鉄   道   風   景

【鉄道風景】
弘南鉄道、庄内交通湯野浜線、JR大船渡線・気仙沼線、阿武隈急行線・福島交通飯坂線、JR東北本線、JR磐越西線、JR只見線、
JR常磐線、
JR信越本線、上信電気鉄道、上毛電鉄、岩舟人車鉄道、JR両毛線、東武鉄道、
日立電鉄、JR水郡線常陸太田駅北方(推定)ターンテーブル跡、関東鉄道竜ヶ崎線、筑波鉄道筑波線、銚子電鉄、
都電荒川線、JR青梅線、東急池上線、江ノ島電鉄
富士急行、東海道本線、旧国鉄二俣線(現天竜浜名湖鉄道)、遠州鉄道、JR身延線、長野電鉄屋代線、上田電鉄、
愛知環状鉄道、JR武豊貨物線、名鉄線、明知鉄道、
元JR北陸本線、富山地方鉄道、加越能鉄道加越線、万葉線、JR氷見線、JR城端線、のと鉄道、国鉄七尾港線跡、JR七尾線、
北陸鉄道能登線、北陸鉄道、尾小屋鉄道、
JR松任駅前展示蒸気機関車、福井鉄道鯖浦線、福井鉄道福武線、えちぜん鉄道、福井鉄道南越線、JR北陸本線支線(敦賀港線)、
JR高山線、樽見鉄道、西濃鉄道、名鉄谷汲線、名鉄揖斐線、養老鉄道、紀勢線、JR名松線、
JR北陸本線近江塩津駅、江若鉄道、近江鉄道、東海道本線狼川隧道、京阪電鉄石坂線・京津線、
叡山電鉄、京福電鉄北野線、JR奈良線、東海道本線深草迂回旧線、陸軍宇治火薬製造所木幡分工場引込線跡、宇治川おとぎ電車、
近鉄京都線(旧奈良鉄道)、JR関西線・奈良線・片町線、関西鉄道大仏線、天理軽便鉄道、近鉄天理線、田井庄池公園、
JR片町線、JR関西本線、JR和歌山線、近鉄生駒線、近鉄田原本線、JR桜井線、近鉄大阪線、近鉄吉野線、
能勢電鉄・シグナス森林鉄道、近鉄長野線、南海電鉄本線、同高野線、同和歌山港線、JR阪和線、JR紀勢本線、
和歌山電鐵、紀州鉄道、
JR五新線(阪本線)、野上電気鉄道、
神戸市営地下鉄、山陽電鉄、播州鉄道:播但鉄道:国鉄加古川線(JR)・高砂線・鍛冶屋線・北条線(北条鉄道)・三木線(三木鉄道)、
軍用白濱鉄道、JR姫新線、北沢産業網干鉄道、
JR小浜線、国鉄中舞鶴線、国鉄舞鶴港線、舞鶴線、北近畿タンゴ鉄道、妙見山小佐谷弾丸列車軌道、
JR山陰線余部鉄橋、智頭急行、JR因美線、岩井村営(町営)軌道、JR山陰線、国鉄倉吉線、一畑電車、JR木次線、JR大社線、
JR伯備線、新幹線電気軌道総合試験車、JR山陽本線・JR赤穂線分岐、JR赤穂線、西大寺軽便鉄道、岡山電気軌道、
三蟠軽便鐡道、岡山臨港鉄道、
JR津山線、JR吉備線、中國鉄道稲荷山線、中國稲荷山鋼索鉄道、JR瀬戸大橋線、下津井電鉄跡、国鉄玉島臨港線(未成線)、
井笠鉄道、井原鉄道、
鞆鉄道、みろくの里(遊園地)おとぎ列車、JR福塩線、JR芸備線、JR呉線、広島電鉄横川線、JR可部線、JR岩徳線、
JR高徳線、JR牟岐線、高松琴平電鉄本線、琴電志度線・長尾線、伊予鉄道、JR予讃線、JR予土線、宇和島鉄道
JR土讃線、土佐電気鉄道、土佐くろしお鉄道(中村線・宿毛線・阿佐線)
西日本鉄道「200系」車両、JR鹿児島本線・JR香椎線・JR豊肥本線・甘木鉄道・九州肥筑鉄道、旧八代駅(球磨川貨物駅)引込線、
肥薩おれんじ鉄道、山鹿温泉鉄道、熊本電鉄菊池線、JR三角線
日豊本線・平成筑豊鉄道・油須原未成線・国鉄添田線・宇島鉄道・大分交通豊州線・国鉄大分港臨港線、国鉄九大本線


弘南鉄道:2009/02/10追加
2008/04/02撮影:弘南鉄道弘南線
 弘前駅構内     平賀駅構内1     平賀駅構内2     黒石駅構内 1
 黒石駅構内 2:左側プラットホームが廃弘南鉄道黒石線ホームと推定される。
 黒石駅付近地図:昭和59年国鉄黒石線は弘南鉄道に譲渡、国鉄黒石駅はすぐ南に隣接の弘南鉄道黒石駅に統合、国鉄黒石駅は廃止、
  弘南鉄道黒石の駅入線路を付替する。 平成10年弘南鉄道黒石線廃線。
弘南鉄道大鰐線:
 中央弘前-弘高下間

山形交通高畠線:2009/01/28追加
奥羽本線糠ノ目駅(現在は高畠駅と改称)-高畠駅-二井宿駅間、10.6km。
大正11年:高畠鉄道、糠ノ目−高畠間開業(5.2km)
大正13年:高畠−二井宿間開業(10.4km)
昭和18年;高畠鉄道、三山電気鉄道、尾花沢鉄道が合併、山形交通となる
昭和43年:高畠−二井宿間廃止
昭和49年:糠ノ目-高畠間廃止(全線廃止)
2007/04/05撮影: 竹ノ森駅跡?    高畠駅舎    高畠駅構内1    高畠駅構内2

庄内交通湯野浜線:2009/01/28追加
鶴岡駅-湯野浜温泉駅間、12.2km。
昭和4年:庄内電気鉄道、鶴岡 -(仮)湯野浜温泉間を開業
昭和5年: (仮)湯野浜温泉 - 湯野浜温泉間が開業
昭和18年:庄内電鉄が庄内交通に合併
昭和50年:鶴岡 - 湯野浜温泉間が廃止
2007/04/04撮影: 善宝寺駅跡    善宝寺駅舎
 ※善宝寺駅舎が残る、善宝寺鉄道記念館であったが入場者の減少により閉鎖。

JR大船渡線・気仙沼線:2011/01/17追加
2010/04/29撮影:気仙沼駅1     気仙沼駅2     気仙沼駅3
JR大船渡線
2010/04/29撮影:脇ノ沢駅1     脇ノ沢駅2     脇ノ沢駅3

阿武隈急行線・福島交通飯坂線:2011/01/17追加
2010/04/27撮影:福島駅構内:右の一線が福島交通線、左の一線が阿武隈急行線
福島交通飯坂線
2010/04/27撮影:福島駅1     福島駅2     桜水駅1     桜水駅2     桜水駅3     桜水駅4
阿武隈急行線
2010/04/27撮影:福島駅1     福島駅2     やながわ希望の森公園前駅

JR東北本線
2014/04/08撮影:二本松駅1   二本松駅2
2014/04/08撮影:郡山駅1     郡山駅2 、2014/04/10撮影:郡山駅3     郡山駅4

JR磐越西線
2014/04/08撮影:会津若松駅1   会津若松駅2
2014/04/10撮影:磐梯町駅

JR只見線
2014/04/09撮影:会津柳津駅1   会津柳津駅2   会津柳津駅3
           塔寺駅1      塔寺駅2
           会津坂下駅1   会津坂下駅2   会津坂下駅3   会津坂下駅4
           根岸駅1      根岸駅2      只見線と磐梯山:根岸駅付近

JR常磐線
2013/05/07撮影:草野駅1  草野駅2  草野駅3湯本駅1  湯本駅2植田駅1  植田駅2

JR信越本線:2009/11/27追加
2009/06/26撮影: 横川駅  横川駅構内  鉄道文化村引込線  鉄道文化村1  鉄道文化村2

上信電気鉄道
2005/08/28撮影: 上州一宮駅に入構する上信電気鉄道電車
2009/06/26撮影: 高崎駅構内:2009/11/27追加

上毛電鉄
2011/09/18撮影:中央前橋駅1     中央前橋駅2

岩舟人車鉄道
岩舟山の岩舟石の運搬目的で人車鉄道が敷設される。
明治33年開業。 大正5年(昭和4年の説もある)全線廃止。
廃止は内務省による岩舟山から赤麻までの内務省石材輸送線(軽便線・大正7年開業)開通によるものと云われる。
また明治38年の両毛線岩舟駅の開業も間接的な廃止要因と思われる。
2011/09/17撮影:岩舟山麓にある廃線跡
 岩舟人車鉄道跡1     岩舟人車鉄道跡2     岩舟人車鉄道跡3     岩舟人車鉄道跡4     岩舟人車鉄道跡5

JR両毛線
2011/09/17撮影:JR足利駅     JR足利駅構内     JR佐野駅     佐野駅構内:左JR両毛線・右東武鉄葛生線

東武鉄道
2011/09/17撮影:
館林駅:東武鉄道館林駅:伊勢崎線、小泉線、佐野線分岐 、電車は佐野線
日光線:日光線板倉東洋大前
佐野駅:東武鉄道佐野線:佐野駅構内     佐野駅構内:左JR両毛線・右東武鉄佐野線
2011/09/18撮影:
太田駅:東武鉄道太田駅:東武伊勢崎線、桐生線、小泉線分岐
2011/10/29撮影:2011/11/09追加
伊勢崎線・大師線西新井駅:西新井駅大師線乗場1     西新井駅大師線乗場2
大師線:大師前駅

日立電鉄:2009/02/10追加
路線距離(営業キロ)18.1km(常北太田駅-大甕駅 -鮎川駅)
昭和3年常北電気鉄道、大甕駅 - 久慈駅(後の久慈浜駅)間を開業。
昭和4年久慈駅 - 常北太田駅間開業。
昭和19年日立電鉄成立。
昭和22年大甕駅 - 鮎川駅間開業。
平成17年全線廃止。
2004/4/25撮影: 常北太田駅1  常北太田駅2  常北太田駅3

JR水郡線常陸太田駅北方(推定)ターンテーブル跡
2004/4/25撮影: 推定ターンテーブル跡

筑波鉄道筑波線

大正3年筑波鉄道(旧)設立。
大正7年土浦 - 岩瀬間が開業。(営業キロ:40.1km、軌間1067mm、蒸気動力)
戦前(行楽シーズン)には、上野-土浦-筑波、日立-岩瀬-筑波の直通運転あ行われる。
昭和20年筑波鉄道が常総鉄道(現在の常総線を運営)と合併、常総筑波鉄道となり、同社の筑波線となる。
昭和40年常総筑波鉄道が鹿島参宮鉄道(現在の竜ヶ崎線および後の鹿島鉄道線を運営)と合併、関東鉄道となる。
昭和54年筑波鉄道設立、関東鉄道が筑波鉄道に筑波線を譲渡。
昭和62年全線廃止。
2013/05/08撮影:北条駅は2面3線の構造であった。
 北条駅空撮   北条駅跡1   北条駅跡2   北条駅跡3   北条駅跡4   北条駅跡5   北条駅跡6   北条駅跡7
  北条駅跡8   北条駅跡9
2013/05/09撮影:筑波駅:バス停留所名は現在「筑波山口」である。
 筑波駅手前1:北条駅方面を望む      筑波駅手前2:筑波駅方面を望む      筑波駅構内
○附録:「真壁駅」停留所
昭和62年4月1日鉄道廃線により、鉄道駅である「真壁駅」は廃止、その後「真壁駅」の名はバス停留所名として残る。(「真壁駅」停留所)
当初はつくばセンター方面(急行)、岩瀬駅方面(急行、普通)、下館駅方面への路線バスが発着。
平成20年(2008)4月1日より数本の土浦駅方面のみとなる。(鉄道廃線以来初めてJR水戸線方面への公共交通機関が分断される。)
平成23年(2011)3月31日真壁駅と筑波山口を結ぶバスが全廃、真壁駅を経由する路線バスは消滅する。
これをもって、「真壁駅」停留所も廃止、この結果、筑西市に続いて桜川市(旧真壁町)も路線バスが1路線もない市となる。
平成22年(2010)10月現在、関東鉄道(つくば北営業所)所管で、真壁駅-筑波山口-土浦駅間平日1日3便・休日運休のダイヤであった。
 「真壁駅」停留所標識・表     「真壁駅」停留所標識・裏:1日3便の時刻表が記載される。
 

関東鉄道竜ヶ崎線:2009/01/28追加
2007/09/27撮影: 佐貫駅1   佐貫駅2   入地駅1   入地駅2   入地-竜ヶ崎間   竜ヶ崎駅

銚子電鉄:2011/05/05追加
大正2年銚子遊覧鉄道の手により、銚子 - 犬吠間が開業。
大正6年銚子遊覧鉄道線4年目にして廃止。
大正12年銚子鉄道が、銚子遊覧鉄道の廃線跡を転用し、銚子 - 犬吠 - 外川間を開業。
昭和23年銚子電気鉄道に社名変更。
2011/01/04撮影:仲ノ町駅1     仲ノ町駅2     仲ノ町駅3     仲ノ町駅4     仲ノ町駅5

都電荒川線
2006/05/15撮影:2011/11/09追加:
 新庚申塚駅:新庚申塚駅から撮影と思われるも不確実、但し巣鴨近辺には間違いはない。
2011/10/29撮影:2011/11/09追加:
鬼子母神前駅北側踏切:北側踏切南方面     北側踏切北方面1     北側踏切北方面2 

JR青梅線:2011/05/05追加
明治27年青梅鉄道、立川 - 青梅間が開業。全線軌間762mm。後に二俣尾まで順次開業。
明治41年全線の軌間を762mmから1067mmに改軌。
昭和4年青梅電気鉄道に社名変更。二俣尾 - 御嶽間延伸開業。
昭和19年青梅電気鉄道・奥多摩電気鉄道(未成)を国有化し青梅線とする。御嶽 - 氷川間 (10.0km) 延伸開業し全通。
2011/02/20撮影:奥多摩駅駅舎     奥多摩駅1     奥多摩駅2
 沢井駅構内     沢井駅擬寒山寺塔1     沢井駅擬寒山寺塔2     沢井駅擬寒山寺塔3

東急池上線:2009/11/27追加
2009/10/17撮影: 池上駅

江ノ島電鉄
2011/10/30撮影:2011/11/20追加:
 鎌倉駅     片瀬龍口寺前1    片瀬龍口寺前2    片瀬龍口寺前3    片瀬龍口寺前4    片瀬龍口寺前5
 江ノ島駅1      江ノ島駅2     藤沢駅

