2章
「…どうやら、まいたようだな」
フェイルは仲間たちに向かい、呟いた。
それに頷いたのは少女を背負ったレリックと、猫を頭に乗せたレストである。
もっともレストは自分の意志で猫を頭に乗せたわけではなく、相手が彼の頭から降りてくれないだけである。
「しかし、まあうまく泥団子が相手の目に命中して、幸いであったの」
レリックはあのとき、地面にこぼれたスープで泥ができたのを幸い、それで団子を作り相手の顔へ投げつけたのである。
それを見たフェイルもまた、泥団子を狩猟機へと投げつけた。
どちらが投げた泥団子かはわからなかったが、そのうちの一発がうまく兜の面当ての隙間から、狩猟機の目にとびこんだのである。
狩猟機は苦痛の声をはりあげてその場でのたうちまわり、結果として急斜面をすべり落ちていった。
彼らはその隙に、大急ぎで逃げ出してきたのである。
「…しかし、あの狩猟機…目に泥が入ってのたうちまわるだと?」
フェイルはその場で考え込んだ。
普通操兵の目に泥などが入った場合、操手槽の映像板は真っ暗になり、操手は外の様子が見られなくなる。
「…だとしても、そうなったらそうなったで胸部にある扉を開けて外を見れば視界はある程度確保できるし…それに操兵の目に泥が入ったからといって、痛がるなどとは…」
操兵と操手の同調が極めて深い場合、操兵の損傷個所と同じ部位に、操手も苦痛をおぼえる事がよくある。
しかし操兵の目に泥が入ったからといって「操手の目に染みる」などという事はあまり聞かない。
「…つまり、それほど格の高い操兵なんですかねえ…操手と操兵の、そういった痛覚とかの同調現象は、格の高い操兵によくおきるらしいですし」
レストは、半分うわの空でフェイルに相槌をうつ。
そしてときどきブツブツと小さく独り言を口にしている。
まるで何か幽霊とでも話しているようにも見える。
無論、彼は『遠話』の練法を使ってクレアと会話しているのである。
「…おいレスト、おぬし何処か具合でも悪いのかの?愚僧が診てしんぜようか…誰だっ!?」
レリックが棍を手に身構える。
フェイルも即座に抜剣する。
「わ〜っ!ち、違います!敵じゃありませんよっ!?」
レストがあわてて二人を止める。
彼の言ったとおり、しげみの向こうから姿を見せたのはクレアとフェスターだった。
合流した後、彼らは情報を交換しあった。
「…従兵機が?操手が鼠に?…ふむ」
「セラ殿はその従兵機とやらを持ってくるため、後から来るとな?」
「置いてこようかともしてたみたいだけど、一応動くなら使い道はいろいろあるだろうから持ってくるように説得したのよ。例えば坂の上から転がして、狩猟機にぶつけてやるだけでもね。ところで貴方達は無事なの?」
「ええ、狩猟機は斜面のかなり下まで滑っていきましたから。動く音がしてたんで壊れてはいないみたいですけどね、残念ながら…」
「じゃあ、セラさんの所まで急いで行きましょう。案内します…って、もう来たみたいですね」
彼らが話し合っている所に、ガシャガシャと機械の動く音が響いてきた。
蒸気の噴出する音も聞こえる。
それを聞いて、レストが呟いた。
「…やっぱり、あの狩猟機たちは静かすぎますよねえ。従兵機の方がうるさいのは当然ですけど、それでも絶対ああいった音がするはずなんですけど」
「むこうはこちらの場所がわからんであろう?我々が出て行かぬと」
レリックが促したのに従い、彼らは全員で騒音の方へ歩いていった。
やがて彼らの前に、箱状の胴体をあぶなっかしく傾けながら、森の木につかまりながらやっとの思いで前進してくる従兵機があらわれた。
従兵機を操縦していたセラは、彼らの姿を見ると溜息をついた。
「はあぁ〜…ようやく会えましたね〜、この操兵ちょっと歩くだけで横転しそうになるし、平地じゃないとこんなもの使えませんよ〜フェイルさん代わってくださいよ。貴方専門家でしょう〜」
セラはいつも通りニコニコしてはいたが、びっしりと額に汗を浮かべていた。
バランスの悪い従兵機をここまで操縦してくるのに、相当に疲労困憊したようである。
フェイルは一瞬躊躇したようだったが、頷くと彼女と操縦を交代した。
「ふ〜おやおや、一安心ですね。あ、そうだ。例の操手の御遺体は一応調べ終わったので埋葬しましたね。従兵機で穴を掘りましたので、一瞬で終わりましたよ。それと、その操手の荷物らしいものがいくつか従兵機に積んであったんですが、そちらはまだ見てませんよ」
