魔眼・深 白夜に咲く凛花

06


 バスローブをオレの背から滑り落としたフレイアはどこか色を帯びた挑発的な眼差しでオレを見やると、改めてキスをしてきた。

 そうしながらオレの素肌に手を這わせて背中や胸を慈しむように優しく撫でてくる。

 バスローブを羽織ったままの彼女に立ち膝でそうされながら、ベッドの上に全裸で座った状態のオレは瞳を閉じて大人しく身を委ねていた。

 丁寧に口づけてくるフレイアに主導権を任せやり過ぎないように応えながら、肌をたどる彼女の手の動きがどこか自分のやり方をなぞらえているのを察して、心の中でそっと笑みをこぼす。

 やがて彼女の唇がオレの唇から離れ、ついばむように柔らかく首筋をたどり始めると、くすぐったさを含んだ甘い感触に瞳を細めた。

 目の前にあるバスローブの合わせ目から誘うように胸のふくらみが覗いている。そこを手でくつろげるとふるりと形の良い胸がこぼれ落ち、オレの仕業に動揺したらしいフレイアの身体が微かに揺れた。

「オレだけハダカなんて寂しいじゃないですか」
「う……」

 頬を赤らめながらもオレの言い分をもっともだと思ったのか、彼女は着崩れたバスローブを自ら脱ぎ去ると恥ずかしさを押し隠すようにオレへの愛撫を再開した。

 濡れた音を立てながら先程性感帯だと認識した胸の突起を舌先で転がし、もう一方を指先でこねるようにして刺激してくる。

 じわりと広がる性的な疼きもさることながら、フレイアにそうされているという視覚的な効果が何よりも大きかった。身体の左右についた手で体重を支えるようにして彼女の愛撫を受けながら、興奮で自分の吐息が荒ぶっていくのを覚える。

「は……」

 胸を愛撫されながら心臓の真上に咲いた内出血の痕を指でたどられると、意図せず色づいた息が漏れるのが分かった。

 フレイアの手がそのまま下腹部へと滑り落ちて、既に硬く聳(そそ)り勃っていたオレ自身を緩く握り込む。

「―――っ、ぁ……」

 彼女の指に思った以上に感じた。不覚にも腰を震わせ声を漏らしてしまったオレを濡れた瞳で見上げ、フレイアが囁く。

「あんたのその声、好き……」

 上気した顔で、凛とした茶色の双眸を熱く潤ませてオレを見上げてくる彼女の顔はこの上なく煽情的で、その色香にオレの理性は崩壊寸前まで追い込まれた。

 何て顔をして、オレを見る……そんなふうに見つめられたら、おかしくなってしまうじゃないか。

「もっと、聞きたくなる……」

 熱い吐息を纏わせた声でオレの理性を溶かしながら、フレイアは屹立したモノに両手の指を絡ませるようにして、浴室での学習を反復するように緩やかに動かし始めた。

 まだどこかつたなさを感じさせながらもオレの性感を的確に突いてくる手指の動きがエロティックで、熱を孕んだ彼女の表情と相まって、一層快感を押し上げていく。その彼女の一方の手がつい、と欲棒の下腹を撫で下ろすようにして裏筋をたどり、陰嚢をやんわりと包み込むと、ぞくぞくと総毛立つような感覚に聳り立つものが更なる熱を帯びた。

「……っ」
「ここも、感じるの……?」

 探るように指を動かしながら小首を傾げてそう尋ねてくる彼女に、オレは呼吸を整えようと努めながら返した。

「ええ……感じます。少し、くすぐったいかな……」
「そうなんだ……じゃあ、こっちの方がいいのかな……?」

 陰嚢を撫でさすられながら少し強めに握られた陰茎を上下に扱かれて強い快感が走り、整えようとしたばかりの呼吸が乱れる。

「ふ……っ……」
「いいの……?」

 頷き返すオレの様子を見やりながら、フレイアが徐々に手の動きを速めていく。

「先が、濡れてきた……」

 言いながら先走りを親指で円を描くようにして先端に塗りつけられ、腰がわななくような快感に苛まれる。鈴口を刺激されながら扱かれるのはたまらなかった。

 徐々に臨界点へと押し上げられていく肉体―――彼女の手によって近付いていくその時を堪えるように目をつぶった瞬間にそれまで続いていた律動が止み、加速する射精感に急ブレーキをかけられてもどかしい思いを抱きながら目を開けると、手にしたオレ自身の先端に愛しそうに口づけるフレイアの様子が目に入り、その光景とそこから伝わる柔らかく湿った感触に息を飲んだ。

 小さく濡れた音を立ててそこにキスを繰り返している彼女と、目が合う。

 上目遣いにこちらを見上げたフレイアは魔的に煌めく凛とした瞳を蠱惑的に細め、薄紅の舌を差し出して一度ぺろりと先端をなめた後、聳り立つオレの剛直を艶(つや)やかな唇で深々と包み込んだ。

 温かな口腔粘膜に包まれて、めくるめく快感に支配される。視覚的な効果は絶大だった。

 あのフレイアが、オレのモノを自ら口に含んでいる。

 視覚的な衝撃が猛烈な快感に置き換わって、心のどこか、無意識のうちに理知的であろうとしていた虚栄心を粉砕される。そこから引きずり出されて、剥き出しになった本能を鷲掴まれて、改めて思い知る。

 開眼していなくとも、あなたの瞳は紛れもなく魔眼だ。

 オレをこんなふうに狂わせる女は、他にいない―――!

