３章
セラは従兵機ザー・ヴェルを操りながら、何処からか聞こえてくる呼び声に耳を傾けていた。
その声は、あの露店で棍を入手してから聞こえるようになった。
「あらあら…来い、と言われましてもねぇ…貴方はどこにいるのでしょうか…」
セラはその声を発している『存在』に対し問い掛ける。
しかし、声は応える事は無かった。
その声は、ただひたすらにセラを呼ぶだけである。
セラは操手槽のかたわらに置いてある木棍…『クァーラ・ドゥ』という名がついていることは、この棍を入手した際に頭に流れ込んできた…に目をやった。
どうも、この棍を媒介にしてその『存在』はセラに呼びかけているらしい。
「困りましたねぇ…」
セラはそのままザー・ヴェルを歩かせ続けた。
一行は、例の地図に従って、ミルジア山岳民国の北に存在する遺跡に向かって旅をしていた。
その遺跡は既に別の山師たちによって盗掘されている事はわかっている。
だが、現在の状況を解明するための選択肢はそれほど多くは無い。
従兵機ザー・ヴェルをかって所持していた山師たちがあの鼠たちに殺されたのは事実である。
であるならば、彼らから手に入れた地図を調べれば、何かがわかるかもしれない。
無論、その殺された山師たちが殺された理由と、その地図とは何の関係もないかもしれないし、一行達が命を狙われている理由とはなおさら関係が無いかもしれない。
だが、薄弱な根拠ではあっても、何も材料がないよりはましである。
さらに、今のまま街にとどまっていては周囲に余計な被害を与えてしまう可能性もある。
このまま街にとどまり刺客と決着をつけようとする者もいれば、街を出て遺跡へ向かおうとする者もいた。
議論は紛糾したが、結局は遺跡へ向かって出発することになったのである。
「…しかし…やはり襲ってくるかのう…」
レリックはザー・ヴェルの背中に増設された荷台の上に乗せられた少女を心配そうに見上げつつ言った。
レストはレリックに応える。
「来るでしょうね。といいますか、ある意味ではそれを期待して街を出てきたところもありますし。街中で、チンピラども相手は面倒ですし無益でもありますしね」
彼の馬に同乗しているフェイルも無言で頷く。
「そろそろ食事を取った方がよくはありませんか？」
隊列の前方に出ていたフェスターが声をかけてきた。
彼と馬を並べていたバロックもその意見に同意しているようだ。
バロック自身は今までの経緯から言って、あの『鼠』達を操っているやつらから命を狙われているわけではなさそうだった。
しかし、ここまで来れば一蓮托生だというのか、他の理由があるのか、彼は一行に協力するつもりのようだった。
「そ…」
「うわあああぁぁあぁあっ！？」
レリックが応えようとしたその瞬間、ザー・ヴェルが急にバランスを崩した。
それに驚いたレストの馬が竿立ちになり、レストの悲鳴が上がる。
更にレリックの馬も泡を食って暴れ出した。
フェイルは落馬しかけたレストを支えつつ、必至で馬を押さえ込んだ。
「ど、どうしたのかの！？セラ！セラどの！？」
レリックは声を張り上げた。
ザー・ヴェルはガタガタと激しく全身を振動させ、煙突から蒸気を吹き上げて停止してしまった。
転倒をまぬがれたのは、それでもセラの技量がかなり上がっていたためであろう。
しばらくすると、セラがよろよろと降りてきた。
「あらあら…まあまあ…驚きましたぁ…」
彼女の声は、いつもどおり暢気なものだった。
しかし、こめかみに流れる汗が、彼女の動揺を物語っていた。
レストは気遣わしげに尋ねる。
「こ、故障ですか？完全に直ってなかったんですかね」
「いえいえ、この子のしわざです〜」
そう言ってセラが差し出したのは、例の、狩猟機の仮面だった。
「突然ザー・ヴェルとの同調が断たれてしまいまして…ひどい目にあいましたぁ…何か『本人』は警告のつもりじゃあないかと…思うんですが」
セラは自信がなさそうに言う。
レストは狩猟機の仮面に、化け物でも見るような目を向ける。
（…たしかにザー・ヴェルは最低ランクの従兵機だけど…それにしても、起動中の従兵機を停止させるなんて…ここまでの力を仮面だけの状態で発揮するなんて…）
「…あきらかに古代の仮面でしょうね、この仮面は…そこまで確固たる意識と、強力な力を持っている仮面なんて現在作られている操兵仮面では、まず存在しませんよ…」
セラはザー・ヴェルの前方に歩いていくと、しばらく点検していた。
「あらあら…仮面が消耗してます…しばらく休ませないと動かせそうにありませんねぇ…」
そう言いつつセラはザー・ヴェルの仮面をはずした。
「やむを得ないですな…しばらくここで休憩した方がいいかのう」
レリックは溜息をついた。
