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来間泰男『沖縄経済の幻想と現実』(日本経済評論社1998.6)を読む

 来間は本書の冒頭(P10〜P11)において次のように語っている。
 「野菜に限らず、市場向けの出荷は、『定時・定量・定質』の原則を守り、市場を通じて消費者の信頼を得ることが、最も大事だということは言葉としてはわかっている。しかし、実行できない。特異な気候は特異な生産物を生み出す可能性をも意味しているが、それを活かしきれない。生産者を結集して、協定を作り、それをしっかりと守っていくことができない。/…独自の商品を作り出し、生産コストを下げ、宣伝をし、有利に販売するという、その原理はわかっていても、それを実行する力が弱い。/これを私は『後進性』といってきた。それは、沖縄の気候風士と、歴史によって形成されてきた体質なのであって、一朝一夕に解決できることではない。人間味がある、やさしいなどと評される気質は、同時にルーズさであり、がんばりのきかない気質のことなのである。すぐ仲良くなるという人間関係は、けっして経済活動での協同の力を生み出してはいかない。人間のやさしさと経済力の強さの両立する社会が理想だと思うが、このような社会はどこにも実現していない。したがって、この課題は沖縄の課題であるとともに、全人類の課題であると考えている。」

 しかしこうした「県民性」を全面化してしまっては自縄自縛に陥るのではないか、これが率直な感想である。沖縄一坪反戦地主会・関東ブロック主催の講演会での「基地撤去は経済的にはマイナス」をめぐる論争における彼の持論が展開されているが、ここでは風游子が注目した「自由貿易地域(FTZ)」問題に絞って来間の立論を見てみたい。(cf.宮城弘岩『沖縄自由貿易論』

 「目次」を記す。「はしがき」/序章 復帰後の沖縄経済―導入と論点の整理/第一章 復帰後の沖縄経済の動向 1沖縄経済の全体像(統計的分析)2復帰後の保護農政と沖縄農業の発展/第2章 沖縄経済の特質 1沖縄経済・社会の特質2沖縄経済の歴史的特質―一八世紀琉球の社会経済構造3地割制度と人頭税制度4沖縄農業を考える視点/第3章 「全県フリーゾーン構想」の問題点 1沖縄におけるフリーゾーン論議の経過と現段階2田中委員会報告書の問題点3沖縄県素案の問題点4県の最終案とNIRA報告書5アメリカのフリーゾーン見聞記/第四章 アメリカ軍基地と沖縄経済1アメリカ軍基地と沖縄経済2軍用地料の諸問題3沖縄社会と軍用地料4返還軍用地の跡利用問題(覚書)/終章 沖縄経済の課題(1)出そろった経済開発論とその検討(2)観光をどう考えるか(3)保養地としての沖縄のあり方(4)量より質の追求を(5)農林水産業の振興策(6)製造業の場合(7)沖縄人の味覚の低さなど(8)一般的な、全人類的な課題


 来間は本書「第3章」において、田中直毅委員長とする沖縄県の諮問機関「産業・経済の振興と規制緩和等検討委員会」が97年7月に発表された報告書「新しい沖縄の創造/21世紀の産業フロンティアをめざして」の全面的批判を試みている。


「田中委員会報告」の問題点

@田中委員会報告書の第一の問題点は、「復帰プログラム」の終幕論であり、それ故に県内各界から反撃を受けたといえる。…/ナショナル・ミニマム(national minimum)は、すべての国民が満たすべき最低の条件・基準のことで、それを具体的に何で評価するかの問題はあろうが、それを「ほぼ達成しつつある」ということを私は否定しない。しかし、それは今後も一定の支援を続けるのでなければ守れないものが多い。「達成」イコール「終幕」とはいかないのである。/また、「復帰プログラム」はナショナル・ミニマムの達成だけを目標としているものではなく、経済を前向きに「振興」するための制度や措置を含んでいる。したがって、それらをも含めての否定の論となっていて、田中委員会報告書は沖縄経済の現実から遊離しているのである。(P178〜9)

A田中委員会報告書の第二の問題点は、2001年を期して、全県を自由貿易地域にしようと提案していることである。これがその核心部分となっている。(P179)

B田中委員会報告書は、沖縄県の「国際都市形成構想」に基礎を置いている。それは諮問した沖縄県の注文事項であったとしても、冷静で客観的な判断が必要なことではなかったか。…/これを、沖縄の「地域特性」や「歴史的蓄積」に依拠して、それを活かせばできるかのような議論も、幻想というべきである。/この点を田中委員会報告書の第三の問題点としたい。(P186)