東海道本線
2020/03/06撮影:
興津-清水間:駿河耀海寺前     駿河清見寺下

旧国鉄二俣線(現天竜浜名湖鉄道)
昭和15年6月開業、昭和62年天竜浜名湖線(天竜浜名湖鉄道)に転換。
2011/12/25撮影:
 二俣駅構内1    二俣駅構内2    二俣駅構内3    二俣駅構内4    二俣駅構内5    二俣駅構内6
 二俣駅構内7    二俣駅構内8
 金指駅構内1    金指駅構内2    金指駅構内3    金指駅構内4    金指駅構内5    金指駅構内6    金指駅構内7
 遠鉄西鹿島駅:西鹿島は天竜浜名湖鉄道の駅であると同時に遠鉄鉄道線の現在の終点である。 電車は遠鉄。
 敷地駅構内1    敷地駅構内2    敷地駅構内3
2012/01/08撮影:
 西鹿島駅構内1     西鹿島駅構内2     西鹿島駅構内3
 遠鉄西鹿島駅      遠鉄西鹿島駅構内4     遠鉄西鹿島駅構内5

遠州鉄道
明治40年浜松鉄道株式会社(初代)設立
明治42年鹿島線(後の二俣線、現:鉄道線)開業
明治44年浜松軽便鉄道株式会社設立
大正3年笠井線(遠州西ヶ崎駅 - 笠井駅)開業
同年 - 浜松軽便鉄道が元城駅 - 金指駅間で開業
大正8年遠州軌道株式会社に譲渡
大正10年遠州電気鉄道株式会社に改称
大正14年中ノ町線・笠井線を浜松軌道株式会社として分離
昭和12年浜松電気鉄道中ノ町線廃止
昭和18年遠州電気鉄道株式会社など6社合併、遠州鉄道株式会社設立
昭和19年浜松電気鉄道笠井線廃止
昭和22年浜松鉄道株式会社と合併し、同社の路線を奥山線(遠鉄浜松駅 - 奥山駅)とする。
昭和38年奥山線(気賀口駅 - 奥山駅)廃止
昭和39年奥山線全線廃止
昭和60年鉄道線新浜松駅 - 助信駅間高架化
 ※浜松市街では幾度か路線変更が行われる。
2011/12/25撮影:
 遠鉄西鹿島駅:西鹿島は天竜浜名湖鉄道の駅であると同時に遠鉄鉄道線の現在の終点である。 電車は遠鉄。
 遠州鉄道奥山駅跡:遠鉄奥山線は浜松から金指・気賀を経由し、奥山駅に至る軽便線であった。
2012/01/08撮影:
 新浜松駅構内1     新浜松駅構内2
 遠鉄西鹿島駅      遠鉄西鹿島駅構内4     遠鉄西鹿島駅構内5

富士急行:2011/01/17追加
2010/05/30撮影:大月駅1     大月駅2      都留市駅1     都留市駅2     都留市駅3
 下吉田駅1:遠望、右が下吉田駅     下吉田駅2     下吉田駅3     下吉田駅4     下吉田駅5     下吉田駅5

JR身延線:2011/01/17追加
2010/05/29撮影:西富士宮駅1     西富士宮駅2

長野電鉄屋代線:2009/02/10追加
2008/11/18撮影: 信濃川田駅構内1     信濃川田駅構内2

上田電鉄:2009/02/10追加
2002/09/05撮影: 別所温泉-八木沢間1    別所温泉-八木沢間2:青木村から別所温泉越の途中で撮影

愛知環状鉄道
201/12/24撮影:中水野駅構内

JR武豊貨物線:2009/11/27追加
2009/09/06撮影: 現武豊駅(南方向には武豊貨物線が伸びていた)  旧武豊駅ホームか?(推定・南100mに武豊駅はあったと云う)
            武豊貨物廃線跡

名鉄線:2009/11/27追加
2009/09/06撮影: 常滑駅(名鉄常滑線)  上野間駅1(名鉄知多新線)  上野間駅2  野間駅(名鉄知多新線)
2018/02/11撮影: 観音寺駅1    観音寺駅2    観音寺駅3    観音寺駅4(いずれも名鉄津島線)

明知鉄道:2009/01/28追加
2007/03/21撮影: 恵那駅    明智駅1    明智駅2    明智駅より南方を望む

元JR北陸本線
20116/11/26撮影:倶利伽羅駅1    倶利伽羅駅2    倶利伽羅駅
             津幡駅1       津幡駅2:津幡は七尾線分岐

富山地方鉄道
20116/11/26撮影:地鉄富山駅1    地鉄富山駅2    地鉄富山駅3
             地鉄富山駅4    地鉄上市駅1     地鉄上市駅2

加越能鉄道加越線:2009/11/27追加
石動駅(現小矢部市)とJR城端線(中越鉄道)福野駅経由で東礪波郡庄川町(現砺波市)の庄川町駅を結ぶ鉄道であった。(非電化)
大正4年砺波鉄道、福野駅 - 青島町駅(庄川町駅)間 (6.7km) 開業。
大正8年砺波鉄道、金福鉄道を合併、加越鉄道に改称。
大正11年石動駅 - 福野駅間 (12.8km) 開業、全通。
昭和18年富山地方鉄道に合併、同社の加越線となる。
昭和25年加越能鉄道に譲渡、同社の加越線となる。
昭和30年青島町駅を庄川町駅に改称。
昭和47年全線廃止。
          福野駅付近航空写真:福野駅付近加越線跡
2009/11/12撮影: JR城端線跨線橋1:寺家踏切から福野駅方面を撮影  JR城端線跨線橋2(右跨線橋):A地点より撮影
            71号線跨線橋・築堤1:B地点付近から撮影  71号線跨線橋  71号線跨線橋・築堤2:B地点付近から撮影
            福野駅侵入築堤(右の続)1:B地点付近から撮影  福野駅侵入築堤(右の続)2  福野駅侵入築堤(残欠)

万葉線(万葉線株式会社高岡軌道線及び新湊港線):2009/11/27追加
平成13年「万葉線株式会社」(第三セクター)設立。
平成14年加越能鉄道から事業譲渡され、新会社にて運行開始。
2009/11/12撮影: 高岡駅前電停  片原町付近

JR氷見線:2009/11/27追加
2009/11/12撮影: 伏木駅舎  伏木駅構内1  伏木駅構内2  伏木駅構内3

JR城端線:2009/11/27追加
2009/11/12撮影: 砺波駅構内

のと鉄道:2011/01/17追加:
2010/10/12撮影:JR七尾駅
 のと鉄道七尾駅1     のと鉄道七尾駅2
 田鶴浜駅1     田鶴浜駅2
2016/11/27撮影:JR七尾駅2
 のと鉄道七尾駅2     のと鉄道七尾駅3
 田鶴浜駅3         田鶴浜駅4         田鶴浜駅5
 穴水駅11     穴水駅12     穴水駅13     穴水駅14     穴水駅15     穴水駅16
 穴水駅17     穴水駅18     穴水駅19     穴水駅20     穴水駅21
 穴水駅遠望1   穴水駅遠望3
 ○平成13年(2001)七尾線 穴水 - 輪島間廃止、平成17年(2005)能登線 穴水 - 蛸島間廃止され、のと鉄道線は穴水が終端となる。
 穴水駅終端1     穴水駅終端2     穴水駅終端3
 のと鉄道廃線跡1    のと鉄道廃線跡2     のと鉄道廃線跡3

国鉄七尾港線跡
明治31年七尾鉄道、津幡仮停車場-矢田新駅間(52.3km)開業。七尾駅-矢田新駅(七尾港駅)間は貨物営業のみ。
明治37年七尾駅 - 矢田新駅間で旅客営業を開始。
明治40年国有化。
大正14年七尾駅 - 和倉駅間延伸開業。七尾駅が現在地に移転。七尾駅移転に伴い七尾〜七尾港間区間分離、一部路線付け替え。
昭和4年七尾駅 - 七尾港駅間の旅客営業廃止。
昭和59年貨物支線 七尾駅 - 七尾港駅間 (2.1km) 廃止。(貨)七尾港駅廃止。
 七尾港線跡概要:地図に示した「この付近旧七尾駅か?」についてはその位置の確証がある訳ではない。
現七尾線は現七尾駅に進入する直前に北にカーブをするが、大正14年の七尾線付け替えまで、七尾線はそのカーブの開始地点から北東に直進し、旧七尾駅を経て、終点の矢田新駅(七尾港駅)まで続いていた。
そして和倉までの進延に際し、七尾線及び七尾駅は現位置に移動し、七尾港に至る線路は現七尾駅から南東方向に伸び次に左にカーブして、旧七尾線に接続するように付け替えられたものと推測される。
なお、この現七尾駅-七尾港駅の七尾港線は昭和59年の廃線後も、七尾駅からの分岐部分は列車の留置線として残され、現役として機能する。
2010/10/12撮影:旧七尾線跡1:現七尾駅手前で、七尾線は北にカーブするが、大正14年までは旧七尾駅・矢田新駅まで直進した。
 写真中央の叢が旧七尾線が直進した廃線跡である。
 旧七尾線跡2:旧七尾線廃線跡、左上の架線は現七尾線の架線で現七尾駅に至る。旧七尾駅はこの写真の奥付近にあったと推定される。

 新七尾港線跡1:大正14年七尾港線付け替え後の新七尾港線跡。      新七尾港線跡2:新七尾港線跡車止。      
 新七尾港線跡3:車止の先は廃線跡が続く。矢田新駅(七尾港駅)へ至る。この付近に明治31年開業旧七尾駅があったと推定される。
 新七尾港線跡4:新七尾港線跡は車止まで、列車留置線として使用される。留置列車の入線。
 新七尾港線跡5:同上、留置列車      新七尾港線跡6:同上

JR七尾線
2016/11/27撮影:千路駅1     千路駅2     千路駅3
2010/09/08撮影:良川駅
2010/10/12撮影:七尾線特急:七尾-徳田間
2016/11/26撮影:七尾市第4小島踏切1   七尾市第4小島踏切2:七尾-田鶴浜間

北陸鉄道能登線廃線跡(2003/9/3撮影)
大正10年:能登鉄道が設立。構想は、羽咋駅を起点として輪島経由富山県氷見町に至る延べ約98.5kmであった。
大正14年:能登鉄道、羽咋−能登高浜14.6km開業。
昭和02年:能登鉄道、能登高浜−三明10.9km開業。
昭和18年:北陸鉄道に合併。
昭和47年:北陸鉄道、羽咋−三明間(能登線)25.5km廃止。6月24日が最後の運転であった。
昭和47年5月連休中撮影画像(この後、約1月半前で廃線となる。)
  能登一ノ宮駅に入る電車(羽咋方面からと思われる)
  能登一ノ宮駅名所案内
  能登一ノ宮駅到着車両
  能登一ノ宮駅構内(三明方面を望むと思われる)
2003/09/03撮影画像:
  滝−柴垣間廃線跡1( 三明・柴垣方面を望む)
  滝−柴垣間廃線跡2( 羽咋・滝方面を望む)
  羽咋−能登一ノ宮間(写真の左側道路の右側舗道が廃線跡)
2010/10/12撮影:2011/01/17追加:
 羽咋駅跡:左はJR羽咋駅、右端中央建物付近が北鉄羽咋駅跡
 羽咋駅北廃線跡1:左はJR羽咋駅      羽咋駅北廃線跡2:左はJR七尾線      柴垣駅北側廃線跡

北陸鉄道:2011/01/17追加:
2010/09/07撮影:石川線:乙丸駅1     乙丸駅2     乙丸駅3     野町駅
2010/10/12撮影:浅野川線:北鉄金沢駅

JR松任駅前展示蒸気機関車:2011/01/17追加:
2010/09/07撮影:JR松任駅前展示蒸気機関車

尾小屋鉄道
尾小屋鉄道は、尾小屋鉱山の鉱山鉄道として建設される。
大正5年免許取得。翌大正6年工事着工。
大正8年一部竣工、大正9年全線竣工。
昭和46年尾小屋鉱山閉山
昭和52年路線廃止、尾小屋鉄道株式会社は、小松バス株式会社に社名変更する。
2017/05/14撮影:撮影地点は、JR小松駅東を北陸線沿いに数百m南下すると、道路は鉄道廃線跡らしく、東へ90度カーブし、東進する地点があるが、その地点である。
 新小松駅南廃線跡1     新小松駅南廃線跡2:小松駅方面を望む      新小松駅南廃線跡3:東へ90度カーブする

福井鉄道:2009/11/27追加
福井鉄道南越線
南越線:武生市・社武生駅から岡本新駅(今立・スイッチバック)を経て鯖江市・戸ノ口駅までの路線であった。14.3km。
明治44年武岡軽便鉄道設立、大正3年新武生(社武生) - 五分市間が開業。軌間762mm。
大正7年武岡鉄道に社名変更
大正13年今立鉄道(未開業)と合併、南越鉄道となる、1067mmに改軌、岡本新 - 戸ノ口間が開業。
昭和16年福武電気鉄道に合併、同社の南越線となる。
昭和20年鯖浦電気鉄道が合併、福井鉄道となる。
昭和23年全線電化。
昭和46年粟田部-戸ノ口間が廃止、昭和56年社武生-粟田部間が廃止、全線廃止。
2009/04/07撮影: 武生口−北府間廃線跡   日野川橋梁1    日野川橋梁2
            村国駅跡(160型電車が保存)   村国駅保存車両1     村国駅保存車両2   北村駅跡付近
            北村−五分市間浅水(あそうず)川橋梁1   浅水川橋梁2   浅水川橋梁3(プレート)
            北村−五分市間1   北村−五分市間2   北村−五分市間3   五分市駅跡付近

福井鉄道鯖浦線:19.5km
大正12年鯖浦電気鉄道の路線として開業。鯖江から越前町を目指す計画であったが実現せず途中の織田で頓挫する。
昭和3年佐々生 - 織田間が開業。
昭和20年福武電気鉄道と合併、福井鉄道の鯖浦線となる。
昭和47年西田中 - 織田間が廃止。
昭和48年水落 - 西田中間が廃止となり、全線が廃止される。
2009/04/07撮影: 織田駅跡:バスターミナルとなる   織田駅直前の廃線跡:道路に組み込まれる。
福井鉄道福武線
2009/03/18撮影: 福武線終点田原町駅1   田原町駅2
2017/11/05撮影: 福武線水落駅1     福武線水落駅2     福武線水落駅3     福武線水落駅4     福武線水落駅5
2017/11/05撮影: 福武線西鯖江駅1     福武線西鯖江駅2
2017/11/28撮影: 家久駅1     家久駅2     家久駅3     家久駅4     家久駅5     家久駅6     家久駅7
2017/11/28撮影: 北府駅11     北府駅12     北府駅13     北府駅14     北府駅15
             北府駅16     北府駅17     北府駅18     北府駅19     北府駅20
2009/04/07撮影: 福武線終点武生新駅1   武生新駅2   武生新駅3   武生新駅4   武生新駅5

えちぜん鉄道:2009/11/27追加
2009/03/18撮影: 福井駅   福井駅構内   福井口駅構内1( 勝山永平寺線と三国芦原線が分岐、左:三国芦原線、右:勝山永平寺線)
                              福井口駅構内2   福井口駅構内3   福井口構内4   福大前西福井駅

