「破滅への序章」
プロローグ
一同は、小さな小屋の中で立ち往生していた。
「…どうしたものでしょうね…このままでは…」
錬金術師フェスター・ローパスは溜息をついた。
「…愚痴を言っている暇があったら、何か意見を出すべきだな。俺はいちかばちか打って出るしかないと思うが。このままでは見つかるのは時間の問題だ」
そう言ったのは戦士フェイルである。
フェイルに突っ込まれて、フェスターはちょっと不満そうな顔つきになった。
「あらあら、打って出ても、まともな手段じゃ勝ち目はありませんよ?相手は狩猟機が十数騎はいますし」
ソードル・ルーダ教の修道士であるセラ・ワイスは、のんびりとした口調で異を唱える。
ソードル・ルーダ教は別名『操兵教』とも言われている。
そのため、彼女の操兵に関する知識は水準以上であった。
彼女の疑問に答え、フェイルが口を開く。
「なにも無理に立ち向かおうなどとは言っていない。ここで見つかるのを待っているよりは、なんとか山中に逃げ込む方法を考える方が生き延びる可能性は高いと言っているんだ。普通、操兵は急斜面は登れないし、巨体の分、障害物が多い場所ならちょこまか隠れる人間を相手にできるようには造られていない。村を…村の廃墟を出ればすぐに山だからな」
彼らが隊商の護衛として雇われて、このミルジア山岳民国の端にあるこの村にやって来た。
しかしそのとき既に、村は廃墟と化していた。
彼らが到着したとき、焼け落ちた家々からはまだ煙が昇っていた。
それは、あきらかにこの村が何者かに襲われた事を示していた。
その、村を襲った何者かの正体は、どうやら操兵の集団であるらしかった。
何故その事が分かったかというと、操兵…それも狩猟機のものであるらしい巨大な足跡が残っていたのである。
足跡の大きさは、およそ30リット(120cm)ほどもあった。
しかし、その足跡の形状は甲冑の鉄靴による跡そのものだった。
さらに、折れた長剣…普通の人間が使うものの4〜5倍はある大きさの…が発見された。
従兵機の足跡は人間の足跡とは大きく異なる。
また、使う武器も刀剣類より槍や棍などの武骨な物を選ぶことが多い。
これらの点から、この村を滅ぼした集団が使っていた操兵は、狩猟機であるとみて間違いないだろう。
彼らが村の廃墟をしらべていたそのとき、事件が起こった。
何処からともなく、鼠の集団があらわれたのだ。
鼠といっても、一匹の大きさが大人の猫ほどもある巨大な鼠である。
その巨大な鼠が、集団になって彼らに襲い掛かってきたのだ。
彼らは必死になって戦ったが、自分自身を守るのが精一杯で、他の者達を守る余裕など無かった。
なんとか鼠を撃退したときには、武器の一つも持っていなかった商人達は全員死んでいた。
いや、彼らが鼠を撃退したというのは間違いかもしれない。
鼠たちは、別の存在に恐れをなして逃げたのかもしれなかった。
その『別の存在』とは、村を襲った操兵集団である。
奴らが再び現れたのだ。
現れた操兵は全て狩猟機で、しかも全て同型であった。
しかし、彼らのうちの誰も、その機種を見たことは無かった。
操兵教の修道士であるセラや、操手として訓練を受けていたフェイルでさえ、まったく知らない機体だったのである。
彼らは、襲い掛かる操兵集団からなんとか逃れることができた。
そして彼らはそのまま、廃墟と化した村に残されていた建物の一つに隠れていたのである。
しかし、もう夜中になるというのに狩猟機達は一向に立ち去る気配を見せなかった。
なんとしても彼らを見つけ、始末しようとしているのだろうか。
「だけど、変ですよね。こんな村を壊滅させて何の得があるんでしょうか。それにあの狩猟機たち、なんか動きが変だと思いませんでしたか?」
そう言ったのはレスト・ミクサドルという少年である。
少年といっても、もう充分に一人前とみなされる年齢ではあるが。
「動きが変て言うのは、どんな風に変なのかしら?」
クレア・デインズがレストに聞き返す。
「いえ、動きがどうも鈍かったんですよ。でも、従兵機みたいにギクシャクと鈍いんじゃなく、なんと言えばいいのか…なめらかだけど、遅い動きって言えばいいのかな…」
「それは俺も感じたが…ああいう機体も無くは無いだろう?」
フェイルはそう返事をした。
「…でも、音も変だったんですけどねぇ…機械音もあまりしないみたいでしたし…いや、たしかに狩猟機は従兵機よりずっと静かですけど…」
フェイルの台詞に、レストは今ひとつ納得できないようだった。
「…でも、確かにこんな村を破壊したところでどんな意味があるのか分からないわね。あんな狩猟機を十も二十も持てるのは国家規模の組織だけだし、そんな組織がこんな村を焼き払うなんて…」
クレアは操兵達の動作がおかしい事よりも、操兵を動かしていた者達の動機が気にかかるようだった。
フェスターは、色々考えている仲間達から離れて部屋の隅の方へ移動した。
そこには、もう一人の仲間がいた。
「…どうです?レリックさん…その子は目を覚ましましたか?」
「いや、まだ駄目ですな。外傷は無いので、そのうち目を覚ますとは思うのであるが」
フェスターの問い掛けに、カルバラ教修道士のレリック・ルパーズはそう答えた。
彼は、村人で唯一の生き残りらしい少女の様子を看ていた所だった。
少女は発見されたときから意識を失ったままで、一向に目を覚まそうとはしなかった。
彼女は、年のころは十歳前後、腰まである髪、愛らしい顔立ちをしていた。
身に付けていた衣類は、このような村の娘にしては珍しい上質の生地で出来ていた。
そういったところから、この少女は村長か、それに近い高い地位にいる人物の娘ではないかと思われた。
少女の傍らには、その少女が飼っていたと思しき黒猫が、心配そうに彼女を見守っていた。
「大丈夫だ、おまえのご主人様は愚僧が絶対に死なせんでな」
レリックは黒猫にやさしく話し掛けた。
すると、黒猫はそれを理解したかのように一声鳴いた。
「…変ね?外がやけに静かじゃない?」
クレアがはめ板の隙間から外の様子を窺う。
「…だめだわ、ここからじゃ見えないわね。どうもまわりからはいなくなったみたいだけど…」
レストも別の節穴から外を覗き見る。
「わかりませんね…く…この小屋は窓が無いからな…」
そして、何か探知系の術を覚えておけばよかったか、と口の中だけで呟く。
彼ら二人は、実は練法師なのである。
しかし、ここにはその事実を知る者はいない。
練法師はここ西方では『妖術師』と呼ばれ、蔑視…いや敵視されている。
もし西方北部域にいるときにその事がばれたとしたら、即座に神聖ペガーナの異端審問官がやってきて、彼らを火あぶりにしてしまうだろう。
ここ南部域で支配的な宗教である聖拝ペガーナは、神聖ペガーナほど異端に厳しくはない。
しかしそれでも彼らの正体がばれてしまえば、彼ら二人が排撃されるのは間違いないだろう。
それゆえに彼らは仲間…と言っても、隊商の護衛募集で集まってきただけの仲間だが…にすら、練法師であることをあかしていないのである。
「でも、少なくともここの周囲からいなくなったのは確かみたいね。もしかしたらチャンスかもしれないわ、どうする皆?」
謎の狩猟機?