C田中委員会報告書の第四の問題点は、既存の企業は後れているし、競争力を高めねばならないとして、切り捨て論に立っていることである。(P187)

D田中委員会の描く産業振興の基本方向は、企業の誘致である。しかし、その方向を実現できるという根拠はなく、ただ机上のプランを描いただけであり、これを第五の問題点としたい。(P189)

E田中委員会報告書は、投資減税をして、法人税率の引き下げはしない、とした。/…しかしこれは、たとえ実現したとしても、沖縄が「場」として外の企業に提供されるということであり、沖縄の「人・企業」が振興されるという話ではない。これが第六の問題点である。(P191)

F田中委員会報告書の第七の問題点は、運輸関連の規制緩和論である。(P192)

G何かモノを作ることばかりの提案になっていて、人材の育成の基本が忘れられているように思われる。これが第八の問題点である。(P195)

H最後に、この報告書は、この提案を受け入れるかどうかは、自分で決めて責任をとりなさいと、突き放している。これが第九の問題点である。/…「国には、この自由貿易地域制度を中心とした産業振興策をわが国の地域産業政策の先行的な取り組みとして、沖縄において一定の成果を収めることができたならば、地域の実情に応じて全国的に拡大していくことを求めたい」。/これは「日本経済改造論」であり、沖縄はその実験場とされるということである。沖縄で成功すれば各地に波及していき、「先行メリット」(それが出るとは考えられないが)は拡散し、いずれ消えてなくなるということになる。数年の「メリット」のために、できるかどうか、効果が出るかどうかわからないことを実験させようとしているのである。(P197)


「全県自由貿易地域論」の問題点

 「田中委員会報告書の第二の問題点」として指摘されている「全県自由貿易地域」批判についてやや詳しく見てみよう。

 本委員会は、21世紀の沖縄振興開発の新たな理念と方向性を示した国際都市形成構想に基づき、これからの産業振興のあり方と展開方向を検討してきたが、本報告では、2001年を期して、全県域を対象とした自由貿易地域制度の導入を図るとともに、それまでの期間を準備期間として位置づけ、沖縄県において投資活動を行う企業の実質的な税負担を軽減する税制上の特例や全国に先駆けた諸規制の緩和、関連インフラの整備などを柱とした産業振興策を実施するよう提案する。
 まず、自由貿易地域とはどのようなものかを復習しておこう。自由貿易地域、すなわちフリー・トレード・ゾーン(free trade zone)とは、一言でいえば関税などがフリー(無料)で輸入できる地域である。経済辞典には次のようにある。東銀リサーチインターナショナル編『貿易為替用語辞典』日経文庫(1997年の6版。以下、東銀辞典とする)では、自由貿易地域(エリア)と自由貿易地帯(ゾーン)とを区別しているが、「Free Trade Area」の方は、ガット第24条第8項の「構成地域原産産品の構成地域間における実質上すべての貿易について、関税その他の制限的通商規制が廃止(もしくは許される最小限に適用)されている2以上の関税地域の集団」のこととしており、今回の沖縄の場合には当てはまらない。
 「Free Trade Zone一般的には国内のある一定地域(商港の付近の一帯、または商港内の一部地域)を区切って原材料の輸入に税関手続きを要せず、また税金を免除し、貨物の積戻し、蔵置き、改装、組立て、加工および製造などを行うことができ、資本の流出入にも恩典をあたえることができる特別地域をいう。特殊的には、米国独特の自由港制度で、1934年の外国貿易地帯法により、外国貿易地帯(特別地域Foreign Trade Zone)と呼んでいるものをさす」。
 この「ゾーン」の定義の要点は、@国内の一定地域を区切ること、A原材料の輸入に関すること、Bその地域では、その原材料の輸入について、税関手続きの免除、税金の免除、「貨物の積戻し、蔵置き、改装、組立て、加工および製造など」の許容、資本の流出入への恩典付与というようなことのなされる「特別地域」だということ、である。 
 さて、田中委員会報告書では、全県自由貿易地域のねらいを、@「生活者が真の豊かさを享受し『生活大国』を実感できる空間とする」、つまり物価を安くする、A「自由で活力ある経済活動が展開できる舞台とする」、つまり企業活動に便宜を与える、Bその結果として「国内外に国際都市沖縄を強烈にアピール」する、の3点を掲げている。
 そのためにとられる、全県自由貿易地域の具体的施策としては、@「関税法や輸出入を規制している関係法令などの適例除外を基本とした特例制度」を設けて、「沖縄県内に輸入される外国貨物について、関税の免除、IQ枠の撤廃など」を行い、「原材料及び生活用品価格等の大幅な引き下げを図る」、A「自由貿易地域である沖縄県で原料が輸入され、加工された製品を本土地域に搬入するに際しては、原料課税あるいは製品課税のいずれか低い関税率が選択できる関税の選択制を適用する」、B「通関手続きの簡素化及び迅速化を図る」の、3点をあげている。
 そして、実施時期は2001年とし、それまでの準備期間に、次のこと「などを柱とした産業振興策を実施するよう提案」した。@「沖縄県において投資活動を行う企業の実質的な税負担を軽減する税制上の特例」、すなわち企業への減税。A「全国に先駆けた諸規制の緩和」。・「関連インフラの整備」。B「当面、那覇地区の拡充強化等に向けた制度改正について先行的に実施する」、である。