JR北陸本線支線(敦賀港線):2009/11/27追加
明治17年柳ヶ瀬トンネルの完成により長浜−敦賀間が全通。終点は敦賀より先の金ヶ崎となる。その後北陸線は福井まで延長され、敦賀−金ヶ崎間は北陸本線支線(2.7km)となる。
2009/03/31JR貨物敦賀港線は休止、127年の歴史に幕を降ろす。
2009/03/18撮影: 天筒町付近(金ヶ崎方面)   天筒町付近(敦賀方面)   永賞寺下付近(敦賀方面)
            金前寺前付近(金ヶ崎駅方面)   金前寺前付近(敦賀方面)

JR北陸本線近江塩津駅:2009/02/10追加
2009/01/27撮影: 近江塩津1:北方敦賀方面    近江塩津2:南方(右)北陸線米原、(左)湖西線分岐

JR高山線:2009/11/27追加
2009/11/11撮影: 飛騨国府駅舎  飛騨国府駅構内1  飛騨国府駅構内2

樽見鉄道:2009/01/28追加
2007/03/21撮影: 樽見鉄道大垣駅

西濃鉄道:2009/01/28追加
金生山から産出される石灰石輸送が目的で運行される。
美濃赤坂駅を起点に市橋線・昼飯線の2路線を有する。
昭和3年:市橋線、昼飯線が開業。
昭和5年:市橋線(美濃赤坂 - 市橋間)で旅客営業開始、美濃赤坂 - 乙女坂間に赤坂本町駅開業、
昭和10年:赤坂本町 - 市橋間の旅客営業廃止、昭和20年:旅客営業廃止・赤坂本町駅廃止。
平成18年(2006):猿岩 - 市橋間廃止、昼飯線全線廃止。     西濃鉄道路線地図
2006/10/08撮影:
 美濃赤坂駅構内:南方を望む、踏切を渡る左のレールが西濃鉄道市橋線
 赤坂本町駅跡ホーム     赤坂本町駅跡碑

名鉄谷汲線等の廃止:2009/02/10追加
名鉄谷汲線全線(黒野-谷汲)・揖斐線(黒野-本揖斐間)・竹鼻線(江吉良-大須間)・八百津全線が2001年9月30日で廃止予定。
また一つ地方の鉄道が消えゆく。

横蔵寺参詣の為、谷汲線を8月4日に利用。利用客の大半はカメラ片手の鉄道ファンと思われ、ほぼ満席であった。
沿線の撮影ポイントと思われる地点にもカメラ片手の人が目につく。
名鉄谷汲線は1時間に一本の電車が、1両で黒野-谷汲間を1閉塞区間として、折り返す線区と思われる。
最後ということもあるのであろうが、 保線の悪さと老朽の為、騒音と揺れはひどいものであった。
車両内装は基本的に木造であり、ブラインドも木製の鎧戸であった。
勿論冷房などは無い。日中のカンカン照りの中、窓全部を開け放って走る。
(2001/8/4撮影)
 谷汲駅で出発を待つ:この写真の情景はあと2ヶ月足らずで、消えてしまう運命である。

名鉄揖斐線:2009/01/28追加
揖斐線:忠節 - 本揖斐間 18.3km、黒野駅から谷汲駅に至る谷汲線を分岐。
大正3年:岐北軽便鉄道、忠節 - 北方間を開業。
大正10年:美濃電気軌道が岐北軽便鉄道を合併。北方線と称する。
大正15年):美濃電気軌道北方線、北方 - 黒野間が開業。
昭和3年):美濃電気軌道北方線、黒野 - 揖斐(本揖斐)間が開業。
昭和5年):名古屋鉄道が美濃電気軌道を合併。
平成13年:黒野 - 本揖斐間5.6km廃止。
平成17年(2005年):忠節 - 黒野間12.7km廃止、全線廃止となる。
同時に、岐阜市内線・・美濃町線・田神線の600V電化区間を廃止。
岐阜市内線:岐阜駅前−徹明町−忠節(複線)3.7km、美濃町線:徹明町−競輪場前−関(一部複線)18.8km、
田神線:田神−市ノ坪−競輪場前(単線)1.4km
2006/10/08撮影: 廃黒野駅東付近1      同        2      同        3

養老鉄道:2007年近鉄から近鉄子会社である養老鉄道に移管される。
2008/10/21撮影: 揖斐駅1     揖斐駅2     揖斐駅3     揖斐駅4     揖斐駅5
             大垣駅1     大垣駅2               養老駅1     養老駅2
2020/02/07撮影:桑名駅

三岐鉄道北勢線
2020/02/07撮影:西桑名駅1    西桑名駅2    西桑名駅3    西桑名駅4
   東員駅11    東員駅12    東員駅13    東員駅14    東員駅15    東員駅16    東員駅17
   東員駅18    東員駅19    東員駅20    東員駅21    東員駅22    東員駅23    東員駅24

紀勢本線:2009/01/28追加
2006/12/20撮影: 伊勢国一志郡須川村(現松阪市):西肥留町付近踏切:北方を望む

JR名松線:2009/02/10追加
2000/01/12撮影: 伊勢奥津駅1    伊勢奥津駅2    伊勢奥津駅3    伊勢奥津駅4
 伊勢奥津駅5:名張を目指し、伊勢奥津から鉄路は伸延する予定であった。     伊勢奥津駅6

江若鉄道:2011/01/17追加:
大正10年三井寺(三井寺下)−叡山間が開業、その後順次北進する。
昭和6年浜大津−近江今津間が開業・全線開業。<新浜大津(浜大津)−三井寺間の開業は大正14年>
昭和22年浜大津−国鉄膳所間が開業
昭和40年浜大津−国鉄膳所間廃止、国鉄・京阪電鉄はこの区間の営業継続。
昭和44年浜大津−近江今津間廃止(日本鉄道建設公団が買収)。同時に国鉄の浜大津−膳所間営業廃止。
※昭和49年国鉄湖西線開業。
2010/09/07撮影:江若鉄道跡1:北饗庭-近江今津間路盤      江若鉄道跡2:同上      江若鉄道跡3:北饗庭-近江今津間橋台
 江若鉄道跡4:写真の駅舎右(バスの停車している位置付近)に線路があったと思われる。ここが終点で右の道路の延長が大津方面である。
 江若鉄道跡5:近江今津駅舎:昭和5年の12月竣工      江若鉄道跡6:廂の支柱には レールが使われる。

近江鉄道:2010/08/26追加
2010/01/12撮影:貴生川-水口城南間1  貴生川-水口城南間2
2011/06/03追加:2008/09/24撮影:
 近江鉄道高宮駅構内1:彦根方面を撮影     近江鉄道高宮駅構内2:八日市方面を撮影
 近江鉄道高宮駅構内3:当駅で本線と多賀線が分岐する。左本線・右多賀線      近江鉄道高宮駅構内4:多賀線電車

東海道本線狼川隧道:瀬田-南草津間
2014/10/21撮影:狼川隧道1     狼川隧道2     狼川隧道3     狼川隧道4

京阪電鉄石坂線:2010/08/26追加
2009/12/11撮影:滋賀里駅1  滋賀里駅2
2015/05/09撮影:石山寺駅1  石山寺駅1     唐橋前駅     石坂線社内     京阪膳所駅

京阪電鉄京津線:2009/02/10追加
2009/01/27撮影:上栄町駅付近
2015/05/09撮影:妙光寺前付近1  妙光寺前付近2  妙光寺前付近3  妙光寺前付近4
2019/11/16撮影:妙光寺前附近5  妙光寺前附近6  妙光寺前附近7  妙光寺前附近8  妙光寺山門前

叡山電鉄
大正14年:京都電燈、叡山線を開業。
昭和2年:鞍馬電気鉄道(京都電燈の子会社)設立、昭和3年鞍馬線の営業を開始。
昭和17年:戦時統制で、京福電気鉄道へ鉄道事業譲渡。
昭和60年:叡山電鉄設立(京福電気鉄道全額出資)。昭和61年:京福電気鉄道から叡山本線・鞍馬線を譲り受け営業開始。
平成14年:京福電気鉄道、京阪電気鉄道に全株式を有償譲渡、京阪電鉄の完全子会社となる。
叡山電鉄鞍馬線
 2011/06/23撮影:木野駅構内1     木野駅構内2
叡山電鉄本線
 2015/06/28撮影:八瀬比叡山口駅1     八瀬比叡山口駅2     八瀬比叡山口駅3
 2012/12/25撮影:茶山駅構内1     茶山駅構内3     茶山駅構内3

京福電鉄北野線
大正3年京都電燈(株)、越前電気鉄道開通。
大正7年京都電燈(株)、嵐山電車軌道株式会社合併。
大正14年京都電燈(株)、叡山電鉄平坦線(出町柳・八瀬間)営業開始。嵐山電鉄北野支線北野・高雄口間営業開始。叡山電鉄鋼索線営業開始。
昭和17年京都電燈(株)解散、京福電気鉄道株式会社設立。京都電燈の鉄軌道事業を継承。
昭和17年鞍馬電気鉄道・三国芦原電鉄を合併。鞍馬線、三国芦原線とする。
昭和19年永平寺鉄道・丸岡鉄道を合併。永平寺線、丸岡線とする。
昭和31年比叡山ロープウェー営業開始。
昭和43年丸岡線を廃止。
昭和61年叡山本線・鞍馬線を叡山電鉄に分離譲渡。
平成14年永平寺線を廃止。
平成15年福井鉄道部を廃止。施設をえちぜん鉄道へ譲渡。
 2012/12/25撮影:妙心寺-御室仁和寺間1     妙心寺-御室仁和寺間2

JR奈良線
2015/01/03撮影:稲荷-JR藤森間1     稲荷-JR藤森間2
2018/03/29撮影:上狛駅北側

東海道本線深草迂回ルート:2009/01/28修正
「山城おうせんどう廃寺心礎」の「おうせんどう廃寺地図と東海道本線遺跡」を参照
2006/11/12撮影:
 名神道南廃線跡1:名神高速を背にして南東谷口町方面にカーブする廃線跡:辛うじて廃線跡の雰囲気が残 る。
 名神道南廃線跡2:谷口町から名神方面(北西)にカーブする廃線跡
2006/01/18撮影:
 JR奈良線分岐:旧東海道本線から、奈良線が分岐する地点で ある。この地点も以前は公園があり明確に分残っていたが、
   この時は何かの工事中で、今後この公園(東海道本線廃線跡)は消滅するのであろうか?。なお写真の電車は現奈良線電車である。
   ついでながら、奈良線は近年京都からこの附近のやや南のJR深草まで複線化された。
 JR奈良線分岐直後:分岐直後からすぐの住宅地の中の廃線跡。ここから少し南下して名神高速に突き当たる。
   この部分も近年宅地開発が進み、廃線跡の雰囲気は無くなっていると思われる。

宇治川おとぎ電車:2009/02/10追加
大正9年、宇治川電気が志津川発電所(大正13年建設)建設用の資財運搬鉄道を敷設。区間は大峰堰堤と発電所の間、3.6km。
昭和25年、京阪電気鉄道、宇治川電気鉄道線を「おとぎ電車」(観光用)として開業。
昭和35年、大峰堰堤に替わる天ヶ瀬ダムが計画され、軌道は水没することになり、運行は停止された。
 おとぎ電車1   おとぎ電車2

陸軍宇治火薬製造所木幡分工場引込線跡(木幡):2009/02/10追加
陸軍宇治火薬製造所木幡分工場引込線跡が今もJR木幡駅から西方に残る。
明治39年木幡分工場建設、昭和15年頃木幡より引込線建設。
 昭和27年地形図:1/50000、この図では木幡から鉄道分岐として表示される。
 昭和42年都市計画図:1/3000、堰堤(線路路盤)線路などが残ることがはっきりと分かる。
 昭和49年航空写真:国土地理院

JR関西線・奈良線・片町線
2017/11/12撮影:木津駅1     木津駅2

関西鉄道大仏線
本鉄道については複雑な経緯があり、各種の専門のサイトがある。そちらの参照を願う。
2013/12/12撮影:大仏駅跡モニュメント:大仏駅は明治31年設置、明治40年大仏線廃線で廃駅となる。僅か9年の存続であった。

近鉄京都線
2015/01/02撮影:東寺駅1   東寺駅2     上鳥羽口駅
            近鉄・京都地下鉄烏丸線竹田駅1   同竹田駅2   同竹田駅3    近鉄丹波橋駅1   近鉄丹波橋駅2
2015/01/03撮影:近鉄大久保駅1     近鉄大久保駅2

近鉄京都線京都-丹波橋駅付近間の変遷:奈良鉄道→鉄道省奈良線→奈良電気鉄道→近鉄京都線
明治28年、奈良鉄道が京都−伏見-桃山間を開業、明治29年;桃山-玉水-木津-奈良間開業。
明治38年、奈良鉄道が関西鉄道(現在の関西本線などを運営)と合併。
明治41年、関西鉄道が国有化される。(奈良鉄道線は鉄道省奈良線となる。)
明治43年、京阪電気鉄道が大阪天満橋-京都五条間を開業、丹波橋付近では鉄道省奈良線をオーバークロスする。
大正10年、新逢坂山トンネル・東山トンネル経由に東海道本線が変更され、奈良線も現在の東福寺・稲荷経由の変更される。
       合わせて、東海道旧本線である稲荷-山科-大谷-馬場(膳所)及び奈良線旧線である京都-伏見間は廃線となり、
       伏見-桃山間は貨物線となる。
昭和3年、奈良電気鉄道が京都-桃山御陵前間を開業、奈良鉄道の京都-丹波橋間は奈良電気鉄道線としてほぼ復活する。
       但し奈良電気鉄道の伏見駅建設に当たっては京都市が高架化を求め、伏見駅付近は高架として建設される。
       奈良電鉄線(現在は近鉄京都線)伏見駅からやや丹波橋寄りに行ったところは琵琶湖疎水を橋梁で渡る。
       そして、この橋梁に下には旧奈良鉄道の遺構である煉瓦造の橋台が残る。
2011/06/18撮影:琵琶湖疎水煉瓦積橋台1:現近鉄京都線橋梁下に残る旧奈良鉄道遺構である煉瓦積橋台
           琵琶湖疎水煉瓦積橋台2     琵琶湖疎水煉瓦積橋台3

