「あ、あたしにも教えて!」
 とうとうプライベートでも自分をあたしって言ってしまった僕。言ってしまった後ちょっと恥ずかしかった。
「だめよもう!早く着替えてよ。あんまり時間無いんだから!」
「あ、はい…」
「あと、トイレ。職員用だからあまり使う人いないと思うけど、油断しないでね。教えた通り、先に水流して」
「わかってるわ…よ」
 なんだか心が落ち着いた僕は紙袋から水着を手にしてショーツを脱ぎにかかる。
 
 …ていうか、なんなんだよ女の水着って。こんな恥ずかしい格好でよく人目に出られるよ全く…男の時観ている分にはいいなって思ったけど、いざ自分が着てみると、すっごい恥ずかしい。
 いや、着る事自体別に問題ないけどさ、男達の視線とかが胸とヒップに集まるし、女のギャラリーもなんか半分軽蔑している様な眼差しの奴もいるし、僕正直もう、穴があったら入りたい!
 レースクィーン衣装みたいな白地に水色のラインとブルーのイルカのアクセントのスカートビキニ姿。
 マスカラとアイシャドウとチークと口紅を派手にしたモデル仕様のメイクを柴崎さんに施され、お腹の傷跡はファンデでごまかした僕。とりあえず見た目普通の女の子になった僕は、もうやけくそで手を振り、杏奈になるトレーニングで覚えたありったけの作り笑顔をギャラリーにばら撒きながら、ずっとそんな事を思っていた。
 歩幅、仕草、笑顔、言葉全てに気を使いながら、浜辺で杏奈のクラスメートの真帆ちゃんと愛利ちゃんと共に集まったギャラリーに愛想振りまく僕。とりあえず杏奈になる為の訓練は一応成功している様子。唯一の救いは僕達?三人の横に柴崎さんが同じ格好でサポートしてくれてる事。僕だけじゃなく他の二人にも、
「はい、笑顔。はいポーズ。ブイサイン、真帆ちゃん一歩前出て」
 イベント前だというのに、写真とか撮られる時とかいろいろ指示出してくれるから助かった。
「ねえ、柴崎さん。杏奈だけずるい。あたしにもメイク」
「愛利ちゃん、自分で出来ないの?」
「あんな上手くできないもん。さっきから杏奈すっごい撮られてるし…」
「わかったよ、じゃあとで」
「あー!あたしも!」
「わーかったわよ真帆ちゃんにもね」
 だだこねる様に柴崎さんにねだる愛利ちゃん。その瞬間僕の胸いっぱいに広がる優越感。こんな感じって男の時には絶対無かった。
 


 いよいよ海開き!主賓来賓挨拶とか電報読み上げまで!もうどうでもいいことばかり続いた後、僕達の挨拶。
「京極杏奈てす。えっと、趣味わぁ…」
 かしこまったポーズで適当に喋った後、ジェットスキー競演や浜太鼓とかが始まる。僕達三人は集まった人達とゲームや写真撮影のサービス。
 三人対三人のビーチバレーでは僕はちょっと本気出して中学の男の子達チームと互角に戦ってあげた。小学校の女の子達との記念撮影では、
「お姉ちゃん、バレーボールかっこよかった」
 と寄ってくる女の子達をぎゅっと抱きしめてあげながら、さっき柴崎さんにぎゅっとされた事を思い出し、
(そっか、僕もお姉ちゃんになるんだ)
 と感じて胸が熱くなったり。
 そして真帆ちゃんと愛利ちゃんとで三人でジェットスキーに乗って海にお清めの塩と酒をまく儀式。僕が真ん中で前が真帆ちゃん、後ろが愛利ちゃん。三人体をぴったりくっつけると改めてわかる女の子の体の柔らかさ。Cカップ有る愛利ちゃんの胸が僕の背中にぎゅっと押し付けられ、僕は真帆ちゃんの背中をぎゅっと抱きしめて、バナナボートの揺れに耐えた。
 なんだろう、この女の子達の一体感。お互い気を使いながら落ちない様に三人でバランス取って。男の感覚だったらこんな事絶対出来ない。男性機能がほぼ消失しかかってる僕は、もういくら女の子の体にぎゅっと触れても股間のあれが大きくなったりする事はなくなってしまった。