しかし、フェスターがそれに異をとなえた。
「待ってください。さっき食事にしようと言ったのは私ですが、その狩猟機の仮面…ですか？それが『警告』したんでしょう？であれば、その前に周囲を偵察してきた方がいいのでは？」
フェスターの意見はもっともな物である。
全員、それに異論はなかった。
従兵機の面倒をみるセラ、少女の様子が気になっていたレリック、いざと言う時の戦力としてのバロックをザー・ヴェルの所に残し、レスト、フェスター、フェイルの三人が偵察に出た。
なお、フェスターはレリックの馬を借りている。
「…ふう、今のところ何もなさそうですけど…」
レストがそう言った矢先である。
フェイルが厳しい顔つきになって、馬を走らせ出した。
残り二人は慌てて後を追う。
「な、何が起きたんです！？」
「…操兵の動く音だ」
フェスターの台詞に、フェイルが応える。
その頃には、二人の耳にも蒸気の音や機械音…それに剣戟の音が聞こえていた。
三人は適当な場所で馬を下り、近場の木に手綱をくくりつけた。
そして、身を隠しながら音の聞こえる方向へ小走りで急いだ。
「！」
「あ、あれは！」
そこでは、数騎の狩猟機が剣を交えていた。
いや、正確に言えば狩猟機は二騎のみで、残りは全て例の『偽狩猟機』であった。
そして、片方の狩猟機は『偽狩猟機』を率いているらしく、もう一方はその『偽狩猟機』を次々に…一方的に斬り倒していた。
「…あっちの、『偽狩猟機』と戦っているのはミルジアの騎士団の操兵みたいですね。紋章がついてます。マルツ・ラゴーシュっていう、狩猟機としては一般的な機種です。あっちの『偽狩猟機』に守られてる機体はわかりません…蒸気を上げてるし機械音もしますから、たぶん本物の操兵だとは思いますけど…見たことない機種です」
フェイルもレストの分析に頷く。
その時、その『見たことの無い狩猟機』が声を上げた。
『もうよいわ！下がれダラウども！』
すると、一方的に斬られるだけだった『偽狩猟機』達はあわてて後ろに下がった。
『ふむ…やはりダラウどもでは狩猟機には歯が立たぬか…改良を急がせねばならぬな。しかし、貴様は逃がすわけにはいかぬな…今ダラウどもの存在を国に知られるわけにはいかぬのだ』
『誰が逃げるか！貴様こそ絶対に逃がさぬわ！そのような紛い物の操兵もどきで我を倒そうなど！わが従者達や随伴の文官達の仇は討たせてもらうぞ！』
その台詞とともに、ミルジア騎士団のマルツは破斬剣を振り上げて斬りかかった。
だが謎の狩猟機は軽々と斬撃をかわす。
『ははは！その程度の腕で何を言うか』
謎の狩猟機の操手は、ミルジア騎士を嘲弄する。
しかしそれを見たフェイルは言う。
「…違うな。腕自体はあのミルジア騎士の方がはるかに上だ。だが操兵の格が違いすぎる。あの操兵の動きはブレン・ゴールとまでは言わんが…近いものがあるな」
マルツの渾身の一撃が、ようやく相手をとらえた。
だが、刃は相手の装甲に若干切り込んだだけで止まってしまう。
『ははは、たいしたことはないな！その程度の腕で私を相手にするには１０年早かったな！』
「…いや、違う…あの装甲は鋳鉄じゃない…一体材質は何でしょう？あの機体…古操兵？」
「何か生物の甲らか何かみたいですね…甲虫の外皮にいちばん近いかな…」
レストとフェスターは小声で言った。
謎の狩猟機は長剣を振るった。
『ぐっ…』
その剣は、ミルジア騎士団のマルツを激しく打ち据えた。
素人目にも達人の攻撃とは見えないその一撃は、それでもすさまじい威力でマルツを叩き伏せていた。
装甲の破片が飛び散る。
返す刃で謎の狩猟機はマルツにとどめを刺した。
『ダラウども！傷ついたやつらを運べ！死体も残すな！手の空いているやつらはこの騎士団の操兵を運ぶのだ！修理して我らの戦力に組み込むからな！たとえ修理できなくとも、部品は役に立つ』
「せこい…が、正しくもありますか」
レストが溜息をつく。
『…くそっ…ダラウどもに大きな被害が出てしまった…感応石に反応があったから、てっきり例の山師どもだと思ってやってきたら、巡回中の騎士だったとはな』
「…やはり操手としては素人に近い…か。感応石で狩猟機と従兵機の違いがわからんなどとは。だがその方が楽ではある…か」
フェイルも溜息をついた。
『やむをえん！一度帰還するぞダラウどもよ！…なに、山師どもの始末はやつに任せればよかろう。もともと目撃者の始末などはわしの仕事ではないのだからな。選ばれた操手であるわしが、何故使い走りのような真似をせねばならぬ。このような仕事は下っ端どもに…』
謎の狩猟機と『偽狩猟機』…『ダラウ』と言うらしい…達は、仲間の屍と騎士団の操兵の残骸を運びつつ、立ち去った。
