2章

 一行は新たに移った宿で、僧侶たちの術で傷を癒した後、これからの事を相談していた。
「…だから操兵をすぐ使える近場にもってきておくべきだ。操兵のあるのとないのでは、大きく戦力が違ってくる」
 操兵の必要性を力説するフェイルに、レリックが反論する。
「だが、工房はそれほど遠いわけではあるまい。歩いても四半刻(30分)、走ればあっという間であろう。それに操兵で対抗せねばならぬ敵は、あの『偽操兵』ということになるが、彼奴らは『偽操兵』で街に手出しをすることを避けているのではなかろうか。でなければ、もうとうの昔にこの街ごと我らを潰しておるはずではないかの」
「そうですね、操兵を取りにいくのは街を出るときでかまわないでしょう。この辺に置いてあっても、持て余しますし、公営駐機場は逆に遠くなりますしねぇ…とりあえず、下手に面々が分散するのを防ぐ意味でも、今回はやめておきましょうか〜」
 レリックにセラも同意する。
 不承不承という感じではあったが、フェイルもその意見に従うことにした。
「ところで〜」
 セラがおずおずと言った感じで再び口を開いた。
「このあいだ行った露店で、とてもよさそうな棍を見つけたのですが…とても高価なもので今の持ち金では買えなかったのです…どなたかお金を貸してくださいませんか?」
「あ、いいですよセラさん。一応若干ですがお金はありますから」
「俺もかまわん…いくら必要なんだ」
 レストとフェイルの答えに、セラは満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます!恩に着ますね。あと220ほど必要なのですよ」
「なら俺が110、レストが110でよかろう」
 フェイルの言葉にレストが頷く。
 実はレストは、セラの様子が多少変なことに気づいていた。
 彼が見たところ、セラは何か魅了の術にでもかかっているかのようだった。
 それが露店で例の杖を見てかららしいと見当をつけたレストは、その杖の正体をおぼろげながら推察していた。
(…おそらくその棍は、聖なる物品の類ではないだろうか…そこそこの実力を持つ聖職者が、あそこまで固執するんだし…)
 もしそうであるならば、セラに対するなんらかの『援助』である可能性もある。
(…だけどセラさんは、言っちゃあ悪いけど高僧とはとても言えないし…だいいち、『操兵教』は操兵をあがめるという特殊性から、『高僧』の位には至らない、いや至れないはず…そんな相手に対し、普通は『援助』がこうまであからさまな事は…それだけ大きな緊急事態が迫っているってことか?)
 レストは背筋が寒くなった。
(あとでレリックさんにでも意見を聞こうか…いや、下手な聞き方をすると僕の正体を悟られかねない…)
 結局のところ、しばらく様子を見ようとレストは決めた。

 セラ、レスト、フェスターの三人は買出しからの帰途にあった。
 ちなみにフェスターは馬を買いにいった。
 以前から欲しがってはいたのだが、財布の中身といろいろ相談してとうとう決心したのだ。
 あまりそれぞれが分散するのも危険なので、セラが例の棍を買いに出るのにあわせて出かけたのである。
 レストは特に買うものは無かったのだが、彼らが二人ではこころもとないと感じたのか、一緒に行くことを希望したのだ。
 セラの方は、例の棍は運良く売れ残っていたため、首尾よく入手することができた。
 しかしフェスターの方は、軍馬を買いたかったらしいのだが残念ながら手に入らず、乗用馬で我慢することになった。
 ただ、彼らの馬は今のところ牧場に置きっぱなしである。
「もうすぐ宿ですね…で、どうですその棍は?」
 レストがセラに尋ねる。
「はい〜…なんていうのか〜手に吸い付くようで〜手の一部になった感じですねぇ」
 セラはご機嫌の様子だったが、急にその顔つきが曇る。
 レストとフェスターは不審に思って、セラの視線を目で追った。
 そこには、宿にいるはずのバロックが歩いていたのだ。
「ありゃあ…バロックさんですね」
「彼、なんでこんな所に…」
「おやおや…私、彼のあとをついていってみますね。みんなに知らせてくださいね」
 セラは言うが早いか、きびすを返した。
 あわててレストもその後を追った。
「わ、私もいきますよ。レスト君、レリックさんとフェイルさんにお願いします」
 レストは一瞬泡を食ったような顔をしたが、頷いて宿の方に小走りで去っていった。
 バロックは、後をつけてくる彼らに気づいているのかいないのか、そのまま歩き続けた。
 しばらくすると、バロックは人気の無い道に出た。
「…」
 そのまま彼はしばらくたたずんでいた。
「あらあら…何をしてるんでしょうねぇ」
「ここは、確かバロック君とはじめて会った場所ですよ」
 セラとフェスターは顔を見合わせて呟いた。
 そこに、突然破斬剣の刃が突き出される。
「「!」」
 彼らに声がかけられる。
「おとなしくしろ…なんだ、あなたたちか…」
 剣を突き出したのは、バロックだった。
 彼はいつのまにか、セラたちが隠れていた物陰へと、逆に忍び寄っていたのだ。
 バロックは破斬剣を鞘に収めると、ぼうっと宙へ視線をさまよわせていた。
「…お、おどれぇたべ、いえ驚きました」
 フェスターは相当に驚いたようで、なまりが出ていた。
「あらあら…バロックさんあなた、どうしてこんな所に来たんですか?宿に帰る途中見かけたので、心配してついてきたんですよ」
 一見普通どおりに見えるセラだったが、こめかみに汗が伝っていた。
 バロックは、あさっての方向をぼうっと見ながら答える。
「…前にここで殺した相手が、僕のことを知ってた…また襲ってくればなあと…」
 バロックはそれきり何も喋らなかった。
「…そういえば、彼は記憶喪失でしたね…なるほど、それで…バロック君、でも単独行動は危険ですし、とりあえず帰りましょう」
 フェスターの台詞に、バロックは頷いた。