 儀式を終えて岸に戻る時、突然後ろの愛利ちゃんの手の指が意図的に僕の水着のブラの中に滑り込んでくる。
「ちょっとさー!愛利!」
 そう言って後ろを振り返る僕。
「杏奈ー、本当痩せたよね。大丈夫なの?」
 そう言って僕の顔を見つつ、僕の膨らみ始めた胸を労わる様に揉む彼女。エッチでもなんでもない女の子同士の気遣いって感じだった。
「だ、大丈夫よ。もう、ほら、あ、真帆は、どうなの?」
 少し気が動転した僕は、前の真帆ちゃんのブラの中に、反射的に指を…、僕がまだ男だったら絶対許されない行為だけど。その途端、
「キャー!!」
 軽い悲鳴と共に笑いながら振り返り、僕の手をぽかぼかと叩く真帆ちゃん。
「あたしはなんともないっつーの!!」
 そう言う真帆ちゃんの柔らかな体をぎゅっと抱きしめる僕。初めて女の子同士の友情を経験した僕だった。
 
「えー、次は今年の夏の海水浴に来ていただいた方々と浜の豊漁を祈願しての海神祭でーす。海の男達が生贄を海に投げ込む、古くは室町時代から…」
 すっかり調子に乗ったにわか進行役の自爆霊(柴崎さん)の声が、浜辺のスピーカーから流れる中、十人位の漁師風の男が柴崎さんの下に駆け寄ってきた。
 時刻は昼過ぎ位で本来は日差しが強くなる頃なんだけど、太陽はいつのまにか出てきた雲に覆われ日差しを緩め始める。当然そんな事全く気にしない漁師風の若者は、まず愛利ちゃんを担ぎ上げ海に入っていく。
「それでは、生贄を捧げましょう!いーち、にーぃ、さーーーん!!」
 悲鳴と水しぶきを上げて愛利ちゃんがまず水の中へ。
「はい、では次真帆ちゃんでーす。えっと、真帆ちゃんのお兄さんも生贄係の中にいる様です。おーい、真帆ちゃんのお兄さん!妹を生贄にする気分はどうですかぁ!」
 会場からの笑い声の中、それらしきちょっとイケメンの海パン姿の若い漁師が顔と手を恥ずかしそうに振る。とその時生贄の順番を待っている僕の所に、今投げ込まれた愛利ちゃんが体にタオルを羽織って僕の所へ小走りに駆け寄ってくる。そして僕に何やら耳打ち。
(触られた…)
 僕は驚いて彼女の顔を見る。
「誰に!?」
 僕の声に愛利ちゃんは周囲を見渡し、そして担ぎ上げられている真帆ちゃんの方を険しい目で睨む。
(後ろの青いパンツの奴。気をつけて…)
 そして彼女は僕の横にぴったりくっつく。もう真帆ちゃんにこの事伝えるのは無理だろう。ならば柴崎さんにと思ったけど、既に柴崎さんの生贄投げ込みのカウントダウンは始まっていた。
「ほら!あれ!」
 愛利ちゃんの言葉に僕が真帆ちゃんの方を見ると、大胆にもそいつは真帆ちゃんの太股を持ち直すふりして、彼女のスカートビキニの中に手を入れていた。
 やばい!僕の時それされたら…、スイムショーツで僕のふにゃふにゃになった男性自身はぴちっと押し付けられてるけど、上から触られたら僕が男だってばれそうな気が…。
 そうこうするうちに真帆ちゃんも無事生贄にされ、僕の順番がまわってくる。と、いきなり浜辺の奥の山から真っ黒な雲がすごいスピードで沸いてくるのが見える。
「あれぇ、今日一日快晴のはずなんじゃが…」
 司会進行役の柴崎さんの横の漁労長の爺さんも空を見上げて不思議そうにする。
「あ、ちょっと雲行きが怪しくなって参りました。神様が更なる生贄を求めておいでです!さあ、三人目京極杏奈ちゃんいってみましょう!」
 のりのりで司会を務める柴崎さんの脇をつつくけど、あっさり片手で払われてしまう僕。そしてたちまち僕の体は若いイケメン揃いの漁師達に担ぎ上げられる。