それを見届けて、三人もザー・ヴェルの場所へと戻っていった。
「くっ！」
レリックは自分の腕に噛み付いた鼠を払いのけると、棍をふるって叩き潰した。
セラも棍を縦横無尽に振り回し、少女に鼠を近づけまいと奮戦している。
その隣では、黒猫がセラを援護していた。
「ザー・ヴェルが使えれば…！」
珍しくセラが焦った声を出す。
その視線の先には、鼠たちを指揮しているらしい外套姿のあの練法師がいる。
肩には頭の大きいリーダー格の鼠が乗っている。
ザー・ヴェルであれば、一撃で彼らを叩き潰して決着をつけることができたかもしれない。
だがザー・ヴェルの仮面は、あの狩猟機の仮面が麻痺させてしまったため、いまだに動くことはできない。
もっともセラたちはまだ知らないことではあるが、そうなっていなければ謎の狩猟機の感応石により、それに率いられた『偽狩猟機』…『ダラウ』軍団に彼らは急襲されていたことだろう。
それに、従兵機が動けない状況であることを見て取ったからこそ、奴らは直接襲撃してきただろうことも容易に想像はつく。
「…ここをお願いする…」
レリックの傍らにいたバロックが無表情のまま呟いた。
そして一瞬間をおいたかと思うと、練法師にむけて突進した。
リーダー格の鼠が鋭い叫びを上げ、それに応えるかのように他の鼠たちが一斉に目標をバロックに変更し、彼の行く手を阻もうとする。
練法師もバロックに向けて、その手を複雑に組み合わせつつ呪句を小さな声で呟き始める。
バロックは鼠たちの攻撃を紙一重でかわしながら練法師に肉薄した。
「…！だめです！相手の術の方がはやい！」
セラは以前あの練法師と戦ったことがある。
そのため、敵の練法師が使った術が発動する速さを知っていた。
今のままではバロックが敵を切り伏せるより先に、練法師の術が発動してしまう。
セラは間に合わないと知りつつ、『気』を練り始めた。
バロックは無表情のまま突進する。
そして練法師の手元から爪が、頭から毛髪が『針』と化して飛来し、彼を直撃した。
「！」
「バロック！」
レリックが叫ぶ。
練法師が微かに笑った。
しかし、次の瞬間その笑みが凍りつく。
「…き、貴様も『気』を使うのか…」
練法師が放った術は、バロックの胸元に到達する直前で『気』の盾に阻まれていた。
「…せっかく練ったのに…」
バロックが呟く。
バロックの意図では、『気』は『気盾』ではなく攻撃に用いるつもりだったのだ。
しかし、その術はバロックを倒すことこそできなかったものの、まったくの無意味には終らなかった。
バロックは術を食い止めるために、その突進を中止せざるを得なかったのである。
練法師の肩の上にいる鼠は、練法師よりもはやく立ち直り、配下の鼠に指示をとばす。
動きの止まったバロックを鼠達が十重二十重にとりかこんだ。
レリックが必死にバロックに駆け寄ろうとするが、鼠たちの方が速い。
そして鼠たちは一斉にバロックに襲いかかろうとした。
「キイィィィッ！？」
しかしその瞬間、金切り声とともに鼠達の統制が乱れた。
金切り声を上げたのは、練法師の肩から叩き落されたリーダー格の鼠だった。
それを叩き落したのはあの黒猫であった。
黒猫はそのままリーダー格の鼠の首を噛み千切る。
残りの鼠たちはその瞬間、完全に統制を失い、各々自分勝手な行動をはじめた。
自分たちの指揮官である練法師に襲い掛かるものすらいる。
「！！…奴はあの頭でっかちの鼠がいなければ鼠どもに指令を出せぬようじゃの！」
レリックの叫びに、練法師はあからさまに動揺した様子を見せる。
そして、練法師は懐から何か棒杖のようなものを慌てて取り出した。
その杖には、細かな刻みが幾条にもわたって刻み付けられている。
練法師はその刻みに指を当てて、まるで術の結印をするかのようなしぐさを始めた。
「…させません！」
セラがその練法師の肩口を、練り上げた『気』を込めた棍…聖なる棍『クァーラ・ドゥ』で激しく殴りつけた。
その瞬間、練法師の左肩は綺麗に消し飛んでしまった。
セラの手には、殴った手ごたえすらほとんど無かったくらいである。
まるで、大鋸屑の山でも殴ったかのようだった。
練法師は一瞬信じられないような表情をしていたが、そのまま地面に倒れ伏した。
鼠達の生き残りは、いつのまにか散り散りに逃げ去っていた。
「…なんとかなったのう…」
街を出る際に買い求めた薬草で、鼠に噛まれた傷を手当てしながら、レリックが呟く。
彼は従兵機ザー・ヴェルの荷台で眠り続ける少女を見上げた。
「しかし、わからん事ばかりじゃの…」
「ともかくレスト君達が戻ってくるのを待ちましょう〜」
セラがのんびりと言う。
もうすぐ日が暮れようとしていた。
レリックの目には、沈む夕日が不吉の前兆のように見えていた。