1章

「…ふう、こんなところかのう?」
「でしょうねぇ…なかなか良い出来だとおもいますよ」
 レリックとセラの二人は、少女を乗せるための即席担架を作っていた。
 それは二人の棍とマントででっちあげた代物だったが、セラの言ったとおり充分に実用に耐える出来だった。
「そちらはどうですかな?」
「残念ながらロクなものありませんね…」
 フェスターはガラクタ類をひっくりかえしながら言った。
 この小屋は文字通り物置のようで、農作業に使う杭などが置かれているぐらいだった。
「この杭も、棍棒代わりにするにも重いし、かといって担架の材料にも大きさが合いません。木箱なんかも、燃やして薪代わりにするぐらいしかできませんよ。あと使えそうなものと言ったら、隊商が持っていた物ぐらいですが、大半は荷馬車に置いてきましたし…金袋をひとつもってきちゃいましたが、今の状況下では使いようもないですね」
「…それは仕方ないですなあ…」
 レリックは残念そうに言った。
 彼らを探している狩猟機の群れは、先ほどからこの小屋の周りにはいなくなっているようだった。
 彼らは、今のうちに村の廃墟を脱出し、山中に逃げ込もうという事で意見は一致していた。
 だが、いまだ意識を取り戻さない少女を一緒に運ばねばならない。
 レリックとセラが、彼らの棍とマントで即席の担架を作る間、他の人間は小屋の中で使えそうなものを物色していたのだ。
 その時、クレアが小さな声で叫んだ。
「しっ!静かに!」
 クレアは、他の面々が小屋の中で使えるものは無いか探している間、外の様子を窺っていたのだ。
「…この音は?」
 レストは小さな声で呟く。
「音と言うより、叫び声ね…やつらかしら?少なくとも、まだこの周りに戻ってきてはいないわ…」
 それに応える形でセラが言う。
「では今のうちに脱出しましょうよ。担架もできたことですしね」
 全員がその意見に頷く。
 彼らは扉のそばに集まった。
 その扉は、今しがたの叫び声が聞こえたのとは反対の方角にあった。
 レリックとセラが少女の乗った担架をかつぎあげる。
 その上に、少女の飼い猫がちゃっかりと乗る。
 それを見てフェスターは、扉に手をかけて一気に開いた。
 全員が一斉に外へ飛び出し、周囲を見回す。
 しかし、まわりには狩猟機達は見当たらない。
 レリックが低い声で呟く。
「…幸運だの。やつらが戻ってこないうちに山中へ逃げ込もうぞ」
 彼らが駆け出そうとしたとき、ふたたび叫び声のような物が聞こえた。
 その叫びは、一同が行こうとした反対側の方角から聞こえてきた。
「…げっ!?」
 小屋の陰からそちらを覗きこんだフェスターが、思わず声を上げた。
「ど、どうしました?」
 レストがフェスターに駆け寄った。
 しかし、彼もフェスターが指差した物を見ると、凍りついたようになってしまった。
「あ、あれは…馬鹿な…西方に本物があるなんて…」
 呆然としたレストが呟く。
 あわてて彼らに近寄った残りの面々も、『それ』を見た。
 村の廃墟の向こう側に集まり、剣を振り上げて怒号を発している、例の狩猟機群。
 その姿は、まるで猿山の猿の様であった。
 そして、その上空に浮かぶひとつの『影』があった。
 その『影』も、一騎の操兵であった。
「こんただごど、あってええもんだべがや…」
「そ、操兵とは、空を飛ぶものなのですかの?」
「あら…ああ、いえ…普通は飛ばないものよ…?」
「…よ、妖術師の仕業か…?」
 フェスター、レリック、セラ、フェイルも、常識外れの事態に呆然としていた。
 一見したところ、その操兵は狩猟機に見える。
 しかし、腋の下にあたる場所から、細いもう一対の腕が生えていた。
 クレアは小声でレストに尋ねる。
「…ちょっと…あれは『アレ』かしら?門派はわかる?どこの組織の所属かしら?」
 レストはなんとか落ち着きを取り戻し、クレアの問い掛けに答えた。
「…いえ、ここからじゃちょっとわかりませんね。色は茶色ですから、『土』の可能性が高いですが、『火』だからと言って赤色だとは決まってませんからね。それに僕だって下っ端でしたし、どこのどんな匠合がどんな機体を持ってるかとか、そんな貴重な情報は教えてもらってませんよ。だけど、少なくともあれは西で作られてる偽物じゃありませんよ…古代のやつか、東の方から持ち込まれた『本物』です…あっ!」
 レストがクレアと話していた間に、空に浮かんでいた操兵は、右手に構えていた石弓を下にいた狩猟機群に向かって撃った。
 その矢は、狙いをたがわず一騎の狩猟機の胸を貫く。
 胸板を撃ち抜かれた狩猟機は、絶叫を上げて大地に倒れ伏した。
 よく見ると、既に二、三騎の狩猟機が屍となって周囲に転がっていた。
 残りの狩猟機達は、その様に猛り狂い、届かない高さにいる操兵に向かって馬鹿のように剣を振り回していた。
 空にいる操兵の方は、背中に背負った矢筒から新たな矢を抜き出すと、細い方の手で器用に石弓に装填した。
「…あらあら…普通操兵の手は石弓に矢を装填できるほど器用に動かないんですけれどね…あの飛んでいる操兵、何者でしょう…」
「おい、呆けているヒマは無いぞ。あの妙な操兵と彼の狩猟機達はどうやら敵同士の様だが、あれが俺達の味方とはかぎらん。今はとにかく、この機に乗じて逃げるべきだ」
 冷静さを取り戻したフェイルが、一同を叱咤する。
 呆然としていた彼らは、瞬時に我に返った。
彼らは急いでその場から逃げ出した。

