魔眼・深 白夜に咲く凛花

04


 空が朝焼けに染まる頃、意識を手放すようにして眠りに堕ちたフレイアの傍らに寄り添い短い眠りについたオレは、眩い太陽の日差しを瞼に感じて目を覚ました。

 隣には、一糸纏わぬ姿で眠る愛しい女(ひと)がまだ静かな寝息を立てている。

 彼女が呼吸をする度、素肌に掛けた清涼感のあるリネンが緩やかに上下して、穏やかで無防備なその寝顔を見つめていると、自分の胸が何とも言えない温かな感情で満たされるのを感じた。

 柔らかく瞳を細めてその様子をしばし眺めやり、太陽の位置を確認すると、もう昼に差しかかろうとする時刻らしいことが窺えた。

 ベッドから抜け出して床に落ちていたバスローブを羽織り、サイドテーブルに置かれた水差しの水を飲んで昼食とベッドメイキングの手配を済ませ、愛する女(ひと)が眠るベッドへと戻る。長い睫毛を閉ざしたフレイアは凛とした茶色の瞳を瞼の裏側に隠したまま、まだ安らかな寝息を立てていた。

 緩やかなクセのある綺麗な赤毛をそっと指で梳きながら昨夜のことに思いを馳せる。彼女と過ごした濃密な夜は、言葉では言い表せないほどの深い感動と充足感をオレに与えていた。

 これまでは生理的な欲求を満たすだけの作業でしかなかったセックスが、愛情を伴うとこんなにも崇高で満たされたものになるのかと驚いた次第だ。

 彼女を抱く度にこの上なく幸せな気持ちになって、これが夢ではないことを確かめるように何度も何度も、飽くことなく彼女を求めた。それこそ彼女が許しを請うように限界を訴えて果てるまで―――。

「フレイア……起きて下さい、もう昼になりますよ」

 そう声をかけて彼女を起こそうとしたが、朝方体力を使い果たすようにして眠りに堕ちた彼女の睡眠は深く、なかなか起きる気配を見せてくれない。軽く肩を揺すると微かに眉をひそめるようにして反応したが、またすぐに寝入ってしまった。

「フレイア、起きて下さい。旅宿のスタッフが来てしまいますよ」
「んんっ……」

 オレに揺り動かされてわずかに顔をしかめた彼女が寝返りを打つと、掛けてあったリネンがはだけて昨日何度も触れた形の良い胸がそこから覗いた。まろやかなそのふくらみは蒼い月明りの下と南国の明るい陽の下で目にするのとでは、また印象が違う。

 誘うように覗いた、張りのあるきめ細やかでなめらかな美しい稜線とその頂で淡く色づく魅惑的な突起にオレは小さく息を飲み、誘われるままに手を伸ばした。柔らかなその隆起を包み込むようにしてゆっくりと揉みながら可憐な乳首を指先で刺激すると、彼女は微かな反応を示し、眠る整ったその容貌が少しだけ色を帯びて、口から漏れる寝息が悩ましさを滲ませるものへと変わっていった。

「……っ、ん……っ」
「フレイア、起きて。止まれなくなってしまいますよ」

 耳朶に唇を寄せて囁きながら勃ち上がった乳首を指先でこねるようにして弄んでいると、彼女の瞼がようやく開き、まだ眠そうな茶色の瞳が陽の光を映して、ぼんやりとオレの顔を捉えた。

「おはようございます。……もう昼ですよ」
「ドルク……おは―――って、ちょっ!? な、何しているんだ!」

 自分の胸を悪戯するオレの手を見て目を剥く彼女に、オレは悪びれもせず微笑みかけた。

「なかなかあなたが起きてくれないから」
「だからって、バカ! 朝っぱらから……!」
「朝じゃなくて、もう昼です」
「うるさい!」

 真っ赤な顔でオレから胸を奪取した彼女はリネンを身体に巻きつけるようにしながらこちらをねめつけてきた。そんな様子を可愛らしく思いながら彼女にバスローブを手渡し、昼食とベッドメイキングの手配をしたことを伝える。

「もうすぐ旅宿のスタッフが来ると思いますから、その間にシャワーを済ませましょう」
「うん……」
「浴槽にお湯を溜めてきます」
「―――えっ、何!? もしかして一緒に入るってこと!?」

 ぎょっとした様子で目を瞠る彼女にオレは当然といった面持ちで返した。

「その方が効率がいいでしょう? せっかくの昼食が冷めるのももったいないですし」
「そっ、それはそうだけど……」
「それに、二人で湯船に入れる機会なんて滅多にないですよ。こんな設備のあるところはそうそうないですから」

