3章

 一行は、倒れていた山師達の遺体を埋葬した。
 従兵機ザー・ヴェルを使用して墓穴を掘ったので、時間はそれほどかからなかった。
 なお、この名前は操手槽脇の外装に釘か何かで傷をつけて書いてあった。
「…この長衣姿の人、何かの術師かと思ってましたが〜」
「…そうであるな、宗派の違う愚僧たちの祈りでは迷惑かもしれんのう」
 セラとレリックは、死んでいた山師達の一人の埋葬方法で頭を悩ませていた。
 彼を詳しく調べた結果、彼が神聖派のペガーナ僧である事が判明したのである。
 中には練法師系の術師である事を期待していた面々もいたようであったが、彼らには残念な結果に終わったようである。
 とりあえずレリックは全員の髪の毛を少しずつ切り取って、持っていくことにした。
 山師達を略式で埋葬せざるをえなかったため、後日遺髪をもってしかるべく葬儀を行うつもりなのである。
「…にしても、結構な荷物ねえ」
 クレアは山師達の装備を見て、うらやましげに呟いた。
「相当に場数を踏んだ人たちだったみたいね、装備が充実してるし…この剣、借りておくわね。やっぱり短剣じゃ心もとないわ」
 クレアは山師達の遺品から、長剣を一本拾い上げた。
 レストもそれに習って、別の長剣を拾う。
「ですねえ…あとで街についたらこれは寺院にでも納めて、別に適当な武器でも仕入れましょうか」
 山師達の持っていた装備は以下の様な物であった。
 一般的な物としては、長剣が三本、聖職者が持っていた鎚矛一本、麻縄が合計で六リート程、細い鎖が一リート強、安物の包帯が四リート弱であった。
 特殊な物としては、山師達の一人が合鍵の束、ヤスリや何かの工具などのいわゆる『七つ道具』、登攀用のフック五本、登攀用の鉄釘六本、普通の鉄釘十本、金槌、針金が二リート強を自分の懐や自分の馬に所持していた。
 所持者の職業が想像できるという物である。
 さらに、隊商の持っていた金袋を確認したところ金ゴルダ三十枚、銀ゴルダ二百枚が入っていた。
他にも、ザー・ヴェルの操手だった男の装備である手槍や手斧もある。
 一同は、これら山師達の装備をとりあえず貸借しておくことにした。

 仲間達が山師を埋葬し、その装備を調べている間、フェスターとフェイルは周囲の状況を調査していた。
「…変ですねえ…どうみても鼠と…鼠と狩猟機ですか?あれが共同作戦をとったようにしか見えませんよね?狩猟機が戦闘力を持った人間を相手にしてる間に、他を逃がさないよう鼠が妨害を…そういう風に見えませんか?」
 フェイルは答えなかった。
 しかしその深刻な顔が、フェスターの推理を正しいものと認めている証拠になっていた。
「ふう…どうせなら村に行って、隊商の馬車を調べて」
「却下だ」
 フェイルは不機嫌そうに、一言のもとにフェスターの意見を一蹴した。
 しかし、あまりに無愛想すぎたと思ったのか、フェイルはフェスターに向き直ると理由を説明した。
「村はあの狩猟機たちがいる可能性が一番高い場所だ。無論、あの空飛ぶ操兵にぜんぶ倒されているかもしれんが、そうでなかったらあんな場所に行って、生きて帰ってはこれない。それに空飛ぶ操兵が勝利したとしても、アレが俺たちの味方である可能性があるかどうかはわからん。『まずいものを見てしまったな?』とか言われて殺されたりしてはたまらん」
 フェスターは気まずそうに沈黙した。
 そこへ、先ほどまで荷物を調べていたレストがやってきた。
「どうですか?なにかわかりました?」
「ああいや…あとで話す。それよりお前は何を?」
「僕は、馬の屍体になにか無いかとおもって。焼印の痕でもあれば、どこの馬かわかるでしょうしね…」
 レストはそう言って、馬体を調べ始めた。
 いちおう幾つかの焼印は見つかったが、馬ごとにバラバラで、山師達の根拠地を特定する鍵になるかどうかはわからなかった。