謎の呪操兵?

 フェイル、レリック、そしてレストの三人は、逃げ込んだ山中で野営をしていた。
 残りのセラ、フェスター、クレアの三人は、少女や自分達のための薬草を探すため、この場を離れていた。
「…ふむ、このようなものかのう…」
 レリックは焚き火にかけた鍋をかき回しつつ呟いた。
 鍋の中では、穀類や野草、干し肉などを煮込んだスープがぐつぐつと音を立てている。
「はやく戻ってくるといいですね…僕らだけで食べるわけにもいかないでしょうし」
 レストは焚き火に薪をくべながらぼやく。
「そうでもないだろう。先に腹ごしらえしておいて、奴らが食っている間に俺たちが見張りやら何やらをやっておくという考え方もある。何にせよ、食えるときに食っておくべきだ」
 フェイルはレストの意見を一蹴する。
 かつて軍人だったせいか、彼の考えは合理的だ。
 レリックもフェイルに賛成する。
「そうであるな。我々だけでもさっさと食ってしまうべきだの。しかし、この娘、ぜんぜん目を覚ます気配が無いのう…問題になるような外傷や疾病は見当たらぬのであるが…」
 彼らが目を向けた方向には、先程村から救い出してきた少女と、その飼い猫が眠っていた。
 レリックの言葉どおり、少女は一向に目を覚ます気配も無く眠りつづけていた。
「まあ、今のところどうしようも無いな。とにかく出来る限り急いで近くの街まで行かなければ。街まで行き着ければ、腕の良い施療師もいるだろうさ。隊商の地図を持って来れなかったのは痛いな。」
「そうですね…あちあち!」
 三人はスープを食べながら方針を話し合った。
「じゃあ、とりあえずセラが言っていたとおり、即席でもなんでも武器を作ってみるか…俺たちが戦っている間にレスト、お前やクレア、フェスターあたりが投擲紐でも投げてくれれば有利になるだろう」
 フェイルがそう言った時、眠っていた猫が突然飛び起きた。
「ギャーッ!!」
 そして、木立の中に向かって凄まじい威嚇の叫び声を上げた。
 彼らは慌ててそちらを向く。
「…な、何でしょうか?」
「わからん…だが気をつけろ」
「む…あれは…あれは、なんであろうかの?」
 レリックが棍を手元に引き寄せつつ、あごでそちらの方向を指す。
 そこにあったのは、焚き火の明りを反射して不気味に光る何者かの眼だった。
 それも一組ではない。
 最低でも、その数は二桁はありそうだ。
「…なんか、やばそうですね…あの娘の周りに…!」
 レストの言葉を合図にしたかのように、『それ』は彼らに襲い掛かってきた。