 「沖縄県全域を自由貿易地域にすることの問題点」として来間は以下の7点を挙げている。

「関税免除」
 第1に、関税が免除されることである。関税(国家が輸入品に課す租税)には財政関税と保護関税があるが、今日では財政収入に占める関税の割合は2%以下に低下していて、財政関税はほとんど姿を消した。残っている関税は基本的に国内産業の保護のための保護関税と考えてよい。もしこのような関税がフリー(無料)になったら、外国貨物が現地価格プラス輸送経費で入ってくる。国や地域が違えば生産費は異なり、したがって価格も異なる。農産物などは主として賃金格差を反映して、日本の方が割高である。そのために農産物などには保護関税がとられる。これを免除することは、国内産業保護の必要を認めないことであり、国内生産を裸で国際競争の渦中に投げ込むことである。
 なお、関税の一つの形態として、関税割当制度(tariff quota system) というものがある。これは、一定数量以内の輸入品に限り、無税または低税率(一次関税)を適用して需要者に安価な輸入品を提供する一方で、この一定数量を超える輸入分については比較的高税率の関税(二次関税)を適用することによって、国内生産者の保護を図る制度である。沖縄ではパイン缶詰などに適用されている。
 クォータとは割当(額)のことである。自由貿易地域はこれも廃止することになる。
 また、若干の国や地域に対しては、一般の国や地域より低い関税を課している。これが特恵関税地域はこれも(preferential duties)である。「特定の先進国が特定の発展途上国に特恵を与えるのが一般的な形態であるが」例外もある(東銀辞典)。これは田中委員会報告書には出ていないが、後の沖縄県案で提起されるので、ここで関連して説明しておくことにする。

「輸入割当制度の廃止」
 第2の問題点は、輸入割当制度(import quota system)を廃止するとしていることである。関税とは別に、貨物によっては輸入数量を割り当てて、輸入量を制限しているものがある。「輸入公表により非自由化品目として規定された品目の貨物を輸入しようとする場合には、通産大臣に申請して輸入割当てを受けたあとでなければ、輸入承認を申請できない制度をいう」(東銀辞典)。略してIQ制度という。ついでにいえば、これを廃止して「自動承認」にすることを「自由化」という。だから、全面的に貿易の自由化をしようというのが、田中委員会報告書の提案である。これも国内産業保護政策の否定である。

「保護政策の全否定」
 第3の問題点は、田中委員会報告書が、これらの措置によって沖縄県の製造業が発展すると考えていることである。関税は今では工業製品とその原料にはほとんどかかっていないか、きわめて低率である。それらの関税が免除されてもメリットはほとんどない。関税の高いのは、農林水産物とその加工品である。したがって、それらの関税を免除しようということは、農林水産物とその加工品を国際競争にさらして、その保護を止めようと提案していることになる。このことは、関税割当制度の適用を受けている品目も、輸入割当てを受けている品目も、同様であり、すべて農林水産業とその加工業を保護しないという宣言なのである。ここから、後の県案は「一定品目を除く」という議論になったのであるが、この報告書は、例外を設けることなしに保護政策を全面的に否定していたということになる。

「価格引き下げ効果は疑問」
 さて報告書は、関税を免除し、輸入割当てを廃止して、「原材料及び生活用品価格等の大幅な引き下げを図る」としているが、以上のように、これらの手段によっても価格引き下げは実現しないわけで、これが第4の問題点となる。輸入品価格は生産費を基礎にした価格に関税が加わるだけでなく、輸送コストが加算される。輸入品の大半は本土から沖縄県域に入っているのが実状であり、その方に経済的合理性があるのであって、沖縄の需要分(沖縄県の人口は全国のそれの100分の1)を荷分けして、沖縄の港に降ろして港湾使用料を払い、荷揚料などを払っても、なお関税免除のメリットの方が多くなるだろうか。この点からも価格引き下げ効果は疑わしい。