「ちょっと柴崎さーん!」
 そう叫ぶ僕の声も届かず海の方へ運ばれていく僕。あたりも急に突然沸いた雲で薄暗く。
「はーい、海の神様!もう一人清らかな生贄の美少女を捧げます!機嫌直してくださーい!」
 会場からまた大きな笑い声と拍手。男だとばれる恐怖にあった僕だけど、柴崎さんから生贄の美少女と言われて、何だかその恐怖が飛んでしまう。
(生贄の美少女、僕がそうなんだ…)
 とその時、僕を運んでいる男達の足元の海中になにやら人影が見え隠れする。はっとして僕がその方向に目を向けると、そこには…。
「あ!杏奈!!」
 僕が着ているのと同じ水着を着た杏奈が海中にいた。
(誰が生贄の美少女だよ!ばーか!)
 杏奈の声が僕の頭の中に響き、海中の杏奈の影はすっと消える。
「え、杏奈?杏奈ちゃんでしょ」
「あ、あの、やーだ!杏奈怖い!」
 杏奈と喋った杏奈に不審な顔をした一人のイケメンを上手くごまかしたけど、今度はあの青の海パンの奴が、さっきの愛利ちゃんと真帆ちゃん同様に、僕の太股を持つ手を滑ったふりしてスカートの中へ、
「ち、ちょっと!」
 僕がそいつに顔を向けた時、その背後の海中に杏奈の影をしっかり見届けた僕。
(おめー、そんなに男触りたいかよっ)
 頭の中に杏奈の声が響き、その瞬間、その海パン男は悲鳴を上げ、何かに両足を引っ張られる格好で海の中に没した。
「あ、一人転んでしまいました。海の神様が生贄を催促してらっしゃいます!早く投げ込んでしまいましょう!」
 どんより曇った中、テンションの上がった自爆霊(柴崎さん)の声がスピーカーから飛んでくる。
「いーちっにーっ」
 とうとう海に投げ込まれる体勢になる僕。一応お約束で、練習した可愛い女の子の悲鳴をあげる僕。
「さーん!」
 ふわっと僕の体が浮き、海中に没する直前、
「カラカラカラ!ドーーーン」
 近くに雷が落ちるすさまじい音とともに、海の中でもはっきりわかる衝撃音と振動を僕は感じた。
 
 突然降り出した湯の様に熱い雨と時折の雷の音に襲われる浜辺。本部前のテントの中で化粧直しした僕と真帆と愛利、そして自爆霊もとい柴崎さんが、揃いの水着と白に水玉のラッシュガード羽折って、ざーざーと大雨がテントを打つ音の中、憂鬱な顔して待機していた。
 愛利ちゃんと真帆ちゃんが何やら二人で話ししている中、僕は両手を後頭部に当てて目を瞑っている柴崎さんに小声で話かける。
「僕、知らないからね」
「何をよ?」
「だってさ、生贄は美少女のはずなのに、男投げ込んだからでしょ?」
「あ、あんたは性的にはもう女のはずでしょ!間違った事…」
 その時、傘をさした漁労長さんがテントに近づいて来るのを見て、咄嗟に口に指を当てる柴崎さんだった。
「いやあ、司会進行まで引き受けて頂いたのに申し訳ない。毎年この日だけはいつも快晴だったんですが、夏の天気はわからんもんですなあ」
 すっかり落胆した彼が続ける。
「なんか今年はいつもと違う様な、いやね、さっき一人海でおぼれかけた奴が本部で震えてましてね、その、海中で女の幽霊に両足掴まれて引きずり込まれたとか…」
「んなことないですよぉ。お祭りの日にそんな…にわか雨なんだからすぐ止みますよ!」
 柴崎さんの作り笑いと言葉に漁労長さんは笑顔を見せながらもとぼとぼと本部へ戻っていく。と、今度はギャラリー達が避難している建物から四人の男性が僕達の方へどしゃぶりの雨の中走ってくるのが見えた。
 その様子を見た僕の顔に驚きの表情が浮かぶ。その四人、僕が右京だった頃のクラスメートの友人の、
(高杉!本間!池辺!烏丸!)