 普段利用しているような旅宿はせいぜい男女別になった共同のシャワールームがある程度で、個室にシャワーがあること自体が少ない。ましてや浴槽があるところとなるとそれこそ皆無に近い。

 地方を渡り歩く傭兵生活の中では湯船に入れること自体が希少で、こういうところを利用する以外はせいぜい富裕層の依頼を受けてその屋敷に泊まった時か、温泉地に立ち寄った時くらいしかなかった。

 フレイアは気恥ずかしさからかあまり乗り気でない様子だったが、オレの次の言葉を聞くとバスローブを羽織って動き始めた。

「自分達が乱したベッドを整えてもらう作業を見ながら昼食を待つのも何ですしね」
「そ、それはイヤだ」

 恥ずかしがり屋の彼女にとっては覿面(てきめん)の効果があったようだ。

 しばらくして浴槽に湯が溜まると、オレ達は連れ立って脱衣場へと足を運んだ。羽織っていたバスローブを脱ぎ去るオレの傍らで、こちらに背を向けたフレイアが少しためらう素振りを見せながら衣擦れの音を立てる。

 そんな仕草が余計にオレを煽ることを、分かっているのかいないのか。

「……行きましょうか」

 全裸になった彼女を後ろから抱きしめるようにして促すと、均整の取れた肢体が緊張の為かほんのわずかに強張った。その頬ばかりか耳までが赤く染まっているのが分かって、思わず表情を緩めてしまう。

 ああ、可愛いな。

 昨夜あんなに愛し合ったばかりなのに、明るいところでとなるとそこまで勝手が違うものなのか。そんなに―――恥ずかしいのか……。

 あなたは覚えているんだろうか、フレイア。オレがあなたの恥ずかしがる顔が好きだと言っていたことを―――。

 シャワールームの中は湯気で程良く白んでいて、フレイアの気持ちを若干楽にしてくれたらしい。彼女がホッとする息遣いが感じられた。

 オレ達はそれぞれシャワーで軽く身体を流してから真鍮(しんちゅう)の脚が付いた浴槽に入った。最初は向き合う形で入っていたのだが、徐々にフレイアの身体の向きが変わり、ほどなくしてオレに完全に背を向ける格好になってしまった。

「こっちを向いて下さいよ……せっかく一緒に入っているのに」

 憮然とした面持ちで寂しさを訴えると、消え入りそうなか細い答えが返ってきた。

「無理……湯気で行けるかと思ったけど、やっぱり恥ずかしいよ。明るいし、長時間は厳しい」

 湯船に浸かるまでのこの短い時間が、彼女にとってはとてつもなく長い時間に感じられたらしい。

「昨日、全部見ましたよ。隅から隅まで」

 そう揶揄するとフレイアは真っ赤になった顔を両手で覆った。

「言うな!」
「朝方は明るかったから、よく見えました」
「バカ!」

 癇癪を起こして湯水をかけてくる彼女の手を捉え、強引に自分の脚の間に引き込みながら、オレは正面から朱色に染まる整ったその顔を見た。

「昨日はあんなに素直に見せてくれたのに」
「きっ、昨日はだって……暗かったし、途中からもう、何かワケが分からなくなって。恥ずかしいとか、そういうの通り越しちゃったっていうか」
「へぇ?」
「あっ、あんな何度も何度も抱かれたら……そうなるだろ」
「……。今日もそうさせたいですね、ぜひ」

 真っ赤な顔を更に赤くするフレイアの後頭部を引き寄せるようにして、オレは彼女に口づけた。

 しっとりと熱を持った柔らかな唇に何度かついばむようなキスをして、ほころぶように開いたその隙間から舌を差し入れ、彼女の感じる部分を刺激していく。健気にキスを返してくる愛しい感触に丁寧に応えながら彼女の吐息が弾んでくるのを見計らって優しく舌を吸うと、抱きしめたその肢体から力が抜けていくのが分かった。

「んん……、は……っ……」

 湯煙の中、至近距離に見える蕩けるようなその表情と、湯を纏って上気した濡れた素肌はあまりにも艶めかしく煽情的で、オレはたちまち自分の中心に熱が集まりそこが硬く聳(そそ)り立っていくのを覚えた。