「マイナス影響の本土波及」
 第5の問題点は、沖縄県の製造品を本土に移出する場合に、関税の選択制を適用するよう提案しているが、このように「原料課税あるいは製品課税のいずれか低い関税率が選択できる」ようにすることは、自由貿易地域制度によって関税ラインが国境ラインから離れて、本土と沖縄との間に設定されているなかで、この関税ラインさえも低くしようという提案であり、日本(本土)の関税政策の効果を削滅しようということになり、(本土)の産業保護政策の低下をもたらすものである。第1と第2で指摘した点は、直接的には沖縄県域内での問題であったが、そしてそれはその限りでも問題なのであるが、ここでそのマイナスの影響を本土にも及ぼそうということになる。

「特別措置要求=終幕論と矛盾」
 そして、報告書は、関連した「産業振興策」として、企業への減税、諸規制の緩和、関連インフラ(インフラ・ストラクチャーinfrastructure 道路・港湾・空港などの基本施設)の整備を提案している。まず、これらの施設は自由貿易地域とは別物であるということの確認が必要である。そのうえで、自由貿易地域だけでは心許ないのでこれらを付け加えたものと考えられるが、そのことに自由貿易地域のメリットの小ささが吐露されているとも言えて興味深い。これらのことを押し進めていけば、それは必然的に新たな「沖縄特別措置」の要求となってきて、復帰プログラム=沖縄特別措置の終幕を主張したこととの矛盾が拡大していくことであろう。これを第6の問題点としたい。
 この提案も次のような問題点を抱えている。企業への減税は、勤労者の所得税や消費税などの扱いと関連させて検討すべきことであるし、一方的に是とすることのできないものである。規制の緩和は裸の競争を助長する政策であり、弱者にはきびしい北風が吹いてくることになる。インフラの整備は、それこそ過大な財政投資を誘導しようというものであり、その方向が正しいかは大いに検討を要することとなる。

「拙速主義」
 そして第七の問題点は、このような制度を2001年から導入しようという拙速性である。1997年7月に提案して、3、4年後にはすぐ始めようというのである。県民に広く情報を提供し、中味をわかってもらったうえで、議論を広く呼び起こし、賛否を問うて実施するかどうかを判断すべき重大な問題であるはずだ。「由らしむ可し、知らしむ可からず」ということか。このことを問題だとすることでは、県民の共通理解があったといえよう。



「軍用地料の諸問題」

(1)高すぎる軍用地料

 @ 総額700億円、農業所得を上回る
 ついに土地連(県軍用地等地主連合会)が本音をはいた。米軍基地について「県が国に求めている2015年までの全面返還に反対する」というのである。土地連はかの10.21県民大会に不参加を表明した唯一の団体であったが、ここにきて積極的に「県民の希望」をもぎとる挙に出たというわけである。
 土地連の主張は、次のようである。沖縄県の基地返還要求は地主の意思を反映していない、地主の意思は返還に反対である、と。その理由は二つある。一つは、返還されたら総額で700億円もある軍用地料が入らなくなって、「地主は計り知れない経済的損失をこうむる」、もう一つは、実効性のある跡利用計画がない、ということである。
 この主張にたいして、「反戦地主」派も反論ができていない。95年12月20日付けの『琉球新報』紙によれば、軍用地違憲訴訟支援共闘会議の議長は「当然の要求だ」としつつ、矛先を国に向けている。一坪反戦地主の世話人の一人も、「土地連もわれわれと同じ線上に立っていると思う。これにたいして一定の理解を持つべきだ」といい、「政治の責任」を指摘している。さらに代理署名訴訟の県側弁護団の事務局長も、跡利用についての国の責任を述べて、地主を擁護している。
 この流れを放っておけば、基地の返還要求は勢いを削がれ、21世紀までには基地のない沖縄にしようという、あの誓いと希望は萎え、代理署名を拒否したことまでも問題視されかねない状況である。記事の中でも今後の返還要請や代理署名訴訟にも影響しそうだとある。
 そこで、この問題で展望を開こうと思うなら、土地連の主張の不当性を明らかにすることが必要だというのが、私の意見である。
 土地連に集う地主たちは、軍用地料という「不労所得」にしがみついていて、その恩恵をたっぷり受けてきたために、自分たちの利益だけしか考えられなくなっている。その額の大きさは巨大というべきである。2万5000人の軍用地主の受取る地料の総額は実に700億円である。一人当たりで280万円となる(これには土地連に加盟していない大口の地主も含まれる)。自分の勤労で280万円を稼いでいる人が沖縄にどれだけいるかを、そのためにいかに苦労しているかを考えていただきたい[地主数は増加していて、3万2000人程度なので、一人当たりは220万円程度となっている。 後注]。もう一つ、沖縄の農家数は最新の統計で2万4000戸であるが、この人々の汗の結晶である農業所得の総額は500億円しかない。
 これにたいして、軍用地主はただ座っているだけで、これらの勤労所得を上回る大きな収入を得ているのである。問題なのは、それでいながら爆音や事故などの基地からの被害は、彼らだけにもたらされるものではないということである。
 それでも、県民の大半が軍用地主のことを同情の目で見ているのが現状ではなかろうか。土地連反撃を見て「やっぱり返還要求は控えようか」と思いはじめた人もいると思われる。
 しかし、この状況に変化が見えはじめているのも事実であり、そのことが今回の「新しい島ぐるみ運動」の背景にあると考えられる。隣り合わせに軍用地料で潤っている人がいて、当方は何もないという、この矛盾は地料の引上げのたびに拡大してきた。なぜ、彼らだけ働きもしないで、あんなに金が入ってくるの? という疑問は広がり、深まってきた。