「―――っ、は……あぁッ……!」

 喘ぐ自分の声を初めて聞いた。オレは、こんな声で喘ぐのか。

 どこか頭の片隅で冷静に状況を見下ろす自分がいる。だが現実のオレは快感に喘ぎながら切なく眉根を寄せ、下半身を震わせていた。たどたどしくも一途な彼女の動きがいじらしくて、じれったくて、逆にたまらない。尖らせた舌先で側面をそろそろと刺激され、かと思うと先端にねっとりと舌を絡めて吸われ、とどまるところを知らない官能が爆発的に膨れ上がっていく。

 フレイアと再会するまで、オレは様々な女達と肉体(カラダ)だけの関係を結んできた。

 それはあくまで生理的欲求を満たすだけの、その場限りの乾いた関係―――中にはその道のプロのような女もいたし、男を唸らせる技巧を探求することに余念のない女もいた―――だが。

 ―――だが、違う。

 心を伴わない単純な肉体への刺激と、愛する女性から受ける愛撫とでは、感じ方の次元そのものが違う。

 ―――こんなに、感じるものなのか。

 体感して初めて、そんな事実を思い知る。

「っ……く、ぁっ……」

 経験したことのない快感に打ち震えるオレの目の前で頬をすぼめるようにしたフレイアの頭が上下に動き始めると、腰が蕩けてしまいそうな快楽の泥濘に囚われて、オレは全身を上気させ恍惚としながら、自分の限界を間近に感じて眉をひそめた。

 ダメだ、気持ち良過ぎる。これ以上は、もう―――。

「フレイア……もうっ……離して下さい」

 喉を震わせて言葉を絞り出すが、彼女の動きは止まらない。

「フレイアッ……もう、離して。出ますからっ……」

 本当に、もう無理だ。

 肚(はら)に力を入れて堪えるが、高まっていく射精感をこれ以上我慢出来ない。

「……ぁ―――くっ……!」

 大きく身体を震わせ、オレは彼女の口内に深々と精を放った。

 フレイアはためらいなく喉を鳴らしてそれを飲み下すと、肩で息をつきながらその様子を眺めやるオレの前で、オレ自身からゆっくりと口を離し艶(あで)やかに唇をなめた。

「……初めて飲んだけど、あまり美味しいモンじゃないね。苦(にが)……」

 そう言って苦笑する彼女にオレは呼吸を整えながら苦笑を返した。

「……。まったく、あなたは……」

 まんまとやり返された。

 だが、胸にあるのは清々しいような充足感だった。

 オレの精液をフレイアが当然のように飲んでくれたのが嬉しい。しかも、それが初めての経験だということが。

「口、ゆすいできて下さい」
「ん。そんなに気になるわけじゃないけど……」

 どちらかといえばそれが気になるのはオレの方だった。自分の味は知らないが、後味が悪そうで申し訳ない感じがするのと、その状態でディープキスをするのに若干の抵抗がある。彼女の愛液は全く気にならないのだが。

 そんなオレの心中を察してくれたのか、フレイアは素直に口をゆすいで戻ってきた。

「感じてるドルクの声、色っぽいな……それにちょっと可愛い」

 そう言われて何とも面映(おもは)ゆいような気分になる。

「あんな声、初めて出しましたよ……」
「そうなの?」
「自分でも、初めて聞きました」

 それを聞いたフレイアの顔が艶を纏ってほころんだ。美しい大輪の花がゆっくりと花開くような笑顔だった。

「嬉しい。わたしだけなんだな、あんたのあの声を聞いたのは……」

 その表情を見て、何度目になるか分からない愛しい想いが込み上げてくる。

 ―――可愛いのは、あなただ。

 オレはフレイアを抱き寄せてキスしながらベッドの上に押し倒した。

「ドルク……」

 頬を染めて、オレを見上げるあなたも。

「ん……っ」

 深い口づけで蕩けていくその表情も。

「ぁ……あぁっ……」

 オレの愛撫でしどけなく乱れていく吐息―――ほんのり上気して熱くなる肌。

 揺れる魅惑的な胸―――薄く色づいた敏感な尖り。薄紅の唇から小さく漏れる、喘ぎ。

 恥ずかしそうにしながら開く脚、その間でとろとろと湛えられた泉―――長い睫毛を震わせ、堪えきれない快楽に上がる甘い声。

 何もかもが可愛らしくて、その全てがオレを熱く滾(たぎ)らせる。

 今度は、オレの番―――あなたを切なく、愛らしく、さえずらせる。
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