「あ……ダ、ダメだぞ、ここじゃ……」

 それを察したフレイアがわずかにオレの胸を押して牽制する。

「これからスタッフが来るんだろ?」
「……。呼ばなきゃよかったですね……」

 心底そう思いながら溜め息をつくと、頬を染めた彼女に軽く肩を小突かれた。

「もう! バカ言ってないで身体を洗うぞ!」
「洗ってくれるんですか?」

 すかさず聞き返すと、そうくるとは思っていなかったのだろう、フレイアは茶色の瞳を瞬かせた。

「え?」
「洗ってくれますよね? ……ここでするのは我慢しますから」

 薄く笑いながら腰を押し付けて言外にプレッシャーをかけ、赤くなって押し黙る彼女が頷かざるを得ない状況へと持って行く。

「う……ま、まあいいけど……」

 半ば諦めの境地に至った様子でオレから視線を逸らし、しぶしぶと頷く彼女は可愛らしかった。



*



「……じゃあ、背中から洗っていくぞ」

 洗い場の椅子に座ったオレの背後に立ったフレイアから神妙な声がかかった。

 オレの要望で備え付けのタオルではなく掌で身体を洗うことになり、若干の緊張を覚えているらしい。

 ためらうように一瞬の間を置いて首の付け根辺りにそっと彼女の手が置かれ、きめ細かに泡立てられた石鹸の泡が優しく円を描くようにして左右に塗り広げられていく。親指で時折指圧するようにしながら背筋に沿って展開していく彼女の手が心地良くて、オレは瞳を閉じてその動きを追った。

 肌に柔らかく触れていくフレイアの手が、温かい。自惚れているのかもしれないが、単純に体温としてのそれだけでなく、彼女の指先からこちらを大切に想ってくれている気持ちが伝わってくるような気がした。

 心地良さに身を任せていると、それまで淀みなく動いていた彼女の手先が腰の辺りで迷いを見せて一度止まった。それから覚悟を決めたように勢いをつけて臀部を洗う様子に思わず笑みがこぼれ、そっとそれを噛み殺す。