 以前夢に出てきたあの四人が、変わらない面影で僕達のテントの方に!我を忘れて立ち上がって手を振る僕。だが、僕の行動に柴崎さんが瞬時に反応した。
「誰?あの男達?」
「あの、僕のクラスメイトの…」
 その瞬間スカートめくられる感じの後、水着のパンツを通じて僕の柔らかくなったヒップに痛烈な痛みが走る。
「…いっ痛っ…」
 僕のヒップをつねった柴崎さんが何食わぬ顔で立ち上がって彼らに両手を前に振りながら言う。
「ちょっと、君達さ、ここゲスト席だからさ。遠慮してくれないかな」
 四人はテント中の僕達の席の前に来ると、軽くお辞儀して挨拶。そして、
「あの、俺達亡くなった右京の友人で、今日たまたまここに来たら、右京の妹さんがキャンギャルで。もう俺達我慢出来なくて…」
 僕はもう耐え切れなくて再び彼らに何か喋ろうとすると、今度は僕のむこうずねに痛みが走り、その場でうずくまる。
「まあ、そうだったの。ちょっと杏奈ちゃん。何してるのよ!ほら右京さんのお友達だって」
 愛利ちゃんと真帆ちゃんまで立ち上がって、何やってんの?ってしゃがんでる僕を見る中、
(おぼえとけよっ)
 て顔で柴崎さんを睨んだ僕。と、頭を切り替えた僕は立ち上がるやいなや、ありったけの女の子笑顔を作って彼らに接する。
「まあ、兄のお友達の方なんですか?わざわざ来て頂いてありがとうございまーす!」
「いや、今日たまたまなんだけど、僕の事覚えてますか?高杉です。高杉良一です。ほら!去年こいつらと一緒にお邪魔した時一緒に右京とUNOやりましたよね」
 僕の横で引きつった笑顔を彼に向けながら、尚も僕の足首を蹴り続ける柴崎さん。わかったよ!お久しぶりって演技すりゃいいんだろ!って感じで僕は柴崎さんを後ろ足で蹴飛ばすと、どうやら彼女の膝裏に命中したらしい。
「痛っ!」
 今度は柴崎さんがその場にうずくまった。
 高杉も高校では女子に人気だったけど他の三人も水準以上で、僕達五人は高校一年時代からよくつるんで遊んでた。夜遊びもやったし、原宿とかで軽いナンパごっこもした。よく覚えてるよ!久しぶりじゃん高杉!って何度も言いたいよ!まさか、こんな場所で僕が女の子の水着着て再開するなんて思ってもみなかったよ!
