悩みはレベルアップの素

第34日 羅臼−網走

1995年8月14日(月) 参加者:安藤

第34日行程  「さあさあ、早く起きて準備して。朝御飯を食べたらすぐ出発よ!」
民宿の女将さんに急きたてられて着替えと洗面を済ませ、夕食の残り物となった刺身の盛り合わせに焼き魚がついた朝食をとる。実は、昨夜のうちに女将さん今日の行程を尋ねられ、10時40分のバスで宇登呂へ行く旨を伝えると、宇登呂なら誰かに送ってもらえばいいとのこと。てっきり女将さんの知り合いか誰かが宇登呂へ行く用事があり、その車に便乗させてもらえるものかと思っていたのであるが、宿泊客の中から宇登呂へ行く人を探し出し、私たちを便乗させてもらえるように頼んでおいてくれたとのこと。
「こちらの方が宇登呂まで乗せてくれるのよ。出発は8時だからね」
朝食の席で旭川からやってきたという年齢50代くらいの熟年夫婦を紹介され、丁重に礼を述べる。
 民宿「野むら」を予定外に早く出る。昨日までは、宇登呂行きのバスが出る10時40分までの持て余す時間をどのように利用するか思案していたのだ。
「今日の予定は宇登呂へ何時頃までに着けばいいの?」
ドライバーの旦那さんから声が掛かる。
「12時10分の遊覧船に乗れればいいので、それまでに宇登呂へ着けば問題ありません」 「それなら知床五湖まで足を伸ばしましょう」
知床五湖は宇登呂から8キロぐらい知床半島の先端部に向かったところにあり、バスの時間の都合上、訪問は不可と判断していたので有り難い。私自身、8年前の夏に知床へやってきたときは、雨のため観光を断念した経緯のある観光地である。
知床峠  うねうねとした峠道を登り終えると知床峠。駐車スペースに車をとめて羅臼岳を望む。霧がかかっているのでその全貌ははっきりしないが、天気は回復基調なので良しとする。知床峠と刻まれた石碑の前で写真を撮ってもらい峠を下る。宇登呂へ下る道路は比較的緩やかで羅臼から登ってきたカーブの多い道とは対照的。宇登呂の市街地に入る手前で右に折れ知床林道に入る。林道といっても知床五湖までは大型観光バスも頻繁に行き来するので立派な道路だ。
 知床五湖は立派なレストハウスを構えた大型駐車場が整備されており、秘境のイメージとは程遠い印象を受ける。駐車場脇には知床五湖探勝歩道の案内板があり、5つすべての湖をめぐるコースは全長3キロで所要時間はゆっくり歩いて90分とのこと。その他、1湖だけの20分コース、2湖だけの40分コースが用意されている。私たちだけなら間違いなく全長3キロコースを選択するのであるが、今回は連れてきていただいているわけだから夫婦にお伺いをたてる。
知床五湖 「私たちは以前にも来たことがあるので、20分コースにするけど、折角だから一周してくればいいですよ」
大変有り難いお言葉をいただき、安藤クンを引き連れて知床五湖めぐりに出発。全長3キロが正しければ、普通に歩いても45分。早歩きなら30分で戻って来ることができる。30分で戻れば夫婦にも迷惑はかからないであろう。木の板を通した探勝路をスタスタ歩く。駐車場では人工的な印象を受けた知床五湖ではあるが、原生林に囲まれたハイキングコースに立ち入れば、湖面には知床連山を浮かべた美しい景色が広がる。ところどころに熊よけの警鐘が設置されており、こんなもので熊よけになるのか疑問であるが、人間の存在を熊に知らせることになるには違いない。熊は人間がいると感じれば近づいて来ないそうだ。
 予定通り30分足らずで駐車場に戻ってくる。レストハウスで夫婦と落合い、ささやかなお礼にとレストハウスのラベンダーソフト(250円)をプレゼントする。
「そんなに気を使わなくていいよ。ありがとう」
旦那さんは苦笑いするが、要は私たちが食べてみたかっただけである。
 知床五湖から知床林道へ続く道路はほんの1時間程前までスムーズに流れていたのに、現在は駐車場待ちの車が列をなしている。知床観光は早朝出発が1日の行程を左右しそう。
「ついでだからこの先のカムイワッカの滝にも行ってみましょう」
時刻はまだ10時を回ったばかり。時間があるので旦那さんに従う。
 知床林道は舗装道路から未舗装道路となり、いよいよ林道らしくなってきた。いよいよ秘境中の秘境といった感じである。ところが20分も走ると前方に長蛇の車の列。ココまで来て渋滞とは参ったなと思っていると旦那さんが言う。
