ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・・。
(本当にどうでも良いことを、不定期に更新していきます)
(「どうでも良いことですが・・・・」、「ほんまに、どうでも良いことですが・・・・」、が重くなり(内容は至って軽く薄っぺらいのですが、ページが重くなったという理由だけで、「ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・」、に移行させて頂きました。宜しくお願いします)
鳴釜神事の実際と考察
どうでも良いことですが・・・。
ほんまに、どうでも良いことですが・・・。
 平成27年2月28日(土)

 私の愛車の事ですが、去年の8月、神奈川県の知り合いのK森さんから愛車の改造のノウハウを教えて頂いて、その結果国産高級車並みの乗り心地、座り心地で日々の買い物など大変重宝していたのですが、つい先日、加古川駅前で消えてしまいました。

車で買い物に行く時は別ですが、妻は杖をついていますので、普段買い物は私の愛車が役に立ってくれます。

 先日も、夕方、1キロちょっと離れた加古川駅前のヤマトヤシキに行って、さあ・・、鍵をかけようとチエーンを取り出しガチャンとかける瞬間、「しもた・・・・」、と思ったが間に合わず鍵をかけてしまいました。

 私のチェーン式の鍵は「ガチャン〜」、とかけたらキーが抜ける鍵ですが、何故か、何処かでキーを落としたらしく、そのキー無しで施錠してしまいました。

 「しもた・・・」と同時に、「あかん・・、かけたらあかん」と思ったのですが、脳が指令を出す前に手が動いてしまって鍵をかけてしまいました。

 「しもた・・・・、予備のキーやけ無いで・・・、まあ・・・ええか。兎に角買い物しょう。黒なって来たら寒いし・・・。そやけど・・・どないしょ・・・・。予備のキーは無いし、チエーンを切るやつは家に有ると・・・・、そやけど・・・、こんなとこでチエーンを切っとったら自転車を盗んどると思われたらかなんし・・・。まあ・・・、買いもの、しょ」、と思ってヤマトヤシキの地下のカピマートに入って買い物をしました。

 買い物をしたが・・・、「さあ・・・・、どないしょ・・・。俺、膝が痛いんやで・・・。なんぼなんでも1キロはきついで・・・。そや、バスがあるがな・・・・バスが」、と思って駅前の神姫バスの停留所に行ったは良いが・・・、「そや・・・、よう考えたら、俺、バスなんか乗るのは・・・まあ・・・・10年は乗ってないで・・・、なんぼやろ?。乗る時はピー言うて・・・、何か小さな紙を取って乗るんやったかな?・・とか。ところで、俺、何処の停留所で降りるんや?・・・とか。何処行きのバスに乗ったらええんや?・・とか。思いながら・・・。そうや人に聞こ。誰に聞こ。聞きがいの有る人に聞こ。聞いて後悔せん様な人に聞こ。聞いて嫌な感じが残る人に聞いたら損やし・・・。ええ感じの人に聞こ」、と思っていたら丁度神姫バスの女の人が来たので、「加古川の木村はどのバスに乗ったらええん?」、と聞いてみました。

 「木村を通るバスは・・・都台行きが出たとこで・・・、あっ、丁度西団地行きがありますので、モリスの前で降りて後は歩いてください」、と丁寧に教えてくださいました。

 「モリスの前から俺の家までは・・・400メートルは有るで、俺、膝が悪いんやで・・・」、と思いましたが、「まあまあ・・、感じの良い人で良かった」、と満足してバスに乗りました。

 モリスの前でバスを降りて、「よう考えてみたら、加古川の国道は一方通行で他から来た人はびっくりするな・・・・。そうや・・・、駅前に行くバスは無いんや・・、ほな・・・歩いて行くんかい・・、今から。俺、膝が悪いんやで・・・。こんな寒いのに歩いてまた駅前まで行くんかい、自転車取りに・・・・」、とぶつぶつ言っていたら直ぐに家に着いてしまいました。

 家に着いて、車の懐中電灯を取り出して普段自転車を置いている場所を照らすとキーが落ちていました。

 「やっぱり、普段から良い事をしてると違うな・・・。こんなもん・・・、先ず、普通の人は見つからんで・・・。人徳やな・・・、しかし・・・」、と思って、「まあ・・・、今日はええか。明日、自転車、取りに行こか。誰も取らんやろ、盗まんやろ」、と思い、その日はお開きにしました。