 こういうところがいちいち可愛いから、たまらない。

 背面を洗い終えたフレイアが前へやってきて、石鹸を掌で泡立てながら膝をつき、窺うようにオレの顔を仰ぎ見た。

「じゃあ……今度は前を洗っていくから」

 面映ゆそうにそう告げる上目遣いの表情が、ひどく優艶だった。

「……お願いします」

 フレイアは右腕から洗い始めた。上腕から筋肉の付き方をたどるようにして指の間まで丁寧に洗っていき、掌を親指で押しほぐすようにして指圧してくれる。

「マッサージみたいですね」

 そうこぼすと、小首を傾げて尋ねられた。

「変か? わたしはいつもこういうふうに洗っているんだけど」
「いいえ。スゴく気持ちいいです」
「なら良かった」

 凛とした面差しがふわりと柔らかさを帯びて、オレの鼓動を不規則にする。

 ―――その顔は、不意打ちだ。

 さっきの上目遣いの表情といい―――あなたはどうしてそうたやすく、オレの理性を揺らがせる。

 そんなこちらの様子には微塵も気が付いていないフレイアを見つめながら、オレは密かに自制に努めなければならなかった。

 心を込めてきめ細やかに洗ってくれる彼女の姿と、その度に誘うように揺れるたおやかな胸、肌に感じる彼女の温もり、しなやかで心地のよいその指先―――。

 今すぐにでも抱きたくなる衝動と戦っていたその時、オレの胸を洗っていた彼女の指先が不意に胸の突起に触れて、思わず口から吐息がこぼれ出ていた。

「は……っ……」

 フレイアが驚いたように手を止めてオレの顔を見やる。

「……ここ、感じるの?」

 男もそこが性感帯なのだとは夢にも思っていなかったといった風情で聞かれて、ひとつ苦笑をこぼす。

「男も一応性感帯なんですよ、ここ。あなたに触られたら……感じます」
「そうなの……?」

 それを確かめるように今度は意図をもって指先で刺激され、甘い疼きを伴ったくすぐったいような感覚がそこに走る。オレは小さく息を詰めた。

「……っ」

 石鹸のすべらかなぬめりがまずい。思った以上に感じてしまい、戸惑った。胸が弱かった覚えはないが、心を寄せる相手に触れられるとこうも感じるものなのか。

 初めてに近い感覚と実験の結果を観察するような、ある意味純真なフレイアの視線もまた堪(こた)えて吐息が熱くなる。

「あまり煽ると、我慢が利かなくなりますよ……」

 自分の胸を弄ぶ彼女の手首を捕まえて漲(みなぎ)る怒張まで持って行くと、フレイアはあせった様子で指先を握り込んだ。

「わ、分かった」

 そう言いながら再び身体を洗う作業へと戻る。腹部まで下りてきた彼女の手は聳り立つその部分を避けるように脚へと及んで、爪先まで丁寧に洗い上げていった。

「ここは? 洗ってくれないんですか?」
「い―――今から洗うから……」

 真っ赤な顔で唸りながら、フレイアは促された部分へとためらいがちに手を伸ばした。触れる寸前まできたところでこちらを見上げ、こう釘を刺す。

「触られて我慢が利かなくなるとか、なしだからな」
「そう努めます」
「確約しろよ! 洗わないぞ!」

 憤然とにらみつけてくる彼女にオレは小さく吹き出しながら頷いた。

「分かりました、我慢します」

 本心では怪しいところだったが本気で彼女が怒りかねないと思い、そう返す。なかなかないこんな機会をフイにしてしまうのはもったいない。

 オレの返答を確認した彼女は今度こそ手を伸ばして、オレ自身をゆっくりと握り込んだ。

「……ッ」

 きめ細やかな石鹸の泡としなやかなフレイアの指先に包み込まれて、肌が粟立つような快感がそこから這い上る。温かくオレを包んだ彼女の手が優しく扱(しご)くように上下するとそこに甘い泥濘が生まれ、熱い息が口からこぼれた。

 オレの反応を窺いながらたどたどしい手つきで模索するようにそこを洗う彼女の様子がまたたまらない劣情を注ぐ。その指がそろりと下へ滑り、陰嚢をそっと持ち上げながら裏筋の方まで洗われると、そこが蕩けそうな快感に包まれて、自分のモノが情欲に滾るのが分かった。そこから陰茎をたどるようにして上へ戻ってきた指先で雁首を撫でるようにされ、溢れ出す甘美な感覚に思わず奥歯を噛みしめた。

「―――っ、は……」

 吐息をつき、目をつぶって堪えるオレの様を見て、フレイアが息を飲む気配が伝わってくる。

「ドルク……気持ち、いいの?」

 そう尋ねながらそろそろと指を動かしてオレの表情を窺う彼女の指先が先端の窪みを捉え、オレは疼く快感に眉をひそめながら答えた。

「っ……ええ」
「……スゴく、色っぽい顔してる、あんた」

 熱に浮かされたように呟きながら、フレイアはオレの反応を引き出そうとするように指を駆使し始めた。持ち前の好奇心に火がついたらしく、つい先程まで恥ずかしがっていたのが嘘のように熱心にオレのそこに触れてくる。

 元々勘の良い彼女はオレのわずかな反応を気取りながら的確に良い部分を刺激してきて、それに比例してオレの吐息は徐々に上がり、余裕がないものになっていった。

 ぬるぬると局部を包む石鹸の泡と、そこをするすると滑る形の良い指の刺激が相まって、痛いほどの血流が集中し、聳り立つそこを震わせる。

「……、イッちゃいますよ」

 息を弾ませながらオレを追い詰める恋人を見やると、熱を孕んだ瞳で見上げられた。

「イカせてみたい」

 そう、きたか。

 素直な答えにオレは小さく笑って、自身を追い詰める彼女の手をやんわりと握り込んだ。

「今はまだ、ダメです」
「どうして?」
「スイッチが入って、あなたを抱かずにはいられなくなるから」

 冷静に考えれば一度イカせてしまった方がその衝動が収まることは明白なのだが、昨日オレに何度も立て続けに抱かれた彼女にとっては納得する理由になったらしい。

 ちょうど旅宿のスタッフが部屋に入ってきた気配を感じたこともあって、フレイアは素直にオレのそこから手を離した。

「次はあなたの番ですね」

 シャワーで石鹸を洗い流しながらそう声をかけると、たった今オレを追い詰めにかかっていた恋人は慌てた様子でそれを辞退した。

「わたしは自分で洗うからいい。ゆっくりお風呂に入ってなよ」
「そんな寂しいこと言わないで下さい。せっかく二人でこうしているんですから―――洗い合うのが基本でしょう?」
「いや、そんな基本いいから。一緒に入浴しているのは間違いないんだから、寂しくない」

 頑なに固辞する彼女の肩を抱き込むようにして、オレは凛とした茶色の瞳を覗き込んだ。

「オレは寂しい。洗わせて下さい」
「ちょ―――ちょっと」

 及び腰の彼女を半ば強引に椅子に座らせ、甘えるように見据えながらダメ押しの言葉を放つ。

「オレをイカせてみたい、とまで言い切った人が、今更恥ずかしいもないでしょう?」

 ぐうの音も出ないフレイアににっこりと微笑みかけて、オレはその権利を勝ち取った。
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