「滝までもうすぐだからここから歩いて行こう」
見れば、車の列の中には運転手が乗っていない車両もあり、渋滞というよりかは延々と路上駐車が続いているようなものである。
カムイワッカの滝  旦那さんの言う通りカムイワッカの滝はすぐ近くであった。何人かの人たちが水着で水浴びをしており、用意のいいことである。滝の水に触れてみると温かい。
「この滝の上流には温泉が湧いていてね。大昔に一度行ったことがある」
旦那さんが滝の正体が温泉であることを教えてくれた。
 宇登呂に着いたのは11時過ぎ。観光船乗り場の駐車場でお礼を述べて夫婦と別れる。これから12時30分の「硫黄山折り返し航路」の観光船に乗った後、そのまま旭川に帰るとのこと。硫黄山はカムイワッカの滝があった辺りであるが、私たちのお目当てはやはり知床岬の先端にはどうしても行ってみたい。一般的に知られているのが「硫黄山折り返し航路」の観光船と同じ道東観光開発が運行する「知床岬折り返し航路」の観光船で、出航時間は12時10分であり、当初は私たちもこれに乗船するつもりであった。ところが昨夜、民宿「野むら」で一緒になった娘さんから、「船長の家」というところからも知床岬まで行くクルージングコースがあり、これは小型船の特徴を活用して知床岬のところどころに上陸させてくれるとのこと。料金は7,800円と道東観光開発の6,000円よりも割高だが、道路も整備されていない知床岬の先端に立つなど貴重な体験である。
 さっそく娘さんに書いてもらった地図を頼りに「船長の家」に向かう。ところが「クルージング」受付という看板を出したカウンターは無人で、何度も呼びかけてやっと出てきた兄さんに尋ねると今日のチケットは完売してしまったとのこと。お盆休みだからやむを得ない。
 再び観光船乗り場に引き返し、道東観光開発の「知床岬折り返し航路」の乗船券を購入する。こちらは大型観光船なので、余程のことがない限り満席なんてことはない。むしろ所要時間が3時間45分にも及ぶことから、「硫黄山折り返し航路」を選択する人が多いように見受けられる。そもそも「知床岬折り返し航路」という観光船は存在せず、数年前までは羅臼から知床岬を経て宇登呂にやって来る「知床半島一周航路」だったのである。ところがマイカー観光客の多い知床では、乗船地と下船地が異なる遊覧船を嫌う傾向があったのか、いつのまにか宇登呂発着便の折り返し航路になってしまったのである。おかげで知床半島の根室海峡側は本当の秘境になってしまった。個人的には根室海峡側の方が国後島にも近く興味があったのであるが。
 知床観光船「おーろら2号」は12時10分に宇登呂港を出港する。総トン数489トン、定員400名の大型船で、1月下旬から4月上旬までは網走港から流氷観光砕氷船として運航されるとのこと。流氷を打ち砕くのであるから頑丈な船だ。進行方向右手から小型クルーザーが追い抜いていき、「船長の家」のクルーザーと察する。 知床岬  宇登呂灯台、湯の華の滝と順次パンフレットの記載と景観を確認しながら時を過ごす。出航から1時間少々で人だかりがますます増したカムイワッカの滝を確認すると、しばらくチェックすべき景観がなくなり居眠りタイムとなる。カシュニの滝を案内する船内放送で目を覚ませばまもなく待望の知床岬である。知床とはアイヌ語で「地の果てるところ」という意味。半島の中央には知床岳や硫黄山、羅臼岳などの火山が連なり、原始林に覆われた知床岬。先端には道路も通じていないのであるからまさに地の果てにふさわしい。今、その地の果てに到達するかと思うと感慨も一際である。やがて想像していたものよりは小ぶりな知床灯台が見えると夢中でカメラのシャッターを切ったのである。残念ながら国後島の姿を確認することはできなかったが。
 「おーろら2号」は16時前に宇登呂港へ帰還。秘境の旅を終え、4時間ぶりに陸地を踏む。時刻表で確認すると宇登呂温泉16時40分の斜里駅行きのバスがあるので、知床半島の旅の打上げを兼ねてどこかで地元の名産を賞味しようということになる。今日もまともに昼食をとっていないのだ。
 宇登呂郵便局の近くに「かに乃家」という店があったので暖簾をくぐる。店の看板に安藤クンが襟裳岬で食べそこなった「うに丼」の文字が見えたからである。今回の外周の旅は今日で打ち止めだから、ここで「うに丼」を食べなければおそらく口にできないであろう。私はメニューの中から適当なものを選べばいい。