 次の日、昼から、午後2時頃、「さあ・・・、駅前まで歩きましょう。しかし・・・、俺、膝が悪いからな・・・。まあ・・・ゆっくり歩こ」、と思い歩き出しました。

 300メートル程歩いた時、「あれ・・・、俺、膝、悪いんやで・・・。おかしいな・・・、膝、どうもないで・・・、おかしいな・・・これは・・・」、と思いながら、とうとう駅前まで歩いてしまいました。

 昨日自転車を止めた所に行って、「さあ・・はよ帰ろ」、と思って自転車を探したのですが何処を探しても、あの高級車並みの座り心地の良い愛車が有りません。

 「あの、後ろの籠が高かったんや・・・昔。あの、あのフワフワのサドル・・・、あれ、手が込んどるんやで・・・。K森さんのアドバイスで製作したサドルやで・・・。取られたな・・・。盗まれたな・・・・」、と思いました。

 「悪い奴が居るな・・・・」、と思いながら横を見ると、2時間以上の駐車は何とか何とか・・・と書いてある看板が立っています。

 要するに、2時間以上駐車している自転車は加古川市が撤去すると書いてあります。

 「自慢やないが、20時間以上は経っとるな・・・。しかし・・・、市が持って行ったんか?・・・、誰かが盗んで行ったんた?・・・知らんが、仮に市が持って行ったとしても貰いに行く時は何千円か取るやろし・・・。自分の自転車に何千円も払って、おまけに頭下げて貰いに行くのもしゃくやな・・・。しかし・・・、膝、俺の膝・・・、どうもないで。どないなっとるんやろ?・・・」、と思いながら、都台行きの神姫バスで帰って来ました。

 あの改造した愛車をなくしたのは腹が立ちましたが、ちょっと歩いただけで膝の調子が良くなったのには驚きました。
 
 そして、「キリン淡麗グリーンラベル、500ミリ」、の美味しい事。

 自転車を無くして、少し歩いた事で、膝の調子が良くなった上に、今までよりもさらに美味しく、「キリン淡麗グリーンラベル、500ミリ」、が飲める事に感謝をしました。

 ・・・・・とばかりは言っておれません。

 私に取って自転車は必需品です。

 早速「あさひ」に行ってみました。

 そして前の愛車よりは一回り小さい、26インチの自転車を買いました。

 それと後ろに付ける買い物かごとふわふわのサドルカバーを買いました。

 私、「お尻が痛い人も、あれ、皆、我慢して乗ってるんやろ?」。

 あさひの店長、「そうだと思います」。

 私、「俺、サドルの真ん中をカッターで切って、中のスポンジを出して乗ってたんやで・・・。気持ち良かったで・・・」。

 あさひの店長、「そんなん・・・、聞いた事もないですわ・・・・」。

 私、「そやろ」。

 ちょっと自慢して「あさひ」、から家まで乗って帰ったんですが、やはり前の愛車の様にサドルの改造が必要だと痛感しました。

 早速、買ってきたばかりの新車のサドルを車体から引き抜いて改造に取り掛かりました。

 お尻が気になる方は、神奈川県のK森さんからのアドバイスで私が改造した技術を盗んでもらっても結構です。



 カッターでサドルを切り開きます。



 その人のお尻の癖を考えながらサドルの中のスポンジを取り出します。

 

 完成したサドルにフワフワノサドルカバーをかけます。

 

 完成です。

 写真の後、百円シヨップでカバーをかければ、雨が降ろうとも大丈夫です。

 これで相当な距離数支障なく運転出来ます。

 今回の愛車盗難事件は、ちょっと歩く事で膝の調子が良くなったり、「キリン淡麗グリーンラベル、500ミリ」、が今まで以上に美味しく飲める事になったりと良い出来事でした。

 しかし、後ろに買い物かごを付けている「ママチャリ」の典型の様な自転車は主婦の方でも余り見かけなくなった様に思います。

 まあ・・・、私はこのスタイルで通します。

 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・・・。





 平成26年12月31日(水)

 一昨昨日(さきおととい)、去年の使い残しの「バブ」が一つ有りましたので風呂に入れました。

 何かのおまけに付いて来たものでした。

 最初に発売されたのが、私が美容室を経営した時分だと記憶しています。

 その当時でも一個あたりの値段が何十円したと記憶しています。

 要するに、入浴剤としては贅沢品だったのです。

 私が美容室を開業した36〜7年前、当時、殆どの奥さん方は専業主婦として家に居られました。

 ところが、美容室を開業した2〜3年後くらいから、殆どの主婦はパート仕事に出られる様になりました。

 当時、私の美容室は山陽電車の東二見駅のすぐ前で、500メートルほど行けば直ぐに東二見漁港があり、その前には大きな人口島があって、其処には沢山の企業が進出していました。