「さて、一応見るべきものは見たな。みんな、そろそろ場所を移動するぞ。いつまでも一箇所にいたら、また何が起こるかわからん。こんなある程度広い場所にいたら、狩猟機に襲われたら逃げられないぞ」
 フェイルの台詞に、全員が賛同した。

「ふう…そろそろ休憩にしましょう?もう一刻(二時間)は休み無しで歩いたわよ…」
 クレアの言葉に、全員が足を止めた。
 彼女の頭には例の猫が乗っている。
「…ちょっと、レスト…猫をひきとってよ」
 そうクレアが言ったとたん、猫はレストの頭上へ飛び移る。
 レストは、この猫が完全に人語を理解しているのではないか、との思いにかられた。
「そうですな、ここらへんで小休止せぬと…食事を取れなかった者もおるでしょうしの」
 少女の載った担架を下ろしながら、レリックもクレアに賛同する。
 結局、彼らはそこで一休みすることになった。
 セラとレリックが腕を振るい、簡単なものではあったが食事を用意した。
 その間、レストとフェスターは、従兵機ザー・ヴェルの元操手が持っていた地図を読んでいた。
「…う〜ん、この地図…」
「下手な字ですねえ…」
 この地図には様々な書き込みがなされていたが、その書き込みには一般の山師間で用いられる符牒が多用されていた。
更にそれだけではなく、あの全滅した山師達独自の物と思われる記号なども使われていた。
 そして止めに、全ての書き込みが異常な程の癖字で、極めて読み難かった。
「こ、これは『山』かな?その前にあるのは『鷲』…『鳶』かな?『鳶山』?公式な名前じゃなくて、アダ名や地方名かも…あいつらが勝手に付けた名前だったら調べる方法がないな…」
「これは『谷』…その前のミミズみたいな字は呼び名でしょうけど、なんて発音するんでしょう…」
 その地図には暗号などは使われていないようだ。
しかし、自分達にだけ通用する略号、略称などを大量に使用されていては、暗号を解読しているのと大差は無い。
「ご飯ができましたよ〜」
 セラが食事を皆に配り始める。
 そして猫の前にも皿を置いた。
「何故猫に二皿もやる?」
 フェイルが怪訝な顔でセラに尋ねる。
 セラは猫をちらっと見ると、フェイルに耳打ちした。
「ええ〜、どうもこの猫様子がおかしいので、もしかしたら幽霊か何かが憑いてるのかもと思いまして〜。で、調理済みのと未調理の素材と、両方与えればどちらを食べるかでわかるかな〜と…あ。あらあら…」
 猫はどちらも区別せず、全てたいらげてしまった。
「お、大食いさんですねえ…」
「…ま、飼い猫であるなら当然だな。火を通した物も食ってたろうし」
 フェイルはそう言って、自分の皿に取りかかった。

 食事が終わった後、一同は今後の事を検討することにした。
 彼らはこれまで、街…入手した、付近の地形図に描かれていた街に向かって、とりあえず歩いていた。
「…一応はこの街に逃げ込むって事で、皆さん異存は無いですね?」
 フェスターの言葉に全員が頷く。
「私は〜街に向かうとそこの住人が巻き込まれる可能性もあると思いますが〜でも、今はそれ以外に助かる方法も思いつきませんし〜」
 セラがのんびりとした口調で賛意を表す。
「それでぇ、時間が有るうちにとりあえず地図を調べたいんですが〜。例の五枚の物を〜」
「ああ、そうした方がいいでしょうね…一応周辺の地形図は頭には入れましたけれども、他の地図も皆さんにも見てもらった方がいいでしょうし」
 フェスターは、レストと調べていた地図を皆の前に広げた。
 そして、更に言葉を続けた。
「あ、ところで私はちょっと周囲の様子をうかがってきたいと思うんです。ついでに何か薬草を探してきたいと思いますし。先ほどは見つけられませんでしたからね」
 他の仲間たちは、ばらばらになるのは危険だと彼を止めたが、いつになくフェスターは強硬に主張した。
