魔眼・深 白夜に咲く凛花

05


 部屋から微かに聞こえてくる大判の布をはためかせるような音、手際よく動く気配―――旅宿のスタッフがてきぱきと業務をこなしていく様子が浴室のドア越しに窺える。

 ベッドメイキングが終わったら次は昼食の準備に移るのだろう。それが終わる頃にはここを出ないとな……。

 頭の片隅でそちらにも注意を払いながら、オレは目の前に座ったフレイアのなめらかな肌へ泡立てた石鹸を滑らせた。

 肩甲骨の浮き出た綺麗な背中から艶めかしい腰のくびれまでをきめ細かな泡で覆うようにした後、一度背中を遡り、腕と腋の間から手を滑りこませるようにして形の良い胸の輪郭を包み込む。

「わっ……」

 そのタイミングで胸に来るとは思っていなかったのだろう、小さく驚きの声を上げた彼女の乳房を持ち上げて中央へ寄せるようにして軽く圧迫し、やんわりと揉み揺らしながら腋の下の少し下から外側の胸の輪郭にかけての場所を重点的に、外から内へと血流を促すように優しく指圧する。その動きを繰り返していると身をよじりながら抗議された。

「ちょ、ちょっと……それ、洗うのと違うだろ!」
「洗ってますよ……ちゃんと」

 そう嘯(うそぶ)きながらまろやかな双丘を指先でくるくると刺激して洗うような素振りを見せつつ、これまでと同じ動きを繰り返す。すると小さく身悶えたフレイアがオレを肩越しに振り返った。

「やだ、くすぐった……! な、何なのそれ……!? 事あるごとにずっとやってるけど……!」

 そう指摘されてオレは小さく笑みをこぼした。

「ああ……バレてました?」

 今回に限らずこれまでも同じ場所を執拗に攻めていたことを気付かれていたらしい。

 結構しつこく触っていたからな……まあ気付くよな……。

 別に隠すことではなかったので素直に認めて彼女の質問に答える。

「ここ、じっくり開発してあげると女性が気持ち良くなれるポイントになるらしいんですよ。だからたくさん触って刺激を与えようと思って。……くすぐったいだけですか? ここ」

 知っている者は知っている猥談だ。ここを開発されると人によってはそこを触られるだけで激しくのけ反るほど感じるようになるらしいんだが……。

 石鹸で滑りの良くなった手でするすると刺激を続けながらそう説明すると、頬を赤らめたフレイアはどこかぎこちなくかぶりを振った。

「よく、分からな……も、もうやめて。くすぐったいから」
「ここが良くなると、胸もスゴく感じるようになるらしいですよ」
「い、今のままで充分だよ!」
「ああ……あなたは感度がいいですからね。オレに触られて感じるようになったって言っていましたけど、ここ、ちゃんと開発したらどんな感じになるのか、見てみたいですね……」

 好きな女性の性感帯を開発するのは男の悦びでもある。

 オレに触られるまで胸はさほど感じる場所ではなかった、という趣旨のことを昨夜フレイアに言われただけでも充分嬉しかったが、出来ることならばそれを極めてみたい。

「そこ、もういいから! 違うトコ、早く洗ってよ」

 余程くすぐったいのか、語気を強めてそう促す彼女にオレは苦笑を返した。

「……分かりました」

 まあ、今すぐどうこうなるという話じゃないからな……。

 内心で呟きながら、胸から手が離れたものと油断している彼女のつんと勃ち上がった両の乳首を摘まむと、しなやかな肢体がビクッと震えた。

「! ぁぁっ……!」

 期待した通りの可愛い反応を示してくれる彼女を目の当たりにして自分の情欲が荒々しく昂るのを感じながら、淡く色づいた先端を優しく扱き上げるようにしてきめ細かな泡で包み込む。

「っ……! バ、カッ……声、出る……!」

 部屋の方を気にする素振りを見せながら押し殺した声で文句を言う彼女の耳朶を柔らかく食むようにして、オレはシャワーのコックを捻った。爽やかな水流の音が響いて、浴室内の音の伝播を少しだけ防いでくれる効果を担う。

「声、我慢して下さいね……あなたの特別な声をオレ以外の人間に聞かれたくありませんから」
「えっ、ちょっ……んんっ!」

 一方的な宣言をしてオレは引き続き手指を動かした。可憐な突起を愛撫しながら指先で円を描くようにして乳輪をなぞり、時折乳房を中央に寄せるようにして揉みながら彼女の反応を堪能する。

「や……ッ、ぁ……はッ……」

 肌を上気させ、健気に声を堪えながら、どうにかオレの手を止めようとその上に重ねたまま動きの止まってしまった、力の入らない手が可愛い。

 石鹸の泡で滑る手でしつこく乳首を攻めながら、部屋の外の気配がどうやら昼食のセッティングに移りそうだと察したオレはそこでようやく手を放し、なだらかな腹部へと指を滑らせそのまま彼女の秘所へとたどりついた。