 その人口島に在る企業にパートとして勤められる方が沢山居られました。

 特殊な才能とか資格を持っておられる方は別ですが、大概の方は体力的にも厳しい職種に就いておられました。

 主婦がパートに出かけられ様になってから、その家は主婦のパート収入の分だけ贅沢になって行った様に思います。

 今の様に美容室だらけの状態ではなかったので、お蔭で私の様な仕事もどうにか回って行きました。

 真冬の寒い夕方、パート帰りの方が来店されて、「帰ってからバブ、入れんねん。よう温もるわ・・・」、と話されていた事を、一昨昨日、去年の使い残しの「バブ」を入れた途端に思い出しました。

 一個何十円で贅沢を買っておられたのでしょう。

 ところで・・・、「バブ」・・・、人によってそれを入れる順序が違うと思いますが、私は私がお風呂に入るのと同時に「バブ」を入れます。

 「バブ」は炭酸の気泡を出して動き回りますので、体のいろんな部位の下から泡が出て、中々気持ちの良いものです。

 そして最後にはプカ〜と浮かび上がってだんだん小さくなって最後にプチと弾けて消えてしまいます。

 もう、風呂の中で溶けて無くなってしまったのかなと思ったら、何処かにプカ〜と浮かんで来て、プチと消えて無くなってしまいます。

 これが・・・、何か・・・、人の一生の軌道の様で「バブ」を入れる度にその動きを面白く見て楽しんでいました。

 それが、一昨昨日、面白く楽しんでいた「バブ」が、急に悲しく、大変切ないものに感じました。

 その日、「バブ」が体の後ろのに周った時、お尻から背中にかけて上がる炭酸の気泡が気持ちよく、一所懸命に横に周ろうとする「バブ」を私は手で体の後ろに戻す動作を繰り返していました。

 そうこうすると、「バブ」は、私のお尻の位置から動かなくなりました。

 そして炭酸の気泡は背中から首まで、気持ちよく私を楽しませてくれていました。

 その内、炭酸の気泡を感じなくなりましたので、、もうそろそろ臨終の「バブ」がプカ〜と浮かんで来るだろうと横を見たり前を見たりして楽しんでいましたが、中々浮かんで来ません。

 そうこう探していますと、足元から何時の様に少し余裕のある、浮かんで来てから少し動き回って消えるそれではなく、本当の断末魔の「バブ」がプカ〜と姿を現しました。

 その時、「あ・・・、良かった」と思いました。

 そしてその後、何故か、急に、悲しく、切なくなって来ました。

 そして、こんな断末魔の状態になる前に、もう少し元気の良い状態の「バブ」を手ですく上げて、目の前で楽しませてやっていたら・・・、という気持ちになりました。

 12月27日がお袋の命日だったのですが、朝、一人で仏壇にお経を上げていると、何時もとは全く違うローソクの炎の形を見ました。

 しかし、嫁さんも冬になると何時も調子が悪いし、「お袋も・・・、何か・・、言うとるんやろけど、ええか」、で済ませてしまいました。

 確かに、お袋が亡くなるその少し前、疎遠になっている兄貴からは、危ないという電話が入ってはいたのですが、仕事から帰って来て風呂に入り、ビールを一杯だけ飲んで・・・、あの時、確か、妻は入院中だったので、一人で病院に行った事を覚えています。

 私が病院に着く2〜3分前にお袋は亡くなったのですが、私はその時、自分がビールを飲まずに行けば間に合うというのは解っていました。

 まあ、何時も、この様な事は考えていないのですが、今回はお袋の命日の後という事もあってかどうかは分りませんが、偶々、「バブ」の消えるのを見て思い出してしまいました。


 関係ない方には・・・、年末の忙しい時に、こんな話で・・・・。

 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・・・。

 
・・・疲れとるな・・・・。







 平成26年12月16日(火)

 神戸・大分間をフェリーで往復したのですが、行きも帰りも、それはえらい目に遭いました。

 九州に行く時は車で直接九州に入る事もありますが、九州のどの地域に行くかでフェリーを利用する事も度々あります。

 今回は大分県での祈祷でしたので、神戸の六甲アイランドから大分港までサンフラワーに乗っての移動になりました。

 六甲アイランドを午後19時に出港ですので、手続きなど、その一時間ほど前から駐車場に車を止めて並んでいました。

 勿論、バッグの中には、保冷剤と一緒に精神安定剤のキリン淡麗グリーンラベル500ミリが三本、入っているのは常識です。

 通は・・・、船に乗ると、バ〜ンと荷物を置いて直ぐに食堂に走ります。

 直ぐ食堂に走らないと人で一杯になるからです。

 しかしこの頃は、コンビニで弁当を買って乗船する方も多く、曜日にもよりますが、以前ほど食堂は混まなくなっているのも確かです。

 しかし今回、直前に観光バスが二台着いて、ど〜っと人が降りて来たのをしっかり確認しましたので、増してや、一般の方は車で乗る方よりも早く船内に入るのと、ツアーの方は船内の食堂を利用する方が多いのは経験上分っていますので、これはえらい事になったと心配になってきました。