 僕が突然亡くなってからの事をいろいろ一方的に話す彼。お葬式にも行けなかったとか、だれそれが僕に対してどんな話してたか、もう切なくて、懐かしい!あの時に戻りたい!適当に相槌打ってる僕の目には知らない間に涙目になっていく。
 愛利ちゃんと真帆ちゃんには、かえってそれがリアル感を増したみたい。愛利ちゃんがもらい泣きまでする。僕達の話を早く止めさせようとしていた柴崎さんだったけど、ここは暫くそのままにしておこうと黙って高杉の話と僕の反応を見ていた。しかし、ここが頃合とみたのだろうか。
「さあさあ、杏奈ちゃんも今はまだお仕事の途中だし、お話は後日またね」
「う、うん、そうだよね。また後でお話しようよ」
 柴崎さんに続いて真帆ちゃんも、高杉や他の三人の顔を見つめつつ、ちょっと嬉しそうな顔して言う。
「じゃ、お仕事頑張って!またあとで」
 柔らかく冷たくなった僕の手をしっかりと握る暖かい高杉の手。そうだよ、こいつ昔からすぐ女の手を…。
(そっか、僕もうこいつに女に見られてるんだ)
 ちょっと寂しかったけど、作り笑いを浮かべる僕。愛利ちゃんも真帆ちゃんも、いきなり現われたイケメン四人組にすっかり気をゆるして嬉しそうに彼らの手にタッチしていた。
「はい、みんな退散退散!お仕事中だから!」
 一人蚊帳の外だった柴崎さんが四人を追い払う様にすると、四人は何度か後ろを振り返りながら、あいかわらずの土砂降りの雨の中を建物の中に消えて行った。
 
 夏のにわか雨のはずなのにまだ止まない。雷は去ったけど。僕はだんだんこの状況が自分のせいかもという気がしてきた。それにさっきの事。気のせいだと思ってたが、どうやら本当にまだ杏奈がこの世界で成仏しきれずに彷徨っているらしい。どちらかと言えばそんな幽霊だの心霊だの普段からあまり信用しないタイプだった僕だけど。
(じゃあ、本物の杏奈に頼んでみるか)
 僕はゲスト席のテント内の椅子から立ち上がり、せっかくの化粧直しが崩れる事にも構わずゆっくりとテントから歩みだした。
「どこ行くの?」
「ちょっと、…雨止める様に頼んでくる」
「…誰に!?」
「あいつしかいねーだろ…」
 だるい表情で男言葉で柴崎さんに話す僕。僕は練習した女の子歩きでゆっくりとそのまま浜辺へ歩き出す。
「杏奈何する気なんだろ」
「わかんない…あいつって誰?」
 愛利ちゃんと真帆ちゃんも不思議そうに話しているのが、雨の音に混じって聞こえる。やがて浜辺に行くとまるで入水自殺でもする様に海に足を入れる僕。
「ちょっとー、杏奈ちゃーん!本当に生贄になる気?」
 スピーカーからの柴崎さんの声に、浜辺の人々が僕に気づき始めた。
 海水が膝まで漬かる位置まで来た僕だけど、何したらいいんだろ。踊る?何踊れば?歌う?こういう時に何唄えばいいんだろ?そう思いながら顔を上げ、今太陽が出ている方向を見ると、熱い雨が僕の化粧を崩しにかかる。
 えと、こういう時、海の神か太陽の神、どっちに頼めばいいんだっけ?杏奈は女だから、海なの?ああもう!どっちでもどうでもいい!!
 僕はその場で大きく両手を広げ、そして太陽の方向に向かって女の笑顔を作り、飛び跳ねて愛想を振りまいて手を振った。正直体は女に近くなってきてるけど、頭の中は前のままだから、その、すっごい恥ずかしい。
(杏奈、もしいるんだったら雨止めてくれ。ほらお前の身代わりとして、可愛く振舞ってやっから)
 と、僕の声が通じたのか、その途端雨は小降りになり、周囲が明るくなってきた。
「わかった!杏奈、お兄ちゃんに祈ってるんだ!」
 小降りになった雨の中、愛利がそう叫ぶのがはっきり聞こえる。あ、違う!それやばいって!!
「真帆!あたしたちも!」
「えー!折角化粧直したのに…」
 程なく二人は僕の横に来て、僕と同じ様に太陽の方向に向かって手を振り、叫び始めた。
「杏奈のおにいちゃん!雨止めて!」
「右京さんだっけ?雨止めてよー!」
 やばいよこれ!雨止めるとしたら杏奈なのに、俺に祈ってるよ!とそこへ!