 一行が宿に帰ったあと、入れ替わりのような形でレリックが出かけていった。
 彼の目的は情報収集である。
 レリックだけを行かせるのは問題だと思ったのか、フェイルが同行を申し出た。
 また、バロックもレリックに同行することにした。
 バロックは、以前傷を癒してくれたレリックのことを若干ながら気にかけているようだったし、彼自身の事情からも敵が襲い掛かってくることを期待している節もあった。
 レリックは、まずこの街を拠点に仕事をしている山師を探した。
 そして、彼らに酒をおごり、この街にいる周旋屋への接触方法を聞き出すことに成功した。
 周旋屋というのは、以前にも説明したとおり、基本的には山師相手の古代遺跡関係の情報屋のようななものである。
 他にも、山師相手に有料で仕事を仲介したり、遺跡以外にも様々な情報を売買したりもする。
 その性質上、盗賊匠合などと裏でつながっている場合も多いらしい。
 もっとも、この街の周旋屋はそれほど規模も実力も大きくはないらしい。
「…とのことであるな。彼らが言った話によればだがの」
「大丈夫か?奴ら、山師とは名ばかりの半分ゴロツキみたいなものだったように思うが。持っていた剣も、ひどい代物だったぞ」
 フェイルが不満をあらわにする。
 情報の信頼性に不審を抱いているのだ。
「だがまあ、周旋屋への接触方法はおそらく間違いないとは思うがの…この飯屋で『脳吸いのマリネ』を注文すればよいとの事だが」
 そう言って、レリックはそれを注文する。
「お客さん、悪いがね。材料が無いんだ。それ食いたけりゃ、ココ行ってくれ。店の者に案内させるからよ」
 店主はそう言うと、掌を上にして差し出す。
 レリックは数枚のゴルダ銀貨をその上に乗せると、店主が首をしゃくる。
 店の若者らしい、しかしどこか胡散臭げな男が前に進み出た。
「…ついてきなよ、お客さん」
 彼らは男に従って店を出た。
 男は、せまい路地裏や建物の隙間を縫うように、しかもしょっちゅう方向を変えてぐるぐると歩き回る。
 相当に勘が良いか、特殊な訓練を受けた者でなければ、自分の現在地もわからなくなっているはずだ。
 周旋屋の場所を秘密にしておきたいための処置だろう。
「…罠にはまってるんじゃないだろうな」
 フェイルが不満そうに呟いたとき、男は足を止めた。
「ついたぜ。ここの廃屋から地下への入り口がある。帰りはまた俺が案内するから、用事が済んだらさっさと出てきてくれ」
 一行は、言われるまま廃屋の地下室へと入っていった。