 案の定、船に乗って、バ〜ンと荷物を置いて、精神安定剤のキリン淡麗グリーンラベルを三本入れたバックを持って食堂に急いだのですが、ワ〜ッと、思わず声が出てしまったほど長蛇の列が食堂から続いています。

 以前はこうではなかったのですが、今はバイキング形式になっていて、前にもたもたした人が居ると、直ぐに列が出来てしまいます。

 ホテルの朝食でもそうですが、前に女の人、それも、そこそこの年齢の方が並んでいると、何かの理由で食事制限されていた方が制限を解かれて、その最初の食事にかける執念の固まりの様な勢いであれもこれもとトレーに乗せるので、その後に並んでしまったらもうそれは地獄です。

 それも・・・、そんなかた(女)の集団で・・・、あの、観光バスのツアーの方々です。

 もう・・、とっくにテーブルは殆ど満席になっています。

 あの・・・、観光バスのツアーの方々です。

 しかしこの時期、窓際の席でも何処の席でも同じで、外は真っ暗で景色など全く見えませんので何処に座ろうが同じなのですが、示し合わせた様に、この方々は窓際の席に座っています。

 そういう訳で、私達、通は・・・、内側の、逃げ場の無い様な席に座らされる事になりました。

 それが・・、今回のえらい目に遭った始まりでした。

 何時もなら美味いビールが、何故か今日は味が違いました。

 ビールの前の風呂が無いというのもその理由の一つなのでしょうが、今日はもう一つ、ビールが進みません。

 ビールを一口飲んで・・・、何であんなにうれっそうな顔が出来るんやろ・・・、とツアーの方を見ていたのですが、何か・・・、見た様な・・・・、馴染みのある頭(ヘアスタイル)の後姿がウロウロしているのが気になり出しました。

 以前、どっかで見た様な・・・、頭が・・、チョロチョロと動いてあっちへ行き、こっちへ行きして、終い目にはその頭がこっちを向いて・・・、「やあ・・・、高橋先生ちゃうの・・・」、という展開になってしまいました。

 「何で・・、この人と・・・、こんなとこで・・・、会わなあかんのや・・・、酷やで・・・、俺、遊びに行ってるんやないで、あんたらみたいに・・・・」、と思ったのですが、ニコッと笑って対応しました。

 明石の時の美容室のお客さんです。

 「ええね・・・・、夫婦そろって・・、旅行?」、と聞かれるので、「旅行や!」、と、邪魔くさいので答えておきました。

 逃げ場のない席ですので・・、もうどうしょうもない状態です。

 何か・・・、あの・・、フェリーの駐車場で観光バスを見た時・・・、余り良い気がしなかったのは・・・、これやな・・・、と思いました。

 今日は、キリン淡麗グリーンラベル500ミリ二本で、何か・・、気分が悪くなって来ましたが、ちゃんと規定量を飲まないと体に悪いのであと一本を無理に飲みました。

 それにしても皆さん・・・、そこそこの年齢になると旅行に行かれるんやな・・・・、と思いました。

 そんなに旅行が楽しいか?・・・、とも思いました。

 私達は年中うろうろしていますが、これは仕事ですので何処へでも行きますが、観光旅行となると、先ず行かないと思います。

 考え方の違いなのでしょうが・・・・。

 そういう訳で、直ぐに部屋に戻って寝てしまいました。

 祈祷はそれこそ、今までに無い様な場面を見せて頂いて充実したものでした。

 帰りのフェリーは大分港19時50分発ですの時間的には余裕が有って、勝手知ったる大分、別府の街ではないですが、今まで何回も通った事のある大分自動車道で由布院に行って、駅前の土産物屋で、「こんな土産物・・・、包装紙を変えただけで、中身は何処に行っても売っているもんばっかりやないか・・・・。これ・・、この前、河口湖の土産物屋にあったのとおんなじやで・・・。これは誰も買わんで・・・・」、と、例の、ぶつぶつを言って、由布院滞在30分で大分に戻って来ました。