「右京!右京!雨やめさせろ!」
「おーい!右京!見てるか!」
 事もあろうに高杉達四人が火に油を注ぎに来る。とあたりは再び雨脚が強くなってきた。
(あーあ、もう僕しらないぞ…)
 と、その時少し前までの豪雨が嘘の様に止み、そして僕の頭上の黒雲の隙間から僕めがけて一条の光が差し込んでくる。もしやこれって?
「やった!晴れた!」
「嘘みたい!」
「信じらんない!」
「右京!ありがとよ!」
 浜辺の方でもどよめきが聞こえる。だがとにかく僕はそんな事どうでも良かった。
(杏奈!絶対どこかにいる!どこかに!)
 僕は慌てふためいた様子で水面を探し、どこにもいない事を知ると海中に目をやる。とその時、
(ここにいるわよ)
 僕の足をつつく感触と同時に足元を見ると、ふてくされた顔をした杏奈が海中で僕の足元でしゃがんでいるのが見えた。
「あ、杏奈、あの、あのね…」
 真帆や愛利や高杉達は奇跡の様な天気の回復と不思議ないきさつに大騒ぎで僕の事には気づいてない様子。
(これ、貸しだからな、高いから、なっ!」
 杏奈の声が僕の頭に聞こえた瞬間、僕の両足は海中に引き込まれ、僕は短い悲鳴を上げて海中に沈む。その途端あたりは再び太陽の光に照らされ始めた。
 
 突然の嵐による三十分位の中断は有ったものの、地引網とか西瓜割りとかのこてこてした海開きのスケジュールは無事終了。その最中僕はもう半ばヤケクソで愛想笑いふりまいたり可愛子ぶったりしていたけど、かえってそれがなんか初心な女子といった感じで良かったらしい。
「来年もまたよろしくおねがいしますよ」
 そう言ってあたしたち?三人の手を握ってきた組合長さんの言葉に、僕はほっとしたというより何かの仕事をやりとげたっていう感が有った。
「杏奈、ほら久しぶりだからさ、ご飯食べに行こうよ」
「ねえ、悩み事とか言いたい事一杯あるんでしょ?もう全部聞いたげるからさ」
 僕とおんなじイベント用水着の二人の女の子の言葉に、僕もようやくこの子達の仲間になれた気がしてうなづこうとした時、
「あーら、愛利ちゃん真帆ちゃんごめんねー、この後さ、杏奈ちゃんお父さんとお母さんと会う予定なの」
 突然僕の後ろに回りこんできた背後霊じゃなくて自爆霊(柴崎さん)に肩を掴まれる僕。
「えー!そんなの聞いてないよ!」
 そんな言葉を無視して柴崎さんが続ける。
「あ、愛利ちゃん、真帆ちゃん。あのね、なんかモデル事務所の人が会いたいって。行っといでよ。いい話かもよ!」
「本当!?じゃ、ちょっと会って来ます!」
「杏奈!後でメール送るから」
 そう言って彼女達はあっけにとられている僕の前から遠ざかっていった。とその時、
「杏奈!」
 真帆ちゃんが振り返り、僕に向かって両手の指で胸元にハートの合図。それに対して僕は胸元で小さく手を振ってバイバイの合図。と、その瞬間顔が怒った風になり、ぷいっと顔をそむけて愛利ちゃんの後を追っていく真帆ちゃん。
(え?なんだったんだろ)
 ちょっと変に思ったんだけど特に気に留める事もなかった。それより!