 そこには、ひからびた老人がいた。
「…生きてるのか?」
「生きとるぞ」
 独り言のつもりだった台詞に返事を返され、フェイルは泡を食った。
「ご、ご老人…あなたが?」
「左様、わしがこの周旋屋をいとなんでおる。聞きたいことは何じゃ」
 レリックはこの老人に妙な迫力を感じて一瞬あとずさった。
 しかし気力で立ち直り、老人に尋ねる。
「ご老人、愚僧らは今、この街の闇の組織から命を狙われておるのだ。彼らと交渉するなりして、この事態に決着をはかりたいと思うのであるが…彼らの居場所を教えてはくれぬかの?」
 老人は、レリックの思っても見ない答えを返した。
「ご坊、貴僧はこの街、いやこの国周辺の盗賊匠合をなんじゃと思っとるのかの。闇の組織なんてもんではないわい。お主らが狙われていることはわしも知っておる。お主らを殺そうとしておるのは、ゴロツキ、田舎ヤクザ、そういった連中じゃ。だいたい、闇の組織なぞというのに匹敵する大きな洗練された盗賊匠合は、北部の国々や、あるいはシャルク、ダングス、デン…そういった大国ぐらいなもんじゃ」
 レリックはあっけにとられた。
「闇の組織と言うたら、あとは専門の暗殺者匠合、練法師…俗に言う妖術師じゃな、その匠合などじゃが、そう言った連中の動きなぞわしには聞こえては来ぬわい。おそらくは、このあたりにも…というか、こういった田舎にこそ、そう言った連中は根をはっておろうがのう。お主らを襲う依頼を受けたのは、この街にもごろごろある田舎ヤクザどもじゃよ。しかも総勢十数人の大所帯から、三〜四人程度の馬鹿な若造どもの集まりまでいろいろおるが」
「じゅ、十数人で大所帯…か…」
 フェイルはあきれるように呟いた。
「…大抵そんなものだと思う…」
 バロックがぽつりと言った。
「そう言ったやつらの根城であれば、教えてやってもよいが、けっこう多いぞ?そういったやつらの大方に、お主らは懸賞つきで手配されとるらしい。ま、小さな若造どもの集まりなんぞは、上にいる大きいところから下請けみたいな形で受けたのじゃろうがの」
「…い、一応お願いするご老人。大きめの所だけ教えておいてもらえるかの?それと、できればそやつらに依頼をかけた者のことも教えてほしいのだがの」
 レリックはどうにかこうにか、と言った風情で言葉をひねり出した。
 老人の台詞をそのまま解釈すれば、この街近辺では裏社会をまとめるような大きな組織は存在しておらず、中小の匠合…というよりもただの犯罪者集団が互いにしのぎを削っている状態とでも言えばいいのだろうか。
 つまり、直接交渉できるような頂点にいる存在が無いということだ。
 老人はレリックに答える。
「ふむ、わかった…わしの知っていることでよければ教えてもやろう。だが、いただくものはいただくぞ。それと、おぬしらに賞金をかけた者は残念ながら正体不明じゃ」
 そこにフェイルが口をはさんだ。
「…ご老体、ちょっといいか?このミルジアの北の方に、何か遺跡があるという話を聞いたことはないか?こちらがつかんだ情報では、あまり大きなものではないらしいんだがな」
 フェイルの質問に、老人はけげんな顔をした。
「…だいたいの場所はどのへんじゃ?…ふむ、それはあれのことかのう…なんという遺跡なのかは知られておらぬが、本当に小さなものじゃ。ちょっとした祠みたいなもんじゃの。わしが知る限りの文献にも何も書かれておらんし、以前別の街にいた山師どもがそこを漁ったことがあるそうじゃが、ほとんど何も発見できなんだらしい。一応かけら程の聖刻石があったそうじゃが、寿命も短い二束三文の代物じゃったと言う。まあ、それでも聖刻石は聖刻石じゃし、充分な収入にはなったらしいがの。もっとも、あまり腕は良くない連中じゃったから、探し残しが無いとも限らぬが」
「探し残し…か。可能性はあるな。あるいはその山師どもが発見物をおおやけにしていない可能性が無いわけでもないか…」
 フェイルはそのまましばらく考えこんでいた。

 その後彼らは、再びあの胡散臭げな男につれられて、来たときとは別の道をひきずりまわされて、表通りまで案内された。
 男はそのまま、最初の店へと帰っていった。
(…ふうむ…どうしたものかの。教えてもらった連中の居場所のうち、どこか適当なところに逆襲でもかけるかのう…なんとか依頼した側の手がかりだけでもつかまぬことには…)
 レリックは帰り道ひたすら考え込んでいた。
 フェイルはフェイルで、何か別のことを考えているようだ。
 バロックはもとから無口である。
 結局誰も、宿に帰り着くまで一言も口をきかなかった。


序章 1章 3章 終章

トップページへ