 結局の所、止めても無駄と判断したのか、フェイルが一緒についていくことになった。
 他の面々は、この場で待機しつつ地図を調べることにした。
「…とりあえず、この見つけた小剣を持っていけフェスター。なかなか良い品のようだしな。俺はこっちの長剣を借りるぞ。とりあえず最終的な持ち主は後で決めるとして…な」

「…どうやら、あの山師達の当面の目的地はこの街であるみたいですねぇ」
「そうねえ…ここに『修理!』って書いてあるもの。たぶん、この従兵機の傷を直すつもりだったのかもしれないわね。こっちの、あの村の所にある書き込みは『飯!』だから…当面の食事と宿のつもりだったのかもね」
 セラとクレアは周辺地形図を必死になって読んでいた。
 それに、従兵機を発見したときの足跡、山師達の馬の足跡などを、見つけた分だけでも書き込んでみると、彼らの目的地がなんとなくではあるが理解できた。
「だとすると、この従兵機、修理もできそうですねぇ」
「もう少し進めば道まで出られるから、そうすれば歩かせやすいんじゃない?平らな場所なら戦えないことは無いんでしょう?」
 一方、レストとレリックは残りの四枚の地図を前に頭を捻っていた。
 しかしそこに描かれていたのは、彼らが見たことも無い地形である上、わけのわからない書き込みが彼らを混乱させていた。
「ああ、だめだのうコレは…もっと専門家の意見を聞くべきかもしれんのう…そうだ、愚僧はやってみたい事があったのだが」
 レリックがふいに声をあげた。
 他の三人は、驚いて顔をむける。
「いや何、気功を使って少女を目覚めさせてみようと思うのだが。どうも外傷とかが無いのに目覚めぬし、あまりに不審であるからの。これでも目が覚めねば、何か薬かはたまた妖術による気絶という事も考えられる」
「な、なるほど」
「そ、そうね、おほほほほ」
 自身が妖術師…練法師であるレストとクレアは一瞬焦った。
「おやおや…いい考えですけど、なんで今までやらなかったんですかぁ?」
「いや愚僧は目が覚めぬなら無理に起さぬ方が体のために良いかと思うてのう。お主とてそうであろう?」
 セラの疑問にレリックは答える。
 そして少女に向き直ると、おもむろに気を練り始めた。
「あうっ!?…あ、いや大丈夫、なんでもない。よし…行くぞ」
 途中で何かにひっかかったような様子だったが、なんとか気を練り上げたようだ。
 レリックは眠る少女に掌を近づける。
 しかし、その前にあの黒猫がたちはだかった。
「ギャー!」
 猫は、レリックを威嚇するかのように牙を剥き出して叫ぶ。
 一同は、突然の猫の行動に驚いた。
「お、おいおい…愚僧はお主の主人に危害を加えたりはせぬぞ?安心してくれぬか?」
「と、とりあえず僕が猫を押さえてましょう?」
 レストが猫を抱き上げる。
 猫は少しの間ぎゃーぎゃーと騒いでいたが、諦めたのかそっぽを向いた。
「ふむ…?」
 猫の行動をいぶかしく思ったレリックではあったが、当初の予定通り少女に向かって気功術を放った。
 次の瞬間、彼は掌に異様な感触を受けた。
 放った『気』が、レリック自身に逆流してきたのだ。
 少女に触れていた、彼の右手の皮膚はずたずたに裂け、血が飛び散る。
 更にその『気』の衝撃は彼の脳にまで達し、彼は意識を失った。
「きゃあっ!?」
「レリックさん!」
「だ、大丈夫ですか!?」
 三人が慌てて駆け寄るのを横目に、猫は『だから止めたんだ』とでも言いたそうな様子で鳴いた。
「にゃー」

「見つかりませんねえ」
 フェスターは溜息をついた。
 植生が違うのか、彼が知っている薬草はこの辺には生えていないようなのだ。
「見つからんのなら、戻らないか?」
 フェイルがフェスターに声をかける。
 フェスターは少々気落ちした様子で頷いた。