天理軽便鉄道:2010/08/26追加
大正4年天理軽便鉄道、新法隆寺駅-天理駅間開業。蒸気動力。軌間762mm。
開通後、大阪電気軌道は西大寺駅(現大和西大寺)から南進して橿原神宮に至る畝傍線(現近鉄橿原線)の計画を立案、この新線は平端付近で軽便線を横断する計画であった。(天理軽便線の営業不振に拍車をかけることが予測された。)
大正10年大阪電気軌道が買収。
大正11年大阪電気軌道畝傍線の郡山-平端間開業、翌年平端-橿原間開業。
同11年天理軽便鉄道平端駅開業、新法隆寺駅-平端駅間を法隆寺線、平端駅- 理駅間を天理線とする。
天理線は平端駅で大軌畝傍線(現近鉄橿原線)に接続し、同時に平端駅 - 天理駅間を標準軌に改軌、電化。つまり、天理軽便線は平端以西の非電化/狭軌と平端以東の電化/標準軌に分断される。
昭和20年2月法隆寺線(大軌→近鉄)法隆寺駅-平端駅間休止。昭和27年隆寺線廃止。
2010/02作成: 天理軽便鉄道法隆寺付近遺構図
2010/02/21撮影:次の写真は上図「天理軽便鉄道法隆寺付近遺構図」の遺構の写真である。
 路盤(1)  レンガ積脚台  路盤(2)  路盤(3)-1  路盤(3)-2  築堤(1)  築堤(2)
 築堤(3)-1  築堤(3)-2  築堤(3)-3  築堤(3)-4  築堤(3)-5  築堤(3)-6  築堤(3)-7  築堤(4)
2014/09追加: 大正11年国土地理院地図
 南北に大軌畝傍線が開業、軽便の平端駅が設置され、平端以東の天理線は大軌畝傍線と接続しているのが分かる。つまり天理軽便線は平端駅で東西に分断され、鉄路の接続は切られたことが分かる。
2014/09作成: 天理軽便線額田部/平端駅付近図
2014/09/13撮影:次は額田部駅-平端駅付近の遺構(上図参照)の写真である。
 額田部駅西廃線跡:額田部駅やや西附近から、法隆寺方面を撮影、道路が廃線跡、突き当りの建物は工場で、廃線跡は不明となる。
 額田部駅跡を望む:東方向を撮影、バスと自転車の間に交差点/信号があるが(小窓写真参照)、交差点を超えた所が額田部駅跡である。
 額田部駅跡1     額田部駅跡2:付近の古老に駅跡を確認済、額田部駅は貨物駅?であったとの言があり。
 額田部駅東廃線跡1:道路が廃線跡で、突き当りの民家まで続く。
 額田部駅東廃線跡2:突き当りの民家から露盤が残り、この露盤が廃線跡である。この露盤は平端駅まで続く。路盤上には民家が建つ。従って向かって左の道路は廃線跡ではない。
 平端駅付近露盤遺構1     平端駅付近露盤遺構2     平端駅付近露盤遺構3:この写真は路盤遺構2の側面の写真である。
 軽便平端駅跡1     軽便平端駅跡2:いずれの写真も、2棟の建物付近もしくはぞの前後が軽便平駅跡と推定されるも、不明確。2棟の建物の後は露盤の遺構である。
 軽便平端駅付近から天理方面を望む:道路の右が軽便線跡で、写真の近鉄平端駅を超えて天理まで当初鉄路は連続していた。
 近鉄平端駅から天理方面を臨む:写真中央に現近鉄天理線が写る。これは大正11年に大軌畝傍線開通後の姿である。
2014/07/19撮影:天理軽便鉄道平端駅付近:この路地付近が軽便平端駅であり、路地は軽便線跡であろう。
近鉄天理線
2014/07/19撮影:平端駅1:向かって右は天理線
 平端駅2:天理線ホーム、向かって左は橿原線    平端駅3:橿原線ホーム     平棚駅4
2014/06/15撮影;近鉄天理駅1  近鉄天理駅2

田井庄池公園
本公園はJR天理駅西、近鉄天地駅南にある。
蒸気機関車(D51 691)及び旧型客車1両(オハ61 930)が連結、静態保存される。
展示D51は昭和17年製造、昭和46年廃車という。客車オハ61は、大正14年製造、昭和30年鋼体化されるという。
2014/09/13撮影:田井庄池公園D51・オハ61その1     田井庄池公園D51・オハ61その2

JR片町線
2016/05/17撮影:大住駅1     大住駅2

JR関西本線
2020/02/07撮影:朝日駅1     朝日駅2
2015/03/07撮影:王寺駅
 王寺駅手前(右は法隆寺駅方面、列車は関西線列車、オーバークロスするのは近鉄田原本線:新王寺-大輪田間3

JR和歌山線
2015/03/07撮影:王寺-畠田間1(王寺駅方面)    王寺-畠田間2(畠田駅方面、右は留置線、以下左の線路は近鉄田原本線)
 王寺-畠田間3(留置車両1)     王寺-畠田間4(留置車両2)
2015/03/17撮影:大谷駅1   大谷駅2      笠田駅1   笠田駅2      岩出駅1   岩出駅2

近鉄生駒線
2015/03/07撮影:近鉄王寺駅1    近鉄王寺駅2   近鉄王寺駅3   近鉄王寺駅4
 近鉄竜田川駅1   近鉄竜田川駅2
 竜田川-平群間1   竜田川-平群間2   竜田川-平群間3   竜田川-平群間4

近鉄田原本線:2010/08/26追加
大正7年大和鉄道、新王寺駅 - 田原本駅(現在の西田原本駅)間を開業。
昭和3年順次桜井に延長され、田原本- 桜井駅間が開業。
昭和19年田原本駅 - 桜井駅間が休止。
昭和23年新王寺駅 - 田原本駅間を標準軌に改軌、電化。
昭和33年休止中であった田原本駅 - 桜井駅間を廃止。
昭和36年信貴生駒電鉄が大和鉄道を合併、田原本線となる。
昭和39年近鉄が信貴生駒電鉄を合併、田原本駅を西田原本駅に改称。
2010/01/10撮影:新王寺駅           
2015/03/07撮影:新王寺-大輪田間1   新王寺-大輪田間2(いずれも下は一般道)
2015/08/08撮影:新王寺-大輪田間3(アンダークロスするのはJR関西本線:王寺駅手前
 新王寺-大輪田間4   新王寺-大輪田間5   新王寺-大輪田間6   新王寺-大輪田間7
2010/01/10撮影:西田原本駅1  西田原本駅2:駅南にRCの車止が見える。かってはこの先に鉄路が桜井駅まで続いていた。

近鉄大阪線
2014/12/13撮影:河内国分駅
2020/01/03撮影:河内山本駅:向かって最左端の軌条は近鉄信貴線であり、右の4軌条が大阪線である。

近鉄吉野線:2010/08/26追加
2010/03/02撮影:壷阪山駅
2012/03/29撮影:(六田-大和上市間)比曽口踏切1:大和上市方向    比曽口踏切2:六田駅方向
 吉野軽便鉄道・吉野鉄道跡
大正元年:吉野軽便鉄道が吉野口駅 - 吉野駅(現在の六田駅)間を開業。
大正2年:吉野鉄道に社名変更。
大正12年:(旧)橿原神宮前駅 - 吉野口駅間が開業
昭和3年:終着吉野(六田)駅 - 新吉野駅間が開業し全通。終着であった吉野駅を六田駅に改称する。(この吉野駅の遺構が残る。)
昭和4年:大阪電気軌道が吉野鉄道を買収・合併。畝傍駅 - 吉野駅間は大軌吉野線となる。(現近鉄吉野線)
  ※吉野鉄道時代の旧吉野駅のプラットホームと鐵路が残る。
 吉野鉄道旧吉野駅1:写真右奥が現六田駅、六田駅から手前に鉄路が伸びる。この鉄路が吉野鉄道時代の鉄路である。
 吉野鉄道旧吉野駅2:六田駅から伸びる鉄路は旧吉野駅残存プラットホームに至る。写真右に写るプラットホームが旧吉野駅それと云われる。
 吉野鉄道旧吉野駅3:写真左のプラットホームが旧吉野駅のそれで鉄路はターミナルとなる。写真右は現近鉄吉野線である。
  なおこの鉄路は今も近鉄の留置線として使われ、現役である。
2017/03/09撮影:大和上市駅1     大和上市駅2
2017/03/09撮影:吉野駅

JR桜井線
2014/07/19撮影:天理・長柄間踏切1     天理・長柄間踏切2
2012/02/18撮影:
 JR桜井駅1:向かって左はJR桜井駅、右高架は近鉄桜井駅、JR桜井駅2:JR桜井線、オーバークロスするのは近鉄大坂線、JR桜井駅3

能勢電鉄:現在は阪急電鉄の子会社である。
大正2年能勢口(現在の川西能勢口) - 一の鳥居間が開業。
大正12年池田駅前(後の川西国鉄前駅) - 妙見(現在の妙見口)間が全通。
大正14年妙見鋼索鉄道 下部線滝谷 - 中間間、上部線中間 - 妙見山間開業
昭和19年妙見鋼索鉄道 下部線・上部線を不要不急線として廃止。
昭和35年妙見ケーブルが開業(旧下部線を復活。黒川 - 山上間623m)。 妙見リフトが開業(旧上部線のうち山頂側の573mを運行)。
昭和53年日生線が開業。
昭和56年池田駅前(後の川西国鉄前駅) - 能勢口(現在の川西能勢口)間廃止。
2012/10/30撮影: 妙見口駅1     妙見口駅2     妙見口駅3     妙見口駅4     妙見口駅5
             妙見ケーブル1     妙見ケーブル2     妙見リフト:リフト下は妙見鋼索鉄道上部線跡である。
●リーフレット集「のせでん沿線ぶらりマップ」川西市文化交流課 より
 能勢電多田駅:昭和41年撮影       能勢電一の鳥居駅:昭和42年撮影
 能勢電山下駅:昭和43年撮影、日生線は未開業。
 能勢電妙見口駅:昭和38年撮影、昭和40年「妙見」から「妙見口」に駅名変更。
 妙見ケーブル黒川駅:昭和初期撮影。昭和19年休止前。
シグナス森林鉄道:能勢電鉄が運行している観光遊覧鉄道である。
2001年開業、ベガ駅-アルタイル駅間340m、軌間は381mm(15インチ)で最高速度は5km/h。列車の折り返しはループ線である。
線路は妙見線の廃止区間(川西能勢口駅 - 川西国鉄前駅間)のレールを再利用する。
2012/10/30撮影:シグナス鉄道線1     シグナス鉄道線2     シグナス鉄道線3     シグナス鉄道線4
            シグナス鉄道線5     シグナス鉄道線6     シグナス鉄道線7     シグナス鉄道線8

近鉄長野線
2012/12/23撮影:汐ノ宮駅1  汐ノ宮駅2  河内長野駅: 左は南海高野線河内長野駅

南海電鉄本線:2010/08/26追加
2009/12/13撮影:箱作駅1  箱作駅2
 南海電鉄高野線
2012/12/23撮影:河内長野駅:右端は近鉄長野線
2019/02/14撮影:九度山駅1    九度山駅2    九度山駅3    九度山駅4
 南海電鉄和歌山港線
2016/12/13撮影:和歌山市駅南踏切:和歌山市駅方面    和歌山市駅南踏切:和歌山港方面    和歌山港線1   和歌山港線2

JR阪和線
2015/03/17撮影:東砂川駅

JR紀勢本線
2015/10/08撮影:紀和駅

和歌山電鐵:2009/02/10追加
2008/11/20撮影: 和歌山駅  貴志駅1  貴志駅2  貴志駅3  伊太祈曽駅

紀州鉄道:2009/01/28追加
現行路線:御坊駅 - 西御坊駅間2.7km。1989年4月1日、末端線区である西御坊駅 - 日高川駅0.7kmが廃止。
2007/03/27撮影: 御坊駅   御坊駅南   紀伊御坊駅   西御坊駅1   西御坊駅2
 ※西御坊駅以南の廃止線区
 西御坊駅南1   西御坊駅南2   西御坊駅南3   西御坊駅南4   西御坊駅南5   西御坊駅南6

JR五新線(阪本線)・・・未成線:2009/01/28追加
五新線計画;和歌山線五条駅から大塔村を経て紀勢本線新宮駅に至る鉄道路線
昭和14年着工、戦争激化により中断、昭和32年工事再開、昭和34年五条から西吉野村城戸まで路盤完成。
その後様々な事情により、終に軌道が敷かれ、列車が走ることは無かった。城戸 - 阪本の建設工事は継続されたが、昭和57年計画は中止された。
五条 - 城戸間は国鉄・JRバス専用道路として国鉄・西日本JRバスが運行、しかし採算悪化により2002年JRバスは撤退、地元自治体から奈良交通バスが受託して、バスが運行されるも年々便数は減少の一途を辿ると云う。
2006/02/25撮影: 八幡川橋梁1     八幡川橋梁2
 霊安寺北入口:ここから路盤跡のバス専用道に入る

野上電気鉄道廃線跡(2003/08/11撮影)
大正5年野上軽便鉄道(日方−野上)開業、昭和3年(野上−登山口)開業、同年野上電気鉄道に改称。
平成6年全線廃止。
廃止後、ほぼ廃線跡に沿ってバスが運行されている。海南−野上八幡間をバスで観察すると、バスの運行道路はほとんど大型車がすれ違うのが困難な道路である。(当然人とか自転車は安心して通行は出来ないと思われる。)
バスの車窓から廃線跡が多く確認できる。海南市内は別にして、現状、道路の平行しない廃線跡は自転車および歩行者のための道に転用されるかもしくは更地で放置され ている。狭い道路に平行する区間も道路拡張に廃線跡は潰さずに、歩道として転用されているケースも多い。
蓋し大変な見識と思われる。道路とは本来人が歩くものであるからである。
 八幡馬場駅跡:駅北方約100mで野上八幡宮石段下に至る。まだプラットフォームも残る。
 八幡馬場駅東踏切:駅すぐ東の踏切、 レールは撤去されているものの今も電車が来てもおかしくない雰囲気を残す。