 A 多いだけでなく、単価が高い
 土地連は「平均額はそう多くはない、100万円以下が60%を占めている」と弁解している。しかし、たとえ100万円であったにしても、自分の給料のほかに毎年入ってくる金が100万円あるのとないのとでは、雲泥の差があるということを知るべきである。
 基地の面積が広いことだけが軍用地料を巨額にしているのではない。単価が高いことがもう一つの要因なのである。例えば、嘉手納から普天間にいたる地域の地料は、坪当たり3000円から3300円である。それなら一般の地代と変わらないのでは、という方もいよう。互いに原因となり結果となりあって、引上げられてきたからである。復帰の時に、嘉手納基地以南のすべての土地は「宅地」として評価されたし、かつて原野であり農地であったところもそうなった。返還されたとして、これらすべてが宅地並みの利用ができるかと考えれば、その好待遇ぶりは明らかである。
 その他の要因もあって、復帰時に軍用地料は4倍ないし6倍に引上げられた。それまでは単価が安いと思っていた私もそのころから見方が変わった。その復帰時から20余年、その額はさらに6倍となっている。復帰時から6倍に上がったものが他にあるだろうか。
 昔は地主が被害者だった。われわれも同情し、連帯した。しかし彼らの立場と意識は大きく変わった。今では地主であってよかったと思っており、軍用地料という「不労所得」をなくさないでと陳情し、米兵が罪を犯しても基地返還には反対だと主張するのである。
 土地連は「700億円の軍用地料に相当する純益を得るには、2兆3000億円を売り上げる企業を持ってこないといけない」と言っている。「そんなことはできないでしょう」と脅迫しているわけだが、確かにそのとおりである。より正確にいえば、700億円の地代を負担して土地を借りて、その上で企業の利潤も出せるような企業ということになろうから、売上額はもっと大きくならねばならない。
 これを裏返せば、いかに軍用地料が高いかということである。つまり経済的な地代水準をはるかに超えているということを、土地連みずから告白しているのである。
 そしてまた、この話は、たとえ返還されても引き続き「700億円の軍用地料」相当の額をもらい続けたいということであり、その最も確実な方策として公共的な利用をねらったものである。それが「国の責任」論とも重なって出てくるのである。この話に乗せられてはならない。そもそも高すぎる地料の水準を前提にしては、いかなる跡利用計画も経済的には成り立たない。

 B 跡利用への意欲を欠く地主たち
 「国の責任」論もおかしい。跡利用の当事者は地主そのものであるはずだ。他人の土地の利用を周りが云々すべきではない。ところが、地主たちは「国の責任でやれ」という。もちろん、特殊な土地であることはわかる。国や県が知らんふりすることはできない。それでも、跡利用の主人公は地主であって、国や県はそれを助ける補助者であるべきだ。
 実際のところは、地主たちは土地を利用しようという気もないのである。住宅はあるし、いまさら農業をする気もない(農業をやっていたのは彼らの先祖である)、商売人や企業家なら新天地で頑張ってみようという人もいるかもしれないが、それは地主のなかの一握りの人々である。普通の生活(あるいはそれ以上か)はすでに築いているのであるから、跡利用に腐心する必要はない。
 軍用地料という収入を失うのがいやだということが一つだが、このように、返還後の土地利用についての切実さがないこともまた、地主たちを「返還反対」に導いているのである。となれば、このように軍用地料が高いのだという認識と、地主は跡利用に消極的だという認識を抜きにしては、土地連の横槍にたいして有効に対応できないことは明らかではないか。(『琉球新報』1995年12月24日・25日)