 気の無い様子でそれを見つめていたフェイルであったが、不意に長剣を抜き放つといきなりフェスターの頭上を切り払った。
「わああっ!?なにすんだべ!?」
 驚いてお郷言葉が出てしまったフェスターだが、フェイルが無言で示した物を見て絶句した。
 真っ二つになったそれは、例の巨大鼠だったのだ。
 鼠が木の上から、フェスターを狙っていたのである。
「…いい切れ味だ。軽くて扱いやすいしな…来るぞ!構えろ!」
 フェスターも、あわてて小剣を抜く。
 彼らの周囲に、ひしひしと敵意がみなぎっていた。

「…やれやれ、酷い目にあったのう」
 セラの手当てで、レリックは意識を取り戻した。
 見た目は派手な怪我に見えたが、幸いにも深い傷はなかった。
「しかしあの猫…」
 レストとクレアは、レリックを制止しようとした猫の行動を考えていた。
「月門の高位の術には、動物なんかに意識をのりうつらせる術があるけど…でもそれにしては、行動が動物的すぎるのよねえ…ただの猫にしては、あきらかに知能が高いし…って言うか人間並み」
「それに普通の手当ての時は止めようとせず、術をかけようとした時だけ止めようとしたってことは…たぶん術法の知識もあるって事ですよねえ…」
 二人は小さな声で話しており、レリックとセラには聞き取ることはできなかった。
 レリックは溜息をついた。
「なんにせよ、これであの娘が何らかの術の影響下にある事ははっきりしたわけだの。これは普通の医者でも無理かもしれんのう…」
 そうしている所に、フェスターとフェイルが戻ってきた。
 二人とも、かなりぼろぼろになっていた。
「あらあら〜?どうしたんですかぁ?すぐに手当てを…」
「たいした事は無い!それより出発だ!」
 フェイルが吐き捨てるように言った。
「あの鼠が現れた!もしかすると例の操兵もまた来るかもしれんぞ!荷をまとめてくれ!」
 全員に緊張が走る。
 一同は大急ぎで荷物をまとめた。
 少女はフェスターが背負った。
 担架で二人分の手が取られては、戦える人間が少なくなってしまうからである。
 その時、レリックがぽつりと漏らした。
「あの狩猟機…?だったかのう?操兵でも目に泥が入れば痛がるのかの?」
 レストが答える。
「ああ、あの坂で泥団子使った時のことですね?普通は痛がりませんよ。でも、高位の強力な操兵で、優秀な操手が乗っていれば、そこまで深く同調することも無くは無いかも…でも、あの狩猟機…それほど造りが精密だとは思えませんけどね」
「あの〜多分、あれは狩猟機…っていいますか、操兵じゃないかもしれません…操兵並の力は持ってそうですが」
 セラは、あの狩猟機は妖術による偽物ではないかと、漠然と考えていた。
 フェイルもそれに続ける。
「…あの狩猟機は、『操兵大の人間』として考えた方がよさそうだな。理にはあわんが、そう見たほうがよさそうだ…準備はできたか?行くぞ!」

 その後、一同は道に出てそのまま街をめざした。
 恐れていた『狩猟機』達の襲撃も今のところ無く、その日は暮れていった。
 夜を徹して歩くことも考えたが、全員が疲労困憊している事からそれは断念し、途中にあった空き地で野営をする事になった。
 二人ずつ見張りに立ち、残りの者は眠りを取ることにした。
 最初の当直はセラとフェイルであった。
 最初の内は二人とも無言であったが、しばらくしてフェイルが口を開いた。
「…少し聞きたいことがあるんだが、いいだろうか?」
「?ええ、かまいませんが〜」
 怪訝な顔でセラが答える。
 フェイルは続けた。
「以前から不思議に思っていた。操兵教は操兵を崇めるのだろう?だが、あんたは戦いを否定するような事をときどき言うからな。あんたらにとっては操兵は信仰の対象かもしらんが…無礼になったら許して欲しいが、あれが戦の道具である事は間違いないからな」