神戸市営地下鉄
2016/04/09撮影:西神・山手線:井川谷駅1   井川谷駅2

山陽電鉄
2016/04/09撮影:電鉄明石駅1   電鉄明石駅2

播州鉄道:播但鉄道:国鉄加古川線(JR)・高砂線・鍛冶屋線・北条線(北条鉄道)・三木線(三木鉄道)
大正2年:播州鉄道、加古川〜高砂口(後の尾上)間開業(高砂線)、加古川町駅 - 国包駅(現在の厄神駅)間開業(加古川線)。
     国包駅 - (野村) - 西脇駅間(加古川線)延伸開業。
大正3年:高砂口〜高砂浦(後の高砂港)間開業。
大正4年:粟生駅 - 北条町駅間開業(北条線)。加古川町駅を国鉄加古川駅に統合。
大正5年:厄神 - 別所間開業(三木線全通)。
大正6年:別所 - 三木間延伸開業。
大正10年:西脇駅 - 市原駅間延伸開業(鍛冶屋線)。
大正12年:市原駅 - 鍛冶屋駅間(延伸開業。(鍛冶屋線全通)
    :播丹鉄道に譲渡。
昭和18年:播丹鉄道国有化、国鉄加古川線、鍛冶屋線、北条線、三木線、高砂線となる。
昭和59年:高砂〜高砂港間の貨物線部分が廃止、加古川〜高砂間が廃止。
昭和60年:国鉄北条線が北条鉄道に、国鉄三木線が三木鉄道に転換。
平成2年:国鉄鍛冶屋線廃止、野村駅を西脇市駅に改称。
平成20年:三木鉄道全線廃止。
JR加古川線
2011/05/19撮影:
 厄神駅構内1:写真右手 に三木鉄道があった。     厄神駅構内2     厄神駅構内3
2018/01/04撮影:河合西駅
2011/05/19撮影:  
 社町駅構内1     社町駅構内2
 西脇市駅構内:旧野村駅、
  南から撮影、写真中央少し右上に小丘の木立が見えるが、鍛冶屋線はこの小丘の右をすり抜けて、鍛冶屋に向かっていた。
2018/01/04撮影:
 西脇市駅2:谷川方面     西脇市駅3:加古川方面
 本黒田駅1     本黒田駅2     本黒田駅3     本黒田駅4
 谷川駅1:上方が西脇市方向      谷川駅2:右は福知山線電車、上方が福知山及び西脇市方向
 谷川駅3:上方が西脇市方向、山裾を左にカーブして西脇市方面に向かう。
国鉄高砂線
2004/09/14撮影:
 国鉄高砂線野口駅跡:この辺りが野口駅跡、プラットフォーム様なものとレールと台車などが置かれている。
 国鉄高砂線野口駅跡:南方鶴林寺駅方面を望む、廃線跡の雰囲気が良く残る。また野口駅は別府鉄道野口線の分岐駅であり、左側が別府鉄道でしばらく平行して走り、左にカーブして別府港に向かって線路が延びていた。
別府鉄道土山線
2014/02/08追加:「A」氏(岡山模型店DAN)1964/03月撮影・ご提供:
「A」氏のサイト(岡山模型店DAN)→別府鉄道喜瀬川橋梁の写真の左に寺院らしき建物が写るが、それは播磨圓満寺であると云う。半世紀前の風景ですから、当然五重塔などは写っていません。
 別府鉄道・圓満寺:上記ページからの転載
北条鉄道
2011/05/19撮影:
 粟生駅構内1:左は 北条鉄道、右はJR加古川線     粟生駅構内2
 法華口駅空撮:平成19年撮影、駅北東上空より、法華口駅に写真掲示
 法華口駅舎      法華口駅南     法華口駅構内1     法華口駅構内2
  2018/01/04撮影:
   法華口駅11     法華口駅12     法華口駅13     法華口駅14     法華口駅15
 播磨下里駅南     播磨下里-長駅間
 北条町駅構内1     北条町駅構内2     北条町駅構内3     北条町駅構内4     北条町駅構内5
国鉄鍛冶屋線
2011/05/19撮影:
 野村駅北・鍛冶屋線分岐:現西脇市駅北、右の道路が鍛冶屋線跡、中央の駅は西脇市駅、踏切の向うで野村駅に入構していたと思われる。
 野村-西脇駅間1:北から撮影、右は 加古川線・西脇市駅構内に写る小丘の麓である。
 野村-西脇駅間2     野村-西脇駅間3:北方を望む、西脇駅に至る。      野村駅跡:中央のビル付近が西脇駅跡、左は廃線跡
 鍛冶屋駅構内跡1     鍛冶屋駅構内跡2     鍛冶屋駅構内跡3     鍛冶屋駅構内跡4     鍛冶屋駅構内跡5

軍用白濱鉄道:国鉄御着駅-陸軍白濱造兵廠 間
戦時中、山陽線御着駅から白浜の陸軍大阪造兵廠まで、軍用輸送線が建設されたようで、その全容は今でいう特定秘密と同じ軍機であり、明らかではないが、次のブログに概要及び航空写真・現況現地写真などの紹介がある。
 姫路市御着の軍用鉄道     姫路市御着の軍用鉄道 その2
なお、
「昭和23年衆議院会議録」では以下の問答があるという。
○井谷委員 本請願の要旨は、姫路市白濱地区は製塩業、製鉄業等の工業地帶であるが、その多量の貨物の輸送には附近に大藏省所管の元軍用白濱鉄道が敷設されているのに、六キロ以上も離れた御着、姫路、飾磨、曽根各駅に依存しており、輸送難に陷つている。ついては該鉄道を運輸省に移管して、貨物線としてすみやかに運輸開始をはかられたいというのであります。一つ一つ御説明を願つてから、次に進みたいて思います。
○藪谷政府委員 今、井谷さんから御説明のように、本線は元陸軍大阪造兵廠の專用線でありましたが、終戰後は大藏省所管となつております。本地区は終戰後残つた建物を利用して、工業、平和産業が相当開始されておりますので、これらの工場に発着する製品、原料等を輸送することができれば、産業開発上裨益するところが甚大であると思われますので、目下御希望の線に沿つて研究いたしております。

 ※この軍用鉄道は元陸軍大阪造兵廠の専用線であり、おそらくは「軍用白濱鉄道」と称されていた鉄道ということが言えるであろう。
2016/06/02撮影:
 見野廃寺附近航空写真:GoogleMapより見野廃寺附近を転載、軍用鉄道跡として軍用鉄道跡1、2及び3が明確に残る。
以下は軍用鉄道跡2、3の現況である。軍用白濱鉄道跡1については現地は未見。
 軍用鉄道跡2の路盤1   軍用鉄道跡2の路盤2   軍用鉄道跡2の路盤3   軍用鉄道跡2の路盤4
 軍用鉄道跡3の路盤1   軍用鉄道跡3の路盤2   軍用鉄道跡3の路盤3
 軍用鉄道跡2及び3の路盤:手前は軍用鉄道跡3の路盤でその延長線上に軍用鉄道跡2の路盤が写る。

JR姫新線
2014/01/09撮影:太市駅1      太市駅2
2013/12/22撮影:本龍野駅1     本龍野駅2     本龍野駅3
            東觜崎駅      東觜崎駅北方
2015/04/18撮影:佐用駅智頭急行・姫新線クロス1:アンダークロスするのが姫新線、写真向かって左が姫新線で津山/新見方面に向かう。
            佐用駅智頭急行・姫新線クロス2     佐用駅智頭急行・姫新線クロス3     佐用駅智頭急行・姫新線クロス4
            佐用駅1:向かって右フォームが智頭急行線、左は姫新線
            佐用駅2:向かって左が智頭急行線/智頭・鳥取方面、右は姫新線/姫路方面
            佐用駅3;智頭急行線      佐用駅4:智頭急行大原行      佐用駅5:智頭急行大原行
            佐用駅6:姫新線津山行     佐用駅7:姫新線津山行       佐用駅8;姫新線姫路行
            上月-美作土居間1     上月-美作土居間2     上月-美作土居間3
            江見駅侵入鉄路1    江見駅侵入鉄路2    江見駅侵入鉄路3    江見駅侵入鉄路4    江見駅侵入鉄路5
            江見駅1    江見駅2    江見駅3    江見駅4    江見駅5    江見駅6    江見駅7
            楢原駅
            美作大崎-東津山間1     美作大崎-東津山間2
            津山加茂川橋梁1     津山加茂川橋梁2     津山加茂川橋梁西鉄路
            姫新線因美線分岐1:東津山駅に停車中の因美線気動車
            姫新線因美線分岐2:東津山駅を出発する因美線気動車
            姫新線因美線分岐3:分岐に侵入する因美線気動車
            姫新線因美線分岐4:因美線を進行する因美線気動車、向かって左は姫新線線路
            姫新線因美線分岐5:分岐ポイント1   姫新線因美線分岐6:分岐ポイント2   姫新線因美線分岐7:分岐ポイント3
            東津山駅
2015/04/19撮影:津山駅1:姫新線新見方面     津山駅2:津山線岡山方面、但し走行中気動車は入庫と思われる。
            津山駅校内1    津山駅校内2
            美作落合駅舎    美作落合駅    美作落合踏切:駅西側
            古見駅-久世駅間    興善寺中門と姫新線:興善寺境内踏切     古見駅方面:興善寺境内踏切より
            久世駅方面:興善寺境内踏切より、久世駅が見える
            久世駅1:興善寺方面     久世駅2
            久世駅3;新見行入線1     久世駅4:新見行入線2     久世駅5:新見行停車
            久世駅6:津山行入線1     久世駅7;津山行入線2     久世駅8;津山行到着
2012/12/02撮影:姫新線新見市内    姫新線高梁川鉄橋1     姫新線高梁川鉄橋2

北沢産業網干鉄道:2009/01/28追加
JR網干駅から同市の浜田港駅を結ぶ。北沢産業運用。
昭和18年:東芝姫路工場が操業開始。この頃同工場への専用線が運行開始とされる。
昭和25年:西芝電機が 北沢産業に専用線を譲渡。
昭和48年:中浜田駅 - 浜田港駅間が廃止、木材輸送終了による。
昭和59年:国鉄との貨物連絡運輸を廃止、休止状態となる。
昭和62年:網干駅 - 中浜田駅休止。
平成元年:全線廃止。  ※今なお多くのレールの残る廃線跡が断続する。
2006/04/29撮影: 姫路市網干区興浜付近

JR小浜線:2010/08/26追加
2010/03/23撮影:松尾寺駅
2010/04/06撮影:東小浜駅

国鉄中舞鶴線
明治37年:軍港引き込み線として開設。
大正8年:新舞鶴 - 中舞鶴間、鉄道院線として開業。東門駅、中舞鶴駅開業。
昭和14年:新舞鶴駅を東舞鶴駅に改称。
昭和21年:東門駅を北吸駅に改称。
昭和47年:全線廃止。
2017/12/23撮影:
 中舞鶴線分岐1:高架になっているのが舞鶴線、奥に高架の東舞鶴駅が写る、左の道路が中舞鶴線跡、
東舞鶴を出た列車はここでスイッチバックで中舞鶴線に入線する。
 中舞鶴線分岐2:道路が中舞鶴線跡、左にカーブして列車は中舞鶴に向かう。
 分岐-北吸間1:分岐方向を望む。     分岐-北吸間2:北吸トンネル方向を望む。
 北吸トンネル東口1    北吸トンネル東口2    北吸トンネル東口3
 北吸トンネル西口1    北吸トンネル西口2    北吸トンネル西口3
 北吸駅付近から東舞鶴方面を望む     北吸駅付近

国鉄舞鶴港線:2010/08/26追加
明治37年舞鶴駅(現西舞鶴)- 舞鶴港開業(貨物線)、阪鶴鉄道に貸与。
明治40年阪鶴鉄道が国有化。
大正2年旅客営業開始。舞鶴港は海舞鶴駅となる。大正13年旅客営業廃止。
昭和60年全線廃止。
2010/04/06撮影:西舞鶴駅構内舞鶴港線跡  舞鶴城脇廃線跡

舞鶴線
2017/12/23撮影:西舞鶴駅構内1     西舞鶴駅構内2     西舞鶴駅構内3     西舞鶴駅構内4

北近畿タンゴ鉄道:2010/08/26追加
2010/03/23撮影:天橋立駅1  天橋立駅2
2012/07/22撮影:久美浜駅1  久美浜駅2  久美浜駅構内
2012/07/22撮影:北近畿丹後鉄道豊岡駅構内1    北近畿丹後鉄道豊岡駅構内2

山陰本線
2012/07/22撮影:下山駅構内
2018/01/07撮影:福知山駅1:中央が福知山駅、向かって右は山陰線・福知山線
            福知山駅2     福知山駅3:電車は東舞鶴行、山陰線にて綾部に往き、綾部から舞鶴線に入る。
2012/07/22撮影:JR豊岡駅構内1    JR豊岡駅構内2     JR豊岡駅構内3    JR豊岡駅構内4
            北近畿丹後鉄道豊岡駅構内1    北近畿丹後鉄道豊岡駅構内2
 余部鉄橋:2011/01/17追加
明治45年架橋、山陰本線全通。高さ41m、長さ309m。昭和61年強風による列車転落事故。
平成22年鉄橋での運用中止、RC橋に供用が切り替えられる。
2006/10/18撮影:余部鉄橋11     余部鉄橋12     余部鉄橋13     余部鉄橋14     余部鉄橋15     余部鉄橋16
 余部鉄橋17     余部鉄橋18     余部鉄橋19     余部鉄橋20     余部鉄橋21     余部鉄橋22     余部鉄橋23

妙見山小佐谷弾丸列車軌道:2012/07/29追加
2012/07/21撮影:
この軌道は妙見杉を切出し、それを八鹿駅に運搬するために、小佐谷(日畑村)の山中と小佐川沿に八鹿駅まで軌道が敷設されたという。
それは動力を持たないトロッコ程度の軌道と思われ、地元の人々以外には殆ど知られていない軌道のようである。
 明治5年いわゆる「上地令」が発せられ、日光院所有妙見山山林は上地される。
 明治32年「国有土地森林原野下戻法」発布、翌年日光院は「妙見山還付の申請」をなす。
 明治36年還付不可の裁定があるも、直ちに明治政府に行政訴訟を提訴。
 明治39年行政訴訟は勝訴、妙見山全山が日光院に回復する。
 明治44年「日光院と東京の大宝正鑑が契約を結ぶ。」(日光院サイト)とある。
当然「国家神道名草神社」は妙見山の所有を回復すべく多くの民事訴訟を提訴するも、全て敗訴と云う。
上記の「大宝正鑑」とは不明であるが、要するに、妙見山の杉を八鹿駅まで下ろすために、明治末年には「小佐谷弾丸列車軌道」が敷設されたということであろう。
 この弾丸列車は杉の自重で駆け下るもので、動力は持たない軌道であったと云う。
今も日畑村の山中にはこの軌道敷が随所に残ると云う。
軌道は日畑村の山中を廻り、おそらく椿色付近に出、そこから小佐川右岸を下り、八木川と小佐川との合流点に出、八木川を渡川し、八鹿駅に至ると云う。
 弾丸列車遺構小佐付近1:小佐川と田圃の間に走る露盤が軌道跡
 弾丸列車遺構小佐付近2:同上
 弾丸列車遺構合流付近1:小夜川と八木川の合流地点、写真手前は八木川、右が小佐川、
  写真中央左に小屋があるがその付近から八木川を渡川したと云う。
 弾丸列車遺構合流付近2:上の写真の渡川先が写真中央の石積付近と推定される。(推定)