(2)跡利用への取り組みを

 @ 口先だけの「整理・縮小」
 私の批判に応えて、反論をお寄せいただいた土地連と新城馨会長にお礼を申し上げたい。しかし、意見の違いは埋まっていかない。私は95年12月24日と25日の本紙(『琉球新報』)で、土地連が基地の返還に反対していることを批判し、その理由を軍用地料が高いからであると指摘した。また、土地連は跡地利用にも関心を示さず、いろいろな案をつぶすだけで、自らは何も提案していないが、これも軍用地料が高いことが原因であることを説明した。
 新城会長は、1月16日と17日の本紙で、従来からの土地連の立場をくりかえし弁明している。それは「基地の整理・縮小を促進することも大いに結構であ」るが、「基地の返還によって関係地主の生活権が奪われるようなことがあってはならない」ということ、また跡地利用についても、「事前に関係地主の合意形成が必要である」ということ、そして軍用地料は高くはなく、むしろ低いのだということである。
 これらは説得的に展開されているだろうか。
 まず、基地の整理・縮小は「大いに結構」ということだが、それは口先だけのことで、すぐ「地主の生活権」を持ち出してきて打ち消す。「地主の生活権」を奪うなというのであれば、それを前提としてどのように整理・縮小すべきかという提案を示さなければ、多くの県民は納得することはできないであろう。現に、土地連は12月19日に基地の返還に反対を表明したではないか。
 そして、たとえば基地にまつわる事件や事故が起こったとき、それに抗議したり、遺憾に思うという談話を発表したり、「私たちが容認している基地」のためにこんなことが起こって、県民に申し訳ないと謝罪したりという、そのようなことが一度でもあっただろうか。
 跡地利用については、「当事者は地主そのものである」といい、私の「主人公は地主である」という意見と一致している。しかし、そこから展開する論理が逆立ちしている。土地連は、「返還要求」も、「跡地利用計画策定」も、「事前に地権者である関係地主の合意形成が必要である」という。これによれば、まず「返還要求」をするかどうかで地主の同意が必要であるということになるが、一方で地主は「返還要求」に反対を表明しているのであるから、そこから先には進めない。
 仮にそこを突破して、跡地利用の計画策定に進んだとしても、土地連は「事前に」合意形成が必要だといっており、そこでゴネる可能性もある。今回の県の「国際都市形成構想」に対しても、説明さえ聞かないという。これでは計画策定に関する「合意形成」そのものに反対していることになる。もちろん、この構想に同意するかどうかは自由である。しかし、説明も聞かないというのは、「内容がどうであれ合意したくない」ということを表明したようなものである。いったい、土地連のいう「事前」とはいつのことなのか。県が先に構想を作ることそのものに反対なのか。
 私が跡地利用の主人公(当事者)は地主であるというのは、その当事者である地主が跡地利用に踏み込んでこないことを批判するためであった。その当事者が自らは一切提案せず、跡地利用を「芽」の段階から摘み取っていることを批判したいからである。これまでもあり(たとえば平田亮一さんと永六輔さんの「医療基地構想」)、これからもさまざまな提案が出てくると予想される跡地利用について、当事者である土地連が動かなければ、何事も進行しないことは明らかである。曲がりなりにも進行したいくつかの事例は、経過はともかく、結果として地主会が賛成したからこそできたのである。「私権」が「尊重」されているのである。
 ところが、当事者は動く気がない。これでは跡地利用は計画さえできていかないが、土地連はまさにそのことをねらって「当事者は地主だ」と主張しているのであり、その社会的不正義を、私は糺している。土地連は、一方で「実効性のある計画が策定されるならば、全面的に協力する」と述べているが、これは受け身宣言であり、自らの積極的な取り組みの意思表示をしたものではない。
 土地連はまた、跡地利用の当事者は地主であっても、「地主だけでその計画を立てられるはずがない」とも述べている。そのとおり。さまざまな公共事業が入るだろうし、入れなければならない。計画は地主だけではできないのである。だから「計画は自治体が中心に進めてほしい。そのさい私たちの条件はこれこれです」と提起するのが筋ではないだろうか。そうすることはしないでいて、県の提案は聞かないというのであるから、県に対して「提案するな」と言っているように聞こえてしまう。