「あらあら、戦いを否定しているわけではありませんよ?そうではなく、『戦いは、その道の玄人がすればよい』と考えているだけですからぁ。素人が手を出すべきではない、と」
 フェイルは、セラが言った台詞を考えているようで、しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「…なるほど」
 彼が納得したのかどうかはわからなかったが。

 レストとクレアが、レリックとフェスターの二人から当直を引き継いだのは、あと一刻もすれば夜が明けるという頃だった。
 レリックもフェスターもある意味で堅物なので、二人をぎりぎりまで寝かせておこうとしたらしい。
「…そんなに気をつかわなくてもいいのに」
「…まあ、ありがたいですがね」
 二人は火の様子をみながら、小さな声で話し合っていた。
 しばらくはそのまま時間が流れていった。
 そして、もうすぐ夜明けという頃の事である。
 薄明の中、彼らの視界の隅に何か光るものが見えた。
「「!」」
 さすがに訓練を受けた練法師だけのことはあり、二人はすかさず身構えた。
 相手を攻撃する術の多いレストが、何か見えた方に向きなおる。
 と同時に、幻覚系の術の使い手であるクレアがレストと背中合わせに立ち、別方向からの奇襲を警戒する。
 すると、彼らの耳に、何か地響きの様な物が聞こえた。
「足音…?」
「みんなっ!起きて!『狩猟機』が来たみたいよ!」
 その叫びに、他の面々もなんとか起き上がってきた。
 彼らは眠気を振り払いつつ、装備を拾い上げる。
「くそ…あの音からするとまだ遠いな…だが、こっちへ真っ直ぐ近づいてきてるみたいだ…足音は一騎だけか?あの空飛ぶやつに随分やられたのかもな…とにかく逃げるぞ!俺達にはアレに対抗できる手段が無いからな!」
 フェイルの台詞に、全員逃げ支度にかかる。
 だが、それを阻むものがあった。
「ギャー!」
 猫があげた警戒の叫び声にふと顔を上げたレストは、ぎりぎりで敵の攻撃をかわすことができた。
 レストを攻撃してきたのは、あの鼠であった。
「う、うわ!」
「この畜生どもが!」
 向こうの方ではフェスターとレリックが少女を守って鼠を切り払い、叩きつけている。
 いつのまにやら、彼らは周囲を大量の鼠にとりかこまれていた。
 もっとも、この薄明の暗がりの中では、鼠が鳴き声も立てずに本気で気配を消して移動したら、気付けという方が無理である。
 もっとも、鳴き声もたてない上、気配を消して移動するなど、普通の鼠ではない証拠であろう。
「くっ!やっぱり鼠どもとあの『狩猟機』には、何か関係があるのか!?俺たちを逃がさないようにして…くっ!しているみたい…っ!」
 フェイルは盾で鼠を防ぎつつ、あの怪しげな長剣で次から次へと切り捨てていった。
「なんとか突破して、逃げるんだ!」
「だ、だめだ!この娘をおいていくわけにもいかんだろう!こう次から…ええい!次へと飛び掛られては!」
 レリックはフェイルに叫び返す。
 彼の棍が唸り、次から次へと鼠を叩きつける。
 その隣ではフェスターもあの怪しげな小剣を振るって奮戦する。
 少女の前ではあの黒猫が、自分と大差のない大きさの鼠の喉笛をかみちぎっている。
 そこへ巨大な槍の穂先が、旋風をまきおこしつつ通り過ぎる。
 鼠達はそれに吹き飛ばされて地面に転がる。
 セラが従兵機ザー・ヴェルを起動したのである。
「今のうちに女の子をかついでください〜」
 剥き出しの操手槽で、鼠にかじられながらセラが叫ぶ。
 操兵の武器は鼠のような小さな敵を狙うには不向き…というよりも不可能だ。
 だが、振り回して起きる風圧や、地面を叩いてまきあげる土砂などで鼠を文字通り吹き飛ばすことは不可能ではない。
 セラは自分がかじられながらも、仲間を逃がすための道を開こうとしたのである。
