世界の道、車の道

第29日 青森−函館

1995年8月9日(水) 参加者:安藤

第29日行程  青森駅の9番線ホームに急行「八甲田」が9時09分の定刻に到着。いよいよ外周の旅も北海道入りである。当初の予定では三厩−福島間の東日本フェリーを利用する予定であったが、この夏の時刻表で確認すると休航中の文字。余程利用客が少ないのであろうか。夏場に休航では事実上の廃止であろう。廃止になってしまった航路を利用するわけにもいかないので、青函トンネル経由に変更。折角なので、海底トンネルの見学もコースに組み入れた。
 今回の旅の同行者は安藤クンだけである。旅の舞台が北海道に移ったことにより、費用もかかるので敬遠するメンバーが出てきたのも事実だが止むを得ない。その安藤クンもバイトの関係上、今日の「やまびこ31号」と「はつかり3号」で追いかけて来る予定なので、青森到着は11時53分。午前中はフリーで青森市内散策となる。市内散策といっても、「八甲田丸」や「アスパム」には前回の旅で訪問済みなのでもっぱら郵便局めぐりとなる。
 「昨日のねぶたは見ましたか?」
本日1局目となる青森新町郵便局員が言う。青森では昨日まで東北三大祭のひとつである「ねぶたまつり」が開催されていたのである。北海道にばかり気をとられて「ねぶたまつり」のことはすっかり忘れていた。今朝の夜行列車で青森に到着した旨を伝えると、局員は心底がっかりしたようで、次回はぜひ見に来て欲しいという。それほど青森の人たちが「ねぶたまつり」に情熱をかけている証拠で、それほどの祭りであれば一見の価値はあろう。
 11時半頃青森駅に戻ると12時05分発の「海峡7号」は既にホームへ入線していた。ドアが開いているので乗り込むと怒鳴り声が聞こえる。
「おいこら、お前ら誰に断って列車に乗っているんだ。この列車はこれから清掃を行うんだ。邪魔だからさっさと降りろ!」
初老の清掃員が私よりも先に乗車して、車内でくつろいでいた大学生グループに向かってすごい形相をしているが、この清掃員は一体どういう神経をしているのだろうか。ホームの行き先案内板に「海峡7号」の案内があり、ドアが開いていれば乗車するのが当たり前ではないか。掃除をする必要があるにしても言い方というものがある。JRの下請け会社の職員かアルバイトであろうが、こんな人間を雇っていたらJR東日本の品位さえ疑う。怒鳴られた大学生グループは清掃員に負けないぐらい激怒しており、間違いなく海峡トンネルの評判は落ちたであろう。
 怒鳴られては不愉快なので、清掃が終わり、件の清掃員が立ち去ったのを確認してから車両に乗り込む。間も無く「はつかり3号」も到着し、安藤クンが階段を駆け下りてくる姿を確認する。
 「浅虫温泉付近の車窓を見ていたら、この前の旅が懐かしくなって・・・」
しばらく安藤クンと前回の旅を回顧しているうちに「海峡7号」は発車。外周の旅としては蟹田まではアプローチという扱いになろう。
吉岡海底@  蟹田を出ると列車は海峡線に入る。正式には、蟹田よりひとつ三厩側の中小国が分岐駅なのであるが、中小国は無人の小さな駅なので、快速「海峡」はすべて通過する。中小国から高架橋の新線区間に入り、2つのトンネルを抜けると津軽線が寄り添ってきて津軽今別に停車。目と鼻の先に津軽線の津軽二股駅があり、そうして同じ駅にしなかったのか疑問が生じる。津軽今別を出たところで津軽線を跨いで小さなトンネルをいくつか抜けるといよいよ青函トンネルである。この小さなトンネルがくせもので、初めて青函トンネルをくぐったときは、何度も勘違いさせられ、また前座の小さなトンネルかなと考えていると正真証明の青函トンネルだったりしてイライラさせられた。
 「海峡7号」は13時25分、北海道側の海底駅である吉岡海底に到着した。いよいよ海底トンネルの見学である。青函トンネルには避難用スペースとして、本州側に竜飛海底駅、北海道側に吉岡海底駅を設け、災害時に備えるとともに、普段は海底駅見学コースを設けて一般客に公開している。海底駅を見学するためには、事前に「ゾーン539カード」(820円)を購入し、指定された「海峡号」の指定車両に乗車する決まりになっている。「ゾーン539カード」の由来は青函トンネルの全長53.85キロである。私たちの見学コースは「ゾーン吉岡7コース」で、海底トンネルでの見学時間が2時間16分ともっとも長いコースである。私たちが下車した車両には、先行列車の「海峡5号」で吉岡海底へやって来て、既に見学を終えた人たちが乗り込む手はずになっているので効率もよい。