智頭急行:2011/01/17追加
2010/07/31撮影:上郡駅1     上郡駅2
2015/04/18撮影:上郡駅11     上郡駅12     上郡駅13     上郡駅14
2010/07/31撮影:大原駅1     大原駅2     大原駅3     大原駅4     大原駅5
2014/02/01撮影:苔縄駅-河原野円心駅間1     苔縄駅-河原野円心駅間2     苔縄駅-河原野円心駅間3
2015/04/18撮影:久崎駅1     久崎駅2     久崎駅3     久崎-佐用駅間1     久崎-佐用駅間2
           佐用駅智頭急行・姫新線クロス1:アンダークロスするのが姫新線、写真向かって左が姫新線で津山/新見方面に向かう。
           佐用駅智頭急行・姫新線クロス2     佐用駅智頭急行・姫新線クロス3     佐用駅智頭急行・姫新線クロス4
           佐用駅1:向かって右フォームが智頭急行線、左は姫新線
           佐用駅2:向かって左が智頭急行線/智頭・鳥取方面、右は姫新線/姫路方面
           佐用駅3;智頭急行線      佐用駅4:智頭急行大原行      佐用駅5:智頭急行大原行
           佐用駅6:姫新線津山行     佐用駅7:姫新線津山行       佐用駅8;姫新線姫路行
JR因美線:2011/01/17追加
2010/07/31撮影:河原駅1     河原駅2
JR因美線・若桜鉄道
 郡家駅:左因美線、右若桜鉄道 :2011/01/17追加
2015/04/18撮影:姫新線因美線分岐1:東津山駅に停車中の因美線気動車
            姫新線因美線分岐2:東津山駅を出発する因美線気動車     姫新線因美線分岐3:分岐に侵入する因美線気動車
            姫新線因美線分岐4:因美線を進行する因美線気動車、向かって左は姫新線線路
            姫新線因美線分岐5:分岐ポイント1   姫新線因美線分岐6:分岐ポイント2   姫新線因美線分岐7:分岐ポイント3
            東津山駅
JR山陰線
2010/07/31撮影:岩美駅1     岩美駅2
岩井村営(町営)軌道:2011/01/17追加
大正15年、岩井村営軌道として開業。ガソリン機関車・気動車(ガソリンカー)による運行を行う。昭和2年岩井町営軌道
昭和9年岩井温泉街大火、室戸台風による軌道の流失で運行休止。昭和11年運行再開。
昭和19年不要不急線に指定・休止。線路撤去。以降再開されることは無かった。昭和39年正式廃止。
2010/07/31撮影:
 岩井温泉駅跡1:地元の聞き取り(複数)で、中央物干のある場所が駅跡であったと云う。
 岩井温泉駅跡2:軌道は堤防下を走っていたと云う。
 岩井温泉駅古写真:岩美駅内に掲示の写真を撮影、岩美軌道開当時の写真と推定される。

JR山陰線:2011/01/17追加
2010/08/18撮影:浦安駅1     浦安駅2     淀江駅
2010/08/01撮影:浜村駅1     浜村駅2
2012/09/30撮影:安来駅1     安来駅2     下国府駅1     下国府駅2     浜田駅1     浜田駅2
2012/12/02撮影:米子駅構内
JR境港線
2012/12/02撮影:米子駅境港線
2012/09/30撮影:益田駅1     益田駅2:中央陸橋下で左に山口線が分岐

国鉄倉吉線:2011/01/17追加:営業キロ:20.0km
明治45年倉吉軽便線、上井 - 倉吉間開業。大正11年倉吉線に改称。
昭和16年倉吉 - 関金間延伸開業。西倉吉駅、小鴨駅、上小鴨駅、関金駅開業。
昭和33年関金 - 山守間延伸開業。泰久寺駅、山守駅開業。
昭和47年倉吉駅を打吹駅に改称、上井駅を倉吉駅に改称。
昭和60年倉吉 - 山守間 全線を廃止。
2010/08/18撮影:
 倉吉線跡31:現山陰線倉吉駅、右は山陰線、左を倉吉線が併走
 倉吉線跡32:現倉吉駅東地点     倉吉線跡33:山陰線より分離する地点
2010/08/01撮影:
 倉吉線跡11:山陰線から南方向に分岐・約200m地点      倉吉線跡12:山根付近より北を撮影
 倉吉線跡13:天神川に向かう直線路 、山根付近より西南を撮影     倉吉線跡14:天神川堤防に向かって昇る築堤跡
 倉吉線跡15:天神川東側面にある小川を渡る鉄橋      倉吉線跡16:同上
 倉吉線跡17:天神川堤防下東道路を渡る鉄橋橋桁      倉吉線跡18:上小鴨駅跡
 倉吉線跡19:打吹駅跡展示、昭和10年製作C11蒸気機関車      倉吉線跡20:打吹駅跡倉吉線記念館展示、モーター車
2010/08/18撮影:
 倉吉線跡34;関金駅跡・空地となる。      倉吉線跡35:関金駅南側入口道路、桜並木が残り、駅取り付け道路の雰囲気を残す。
 倉吉線跡36:関金-泰久寺間路盤跡道路

一畑電車
明治45年一畑軽便鉄道株式会社創立。
大正3年出雲今市(電鉄出雲市) - 雲州平田間を開業。 翌年、雲州平田 - 一畑間を開業。
大正14年一畑電気鉄道株式会社と改称。
昭和3年小境灘(一畑口) - 北松江(松江しんじ湖温泉)間を開業。島根鉄道が荒島 - 出雲広瀬間を開業。
昭和5年川跡 - 大社神門(出雲大社前)間を開業。
昭和7年大社宮島鉄道が出雲今市 - 出雲須佐間を開業。昭和13年大社宮島鉄道は出雲鉄道に改称。
昭和19年小境灘 - 一畑間を営業休止。
昭和29年一畑電気鉄道は出雲鉄道を吸収合併、立久恵線(非電化)とする。同年、島根鉄道を吸収合併、広瀬線(直流600V電化)とする。
昭和35年休止中の一畑口 - 一畑間を廃止。 広瀬線を廃止。
昭和40年立久恵線を廃止。
2012/09/29、2012/12/01撮影:
 松江しんじ湖温泉駅1     松江しんじ湖温泉駅2:左記は何れも2012/12撮影
 松江しんじ湖温泉駅構内1    松江しんじ湖温泉駅構内2    松江しんじ湖温泉駅構内3    松江しんじ湖温泉駅構内4
 一畑口駅構内1:上方が一畑(薬師)へ続く廃線跡。この駅で電車はスイッチバックする。     一畑口駅構内2
 一畑口駅構内3:2012/12撮影、上方が松江および平田方面への鉄路である。
 雲州平田駅構内1     雲州平田駅構内2     雲州平田駅構内3     雲州平田駅構内4
 高宮駅構内
 2012/12/01撮影:
 出雲大社前駅     出雲大社前駅構内1     出雲大社前駅構内2     出雲大社前駅構内3
 デニハ50形電車1     デニハ50形電車2     デニハ50形電車3:昭和3〜4年に製造される。日本最古級の電車。

JR木次線
2012/12/02撮影:
 宍道駅木次線分岐1     宍道駅木次線分岐2:いずれも左が木次線、右は山陰線
 宍道駅構内1:木次線乗場       宍道駅構内2:左 にカーブする線路は木次線
 宍道駅構内3:左線路は山陰線     宍道駅構内4:いすれも木次線気動車
2012/12/01撮影:夜間木次駅構内
2012/12/02撮影:早朝木次駅俯瞰:写真中央が駅プラットフォーム、出雲塔の村廃寺伝心礎を掘り出した場所と伝える。
 早朝木次駅    早朝木次駅構内1    早朝木次駅構内2    早朝木次駅構内3    早朝木次駅構内4    早朝木次駅構内5

JR大社線跡
明治45年出雲今市駅(現在の出雲市駅) - 大社駅間7.56kmが開業。
大正8年京都-大社間直通列車運行開始。
大正13年現駅舎完成。棟札が発見される。設計者は推測されていた伊藤忠太ではなく、神戸鉄道管理局丹羽光雄と判明する。
昭和10年大阪-福知山-大社の急行列車運開始。
昭和25年、昭和18年に廃止された大阪-福知山-大社の急行列車が復活する。(「いずも号」)
昭和31年急行「出雲号」東京-大社間となる。
昭和37年大阪-大社間に急行「だいせん号」が運行開始。
昭和41年越田神宮-大社間に「大社号」運行開始。
昭和47年急行「大山号」廃止。
平成2年(1990)全線廃止。
大社駅舎・構内は保存され、駅舎は平成16年重文指定される。
 JR大社駅1       JR大社駅2       JR大社駅3
 JR大社駅構内1    JR大社駅構内2    JR大社駅構内3    JR大社駅構内4    JR大社駅構内5    JR大社駅構内6
 JR大社駅時刻表
 D51蒸気機関車1     D51蒸気機関車2     D51蒸気機関車3     D51蒸気機関車4     D51蒸気機関車5

JR伯備線
2012/12/02撮影:伯耆大山
2012/12/02撮影:新見駅構内
2013/10/06撮影:木野山駅1     木野山駅2     木野山駅3     木野山駅4     木野山駅5

新幹線電気軌道総合試験車
2013/07/27撮影:於岡山駅
 新幹線電気軌道総合試験車1     新幹線電気軌道総合試験車2

JR山陽本線・JR赤穂線分岐
JR東岡山駅より東を望む。左山陽線、右赤穂線。なお当駅南駅前に西大寺鉄道財田駅があった。
2012/04/22追加: JR東岡山駅1     JR東岡山駅2
2018/10/27撮影: JR東岡山駅3     JR東岡山駅4

JR赤穂線
2013/04/21撮影:
 長船駅1:西大寺方面    長船駅2:赤穂方面
 真光寺境内陸橋1:西大寺方面    真光寺境内陸橋2:赤穂方面
 西片上駅1:西大寺方面    西片上駅2:赤穂方面

西大寺軽便鉄道:2011/01/17追加:
(西大寺軌道→西大寺鉄道→両備バス西大寺鉄道線)
明治44年観音(西大寺市) - 長岡(後の財田)間 (5.5km) が開業。(西大寺軌道)
明治45年長岡 - 森下間 (4.6km) が開業。
大正4年森下 - 後楽園間 (1.3km) が開業。(西大寺鉄道)
昭和12年後楽園駅が廃止時の場所に移設。
昭和37年西大寺鉄道線の全線を廃止。
2010/09/12撮影:
 後楽園駅跡:ここに終点後楽園駅があった。現在は夢二郷土美術館が建ち、何も偲ぶものは無い。写真右方向に線路は敷設されていた。

岡山電気軌道
2014/02/15撮影:東山電停1   東山電停2   東山電停3     東山車庫1   東山車庫2   東山車庫3   東山車庫4
2015/11/11「A」氏撮影:推定「城下」電停附近、城下筋を南方向に撮影と思われる。
2016/03/02「A」氏撮影:推定「西大寺町」電停附近、城下筋を北方向に撮影と思われる。

三蟠軽便鐡道
2019/10/30撮影:
 三蟠鉄道湊駅跡:元町にある。この付近が湊駅跡であろう。復元された駅標が建つ。この直ぐ南に倉安川橋梁跡と道床跡が残っていた。(「ふるさと平井」)
 三蟠鐡道道床跡その1:湊駅南に道床跡が残る(「ふるさと平井」に写真掲載)も、現在道床跡は造成され消滅と思われる。
以下は道床跡と復元レールである。
これらは倉安川鉄橋の南約50mの地点で、湊駅と上平井駅間に在る。ここには、約10数mの路盤(ブッシュに蔽われる)とこれまた10数mの復元されたレールがある。
廃線の後払い下げを受け、暫くの間は畑として利用されていたが、枕木の間の砂利が農作業の邪魔になり、一家総出で砂利を取り除くという。(現地説明板)
 道床跡と復元レール1    道床跡と復元レール2:復元レールの先が道床跡    三蟠鉄道道床跡その2    三蟠鉄道トロッコ

岡山臨港鉄道
2019/05/25撮影:新保駅から大元駅方面   新保駅跡1   新保駅跡2   新保駅跡3   新保駅から泉田駅方面

JR津山線
2014/02/16撮影: 岡山駅津山線:到着
2013/06/23撮影: 法界院-備前原間1   法界院-備前原間2   法界院-備前原間3   備前原-玉柏間:片山川橋梁

JR吉備線
2014/02/16撮影: 岡山駅吉備線1:到着   岡山駅吉備線2:入庫
2014/02/16撮影: 備前一宮駅南踏切   備前一宮駅構内1   備前一宮駅構内2
2020/02/28撮影: 備前一宮駅
2020/04/03撮影: 備前一宮駅付近
2014/11/23撮影: 吉備津駅西踏切1:吉備津駅を臨む
         吉備津駅西踏切2:西方を臨む、本踏切によって山陽道は切断されているが、山陽道が本踏切付近を通過していた。
         吉備津駅第二西踏切:向かって左が吉備津駅方面、写真では分かり難いが、中央踏切の南2筋目が山陽道で板倉宿の家並
2020/04/03撮影: 吉備津駅
2020/02/28撮影: 備中高松駅1   備中高松駅2   備中高松駅3   備中高松駅4   備中高松駅5

中國鉄道稲荷山線
明治44年(1911)に開業、昭和19年(194)1月国策により休止、同年6月中国鉄道が国有化され、同時に稲荷山線は廃止される。
稲荷(現備中高松)−稲荷山間2.4kmで営業、当初は762mm軌間であったが、のちに吉備線と直通できるよう1067mmに改軌される。
終点稲荷山駅から徒歩で中國稲荷山鋼索鉄道に連絡していた。
 稲荷山線廃線跡(航空写真):中央の白線で示すカーブが廃線跡として推定される。A地点は撮影地点。
 稲荷山線廃線跡1     稲荷山線廃線跡2:何れも、A地点から備中高松駅方面を撮影、駅に進入する弧線状の築堤が残る。
 稲荷山線廃線跡3:稲荷山線中間点附近、備中高松駅方向を撮影
 稲荷山線廃線跡4:稲荷山線中間点附近、稲荷山駅方向を撮影
  備中平山題目石1:題目石(日蓮大菩薩)、供養塔、墓石が並ぶ。背後の道路が稲荷山線跡。
  備中平山題目石2:向かって右の道路が稲荷山線跡。
 →平山題目石については備中平山題目石(中鉄稲荷山線事故犠牲者慰霊塔)<備中高松近辺の日蓮宗諸寺中>を参照
中國稲荷山鋼索鉄道
 本鋼索鉄道(ケーブル)については、備中最上稲荷妙教寺中に掲載する。

JR瀬戸大橋線
2015/06/21撮影:
 茶屋町駅構内1   茶屋町駅構内2:黄色い電車は宇野線電車
 木見駅構内1     木見駅校内2     木見駅構内3

水島臨港鉄道
2019/08/31撮影:
 倉敷市駅1     
倉敷市駅2

下津井電鉄跡:2011/05/05追加
大正2年下津井軽便鉄道、茶屋町 - 味野町(後の児島)間14.5kmが開業する。軌間762mm蒸気動力。
大正3年味野町 - 下津井間6.5kmが開業し全線開業。
大正11年下津井軽便鉄道から下津井鉄道に社名変更。
昭和24年全線直流600V電化が完成。下津井鉄道株式会社から下津井電鉄に社名変更。
昭和47年茶屋町 - 児島間を廃止。
昭和63年本四備讃線の茶屋町 - 児島間が開業、瀬戸大橋が開通し、本四備讃線の児島 - 宇多津間が開業。
平成3年児島 - 下津井間廃止、全線廃止。
2017/03/05撮影:
 下電茶屋町駅跡1:南から撮影、中央附近が茶屋町跡で、現在は茶屋町郵便局となる。右手裏高架はJR茶屋町駅。
 下電茶屋町駅跡2:南の廃線跡から茶屋町駅を撮影。
 茶屋町駅付近廃線跡1:茶屋町駅方面を望む      茶屋町駅付近廃線跡2:天城駅方面を望む      茶屋町駅付近廃線跡3:同左
2010/11/14撮影:
 下電児島駅跡     児島駅付近1     児島駅付近2
 児島-備前赤崎駅間1     児島-備前赤崎駅間2     備前赤崎駅跡北側     備前赤崎駅跡     備前赤崎駅跡南側
 備前赤崎-阿津駅間1     備前赤崎-阿津駅間2
2011/07/03撮影:
 琴海-鷲羽山駅間1:琴海 駅方面を望む     琴海-鷲羽山駅間2     琴海-鷲羽山駅間3:瀬戸大橋クロス付近から琴海方面を望む      
 琴海-鷲羽山駅間4:瀬戸大橋クロス・鷲羽山駅側から望む      琴海-鷲羽山駅間5:鷲羽山駅から琴海方面を望む
 鷲羽山駅1:琴海方面から鷲羽山駅に進入      鷲羽山駅2     鷲羽山駅3     鷲羽山駅4:東下津井駅方面を望む
 鷲羽山駅-東下津井駅間1:東下津井駅方面を望む       鷲羽山駅-東下津井駅間2:鷲羽山駅方面を望む
 東下津井駅1     東下津井駅2     東下津井駅3:写真中央が東下津井駅跡 :上方向は下津井駅方面
 東下津井駅4:下津井駅方面を望む:踏切に軌条痕が残る。