 A「地料はまだ安い」という土地連
 私が「高すぎる軍用地料」と書いたら、土地連は軍用地料「未だ安い」と切り返してきた。これには驚いた。いまは700億円だが、1000億円にまで引き上げるべきだと主張している。
 まず、復帰前の地料は「二束三文の低廉なもの」だったというが、それは1959年までのことで、その年、県民が島ぐるみで応援した結果、改定された軍用地料の水準は、真に「二束三文」だった53年の6倍、また56年に米軍が提示した額の2倍となり、その提示額に対する地主要求の80%を満たしていた。土地連もその引上げに満足して合意したのが歴史的事実である。それを今になって「二束三文」だと言っているのである。その59年から72年の復帰までにも1・7に上昇している。
 新城会長も書いているように「復帰時に(さらに−引用者)軍用地料が大幅に改善され」て、「約六倍に引上げられた」。その説明として、会長は「復帰前の軍用地料は、正当な地料の六分の一程度に押さえ込まれていた」と屁理屈をこねるが、この文章は一方でそれが六倍に引き上げられたことによって「正当」な水準になったことを認めていることとなり、氏にとっては皮肉な弁明となってしまったようである。そして私が前回書いたように、「その復帰時から20余年、その額はさらに六倍となっている」。
 前回私が指摘したように、土地連も「700億円の軍用地料に相当する純益を得ることはできないでしょう」という趣旨のことを言い、経済的水準をはるかに超えていることを実質的に認めているのが現状である。県民の多くも、地主たちは「高すぎる軍用地料」があるから、基地の返還に反対していると感じているのが実態であり、私の論評に対して実に数限りない支持と激励の声があったことも、そのことを示している。
 以上は総額についての論点の整理である。次に単価について検討しよう。

 B 単価の検討
 単価は、沖縄では坪当たりで考えるのが普通である。そこで、那覇防衛施設局(一九九四年三月末現在、賃借料は九三年度実績)の資料に基づいて、沖縄県が発表している「施設別米軍基地の概況」から、その所有形態別面積と年間賃借料を使って、基地別の坪当たり地料を計算してみた。国有地は地料が支払われないので、これを除いて按分した。
 こうして、新城会長の例示した北部訓練場施設(山林)は25円ではなく、240円となり、那覇港湾施設(宅地)は1万4600円ではなく、1万2900円となった。私のものは計算上のものであり、会長の示した額が正しいであろうが、これが「未だ安い」の証明になっているだろうか。
 地料とは農地で言えば小作料のことである。各町村はそれがあまり高くならないように「標準小作料」を定めることになっている。小作料が高いと、そこで営まれる農業経営の採算が圧迫されるからである。その原理は一般の商業用地や工業用地でも同じである。
 さて、山林の25円というのは、実はこの標準小作料の水準とほぼ同一なのである。中畑では国頭村でも東村でも27円であり、下畑なら国頭で23円、東で16円となっていて、山林が25円というのは明らかに高すぎる。会長は「北部地域においては、山林、原野が集中していることから、むしろ農業所得額にも達していないのが現状である」と言うが、軍用地の山林地代は周辺の農業地代より高くなっているのである。
 もう一つ問題なのは、地料を所得額と比較していることである。農業所得者のなかには、地料のほかに、農業者の勤労所得が含まれており(これが大半を占める)、さらに投下資本の利子や利潤に相当するものが期待される。地料は所得のなかのごく一部をなすものでしかない。土地連がこのように、地料を本来比較の対象とすべき「所得の一部としての地料」とではなく、所得と比較していることは基本的に問題である。この感覚で安いと言われては話にならない。、
 会長の示したもう一つの事例、那覇港湾施設だが(これは地料の最も高い所である)、その坪当たり地料が1万4600円と紹介しつつこれが安いと言い張るとは、私には信じられないことである。もし会長のいうように「近傍の実勢価格と比較しても5分の一程度である」というのなら、早く返してもらって売却すればいい。なぜそれをためらうのか。論理が一貫していない。もし真に安いとしても、少なくともこの水準の地料を負担しては、跡地利用はきわめて困難だということは明らかではないか。この、返還が合意されている施設については、地主サイドの跡地利用の計画が進められていたが、現在の段階ではその計画は貫けずに、那覇市との調整に入っているはずだ。