 その時、あの黒猫が従兵機に駆け上がった。
 そしてセラにかじりついている鼠を、すさまじい速さで噛み殺していった。
 噛み殺すというのは適切な表現ではないかもしれない。
 猫が通った直後、瞬時に鼠の首が宙を舞っているのだ。
 見た目、『斬り殺す』と言った方が正しいかもしれない。
「お、おまえ…?」
 セラは一瞬我を忘れた。
「よ、よし!逃げるぞ!」
 だが、フェイルが叫んだ時にはもう『狩猟機』が到着してしまっていた。
 すさまじい、獣の様な叫び声を上げる『狩猟機』に、セラは気圧された。
 しかし、必死の気力を振り絞り、果敢に立ち向かう。
「こいつをなんとか押さえ込みますから、にげてください〜」
 セラは従兵機に相手の腕をとらせようとした。
 だが、従兵機の腕はそこまで精密さを必要とする作業には向いていない。
 相手にあっさりとかわされてしまった。
 『狩猟機』は長剣を振り上げると、無造作に振り下ろす。
 必死の回避操作も虚しく、長剣はザー・ヴェルの胸板に命中した。
「きゃあああぁぁっ!?…あ、あれぇ?」
 普通は狩猟機の一撃を喰らえば、ザー・ヴェルのような、従兵機の中でも低級な機体は、一瞬で粉々になっているはずである。
 しかしこの『狩猟機』の与えた打撃は、思ったよりも小さかった。
 従兵機の薄い装甲版すら突き破れず、内部構造まで達する被害は無い。
 また、先ほどの攻撃も鋭さに欠け、絶対にかわせないという程ではなかった。
「こ、こいつ…弱い?」
 セラはこの従兵機の操手の死体を思い出した。
 あれには鼠の噛み痕しか存在しなかった。
 しかも従兵機には狩猟機による攻撃の痕は存在していなかったのだ。
「…つまり『狩猟機』は従兵機との戦闘を避けた…?操手を鼠に襲わせて?」
 次の瞬間、セラの背中に激痛が走った。
 いつの間にか従兵機を上ってきていた鼠が、またセラに噛み付いていたのだ。
 猫は、先ほどの攻撃で力を使い果たしたのか、へとへとに見えたが、それでもセラを助けようと鼠の喉を噛み千切る。
 だが鼠は一匹ではない。
 鼠は何匹も何匹も、次から次へと剥き出しの操手槽に駆け上がってくる。
「くっ!」
 セラは以前の操手が使っていた手斧…操手槽に備えてあった…を引き抜き、鼠を叩き落す。
 しかし操縦がおろそかになったところを『狩猟機』の長剣が襲う。
「うぁっ!ど、導線が…」
 従兵機は仮面の魔力が弱いため、機体制御の補助のため、操縦桿から各部に針金がつなげてある。
 狩猟機の仮面であれば、仮面自体が操手の意思や、操手が操縦桿をどう動かしたかなどを読み取り、そのとおりに機体を動かす。
 しかし、従兵機は針金が切れてしまうと動きが鈍くなってしまうのだ。
「一撃の威力は低くても、何度も受けてたら…や、やられてあぅっ」
 再び鼠がセラに噛み付いた。
 それでもなんとかセラは『狩猟機』の攻撃をかわす。
「ああっ!セラさんがあぶないべっ!」
 フェスターが悲痛な叫びをあげる。
 レリックは鼠を振り払いながら、何か考えていた。
「…奴がまともな操兵…『作り物』の巨人では無いかもしれぬと言っておったのう、皆。ならば奴に術法が効くかもしれんの。だれか娘子の守りをかわってくれぬか!愚僧はあの『狩猟機』とやらを眠れせられぬかやってみるでの!」
「!!…わかった!」
 フェイルがレリックと入れ替わりで少女の傍らに移動する。
 レリックもまた鼠だらけになりながら、必死で気を練り始めた。
(…だが、このままでは…練気が終わる前に力尽きかねん…)
 練気をしている間は自分から攻撃はかけられない。
 それはつまり、鼠に対し隙をつくる事になる。
 レリックは既に二回、かじられた激痛で練気をしくじっていた。
 セラもなんとか回避してはいるが、徐々に追い詰められている。
(…だ、駄目か!?)