国鉄玉島臨港線(未成線):2010/08/26追加
 玉島臨港線主要遺構図
臨港線は国鉄玉島駅(現JR新倉敷)から西南に出て、すぐに90度旋廻し南東方面にしばらく進行すると、遺構図のホテル・セントイン倉敷・玉島バイパス(国道2号)に至る。この間(玉島駅-玉島バイパス)は現在では殆ど遺構は残らないと思われる。
玉島バイパスを渡ると遺構図の鉄橋・丸1が出現し、やがて南にカーブを切り南下する。鉄橋・丸1から路盤・丸5まで未成線の遺構が断続し、容易に線路を辿ることが出来る。
路盤・丸5からさらに南下し、臨港線は玉島臨港工場地帯へ至る予定であったが、路盤・丸5以南の本格的な工事の着工を見たのかどうかは不明。
おそらく現在の産業道路沿いに用地買収や多少の路盤整備が行われた程度であったのであろうと推測される。
計画では、玉島駅より分岐して、乙島岡新開までの約4.1kmを国鉄が敷設、その先の玉島臨海工業地帯まで約2.0kmは地元が敷設、線路は37kg軌条線、C11型蒸気機関車の牽引を予定。
昭和36年着工、旧国道2号をオーバークロスする地点での地盤が軟弱で、工事が数次に渡り中断、その後の社会・経済状況の変化により昭和51年計画は 破棄される。玉島駅から約1.9kmの地点までは軌条が敷設される(現在軌条は撤去)も、遂に未成に終る。
2009/12/25撮影:鉄橋・丸1-1・・・右上はホテル・セントイン倉敷で手前の高架は玉島バイパス  鉄橋・丸1-2  鉄橋・丸1-3
           鉄橋・丸2・・・鉄橋を利用しRC造の橋を架橋
           路盤・丸1・・・上方はホテル・セントイン倉敷で手前の高架は玉島バイパス  路盤・丸2  路盤・丸3
           鉄橋・丸3-1  鉄橋・丸3-2   RC造橋  鉄橋・丸4-1  鉄橋・丸4-2  鉄橋・丸4-3  路盤・丸4
           路盤・丸5・・・アンダークロスするのが旧国道2号線、この盛土の重みで左右の地盤が隆起し工事は度々中断する。
                   (この隆起による工事中断が未成となる直接の原因とも思われる。)
2012/05/23撮影:
 鉄橋丸1−4:鉄橋に至る廃線跡・北より南を撮影
 鉄橋丸1−5     鉄橋丸1−6     鉄橋丸1−7     鉄橋丸1−8     鉄橋丸1−9

井笠鉄道
大正2年井原笠岡軽便鉄道、本線笠岡 - 北川 - 井原間が開業。軌間762mm。
大正4年井笠鉄道に社名変更。
大正10年矢掛線矢掛 - 北川間が開業。
大正14年高屋線井原 - 高屋間が開業。
昭和15年神高鉄道を合併。同社線を編入して井原 - 神辺間を神辺線とする。
昭和42年神辺線および矢掛線を廃止。線路用地は鉄道建設公団に買収、現在の井原鉄道井原線の建設に供される。
昭和46年本線を廃止。バス事業のみとなる。
2013/02/03撮影:
 井笠鉄道笠岡駅跡:西から撮影、中央がJR笠岡駅、やや左建物付近が井笠鉄道笠岡駅。 車の駐車している場所が廃線跡。
 笠岡駅すぐ西廃線跡:東から撮影、左はJR線。        笠岡駅侵入路:西から撮影、越線橋の向こうが笠岡駅。
 笠岡駅侵入路カーブ;西北より撮影、北方よりの線路は笠岡駅侵入のため90度カーブする。
 笠岡駅侵入路カーブ2:西北より撮影、同
 笠岡-鬮場駅間1:北から撮影。      笠岡-鬮場駅間2:駅間中間地点付近、中央 を左右に横切る道路が廃線跡。
 笠岡-鬮場駅間3:中間地点付近から北方(鬮場方面)を望む。      笠岡-鬮場駅間4:北方(鬮場駅方面)を望む。
 笠岡-鬮場駅間5;上記地点より南方(笠岡駅方面)を望む。
 鬮場駅侵入路:南より撮影、中央やや右奥の建物付近が鬮場駅。
 鬮場駅跡:中央の白い建物(中央病院)が鬮場駅跡。      鬮場駅跡北方:鬮場駅跡より北方の廃線跡。
井原鉄道
2015/06/16撮影:
 矢掛-小田間1     矢掛-小田間2;:東川面附近
2011/12/11撮影:
 JR福山駅福塩線ホーム:停車中電車は井原線乗入井原鉄道電車
 井原鉄道電車内装1   井原鉄道電車内装2   井原鉄道電車内装3
 井原駅外観         井原駅構内

JR福塩線
2009/12/24撮影:JR福山駅福塩線ホーム
2011/12/11撮影:福山駅構内
2014/01/01撮影:上戸手駅東踏切1    上戸手駅東踏切2    上戸手駅1    上戸手駅2
            新市駅1     新市駅2     新市駅3     新市駅4     新市駅5     新市駅6
2011/12/11撮影:塩町駅構内1   塩町駅構内2  塩町駅構内3

鞆鉄道
大正2年、鞆軽便鉄道:野上 - 鞆間が開業
大正3年、福山町(鞆鉄福山) - 野上間が開業
大正15年、軽便鉄道線を地方鉄道法に基づく鉄道路線へ変更、鞆鉄道と社名変更
昭和6年、福山 - 三ノ丸間が開業。鞆鉄福山を三ノ丸に改称
昭和29年、全線廃止
201/01/01撮影:
 水呑薬師駅舎遺構1     水呑薬師駅舎遺構2
 水呑中村鉄橋橋台bP-1     水呑中村鉄橋橋台bP-2:橋台bP遺構は片面のみ残存する。
 水呑中村鉄橋橋台bQ-1     水呑中村鉄橋橋台bQ-2     水呑中村鉄橋橋台bQ-3
 水呑中村鉄橋橋台bQ-4:橋台bQ遺構は両面残存し、通路が懸けられているが、この通路は鉄道遺構ではない。
  西側民家の出入の為のいわば私道である。
 葛城駅プラットホーム遺構1    葛城駅プラットホーム遺構2     葛城駅プラットホーム遺構3
  :プラットフォームはそのまま鞆鉄バスの停留所に使われる。

みろくの里(遊園地)おとぎ列車:2010/08/26追加
2009/12/24撮影:おとぎ電車鉄路1  おとぎ電車鉄路2

JR芸備線
2011/12/10撮影:
 三次駅構内1   三次駅構内2   三次駅構内3   三次駅構内4   三次駅構内5   三次駅構内6

JR呉線:2009/11/27追加
2009/08/08撮影: 竹原駅構内
2019/03/17撮影: 安浦駅1     安浦駅2     安浦駅3     安浦駅4     安浦駅5     安浦駅6     安浦駅7

広島電鉄横川線:2009/11/27追加
2009/05/23撮影: 横川駅電停1  横川駅電停2  相生橋西詰付近

JR可部線:2009/11/27追加
2009/05/23撮影: 大町駅(高架橋はアストラムライン)  アストラムライン(広島高速交通)電車:大町駅
            三滝駅構内1     三滝駅構内2     三滝駅構内3

JR岩徳線:2009/11/27追加
2009/05/23撮影: 岩国−西岩国間1  岩国−西岩国間2  西岩国駅舎  西岩国駅構内

JR高徳線:2010/08/26追加
2009/12/26撮影:昭和町駅

JR牟岐線:2010/08/26追加
2010/01/19撮影:阿南駅1    牟岐駅1、 牟岐駅2、 牟岐駅3     鯖瀬駅1、 鯖瀬駅2、 鯖瀬駅3

高松琴平電鉄・本線
2015/06/21撮影:
 高松築港駅     高松築港駅・高松城跡     築港駅横高松城跡
 仏生山駅校内1   仏生山駅校内2   仏生山駅校内3   仏生山駅校内4   仏生山駅校内5
 仏生山工場1   仏生山工場2   仏生山工場3   仏生山工場4   仏生山工場5
 仏生山工場6   仏生山工場7   仏生山工場8   仏生山工場9
2007/01/20撮影: 琴電琴平駅1     琴電琴平駅2
2015/12/17撮影: 琴電栗林公園駅1     琴電栗林公園駅2     琴電栗林公園駅3
琴電志度線:2010/08/26追加
2015/12/17撮影: 今橋駅1     今橋駅2     今橋駅3
2009/12/26撮影: 八栗駅1     八栗駅2
琴電長尾線
2009/12/26撮影: 平木駅1     平木駅2     平木駅3     平木駅4

伊予鉄道
郊外線
●高浜線:高浜 - 松山市
2014/11/16撮影:松山市駅1      松山市駅2     松山市駅3/     三津駅1     三津駅2     三津駅3
●横河原線:松山市 - 横河原
●郡中線:松山市 - 郡中港
2014/11/16撮影:松崎(マサキ)駅
 松前駅11     松前駅12     松前駅13     松前駅14    松前駅15    松前駅16    松前駅17    松前駅18
 松前駅19:南予鉄道時代の明治に駅は開業という。今も木造の駅舎・設備である。
 松前駅20     松前駅21     松前駅22     松前駅23:柱は野球のバットのデザインという。
●松山市内線
2014/11/16撮影:道後駅1     道後駅2     道後駅3

JR予讃線
2016/10/08撮影:讃岐府中・鴨川間の開法寺跡から撮影
 讃岐府中・鴨川間1   讃岐府中・鴨川間2   讃岐府中・鴨川間3
2016/10/09撮影:土讃線分岐
 多度津駅1     多度津駅2     多度津駅3
2014/11/15撮影:
 宇和島駅1     宇和島駅2     宇和島駅3:予讃線終着・予土線終着

JR予土線
2014/11/16撮影:
 北宇和島駅:宇和島方面を撮影、予讃線・予土線が分岐、向かって右が予讃線、左は予土線
 務田駅1     務田駅2

宇和島鉄道
大正3年宇和島-近永間を開業。
大正12年近永-吉野間を開業。
昭和8年国鉄に買収される。おおむね現JR予土線となる。
独コッペル社製のケ220機関車復元模型が宇和島駅前に展示される。
 宇和島鉄道機関車1      宇和島鉄道機関車2      宇和島鉄道機関車3

JR土讃線
2014/10/05撮影: 角茂谷-土佐北川間1     角茂谷-土佐北川間2     角茂谷-土佐北川間3
 角茂谷駅      繁藤-新改間1     繁藤-新改間2     繁藤-新改間3     繁藤-新改間4
 スイッチバック1     スイッチバック2
  :向かって左下は土佐山田方面、右上が新改駅、右上が繁藤方面、右下は切り返し線。
  左下から右上に抜ける線路は特急などの優等列車が直進する線で新改駅は通過する。
 スイッチバック3     スイッチバック4     スイッチバック5     スイッチバック6
 土佐山田駅1      土佐山田駅2
2014/10/04撮影:後免駅11:車両はJR土讃線・讃岐方面行      後免駅12:高知方面を撮影      後免駅13:土佐くろしお鉄道車両
 後免駅14:土佐くろしお鉄道からJR土讃線に乗り入れ車両・高知行      後免駅15:同左
 後免駅16:向かって左はJR土讃線、右の高架は土佐くろしお鉄道       後免駅17;同左
 後免駅18: くろしお鉄道線出発車両1     後免駅19:同2      後免駅20:同3
2014/10/04撮影:高知駅1     高知駅2

土佐電(土佐電気鉄道):2014年10月1日からとさでん交通に継承される。
●桟橋線:高知駅前-桟橋通五丁目
2014/10/04撮影;高知駅前1     高知駅前2     高知駅前3     高知駅前4
2014/10/05撮影:高知駅前5     高知駅前6
●後免線:後免町-はりまや橋
現在の後免町駅は土佐電後免線の終点であるが、かっては土佐電鉄後免駅であり、市内線である後免線と郊外線である安芸線との接続・乗入駅であった。安芸線は廃線となり、ほぼ現在の土佐くろしお鉄道が代替する。
現在の駅設備は1線1両1面の設備しかないが、かっては多くの施設があった。そのため、付近は広い空地となる。
2014/10/04撮影;
 後免町駅1     後免町駅2     後免町駅3     後免町駅4     後免町駅5
 後免東町駅に車庫がある。
 後免車庫1    後免車庫2    後免車庫2    後免東町-後免中町間1    後免東町-後免中町間2    後免東町-後免中町間3
 後免中町     安藝線電化開通記念碑:後免町駅(旧後免駅)に建つ。安芸線の遺構は土佐くろしお鉄道及び国道沿いに多く残るという。
●伊野線:はりまや橋-伊野
2014/10/04撮影;朝倉駅前駅付近     朝倉駅前駅
2014/10/05撮影:鏡川橋南詰

土佐くろしお鉄道
●阿佐線:後免-奈半利
2014/10/04撮影:後免駅11:車両はJR土讃線・讃岐方面行      後免駅12:高知方面を撮影      後免駅13:土佐くろしお鉄道車両
 後免駅14:土佐くろしお鉄道からJR土讃線に乗り入れ車両・高知行      後免駅15:同左
 後免駅16:向かって左はJR土讃線、右の高架は土佐くろしお鉄道       後免駅17;同左
 後免駅18: くろしお鉄道線出発車両1     後免駅19:同2      後免駅20:同3
 奈半利駅西側橋梁
 奈半利駅1     奈半利駅2     奈半利駅3
●中村線・宿毛線
2014/11/15撮影:
 中村駅1:JR特急      中村駅2     中村駅3:宿毛行
●宿毛線
2014/11/15撮影:
 宿毛駅舎     宿毛駅1     宿毛駅2     宿毛駅3