 「かに乃家」は店内が薄暗く、準備中かと思ったが、店のオヤジに確認すると営業しているとのことなのでカウンター席に着く。手許にメニューはなく、薄暗い店内に掲示してあるメニューだけが頼りだ。安藤クンは目的が決まっているが、私はこれからメニューを見て検討する。薄暗い店内のため、メニューがよく見えず、席を立ってのぞきこむ。
「ちょっと、お客さん、目障りだから立たないでくれる」
オヤジの怒鳴られカチンとくる。私はメニューを見ていただけだ。自分だけなら間違いなく店を飛び出したが、安藤クンがうに丼を食べそこなうと気の毒なので我慢して席に着く。メニューが見えないので注文のしようがない。安藤クンがうに丼を食べたらそのまま店を出てもいいと思ったので黙って座っている。
「おい、何も注文しなければ何もでてこないぞ」
いちいち癪に障る物の言い方をするオヤジだ。
「メニューが見えないから注文できません」
思いっきり嫌味をこめて言う。
「だったら近くまで見に行けばいいだろう」
「目障りだから座れと言ったのはあなたでしょう」
「だったらさっさと見に行けよ」
 こんな店で何かを注文する気にはならないのであるが、安藤クンの手前、大人しくオホーツクラーメン(800円)を注文する。ラーメンを注文したのは店で一番安い料理だったからである。こんな店の売り上げにはできる限り協力したくなかったのだ。よく頑固オヤジの店などと言って偏屈オヤジの店を紹介したりするグルメ番組なんかがあるが、そんな店に出掛ける客の気が知れない。客に横柄な態度をとる時点で接客業としてあるまじき行為である。それでも美味しいのだからと言う人もいるかもしれないが、横柄なオヤジに腹を立てながら食べる料理のどこが美味しいのであろうか。少なくとも私は対価を支払ってまでそんな料理を食べに行こうとは思わない。案の定、かにの足が2、3本入っているだけのオホーツクラーメンは麺がゆで過ぎていて食べるに値しなかった。
 斜里バスの宇登呂バスターミナルで斜里駅までの乗車券を購入する。「宇登呂バスターミナル」を名のっているのになぜか停留所名は「宇登呂温泉」。いつものごとく回数券を所望したら「ありません」とのあられもない言葉。購入した乗車券は「知床国立公園周遊記念」とあり、カムイワッカの滝がデザインされている。この辺りは阿寒バスと比較するとしたたかな斜里バスである。斜里駅まで1,420円。
 ところが待てども待てども16時40分のバスは姿をあらわさない。17時近くになって、道路渋滞のためバスが遅れるとのアナウンスがありやれやれである。時刻表で確認すれば、バスの始発はカムイワッカの滝に近い知床大橋で、午前中の状況を考えれば遅れは容易に想像がつく。やがて16時40分のバスは宇登呂温泉で運転打ち切りとの案内があり、17時30分の斜里駅行きのバスを2台で運行するとのこと。そのうち1台は宇登呂温泉始発で途中の停留所に停車せず、斜里駅まで直通運転する。斜里駅へ行く人は直通便に乗るようにとの案内があり、この辺りは遅れに慣れているのかズムーズな対応。直通便と各駅停車の後続便では斜里駅到着時刻が1時間近くも違うというので私たちはもちろん直通便に乗車する。直行便は観光バス仕様で、途中で乗降がないため、補助席まで使用した全席指定となる。幸いにも一番後ろの進行方向右窓側を割り当てられ、かろうじて夕暮れ時のオホーツク海を眺めることができる。
 直行バスでも定刻の18時25分を若干遅れ、18時40分頃に斜里駅前に到着。ようやく知床半島から脱出したのでるが今回はさすがに疲れた。これから釧網本線で網走に向かうのであるが、途中には原生花園やかつての貝殻入場券で話題を呼んだ北浜駅などがあるのだが、もう日が暮れているし無視しても許されるだろう。正直に言うと、原生花園、北浜、浜小清水と私はすべて訪問済みなのである。同行者の安藤クンも異論がないので、斜里19時58分の4744Dで網走へ直行。網走刑務所の囚人が製作したという網走駅の駅名標で解散記念撮影を行い、ひとまず外周の旅を打ち切り。「オホーツク10号」で深川まで行き、今年の9月3日限りで廃止が決まった深名線に乗車。「北斗星2号」で帰郷するのであった。

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