 温かなそこはすでに蜜で溢れ返り、オレを誘うように柔らかく開いていた。

「とろとろですね……ここ。よく洗わないと」

 自分のせいでそうなっていることを重々承知で、わざと音を立てるようにして指を動かし、彼女にそれを知らしめる。

「やだっ……」

 押し殺した吐息を震わせる彼女の顔を背後から覗き込んで、辱めるように囁いた。

「花びらが開いて……こんなに濡れている……」

 フレイアの身体を後ろから抱きしめながら溝に沿って優しく洗い上げるようにすると、彼女はオレに背をもたれながら白い喉を晒して天井を仰いだ。

「ぁっ、ぅんんっ……!」

 ぬるぬると彼女の陰部を往復するオレの指が時折敏感な神経の粒をかすめる度、腕の中のたおやかな肢体が小さく跳ねる。その粒が硬くしこっているのを確認して指で優しく押し潰すようにして刺激すると、短く息を吸い込んだフレイアの腰がわななき、彼女から泣きそうな声が上がった。

「ダ、ダメッ……ドルクッ……」
「イキそうですか?」

 耳まで染めた彼女が頷く。オレはそんな彼女に唇を寄せ、低い声で囁いた。

「イッていいですよ……あなたがイクところ、見ていてあげますから……」

 その言葉にふるりと彼女の身体が揺れる。オレは色づいたその唇を奪うようにキスで塞いで、激しく指を動かした。

「……! ―――っぁ、ふ……!」

 合わせた唇の隙間からくぐもった艶めかしい声が漏れた。爪先をピンと立たせて背筋をのけ反らせ、身体を小刻みに痙攣させて、フレイアが絶頂に達する。

「んんっ……!」

 頬を紅潮させ、肌を鮮やかに染め上げてオレの腕の中で達する彼女はたまらない色香を放っていた。

 昇り詰めた余韻でしどけなく吐息を乱すくったりとしたその肢体を腕の中に受け止め、オレ自身もいつしか荒くなった吐息をつきながら、愛しい彼女の唇に改めて口づけた。



*



「ドルクは意地悪だ、意地悪でずるい」

 眉根を寄せ憤然とした面持ちでそう呟いたフレイアは、ダイニングテーブルに並べられた湯気の立つ昼食にフォークを突き立てながら正面の席に座るオレをねめつけた。

「わたしだけあんなふうにイカせるなんて」

 そう言って頬を膨らませる彼女に笑みを返しながら、オレはぬけぬけとこう告げる。

「懸命に声を堪えているの、可愛かったです」
「言うな! 覚えてろよ……」

 真っ赤になって唸る彼女もオレも、素肌の上にバスローブを纏っただけという姿だ。

 テーブルには綺麗に盛り付けられた彩り豊かな南国の恵みが並び、食欲をそそる香りを立てている。

 ひとしきり恨み言を口にして気が済んだのか、昼食を楽しむ方向に切り替えたらしいフレイアはフォークに刺した白身魚のソテーをひと口含むと茶色の瞳を輝かせた。

「んっ! 皮がパリッとして、香ばしくて美味しい! それにいい香り……香草が使われているのかな、塩加減もいい感じ」
「本当だ、美味しいですね」
「パンも焼き立てであったかい! ふっかふか、いい匂いだな。いつも泊まるようなトコのはこんなんじゃないし、携帯食は基本硬くて味気ないもんなぁ。普段のメニューとはえらい違いだね」

 先程まで仏頂面をしていたのが嘘のように、くるくると表情を変えながら昼食を楽しむ彼女につられて、オレも自然と笑顔になる。

 気の置けない、温かな空気が心地いい。

 どうしてだろう。フレイアといると、自然と胸の辺りが温かくなるのは。彼女といると些細なことでも幸せを感じられる。表情豊かな彼女の明るさに引き上げられて、静かに高揚する穏やかで満ち足りた気分になるのだ。

 この世界でただ一人、オレを惹きつけて離さない女性(ひと)。

 他の誰でもなくあなたといるからこそ、今この瞬間が、この空間が特別なものになる。

 唯一無二のあなたと出会えて、こうして結ばれて、オレは本当に幸せだ―――。

 和やかな雰囲気のまま昼食を終え、部屋に置かれていたワゴンに使用済みの食器を乗せて廊下へと出したオレ達は、新しいリネンに取り換えられたベッドの上で他愛もないことを語らいながら食後のひと時を過ごした。

 いつもの忙しなさから切り離された、ゆったりと流れる安らぎの時間。

 ふと会話が途切れ、訪れた沈黙の中フレイアと見つめ合う。その瞳に惹きつけられるようにしてキスをしようとしたその時、逆に彼女に両手で頬を挟み込むようにされて強引なキスをされ、オレは驚きに目を見開いた。

 フレイアの方からこんなふうにキスをしてきたのは初めてのことだった。

「今度はわたしの番」

 ゆっくりと唇を離したフレイアがそう言って立ち膝でこちらを見下ろし、嫣然と笑う。

「じっとしてて」

 今更ながら、思い出す。彼女はそういえば筋金入りの負けず嫌いだった。先程のシャワールームでのオレの所業は、どうやら彼女のその負けん気に火をつけてしまったらしい。

 思わぬ展開に意表を突かれつつも、この成り行きに大いに興味を抱いたオレはそのまま流れに身を任せることにした。

 フレイアがどう出てくるのか読めないこの状況が、オレとしては非常に楽しみでもある。

「……分かりました」

 頷いたオレのバスローブの紐にフレイアの手が伸びて衣擦れの音と共にほどき去り、胸元の合わせ目をしどけなくはだけさせて、静かに肩から落としていった。
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