 レリックがそう思った時、視界の隅に電光が走った。
 そして次の瞬間、鼠たちが動きを止めて、周りをきょろきょろと見回したのだ。
 そして、鼠たちは今まで戦術的に一同を追い詰めていたのが嘘のように、いきなり出鱈目な行動をとりはじめた。
 あるものは攻撃を仕掛けてくるかと思えば、あるものは慌てて逃げ出していった。
 それと同時に、『狩猟機』も急に落ち着きを無くし、あたふたとしはじめた。
「…な、なんだ?どうしたんですか?」
 フェスターが訝しげに言った。
 それに答えたのはクレアとレストだった。
「やっぱりこいつが親玉だったのね…」
「どうも、こいつだけ高いところに陣取って、自分だけ攻撃に参加しようともしないから怪しいと思ったんです」
 二人の足元には、一回り大きい…それだけではなく、若干頭部が肥大しているように見える巨大鼠の死骸が転がっていた。
「…でも、あの『狩猟機』まで変になったってことは…」
「…まさか…でしょ?」
「いえ、たぶん…こいつがアレにも指示を…」
 レリックは鼠たちの動きが鈍くなったのを見て、『狩猟機』にむかって駆け出した。
 そして、相手の足に掌をたたきつける。
「でえぇぇいっ!」
 レリックの術ははたして効果を発揮した。
 眠り込みこそしなかったものの、『狩猟機』の体全体から力が抜け、すさまじい眠気に襲われているのがありありとわかった。
 セラは、『狩猟機』の動きが鈍くなったのを見て、攻撃に転じた。
「好機到来ですねぇ。えい」
 狙いすました手槍の一撃が、『狩猟機』の胸板を貫く。
「あ、あらあら?」
 あまりの手ごたえの無さに、セラは驚いた。
「そ、装甲が薄い…見掛け倒しですねぇ…厚そうに見えたのは、はりぼてですかぁ?」
 だが、胸を貫かれてもまだ相手は動いていた。
 必死で長剣を振り上げ、切りかかってくる。
 フェイルはその様子を見て言った。
「ぬっ…耐久力だけはありそうだな…いかにも見掛け倒しだが、総合的にはどうにか下級の従兵機程度の能力はありそうだ…っと!」
 一部の鼠はまだ戦いを続けていた。
 しかし、もはや決着はついていた。
「これでおわりですねぇ」
 セラのザー・ヴェルが放った一撃が『狩猟機』に止めを刺し、鼠たちも全て逃げ去っていった。

「こいつ、いったい何なんでしょうか」
 レストは『狩猟機』の『残骸』に歩み寄って見た。
「見た目は狩猟機なんですがねえ…セラさん、この面当てをはがしてみてくれませんか?」
 セラが『狩猟機』の面当てをザー・ヴェルの手で引き剥がす。
 普通の操兵なら、そこには仮面が取り付けられているはずである。
 しかし、この『狩猟機』は普通の操兵ではないはずだった。
 その場の全員が、『狩猟機』の顔を覗き込む。
 全員が息を飲んだ。
 そこには不気味な顔があった。
 目鼻口の配置は、基本的に人間の物と配置はいっしょである。
 しかし、目の瞳孔は一部の蜥蜴のように縦長であり、鼻は三角の穴が二つ上向きに付いているだけ、口は人間のように左右に切れているのではなく、上下に切れており、サメのような歯がずらりと並んでいた。
 その皮膚は黄緑色で、両生類のようにぬめぬめとした光沢で粘液に覆われている。
「な、なんだこれは…」
「こりゃ操兵なんかじゃない…」
「ふ、腹部も操手槽は無いですね…人が乗るようにはなってません」
 それ以後、全員が言葉も無く、この奇妙な屍を見つめていた。
 少女を乗せた担架の上から、黒猫がその様子をじっと見詰めていた。


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