 妻が、「帰りのフェリー、また○○さん(前の美容室のお客さんの名前)のバスと同じと違う?」、と怖い事を言い出すのでド〜ッと疲れが出て来ました。

 案の定、フェリーの駐車場に駐車していますと、観光バスが2台、私達の後から着きました。

 もう昨夜の二の舞はお断りですので、食事は部屋で済まそうと思い、目の前のセブンイレブンに入って、キリン淡麗グリーンラベル、500ミリを三本、おにぎり、ほうれん草のおひたし、魚のみりん干し、ハム、・・・後一品は忘れました、それと紀文の笹かまぼこを買いました。

 「こんなもん・・・、あの、「株式会社・石巻蒲鉾」、の笹かまぼこと比べたら、なんぼなんでも比べもんにならんで・・・、ほんまに・・・」、とぶつぶつ言いながら買いました。

 フェリーの乗車時間前、2台の観光バスからは中年の女の方ばかりが降りて来られるのが見えました。

 乗車時間になって車をフェリーに乗せて直ぐにエレベーターに走りました。

 通は・・・、エレベーターが混む事は分りますので、直ぐにエレベーターに急ぎました。

 神戸・大分間のサンフラワーは新造船で、前の船は大阪・別府に変わっていますのでまだ良いのですが、エレベーターのドアが閉まるのがボタンを押してから長くかかります。

 通の・・・私達二人が一番早くエレベーターに乗ってボタンを押したのですが、中々ドアが閉まりません。
 
 その間に人が乗って来て満員になってしまいました。

 また・・・、フェリーに乗り慣れていない方ばかりで、各自が「閉」ボタンを押すものですから、その押した時点からセンサーが働きドアを閉めるのですが、何しか・・、普通でも長くかかるセンサーですので、中々ドアが閉まりません。

 途中、4階でエレベーターが止まったのですが、外には、あの、観光バスから出て来られた中年の女の方が、それも皆さん、ぶかぶか(ぶかぶかに見えたんです)のダウンのコートを着て、ブーツを履いて、肩から斜めにバックをかけて、皆さん、コロコロのキャリーバックを引っ張って、数十人待っておられました。

 その中の二人が、もう一杯で、最初から乗っている者も根を上げる様な中に無理やり押し入って来ました。

 誰かが・・、好き勝手に「閉」ボタンを押すものですから、中々ドアが閉まりません。

 それを良い事に・・・、またもう二人がエレベーターの中に押し入って来ました。

 最初から乗っていた男の方が、「定員オーバーやから閉まらへん」、と言われたのですが、私が(私はエレベーターの壁の方を向いていましたので)、「このエレベーターは人を選ぶんや・・・・・・」、と言うと、4人の中年の方は降りて行かれました。

 やっとドアが閉まって今度は5階に止まり、ドアが開きました。

 次に6階に止まり、ドアが開きました。

 何と・・・、あの、エレベーターに押し入って来た方々はもう既に階段を上がって6階に来られていました。

 「・・・・・、そんな元気が有るなら・・・、最初から階段を上がれば良いもんを・・・、それにしてもあの人ら・・・、今から戦闘に行く様な感じやったな・・・」、と、余りにも妻とは違う雰囲気に、思わず思ってしまいました。

 それと同時に、「あ・・・・、コンビニで買い物していて良かった・・・、あんな人らと食堂で一緒になっていたら・・・」、と思いました。

 私達は7階の部屋を取っていました。

 これは船では一番良い部屋の階ですが、祈祷にもよりますが、その影響で妻が一晩に十数回、それも杖をついていますので船内のトイレに行く事は危なくて、どうしてもこの様な部屋に泊まる事になってしまいます。

 勿論、贅沢ですので、旅費は普通のクラスの額で頂く事になるのは常識です

 行きのフェリーでは妻は一睡もしていませんが、祈祷が終わっての帰りは全く行きとは違い、良い体調になっていました。

 風呂に入り、ビールを飲んで・・・、良い気持ちでいますと・・・、突然、ドアのすぐ外で、地面が揺れる様な笑い声が響き出しました。

 それも・・・、ものすごい・・・、腹の底から何の障害物も無く、あの火山の噴火でマグマが吐き出される様な力を持った声でした。

 私は最初、ヘアのドアのすぐ外での出来事と思っていましたので、恐る恐るドアを開けたのですが廊下には誰も居ませんでした。

 声は2階下のエントランスの方から聞こえてきます。

 恐る恐る下を覗いてみますと・・・、備え付けの部屋着を着た、あの観光バスから降りて来て、一杯のエレベーターの中に押し入って来た夫人が・・・・、多分、風呂から上がったところなのか、皆さん赤い顔して、腕を前に組んでうれっそうに笑っています。