 C「第三者」にも発言権はある
 「零細地主が大半である」という話は、ずいぶん前から、聞かされ続けてきた。その説明として「約60%の地主は100万円以下である」と弁明する。20年前に私が初めて「軍用地料が高すぎる」ことを新聞に書いたころにも、同じことが言われていた。そのころは高校卒の初任給を考えると、その1年分に近い額になるし、その基準(100万円)自体が高すぎると論じた。それから総額は5〜6倍にも多くなっているのに、まだ同じ数学を出し続けるというのは、明らかに偽っているのである。「一〇年一日のごとく」という言葉はあるが、「二〇年一日のごとく」というのは、土地連の辞書にしかない言葉であろう[この部分は私の誤りであった。相続などが絡んで、地主数は増え続けた。それは承知していたが、そしてその増加率は高くはないのだが、高額地主の分割が多くて、「零細地主」を増加させていたのである。そこで、総額700億円から公有地・字有地と法人有地を除き、個人分だけをランク別に示した資料によれば、100万円以下は58%を占めている。土地連の数字にウソはなかった。後注]。
 こんど新しく出してきた、地主の「軍用地料を含めた家庭の年間収入では63.5%が400万円未満」という数字は平均額で250万円ほどに当たろうが、地主に高齢者が多いことを念頭におき、国民年金の受給額が一人50万円ほどだということと比較すれば、けっして少ないとはいえない。これまた逆証明になっている。
 新城会長は「本県における軍用地のほとんどは、戦後、米軍の強制接収によるものである」と述べている。そのとおり。「だから地主に返せ」と要求するのが自然ではないか。それなら県民の支持を受けるはずだ。ところが、そうではなく、ひたすら高い軍用地料にしがみついて、それを失いたくない、基地をそのままにしておいてほしいと言っているのが、土地連の現状なのである。
 最終的に「軍用地料問題については、原則として当時者間で取り決めるこであって、全く関係のない第三者が必要以上に不当な介入をすべきでない」とも言っている。私を「第三者」といって排除しようというのである。発言しているのは私だけではない。最近の新聞の投書にも現れている。これらも口をつぐめということになる。
 しかしながら、軍用地料が高くなることは、一般地料を引上げる方向に作用する。まずそれは電力会社の高圧線の「線下補償」に引き移され、国道や県道が全島に広がっていく過程で、その用地買収費と補償費に反映される。そしてすべての公共的土地接収にも反映されていく。関係地主の皆さんは、それらを軍用地料並みにと要求する。それが高いからである。沖縄の地価や地代が高めであるという事実は、軍用地料と無縁であるといえるだろうか。
 軍用地料はまた。われわれの税金から支払われていることも、「第三者」に発言権があることを裏づける。県民と国民すべてが関心を持って当然である。しかも、その軍用地がさまざまな基地被害の元凶であることを考えるなら、黙って見過ごすことができるわけない。
 このように、自分たちの利益だけのために、これまで引き上げさせてきた軍用地料について、「第三者」の発言を不当とする土地連は、この面からも社会的に孤立していかざるをえないであろう。
 私は今の軍用地料は高すぎると考えている。たとえば普天間基地が返還されたとして、坪当たり3300円、総額で四五億円の地料水準を前提に、引き続きこれだけの所得を地主に補償しながら、何らかの跡地利用を計画するとすれば、これは不可能だと思う。総面積で146万坪、宜野湾市の面積585万坪の25%を占めるこの土地に、隅から隅までこの地料水準を補償できる跡地利用はありえない。最も期待されるのは公共的な利用であり、その部分だけはこの地料水準が補償されるであろう。また、若干の商業用地と工業用地と、そして宅地もこの地料水準が補償されるだろう。しかし、それらは果たして全体の何%をカバーできるだろうか。この点で、県の計画も「幻想」の要素を残している。
 地主の皆さんも、そしてすべての県民が今求められていることは、軍用地が返還されたとき、その跡地の利用で「経済的に」前向きの効果を上げることは不可能だということを認識することであり、したがって「経済的損失」を覚悟しても、それでも返還は要求するのだという決意をすることである。
 その上でなら、戻ってくる土地の利用は県民にすばらしい夢を描くことを可能にする。地主の皆さんの希望は織り込みながら、「返ってきてよかった。21世紀の子孫にこんな夢のある空間を残してよかった」と、喜び合えることになるはずなのだ。(『琉球新報』1996年1月28・29・30日)

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