西日本鉄道「200系」車両
2011/05/05追加:
昭和12年九州鉄道線(現西鉄天神大牟田線)の大牟田伸延に備えて製造される。車体長13.6m。
当初は福岡〜大牟田間で使用され、昭和23年から甘木線にも使用される。
昭和44年車体長が極端に短いことから本線での使用は回避され、甘木線専用となる。
昭和60年甘木線の路線改良により、廃車となる。
本形式唯一の現存車として、前頭部(1/3)が個人により保存される。
※筑紫野市二日市西の鉄道マニアである個人邸にある。平成2年に払い下げを受ける。
※上記個人邸の向い側の住人の談:「この電車は甘木線で使われた電車である」
※本形式についてのWeb情報は豊富にある。
2011/04/13撮影:西鉄「200系」1     西鉄「200系」2     西鉄「200系」3     西鉄「200系」4
2013/09/22撮影:西鉄大牟田駅1      西鉄大牟田駅2

JR香椎線:長者原駅はJR篠栗線(福北ゆたか線)とJR香椎線(香椎線がオーバークロス)が直交する位置に ある。
2011/04/12撮影:長者原駅1     長者原駅2

JR鹿児島本線:2011/05/05追加
2011/04/12撮影:東福間駅
2012/05/20撮影:瀬高駅1     瀬高駅2
2012/05/20撮影:渡瀬駅1     渡瀬駅2
2013/03/10撮影:玉名駅1     玉名駅2     玉名駅前梵鐘レプリカ:蓮華院誕生寺の大梵鐘「飛龍の鐘」のレプリカがある。
           2013/09/22撮影:玉名駅3
2013/03/10撮影:木葉駅1     木葉駅2
2013/03/09撮影:熊本駅
2013/09/21撮影:川尻駅1     川尻駅2
2013/03/09撮影:宇土駅
2013/03/09撮影:有佐駅1     有佐駅2     有佐駅3
2013/03/09撮影:八代駅1     八代駅2     八代駅3     八代駅4     2013/09/21撮影:八代駅5:肥薩おれんじ鉄道側より
九州肥筑鉄道
鹿児島本線瀬高駅(旧称・矢部川)を基点に、西側に国鉄佐賀線(昭和6年開業、昭和62年廃線)、その南に柳河軌道(明治44年開業、昭和7年佐賀線開業で廃線)、東側に九州肥筑鉄道が通じていた。
大正9年矢部川 - 野町間開業、同10年野町 - 北関間開業、同11年北関 - 南関間開業(全13.6km)
昭和13年全線廃止
2012/05/20撮影:JR瀬高駅沿い北側に、北東方向へ分岐していく部分の小川に架かる橋梁跡が残る。
 肥筑鉄道廃線跡1:JR瀬高駅東      肥筑鉄道廃線跡2:JR瀬高駅東
 肥筑鉄道廃線跡3:JR瀬高駅東北東に分岐する橋梁に至る廃線跡
 肥筑鉄道橋梁跡1     肥筑鉄道橋梁跡2     肥筑鉄道橋梁跡3
JR豊肥本線
2013/09/21撮影:熊本二本木踏切1     熊本二本木踏切2
甘木鉄道
昭和14年、国鉄甘木線(基山-甘木13.7km)開業。
昭和61年甘木鉄道、国鉄甘木線を承継し開業。
2011/04/12撮影:基山駅構内1     基山駅構内2     基山駅構内3:写る車両は甘木鉄道車両
旧八代駅(球磨川貨物駅)引込線
2013/09/21撮影:鹿児島本年引込線跡1:現八代駅方面を望む      鹿児島本年引込線跡2:旧八代駅(球磨川駅)方面を望む
肥薩おれんじ鉄道
2013/09/21撮影:八代駅留置線1     八代駅留置線2     八代駅

山鹿温泉鉄道
大正6年鹿本鉄道、植木 - 肥後豊田間を開業。同7年肥後豊田 - 宮原間、同10年宮原 - 来民間、同12年来民 - 山鹿間を開業。
昭和27年社名を山鹿温泉鉄道に改称
昭和35年全線休止、昭和40年全線廃止
2013/03/10撮影:
肥後大道駅-山鹿駅間:廃線跡1    廃線跡2    廃線跡3    廃線跡4    廃線跡5:本写真の突き当たりが山鹿駅跡である。
 山鹿駅跡:廃線後、山鹿駅は自動車教習所であったがやがて廃業し、現在は宅地分譲中でここが山鹿駅であったとは想像できない光景となる。 また旧教習所前には機関車の展示があったが、これも撤去される。

熊本電気鉄道
大正2年菊池軌道により高江 - 隈府(のちの菊池)間が開業。
同年広町 - 藤崎宮前 - 御代志 - 高江間が開業し、池田(現在の上熊本) - 隈府間が全通。
昭和23年熊本電気鉄道と改称。
昭和24年藤崎宮前 - 亀井間を室園経由から北熊本経由に線路変更。
昭和25年上熊本 - 北熊本間が開業。上熊本 - 隈府間を菊池線、北熊本 - 藤崎宮前間を藤崎線とする。
昭和61年御代志 - 菊池間が廃止。
2013/03/10撮影:菊池駅跡:現菊池プラザ      菊池駅旧構内:現熊本電鉄バスの車庫      菊池駅侵入廃線跡
JR三角線
2013/03/09撮影:宇土駅分岐直後     宇土駅分岐直後2
 本町通踏切1:宇土駅方面を望む、高架は九州新幹線      本町通踏切2:三角方面を望む

日豊本線
2012/05/19撮影:宇島駅1     宇島駅2:何れも門司方面を撮影 。宇島駅前からかっては宇島鉄道が出ていた。
2012/05/19撮影:中津駅
2012/05/19撮影:柳ヶ浦駅1     柳ヶ浦駅2     柳ヶ浦駅3
現在、柳ヶ浦駅には車両待機線と使用されている多くの側線がある。これは、蒸気機関車が全盛の時代、立石峠越の為の補助機関車等の連結・切離・燃料積込 のための線路であったと云う。
2013/10/28撮影:熊崎駅構内1    熊崎駅構内2    熊崎駅構内3    熊崎駅構内4
平成筑豊鉄道
平成元年旧国鉄伊田線( 直方 - 田川伊田 16.1km)、糸田線(金田 - 田川後藤寺 6.8km)、田川線(行橋 - 田川伊田 26.3km)を引継ぎ発足した第三セクターである。現在は門司港レトロ観光線(愛称:北九州銀行レトロライン) 九州鉄道記念館 - 関門海峡めかり 2.1kmも運行する。
2013/10/27撮影:
 平成筑豊鉄道行橋駅(JR行橋駅に併設)
 東犀川三四郎駅1     東犀川三四郎駅2     東犀川三四郎-犀川間:走行気動車
 東犀川三四郎駅3     東犀川三四郎駅4     東犀川三四郎駅5: 以上北方を望む
 勾金駅々舎         勾金駅レンガ造倉庫?
 勾金駅構内1     勾金駅構内2     勾金駅構内3     勾金駅構内4     勾金駅構内5     勾金駅構内6
 勾金駅構内7     勾金駅構内8
 内田三連橋梁:勾金-上伊田駅間。写真は全て南側から撮影しレンガ積であるが、北側側面はタイル積(写真なし)であることは後日知る。
 内田三連橋梁1    内田三連橋梁2    内田三連橋梁3    内田三連橋梁4    内田三連橋梁5
 上伊田駅GoogleMap写真
 上伊田駅1:左はJR日田英彦山線で、上伊田駅は存在しない。
 上伊田駅2:左はJR日田彦山線、右は平成筑豊鉄道線/プラットフォーム
 上伊田駅3:左は平成筑豊鉄道線/プラットフォーム、右はJR日田彦山線
 上伊田駅4:左は平成筑豊鉄道線で右はJR日田彦山線であるが、一線(単線)に合流する。この共同使用は次の田川伊田駅まで続く。
国鉄添田線
大正4年:小倉鉄道が(東小倉 -)上香春-大任-上添田間 (24.5km) を開業。
大正11年:上伊田停留場が駅となる。
昭和18年:東小倉-添田間 (27.3km)を戦時買収し国鉄添田線となる。
昭和31年:添田線に田川線添田-彦山間および彦山線を編入し、東小倉-大任-夜明間 (68.5km) を日田線とする。
1960年(昭和35年:日田線から香春(上香春改称)-大任-添田間 (12.1km) を区間分離し添田線とする。
昭和60年:赤字(営業係数)日本一を争った添田線は廃止。
2013/10/27撮影:添田線GoogleMap写真
 添田線築堤切通:道路工事により築堤は切り崩され、築堤の断面が現れる。
 添田線築堤撤去跡:上記切通の南側、築堤は撤去され道路となる。
 添田線築堤:上記築堤切通の側面。
 添田線築堤/橋台:上記の続き。
 添田線橋台:下は平成筑豊鉄道線(旧国鉄田川線)。添田線は旧国鉄田川線をオーバークロスする。
油須原線:未成線
大正11年:改正鉄道敷設法別表にて「福岡県油須原ヨリ上山田ヲ経テ漆生附近ニ至ル鉄道」として公布。
漆生線漆生と田川線油須原を結び、途中日田線豊前川崎・添田線大任・行橋を経由して筑豊炭田の石炭を周防灘に面した京都郡苅田町の苅田港に輸送するための短絡線として計画された路線である。
昭和32年:着工。
昭和41年:西半分に相当する漆生駅-豊前川崎駅間が部分開業。しかし線路は漆生駅から上山田線の大隈駅-下山田駅間に接続し、そのまま同線の下山田駅-上山田駅を経て、豊前川崎駅へ向かう経路であった。つまり接続地点から上山田駅までは既設の線路を利用したことになる。このため、路線としては油須原線を名乗らず、漆生駅-下山田駅間は漆生線、上山田駅-豊前川崎駅は上山田線の延伸として扱われる。
昭和60年:接続する大任駅のあった添田線が廃止。
昭和61年:起点である漆生線廃止。
昭和63年:接続・共用する上山田線廃止。
残る未成部分は細々と工事が続けられるも、社会経済状況の変化及び上記のように接続各線の廃線により、残りの未成部分に遂に列車が走ることは無かった。
平成15年赤村駅から未成線の露盤に、観光用として610mm軌道を整備し、トロッコの運用を開始し、現在に至る。1.7km。
写真は平成筑豊鉄道赤駅(油須原駅西)付近を平行して走る油須原未成線(トロッコ軌道)を車中から撮影。
2013/10/27撮影:赤村付近油須原未成線1    赤村付近油須原未成線2    赤村付近油須原未成線3    赤村付近油須原未成線4

宇島鉄道
大正3年宇島 - 耶馬渓間を開業(軽便鉄道)全17.7km
昭和9年下唐原 - 耶馬渓間廃止
昭和11年全線廃止
 ※福岡県築上郡八屋町(現・豊前市)日豊本線宇島駅から大分県との県境付近の耶馬渓駅までを結ぶ軽便鉄道線であった。
 耶馬溪観光の客を見込んで、前年開業した耶馬渓鉄道(後の大分交通耶馬渓線、昭和50年全廃)と争う形で敷設されるも、
 耶馬溪よりかなり離れた位置までしか伸延せず、営業不振で廃止される。
2012/05/19撮影:宇島駅付近:中央に写る交番が宇島駅跡と云う。
           宇島駅付近廃線跡1:宇島駅跡方面を撮影      宇島駅付近廃線跡2:宇島駅付近から東を撮影
 宇島駅付近地図:現豊前市内は区画整理が進み、この付近が唯一の痕跡である。但し郊外には、今尚かなり多くの遺構が残るようである。
大分鉄道耶馬渓線(耶馬溪鉄道)
大正2年耶馬渓鉄道が中津 - 樋田(後の洞門)間を開業。軌間762mm
大正3年樋田 - 柿坂(後の深耶馬、耶鉄柿坂)間が開業
大正13年柿坂 - 守実(後の守実温泉)間が開業
昭和4年改軌 (762mm→1,067mm)
昭和19年大貞公園駅から分岐する神戸製鋼所中津工場(後の中津鋼板)への引き込み線運用開始
昭和20年別府大分電鉄・国東鉄道・耶馬渓鉄道・宇佐参宮鉄道・豊州鉄道(日出生鉄道)・別杵自動車が合併し、大分交通発足。
昭和41年中津鋼板が工場閉鎖、引き込み線の使用休止
昭和46年野路 - 守実温泉間 (25.7km) が廃止
昭和50年中津 - 野路間 (10.4km) が廃止
2013/10/27撮影:軌道跡の写真はなし、中津市の民宿 SLレストラン「 汽車ポッポ食堂」に以下の車両が残る。
 「キハ104/せきれい」1    「キハ104/せきれい」2:民宿施設
 店頭の車両:やまびこ、ハニフ22、台湾精糖公司の機関車
 「キハ601/やまびこ」1    「キハ601/やまびこ」2    「ハニフ22」1    「ハニフ22」2
 「台湾精糖公司 358」1    「台湾精糖公司 358」2・・・ この機関車は大分鉄道とは無関係と思われる。
 その他に「キハ102/かわせみ」、「キハ602/しおかぜ」(国東線より転属) が宿泊施設として残るが、写真なし。
大分交通豊州線(豊洲鉄道・日出生鉄道)
大分県宇佐市の日豊本線豊前善光寺駅から豊前二日市駅までの間を結んでいた、大分交通の鉄道路線。
大正3年日出生鉄道(ひじゅう)により、四日市(後の豊前善光寺) - 新豊川間開業
大正11年豊前二日市まで伸延(全長15.5km)
昭和4年豊州鉄道と改称、昭和20年大分交通へ合同、大分交通豊州線となる。
昭和28年全線廃止
 大分交通豊州線駅館川橋台跡
比較的地図上で廃線跡は容易に辿ることが出来る。
駅館川に橋台が残り、北側及び南側には廃線跡の小径が残る。橋台の写真撮影を試みるも、南側から侵入が出来ず断念する。(写真なし)
国鉄大分港臨港線
日豊本線西大分駅から大分港駅までを結んでいた国鉄の貨物専用線であった。
西大分駅で日豊本線から分岐、北東に延び市道と平面交差し、続けてすぐに国道10号と平面交差、県道22号(電車通)と、大分交通別大線金谷橋電停と王子町電停との中間で平面交差して埋立地に入り、東に延びて王子町に達し、王子町でスイッチバックして西方に向かい、大分港駅に達する。西大分駅-県道22号間は比較的路線跡を辿ることが出来る。
昭和25年西大分駅-大分港間(1.6km)開通。
昭和56年大分港臨港線廃止。
2013/10/28撮影:
 西大分駅分岐:(1):写真奥が西大分駅
 西大分公園東南線路跡:(2):(1)に続く線路跡で道路沿の建物は線路跡に建つ。
 市道と平面交差:(3):(2)に続く市道踏切跡。      市道平面交差線路跡     市道平面交差線路跡2:(3)は民家の中に消滅する。

国鉄九大本線
2013/10/28撮影:豊後国分駅構内1   豊後国分駅構内2   豊後国分駅構内3   豊後国分駅構内4   豊後国分駅構内5


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