 「自信の有る笑いやな・・・・。困難を自信に変えた笑いやな・・・、あの笑いは。人生でやるべき事をやり遂げた後に来る笑いやな・・・。年齢的に見て、自分の両親を送り、主人の両親を送り、もう責任を果たした後に来る笑いやな・・・。あの笑いは、お金が有るとか無いとかではなく、人生を乗り切った笑いやろな・・・。男は・・・、お金が有るか無いかで笑い方の形が違ってくるが・・・・、あの方らの笑いは、それとは違うな・・・。男は・・・、あの年齢から・・・、段々自信が無くなって行くのにな・・・・。若い子の笑いは・・・、何か分らんものに向かって、虚勢を張った笑いやのにな・・・。しかしあの人らも若い時、「ゴンドラの唄」、や、「白い花の咲く頃」の歌詞の様な気持ちの時代もあったんやろな・・・。そんなナイーブな少女時代があったんやろな・・・・」、と、あの人らを上から見ていて思いました。

 「女の方は強いな・・・・」、と思いました。

 あの・・・、女の方々が居られたので、私はパーマ屋で此処まで生きて来られたし、店の借金も返し、家も建てられたのだと思います。

 戦闘に行く様な感じやとか・・・、マグマが噴出される様な勢いやとか・・・、このエレベーターは人を選ぶんやとか・・・、往復のフェリーの中でえらい目に遭いましたとか・・・、修行の足りない男が好きな事を言いましてお詫びいたします。

 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・・・。

 




 平成26年11月26日(金)

 中国のさんご密漁船が何処かへ帰って行ったとニュースで流れてますが、我が家の「サンゴ(珊瑚)」、も乳がんの手術を受けて昨日帰って来ました。

 まあ、それは良いのですが、動物病院の受付画面に出るペットの名前と、ペットの名前から推測されるペットのその家における飼い主との位置関係がよく名前に出ていて面白いと思いました。

 「○○エリザベスちゃん〜、どうぞお入りください」、と言う看護師?さんの声で、うつらうつら、半分寝ていたのですがはっと目が覚めて診察室に入って行く飼い主の中年の女の人を見ると、襟足(ネープ)が短く、耳元へ行くにしたがって長いボブヘアーで、両サイドの耳元をクルリとカールさせた、モノクロのアメリカのギャング映画に出て来そうな髪型の方が、高そうな・・・、何と呼ぶのか知りませんが・・・、入れものの中に上等そうな猫を入れて診察室に入って行かれました。

 服装も・・、何か・・・、ヒラヒラが沢山見えました。

 「はあ・・・・、エリザベスな・・・・、うなずける」、と思いました。

 しかし・・、あの中年の方が「エリザベス」か?・・・、「エリザベス」、に仕える方か?・・・・。

 多分、ご自分が「エリザベス」なのか?・・・・、と思いながら、動物病院の待合の椅子に座っていました。

 他に・・・、「クイーン」、も有ったし、「ひめ」、も有ったし、後は、「チョコラ」、「プリン」、「マロン」・・・・・・・・、可愛い名前が多かった様に覚えています。

 昔、42〜3年前頃インターンの時、加古川駅前の水商売の方が沢山お客さんで来られる美容室で働いていた時の、当時キャバレーやアルサロに勤めていた方の顔が浮かんで、「あの人らの源氏名も同じ様な名前やったのかな・・・」、と思いながら、動物病院の待合の椅子に座っていました。

 今の美容室では考えられないでしょうが、タバコを吸いながらお客さんの頭をしたり、お客さんとラーメンを食べながら頭をしたり・・・、動物病院でいろんな事を思い出させてもらいました。

 当時のキャバレーやアルサロ(アルバイトサロン)に勤めていた方は、やはりそれなりの事情を抱えていた方が多かった様に思います。

 中学を卒業して九州から集団就職で加古川に来られて、私には解らない様な苦労をされた方が多かったと思います。

 「そう言うと・・・、売春宿のおばちゃんも居ったな・・・。其処の女の子も居ったな・・・・。あの女の子、何時もスケッチブックを抱えて店に来てたな・・・・、他にやりたい仕事が有ったんやろな・・・」、と、いろんな事をサンゴが癌になってくれたお蔭で?、動物病院の待合の椅子で思い出させてくれました。

 まあ、私も、ええ歳になった証拠でしょう。

 それはそうと、動物というのは飼い主に似ると言われますが、態度の大きい人の横に居る動物、態度が大きいな・・・・。

 頂けんな・・・・。

 それと・・・、その飼い主、飼ってる動物と顔が似て来るな・・・・。

 チワワとそっくりな人によく合うけど・・・・、近くのマルアイで・・・。

 ほんまに、ほんまに、どうでも良い事ですが・・・・・・・。

 