「…薬草を探しに来て、とんでもないものを見つけてしまいましたねぇ…」
 セラは、巨大な物体の前で途方にくれたように呟いた。
 薬草を探して山中を歩き回っていたのだが、一向に目的の物は見つからなかった。
 そして、その代わりに彼らが見つけたものは、巨大な箱に巨大な手足がくっついたような、鉄人形のような代物であった。
 従兵機である。
 その従兵機はうつ伏せになる形で転倒しており、操手の身体は前方に投げ出されていた。
「…どうしたものかしらね…乗り手は死んでるのね?」
 クレアの問い掛けに、セラは頷いた。
「はい、どうやら死因は病死みたいですよ。…おやおや、鼠に噛まれた痕があちこちにありますね。鼠に噛まれると、病気になることがありますから…」
「どうも、この操手は山師(冒険者の俗称)のようですね…うーむ、機体はそんなに損傷してませんね…彼の仲間はどうしたんでしょうね?それとも単独の山師だったんでしょうか?例の、襲ってきた狩猟機達とは、何か関係あるんでしょうかね?」
 フェスターも死体と従兵機をいろいろと調べまわっていた。
 その様子を見ていたクレアは、ふと変なことに気付いた。
(…セラとフェイルは『操兵はこんな険しい山には登れない』って言ったけど、現にここに従兵機があるわけよね。とすると、操兵が登れるような場所があるって事かしら?だとすると、もしかしたらまずい事に…)
 クレアは従兵機を調べるふりをして、二人の視界外へ回りこんだ。
 そして、そこで『遠話』の術の結印を始めた。
(レストに一応警告しておかなくちゃいけないわね。操兵が登ってこれる場所があるってことを。レリックとフェイルに教えるわけにはいかなくても、一人だけでも心構えがあれば、ちょっとは違うわよね)
 クレアは二人に聞き取れないように、小さな声で呪文を詠唱した。
 術の結印が完成した。
『うわあああああっ!?』
 すると突然、彼女の頭の中にレストの叫び声が飛び込んできた。

『ちょ、ちょっとレスト!静かにしてよ!何があったの!?』
『い、今、襲われてるんだ!鼠だ!鼠の大群!』
 レストはクレアと念で会話しながら、衣服に齧りついた鼠を振り払った。
「うおおおっ!」
 フェイルは長剣で何匹目かわからない鼠を叩き斬った。
 その鼠は、村で彼らを襲った、猫ほどもある巨大な鼠だった。
「おのれぇっ!」
 レリックは、少女に襲い掛かろうとしていた鼠を棍で弾き飛ばす。
 猫も、自分と同じぐらいの大きさである鼠に、果敢に飛び掛っていく。
「く、くそっ!」
 レストも短剣を鼠に突き刺してその身体を引き裂く。
 しばらく後、彼らの奮戦が功を奏したのか鼠達は一斉に逃げ去っていった。
『…大丈夫?無事かしらレスト?』
『い、一応なんとか無事だよ…ちょっと齧られた程度…』
『そう…じゃあ、ちょっといいかしら…』
 クレアは、遠話でレストに自分達が見つけた物と、それから予想される事を話した。
『そうか…じゃああの狩猟機どもがやってくる可能性があるわけですね?わかりました、気をつけておきますよ。でも、ここは斜面の途中に張り出したみたいな場所ですし、山に登って来れたとしても、操兵は上から降りることも下から登ってくることもできませんよ?まあ一応気をつけてはおきますが』
『そろそろ遠話の効果時間が切れるわ。じゃあ、あとで会いましょう』
 クレアからの遠話は切れた。
 レストは溜息をついた。
「やれやれ、なんとかなったかな…」
「そうだのう…やれやれ、せっかく作った飯がひっくりかえってしまったの」
 レリックはがっかりした風情で、ひっくり返った鍋を拾い上げた。
 だが、二人が一安心しているのとは逆に、フェイルは必死で考え込んでいた。
「…二人とも…なにか今みたいな感じの事、前にも無かったか?」
 レリックとレストは顔を見合わせた。
「そういえば…」
「いずこかで…」
 フェイルは長剣を構えたまま言った。
「前に、鼠が襲ってきたときもそうだった…鼠どもが脱兎のごとく逃げ出した直後、あの狩猟機どもが襲い掛かってきたんだ」
 レリックは笑った。
「はっはっは、いくらなんでもそんな事はあるまいに…第一、山の中なら操兵は登って来れぬと言うたのは、おぬしら操兵乗り達ではないか」
 だが、クレアから遠話を受けていたレストは笑えなかった。
「い、いえ…警戒するにこしたことは無いでしょう…もしかしたら、操兵が登って来れるような場所があるかもしれませんし」
「おい!やっぱり来たぞ!」
 フェイルの顔は蒼白になっていた。
 彼が指差したのは、斜面の下の方だった。
 そこには、例の狩猟機が一騎、立ち並ぶ木の幹を手がかり足がかりにして、急斜面を登ってくる途中だった。
「…ば、馬鹿な、普通操兵の手足はあんなに大きく動かない…ぞ…普通の操兵なら、あんな急斜面は…」
 その操兵は、彼らの方に顔を向けると、威嚇するように大声で叫んだ。

「…な、何ですかあの叫び声は!」
 セラといっしょに従兵機を調べていたフェスターは、叫び声が聞こえてきた方角に向き直った。
 そちらは、フェイル、レリック、レスト達がキャンプを張っている方角だった。
「…あの叫び声、あれはあの狩猟機達の叫び声ね」
 クレアが蒼白になりつつ応える。
「あら…あら…」
 セラはにこやかな顔で困ったような声を上げる。
 しかし、その眼は厳しい光に彩られていた。

従兵機 ザー・ヴェル


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