「なんであの二人と会う話になってんだよ!」
「なんでって、京極さんご夫妻はあんたの事本当に心配してんのよ。今日あんたがキャンギャルで出る事が確定したって伝えたら大喜びだったし。なにより今日のイベントとあんたの女性化のスポンサーなのよ!」
 詰め寄る僕にしらっとそうかわす柴崎さん。
「どうしても会わなきゃだめなの?」
「当然よ。とりあえずあんた今の所ちゃんと女に見られてるしさ」
 もういいよ!勝手にしたら?って感覚で柴崎さんに連れられて歩く僕。そしてこの時はまだ真帆ちゃんのあの不思議な行動がとんでもない事の序章になるなんて考えもしなかった。
 
「京極さーん。柴崎ですぅ。杏奈ちゃん連れてきましたー」
 浜辺の建物の最上階の畳敷きの特別室みたいな所に連れられてきた僕。
「周りには誰もいないわね?」
「はい、大丈夫です」
 二ヶ月ぶりに会った京極孝明さんと昌子さん。夏らしくラフな服装だった。形式上は杏奈の養父だけど僕の親父とお袋な人だ。
 大きな長い座敷用のテーブルの床の間を背にした上座に座る二人に相対する様に座る僕と柴崎さん。もうペタン座りにもすっかり慣れた。こんな体にした二人にすごく腹が立ってた。でもそれ以上に女の体になりつつある僕を二人に見られるのがとても恥ずかしかった。あぐらをかきたかったけど、多分女性化しつつある僕の頭がそれを拒否。僕は仕方なくもう慣れたぺたん座り。
「さっきから見てたけど、見違えるくらい可愛くなったわねぇ。杏奈ちゃんの面影が宿ってるわあ」
 扇子を片手に昌子おばさんが続ける。
「体の方はどう?すっかりちっちゃくなって細くなって、かわいらしい体になってきたみたいだけど」
「あ、全然問題ないですよ。杏奈ちゃんのクラスメートとも変わりなく過ごせたみたいですし、ほら」
 僕の横に座り昌子おばさんの問いに答えていた柴崎さんは、そう言っていきなり僕の胸元のビキニを指でずらす。
「やっ!」
 僕の口から短い女の悲鳴が上がる。
「ねえほら、体もこんなに柔らかく白く丸くなって、おっぱいだってもうAカップですよ」
 その時僕は自分の体にくっきりとビキニの水着跡がついているのを今更の様に知った。顔から火が出る思いだった。僕は持ってきた手提げバッグからそそくさと、水着とお揃いの白に水玉のラッシュガードを手にしてそそくさと着始める。
 しばし昌子さんと柴崎さんと雑談中も顔を背ける様にしてうつむき、口を膨らませて尖がらせていた僕。以前柴崎さんから、女の子がよくやるそのすねた表情は、相手の顔を見るのが嫌で、かつ言いたい事いっぱいあるけど、言ったら何言われるか何されるかわからない、そんな時に自然に出る仕草って聞いたけど、本当良くわかる。
「ねえ杏奈ちゃん、田柄さんとはうまくやってるの?」
 突然僕に振って来た昌子おばさんの、田柄さんという言葉。僕はほんのひと時だったけど田柄さんに興味を持ち、そして襲われながらも悪い気がしなかった時の事を一瞬で思い出し、そして何故か体が火照るのを感じた。
「ねえ杏奈、田柄さん良くしてくれてる?」
 と、その時先程から煙草をくゆらしていた孝明おじさんがぎゅっと煙草を灰皿に押し付けて、
「んなわきゃねーだろ…」
 と呟く。僕もふくれっつらしたまま、
「多分、当分会わないよ。というか絶対にさ…」
「まあ!どうしたの?何が有ったの?」
 僕の答えに昌子おばさんは驚いた表情で僕を見つめる。
「正義(田柄)君とは仲良くしてもらわないと…ねぇ。ねえあなた、彼とってもいい子ですよねぇ」
「ああ、頭良くて将来有望な奴だよ!」
 昌子おばさんの問いかけに対し、孝明おじさんは何故か腕組みしながらぶっきらぼうに答える。
「いずれは、ねえ…。あ、まあそうなればって…」
 そう言って口に手を当てつくり笑いする昌子おばさん。聞いてるうちに僕の頭の中には、なにやらもやもやした事が浮かんできた。田柄さんは昌子おばさんの従兄弟にあたる人だ。
(まさか、まさか!昌子おばさんて、僕と田柄さんを…、京極財閥の実権を握る為に!?僕を女にする黒幕って、孝明おじさんじゃなくて、まさか!?)