 平成26年11月24日(月)

 祈祷の後はコンビニのサンドウィッチと決めているのですが、祈祷先の直ぐ近くに吹田ジャンクションがあって他の車の流れに乗せられて乗ってしまいました。

 吹田から下りの中国道に乗ったら次のパーキングは名塩サービスエリアになるのですが、此処は何時も混んでいてトイレの足元が汚い事もあって余り利用はしないのですが、かと言って、山陽道の淡河(おうご)や三木まではお腹がもたないし、以前、あの淡河の草履を揚げた様な大きなカツカレーが頭にちらっと浮かんだ瞬間ムーとして、やはり名塩サービスエリアに入ってしまいました。

 お金を出して自分の注文したものを取りに行くという・・・、それも、お盆に乗せたものがこぼれない様に、お盆を見て、前を見て、お盆を見て、又前を見て、注意しながらこの行為を繰り返し、ゆるりゆるりと歩く恰好が嫌いですので、セルフサービスではないところ、「官兵衛」、に入りました。

 確か、以前はこんな名前ではなかったと記憶していますが、「安い乗りか、ドラマの人気に乗って名前をつけたな・・・。考えが脆弱やな・・・」、と思いながら入りました。

 妻が、「私、ヒレカツ膳にする」、と言ったので、「嫁さん、前歯しかないのに、ようこんなもん食べるな・・・」、と思ったのですが、私も、その、ヒレカツ膳にしました。

 店内は殆どが満席で、私達のテーブルの横は、中年のご夫婦が例の如く無言で食事をされていました。

 主人と思われる方は、何か、ズルズル食べておられたので、多分、麺類で、奥さんと思われる方はもう少しボリュームのあるものを食べておられた様に思いました。

 「あ・・・、此処も力関係がはっきりしてるな・・・。お・・・、ヒレカツ膳の方が勝っとるな・・・」、と、「さもしい男やな・・・」、と、自分を思いながらヒレカツ膳を食べていました。

 しかし此処は神戸、西宮、あの東名阪道の御在所サービスエリアの様に肘をついて食事をされている方は、ぐる〜と周囲を見渡しても誰も居られませんでした・・・、居られたかも知れませんが・・・、気がつきませんでした。

 そうこうする内に、直ぐ横の席に若いカップルが座りました。

 男の子は真っ白のパンツで、女の子は誰が見ても垢抜けしていないのが直ぐに分る、両者、まあまあの子でした。

 その上、この女の子の声のト〜ンが、どうも私には耐えられない高さで、職業柄、女の人はその場の雰囲気で声のト〜ンを変えるのが分っていますが、そのト〜ンが尋常ではなく、余計に耳だけが隣のテーブルの方に向いてしまいました。

 「カツカレー」、と男の子が注文すると、「私もカツカレー↑」、と・・・、普段ではこんな高い声は出さんやろ・・・、という様な声が聞こえてきました。

 「お・・・、カツカレーか・・・、俺の方が勝っとるな・・・」、と思いながらヒレカツ膳を食べていますと、その女の子が、私から観て、決定的アホな事をしました。

 男の子は椅子に座ると、直ぐに財布をテーブルの上に置いたのですが、何と・・・、その女の子は自分の財布をその男の子の財布の上に置きました。

 それも・・・、薄ピンクの・・・、財布を置きました。

 それを見て、男の子が嬉しそうな顔をしました。

 黒の財布の上に薄ピンクの財布が重なって、それも、女の子の財布が大きい・・・、しかし、どうひいき目に見ても、そんなに入ってるとは思えないし、その・・、男の子の小さな財布の上に大きな薄ピンクの財布を置くという行為が、また、その薄ピンクの財布に隠れてしまった男の子の財布の可哀そうな事、これが私の息子なら強制的に滝行でもさせるのですが全くの他人ですので、アホやな・・・、と思いながらしっかりと見ていました。

 女の子も・・、せめて置くなら、男の子の財布の下にでも置いたらと思うのですが、どちらにしても薄ピンクの財布の方がデカいですので、もうこのカップルの力関係は修正不可能と思いながら、「ヒレカツ膳」、を食べていました。

 しかし・・・、女の子がした動作は、いかにも安っぽく、自分が主導権を取る為の身勝手な行為だと思います。

 さくらやないが・・、男の子が見ていない時に黙って男の子の財布の中にお金を入れるとか、一万円札を小さく折って男の子の財布の下に置くとか・・・、もう少し頭を使ったらどうやと思いながら「ヒレカツ膳」、を食べていました。