セラの台詞に、フェイルは従兵機の上に積んである荷物に目をやった。
「…これか?その荷物って…おい、もしかしてこれは仮面じゃないのか?」
フェイルの視線の先には、布でぐるぐる巻きにされた盾のような物が置いてあった。
「はい、私もそうじゃないかと思ったんですが、中を見てる時間は無いと思いましたし」
フェイルはいくつかある荷物を従兵機から降ろした。
レスト、クレア、フェスターがその荷物をほどいていく。
「ふむ長剣…え?うわっ!?あ、す、すみません…クレアさん、これって…くそ、『練覚』を習得しておくんだった…」
「ええ…たぶん間違いないと思うわ…物はわからないけど、この長剣は魔力を持ってるんじゃないかしら…本当に『練覚』を覚えておくんだったわね…あれが使えれば確認できたのに」
二人の練法師がぶつぶつと言っている横で、フェスターもまた何やらぼやいていた。
「…あ〜あ、聖刻石さえあれば…『練覚』で確かめられたんですがねえ、この小剣を…しかし、古臭い布切れ…それも半分腐った布で包まれていたということは、遺跡かなにかから発掘してきたままの代物ってことですかねぇ…」
結局、その荷物から見つかっためぼしい品は次のとおりであった。
まず、長剣と小剣である。
これらの剣は刀身に異様な紋様が掘り込まれていた。
彼ら三人には、これが古代の聖刻語らしい事が理解できた。
もっとも、現代の聖刻語よりも凄まじく難解であったため、残念ながらその内容を読み取る事は不可能であった。
しかし、そのあたりに落ちていた木切れなどで切れ味を試したところ、普通の剣よりも明らかによく切れた。
次に操兵の仮面である。
これも長剣や小剣を包んでいた物と同質のボロ布で包まれていたため、おそらくは何処かの遺跡からの発掘品であろうと思われた。
若干操兵に関する知識があるレストが見たところ、その仮面は狩猟機のものであるらしい。
しかも埋め込まれた聖刻石の大きさや精度、仮面の表面に描かれた紋様の緻密さ、そして仮面自体の造りの精巧さから、かなり高位の仮面であると思われた。
さらにその荷物の中からは、もともとその従兵機の操手が使っていたと思われる装備などが出てきたが、その中に地図が数枚入っていた。
その地図のうちほとんどは何処ともしれぬ場所の地図であったが、一枚だけこの付近の地形図と思われる物が存在していた。
「…これは掘り出し物でしたねえ…この地図を見ると、近くの街まで二〜三日ぐらいの道程ですね。なんにせよ、これでどちらに行けばいいかがわかります。私達がいるのがここの村近辺ですから…」
フェスターは熱心に地図を調べ始めた。
レリックとセラは、いまだ目を覚まさない少女の様子を診ていた。
「…う〜む、よくわからぬのう。特に外傷は無いし、病気らしい様子も無し…」
「あらあら〜目を覚まさない病気は何かあったでしょうか?」
二人で頭を絞っていたが、結局結論は出ないままであった。
少女の飼い猫は、必死で荷物を調べるレストの頭の上から、二人の僧侶と少女の様子をじっと見つめていた。
「…あ〜、重いよ。いいかげん降りてくれないか?」
「ニャー」
「あ!?ちょ、ちょっと!」
猫は、今度はクレアの頭に移動してしまった。
自分の足で歩くのが嫌なのかもしれない。
ようやく空が白み始めた頃、彼らは従兵機の足跡を逆方向にたどって歩いていた。
セラの発案で、従兵機の操手の仲間たちがいるかどうかを調べようとしているのだ。
相手と協力的な関係を築ければよいし、敵対的な相手であるならその存在を確認しておく必要があるからである。
しかし、その心配も期待も無駄に終わった。
ようやく日が昇った頃、フェスターが数体の馬の屍を発見したのである。
彼らが慎重に近寄ると、馬の身体の陰に隠れるようにして、同じ数の人間の屍が転がっているのがわかった。
全部で四人と四頭のその屍は、明らかに鼠…それも例の猫ほどもある巨大鼠とおもわれる生物に食い荒らされていた。
しかし、彼らの死因は鼠ではないようだった。
死体のうちいくつかは巨大な物に潰されたようになっていたし、馬のうち軍馬らしい物は巨大な刃物…おそらくは剣で両断されていたのである。
その凄惨な現場に、一行の面々は言葉も無く立ち尽くすのだった。