What we know;
これまでどの様なことがわかってきたか

1)タンパク質分子の特徴(低分子化合物結晶との比較)
 低分子化合物の結晶と比べて,タンパク質の結晶には次にあげるような際だった特徴があります.

(1)大きさ(数nm〜数10nm)に対し結合の数が少ない(結合力が弱い)

(2)正しい結合のための立体角が小さい(分子が完全に異方的なため)
(3)多くの「水」が水和している(堅く吸着した水をも含めてタンパク質分子と考えるべき)

そのため,「生体分子に特有の結晶化メカニズムが存在するのでは!?」 と考えられていました.この様な未知の現象と出会ってみたい,これが私がこの分野に入り込んだ動機です.

1980年代中頃から,タンパク質結晶が成長する過程を物理的な見地から調べようとする研究がはじまりました.これまでの約15年間ほど,低分子化合物の結晶成長で得られた結晶成長学的観点で,タンパク質結晶が成長する過程を整理してみようとする研究が行われてきました.しかしながら,これまでのところ, 結晶が成長する基本的なメカニズムは,無機も有機も,低分子も高分子も変わらず同じである,ということがわかってきました.
以下に,その例をいくつかお示しします.

 

2)成長様式(メカニズム)
低分子化合物の結晶についてこれまで多くの研究がなされてきた結果, 結晶は必ず,「渦巻き成長」「島状(2次元核)成長」「付着成長」の3つのメカニズムどれかで成長することがわかっています.

注)これはバルク結晶についての分類で,薄膜成長の場合には,「Frank-van der Merwe(層状)成長」,「Stranski-Klastanov成長」,「Volmer-Weber(島状)成長」の3つで成長します.また,バルク結晶でも,シャープな固液界面を持たないような場合など,成長メカニズムが不明な場合も残っています.

それでは,タンパク質結晶の場合はどうでしょうか? 実は,全く同じなのです. 下図に示すように,結晶化の駆動力が小さい場合には結晶はらせん転移を中心とした「渦巻き成長様式」で成長し,結晶化駆動力の増加と共に,結晶表面上で2次元核が形成されては島状に成長する「島状(2次元核)成長様式」や,もはやタンパク質1分子のサイズが2次元核の臨界サイズよりも大きくなってしまった高過飽和状態では「付着成長様式」でタンパク質結晶は成長します.ここで,結晶化の駆動力(過飽和度)が高い状態とは,例えばタンパク質の仕込み濃度や沈殿剤濃度が高い,結晶化温度が低い,場合に相当します.(AFM像の著作権は,立命館大・中田俊隆氏)

生成する結晶の品質(どれだけ高分解能の回折を示すか)は,もちろんのことながら,どの様なメカニズムで成長したかに大きく依存します.例えば,最も高過飽和状態でみられる付着成長のようなラフな成長で良い品質の結晶が成長するとは思えません.また,島状成長では,成長して広がって行く島が次々に互いにぶつかり,レイヤーを埋めて行きます.この島がぶつかる際に,うまく互いのステップが合致せず,格子欠陥が生成される場合が多くあります.そのため,最も低下飽和状態で成長する渦巻き成長が,良質な結晶を育成するのに最も適した成長メカニズムであるといえます.

3)結晶の外形(結晶化駆動力との関係)
結晶の外形は,結晶中での分子・原子間の相互作用の強さと向き,および結晶が成長する際のカイネティクスで決まります.前者で決まるのが結晶の「平衡形」,後者で決まるのが結晶の「成長形」と呼ばれる形です.ここでは後者に注目します.結晶の形(成長形)は,結晶化の駆動力が増加すると共に下図のような変化を見せることが,一般に低分子化合物結晶の場合には良く知られています.

結晶化駆動力が小さな場合には結晶はファセットと呼ばれる平らな面に囲まれて成長しますが,結晶化駆動力が大きくなると「ベルグ効果」と呼ばれる効果により結晶の辺や角の部分がより速く成長成長し出すため,だんだん真ん中がへこみ角が出っ張った「骸晶」と呼ばれる形になります.さらに駆動力が増加すると「樹脂状」に成長し,非常な高過飽和下では多数の針状晶が集まった「球晶」となります.

それではタンパク質結晶の場合はどうでしょうか? 実は全く同じなのです.下図は馬脾臓フェリチンという血液中で鉄分を蓄えるタンパク質の結晶を示していますが,駆動力の増加にともないその形は「正八面体結晶」,「骸晶」,「樹枝状結晶」へと変化して行きます.タンパク質結晶にも関わらず「雪」と同じ樹枝状晶になることに驚かれる構造解析屋さんも多いことと思います.この事実も,「タンパク質結晶が成長する基本メカニズムは低分子化合物結晶と何ら変わらない」ということを示しています.


吉田絵里子,東北大学理学研究科物理学専攻修士論文「フェリチン結晶のmorphodrom」,1997年3月.

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