 まずは大きな荷物を金網製の棚に預ける。旅行者の便宜を図るというよりは、テロ対策として、大きな荷物はすべて保管する決まりになっている。乗客全員が荷物を預けるとJR職員が鍵をかけるので盗難の心配は無用である。もっとも、私たち一行とJR職員以外の者が海底駅に紛れ込むことはないのであるが・・・。
 私たちのコースは時間がたっぷりあるので、見学行程もゆったりしている。全国1万人から募集した「アートメモリアルボード」や海中をイメージして描かれた蛍光色壁画の「ルミライトアート」や海底トンネルの掘削シーンを再現した展示など海底駅はミニ美術館・ミニ博物館の装いである。その他、世界一深いところにある海底ミニ水族館と公衆電話も売りである。早速、私も実家にプッシュしてみたが、普通の公衆電話に違いなく、電話に出た母はまったく興味を示さない。現在の津軽海峡の様子を映し出すスクリーンもあり、現在の地上の空は小雨模様。それでも小学生がバスケットボールをして遊んでいる。私たち一行がこっそりのぞいているなんて思ってもいないであろう。
 各コーナーをゆっくり見学しても時間を持て余し、列車が吉岡海底駅を通過する時刻になると、案内があり、撮影タイムのサービスもある。列車が近づくとゴーという地響きのような音がしてきて、やがて列車が姿を見せる。思っていたほど列車が通過する際の風圧というものはない。新幹線が通過することを想定して、トンネルを大きく掘ったことも影響するのであろう。
 残りの時間はJR北海道の営業タイム。海底駅限定のオレンジカードの販売が始まる。オレンジカードを購入すると、青函トンネル体験証明書がプレゼントされるので、ほとんどの人がオレンジカードに手を伸ばす。「海峡」の車内では青函トンネル通過記念のオレンジカードを「未体験ゾーン539」という海峡のヘッドマーク入りの冊子に入れて発売していたし、JR北海道の青函トンネルを利用した増収に対する熱意が感じられる。私は「海峡7号」の車内に続いて、ここでもオレンジカードを購入。2通りのデザインがあったので、両方を購入すると体験証明書も2冊もらえた。
吉岡海底A  15時38分の「海峡9号」で吉岡海底駅を後にする。この「海峡9号」にもトンネル見学者がやってきたが、私たちのコースと比較すると若干、見学者が少ないようである。青函トンネルの開業当時は大盛況であった青函トンネル見学コースもそろそろ落着いて来た模様。リピーターを期待できるような施設ではないので、JR北海道も今後、新たな施策を考案していく必要があろう。
 列車が地上に顔を出すと雨が降っている。外周の記念すべき北海道入りだというのに気勢をそがれる。今夜は函館山に登って、日本三大夜景のひとつを眺める予定だから天気の回復を祈る。ところが雨は強くなる一方で、「海峡9号」も走っては停車し、走っては停車しを繰り返し、だんだん遅れを重ねていく。車掌に確認すると函館本線のダイヤが混乱しているために、海峡線のダイヤにも影響がでているとのこと。今宵は函館泊りなので、私たちには関係のないことではあるが、これからの旅の日程にも影響するようでは困る。
 「海峡9号」は函館到着予定時刻の16時52分を約20分遅れて到着。向かいのホームには函館を16時25分に発車しているはずの「スーパー北斗15号」札幌行きが未だに停車しており、函館本線のダイヤは想像以上の乱れよう。おまけに車内はすし詰め状態だから溜まったものではない。
 私たちは駅の混乱を後に函館の街へ繰り出す。函館本線の混乱はひどいものであるが、雨はそれほどのものではなく、傘をさせば濡れることはない程度。それでも雨の中を歩き回る気はしないので、駅近くのカプセルホテルに落着こうということになる。北海道の旅の必需品とも言える「道内時刻表」(弘済出版社)の広告欄に「スカイホテル」というカプセルホテルがあり、駅から徒歩5分で2,500円という宿泊料金は魅力である。私自身、カプセルホテルに泊った経験がなかったので、少しは楽しみでもある。
 ところが安藤クンが電話で予約をしようとすると4,800円というカプセルホテルにしては法外な料金を申し出てくる。北海道はシーズンなので便乗値上げをしているのであろうか。カプセルホテルに4,800円も支払う気にはなれず、即断で宿泊を取り止め。観光協会に電話をして案内を乞うと駅から少し離れているものの、素泊まりならやはり2,500円という民宿を紹介してもらえた。函館の滞在時間は長いので、同じ料金であるならば狭いカプセルホテルより民宿の方がいいに決まっている。