 おおげさな思いすごしかも知れないけど、なんとなくそんな気がして僕はふくれっつらのまま昌子おばさんの方を睨んだけど、とりつくる様な笑いしていた彼女はそんな僕に気づいてない様子だった。
「あ、あなた、そろそろ出ないと。杏奈ちゃん、あたしから正義君にちゃんと言っておくから、仲良くしてあげてね。可愛い女の子になってね」
 そう言って昌子おばさんは無言で席を立つ孝明おじさんを急かし、そそくさと部屋を出て行った。部屋に残された僕と柴崎さん。と、柴崎さんは正座をくずし、あの水着のまま平然とあぐらに組み直し、独り言みたいに呟く。
「あーあ、やっぱそういう事だったのか、あのおばさん表向きはいいけど、なーんか裏というか、腹黒いってゆーか…」
 柴崎さんも何か思ったらしい。で、僕はどうなるんだよ!そんな事の為に女の体にされるのかよ!
「杏奈ちゃん、いいわよねぇ。このまま行けば京極財閥頭首のご婦人になれるかも…」
「外行く!」
 僕も何かやりきれない気持ちで手提げバッグを手に部屋を出た。
  部屋から一階へ、一気に駆け下りる僕。泣き虫になった僕。階段では一歩ごとに胸がゆれるのを初めて感じた僕。もう段飛びなんかしようとすると足がいう事きかなくてもつれ、履かされた女の子のミュールに邪魔される僕。水着を着せられても、もう誰も男だって事がわからなくなった僕。女の子の水着跡がくっきり付いたらしい僕。
 僕だってやりたい事一杯あった!好きな女の子とお付き合いもしてみたかった!なんでこんな事になっちゃった!
「ひどすぎる!」
 コツコツと履かされたミュールの音が木霊する階段の一階出口で、思わずそう言った僕の目に、人影もまばらになった建物の入り口の側に一人の少女が映る。
「ま、真帆ちやん!?」
 イベント水着からTシャツにミニのスカパン姿に戻った真帆ちゃんが僕の方を寂しげな顔で眺めていた。そして再び胸元で両手の指で僕にハートのサイン。正直これが何するのかわからない。杏奈の日記にもそれらしき事なんか書いてなかったし、
「真帆ちゃん、あの、それなんだっけ?あたし、その、暫く怪我と記憶喪失で家に篭ってて…」
 と、突然真帆ちゃんの顔がくしゃくしゃに崩れる。
「嘘!信じらんない!ねえ!本当に杏奈なの!?」
 そう言って彼女はくるっと僕に背を向け、手を顔に当てて逃げる様に走って堤防の階段を駆け上がっていく。
(なんなんだよあいつ…)
 てな感じで僕がふと後ろを振り向くと、いつのまにかそこに柴崎さんが真帆ちゃんが消えて行った方向を凝視し、呆然とした顔で立っていた。
「あの、真帆ちゃん、なんか変…」
「詳しく話しなさい!」
 僕の耳を引っ張りながら強い口調で話す柴崎さんに、僕はさっきの事も含めて彼女に話した。
「本当に心当たりないの!?」
「ないわ…よ…」
 柴崎さんと二人きりの時は男言葉で話す事が多かったけど、愛利ちゃんと真帆ちゃんとでいろいろ話しているうちに…。
「とにかく!戻るわよ!」
「え、服着替えないの?」
「そんなの、家帰ってからでいい!」
 僕は半ば強引にピンクのVWに乗せられ、水着姿の美女?二人京極邸へ向かった。


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