 紹介を受けた民宿「すどう」は函館駅から徒歩20分程のところ。雨の函館市内を歩く羽目になったが、素泊まり2,500円は外周の旅はもちろん、私自身の旅としてももっとも安い宿なので文句は言えない。
 どんな民宿だろうと多少は警戒したものの、外見は一般的な民宿でホッとする。民宿には2人に小学生の兄弟がいて、夏休み中は民宿の手伝いをしている模様。
「これを書いてください」
弟クンが差し出す宿帳をみれば、2日前に高校の同級生の名前があり、安藤クンと顔を見合わせて苦笑する。弟クンにどんな人だったか尋ねてみたが、印象はない様子で面白い話は聞くことはできなかった。
 民宿に荷物を置いて身軽になり、まずは函館朝市へ足を運ぶ。夕方に朝市に出掛けても仕方がないと思われるかもしれないが、朝市の一角に食堂が何軒かあり、夜でも営業していることは以前の旅で確認済み。しかも、朝市で仕入れた食材を活用して料理を出すので味も保証されている。安藤クンはかつて朝市で食べたイカソーメンの味が忘れられないと言い、今夜は絶対にイカソーメンを食べると早くから公言していた。雨の影響かシャッターを下ろした店が多い中、私たちは灯りのついていた「茶夢」という、喫茶店のような店の暖簾をくぐった。
 「茶夢」は店の名前に似合わず大衆食堂の雰囲気。安藤クンはまぐろ、うに、いくらが盛られた三色定食(1,200円)を注文するが、刺身の苦手な私は「焼魚定食」(900円)に落着く。ところが安藤クンお目当てのイカソーメンは品切れとのこと。残念そうな安藤クンを見た店の主人は、私たちを厨房に呼び寄せ、残っていた数切れのイカをさばいて試食させてくれた。
「イカソーメンを食べるのであれば朝に来ないと美味いものは食べられないな」
それならば明日の朝に再訪しようかとも考えたが、天気が悪いので明日は駄目だという。まあ、これから長い北海道の旅が始まるのであるから、イカソーメンに出会える機会もまだまだあるであろう。それよりも私はイカの腸で作ったという茶夢特製の付け出しが気に入った。腸なんて苦いというイメージがあるのであるが、カニ味噌のような濃厚な風味でこれだけで御飯をどんぶり2杯は食べられそう。安藤クンも御飯をおかわりしてご機嫌だ。
 函館朝市まで来たついでに函館駅をのぞいてみる。函館本線のダイヤの乱れが気になっていたからだ。雨足も弱くなったので少しはダイヤが回復しているものと期待したが、函館駅には相変わらずの混乱状態。それどころか殴り書きの掲示を見て驚く。
「函館本線八雲−山越間に土砂崩れが発生したため、札幌方面の特急列車はすべて運休します」
土砂崩れとはただごとではない。今日の札幌発の「北斗星」も軒並み運休の案内が出されている。私たちも15日の「北斗星2号」の寝台券を用意しているのだから他人事ではない。旅は始まったばかりだというのに、今から帰路の心配をしなければいけないとは困ったものだ。掲示板を眺めながら安藤クンと思案していると、足止めにあって立ち往生する旅行客に見えたのか、偶然、函館駅でダイヤの混乱状況を伝えるニュースのテレビカメラの被写体になった。
 いずれにせよ、今から心配してもどうにもならないので、「北斗星」も成り行きに任せて、今宵のメインの函館山を目指す。函館山へは函館駅前から直通バスが出ているが、雨にもかかわらず長蛇の列。臨時続行便も出ているようであるが、すし詰めの車内に山頂までの30分間も押し込まれるのを嫌い、函館市電とロープウェイ利用を選択する。
 函館市電で十字街まで乗り、函館山ロープウェイの山麓駅を目指して坂道を歩く。雷まで鳴り出したので、ロープウェイは運休かもしれないなと半ば諦めてたどり着いた山麓駅であるが、幸いにも風があまりないので運行している。人込みをかき分けて往復乗車券(1,130円)を購入し、ダイヤに関係なくピストン輸送を行うロープウェイに乗り込む。山頂駅までの所要時間はわずかに3分だ。
 山頂駅から函館山展望台までたどり着くのがまた一苦労。バスとロープウェイで集結した人々が展望台に群がり、人影で夜景が見えたものではない。人影の後ろについて、15分ぐらい待つ。やっとの思いで展望台へたどり着くと、ネオンが渡島半島の海岸線に沿って灯り、まるで北海道地図を象ったような見事な夜景である。すぐに立ち去るにも忍びなく、30分近くも函館の夜景を眺めていたのであった。

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