 途端に、10月の終り頃、中央道を通って東京へ行く途中の駒ヶ岳サービスエリアでの事を思い出しました。

 以前は近鉄が経営していたレストランですが、此処のソースかつ丼が美味しいので今回もそれを注文して食べていますと、私達の横のテーブルに70代の二人連れが座られました。

 男の方は・・・、自慢話の様な内容の事を話されていました。

 女の方は・・・、ヘアスタイル、ヘアダイの色から観て、普通に歳を重ねられて、普通の生活をされてその歳になられた方とは少し違う感じを受けました。

 目の玉の動きが活発にあるのに、表情や動作、喋りが大人しい。

 これは演じているな・・・と思いました。

 確か・・、男の方は・・・、ソースかつ丼で女の方は・・・、ミニ・・・何とかという名前のものを食べられていました。

 あの体系で・・・、ミニは無いやろ・・・、と思いながら見ていたのですが、出られる時も、女の方が黙って後ろについて出られました。

 年齢からすると、もう今から結婚とかではないと思いますが、多分、男の方の身内は反対されて、女の方の身内、おそらく娘さんは、お母さんの恋愛に賛成されて今回のデートに送り出されたのかな・・・、と思いながら見ていました。

 しかし・・・、名塩の場合も、駒ヶ岳の場合も・・・、年齢は違うが、「男は騙されるもの」・・・、と思いました。

 何時も人を観察しようと思って見てはいないのですが・・・、何か・・、面白い事が無いかな・・・と思って見ている自分が居る事は確かの様です。

 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・。

 






 平成26年11月12日(水)

 11月の3日から4日にかけて、九州や西日本で火球を見た人が続出して、その事がテレビで放送されていました。

 そのニュースを見て、「長い間・・・、空を見た事も見上げた事もないな・・・・」、と思いました。

 育った環境も有るのでしょうが、子供の時は昼も夜も、よく空を見上げていた事を思い出しました。

 何故、あんな頻繁に上を向いていたのか、昼間は何処ででも、河原の土手でも、あぜ道でも、田んぼの中でも、寝転んで空を見上げていました。

 蓮華畑に寝転べばもう人からは見えないし、寝転んだ目の高さにはレンゲの花が一面に咲いて、花の匂いや茎の臭い、土の臭いがして、安心したものでした。

 遊んだ後、、夕方家に帰る時も、夜空を見上げて歩いていてよく転んだものです。

 上を向いて何処まで行けるか、何処まで転ばずに行けるかと遊んだものでした。

 夕食の後、夜も何故か、よく夜空を見上げていました。

 高校生になっても、昼も夜も、よく空を見上げていました。

 大学生になって環境が一変し、目の前の形だけの、空(から)の唯物的なものに没頭しかけてから、上を向く事が少なくなったと記憶しています。

 只前を向いて、自分の前にある、何か解らない現実に向き合う様になってからは、全く上を見なくなった様に思います。

 もしかしたら、現実から目をそらす事だけが怖かったのかも知れないし、何か解らないものに置いて行かれるのが嫌で真っ直ぐだけを見ていたのかも知れません。

 途中、全てのものが、自分が描いていたものがそれとは違うという現実に気がついて、カラカラ音を立てて壊れて行った時も、余計に真っ直ぐだけを見ていた様に記憶しています。

 自分の仕事の方向性が決まり家族を持つと、余計に上を見なくなったと記憶しています。

 上を見ない期間が長く続きます。

 現実が充実して行けば、余計に前だけを見る様になりました。

 そんなものが長く続くはずがありません。

 やがて仕事も下降線を描く様になり、妻の調子も悪くなって行きました。

 妻は寝込む様になり、度々の入退院を繰り返します。

 息子は家を出て行き、何処に居るのか分らない時期もありました。

 現実問題に向き合わなければなりませんので、余計前だけを見ていました。

 その時期、真冬の寒い日の晩、仕事の帰りに寄る何時ものスーパーの広い駐車場で、雲一つない空の星を見上げている自分が居ました。

 久しぶりに空を見たな・・・・・・、と思っている自分が居ました。

 来年の今頃はどうしているやろう・・・、と考えながら空を見上げている自分が居ました。

 その1年後の同じ時期、真冬の寒い日の晩、何時ものスーパーで空を見上げている自分が居ました。

 「あ・・・、俺、去年と同じ事をしとるわ・・・」、と考えてる自分が居ました。

 余計に空を見なくなりました。

 今は下を見る事が多くなりました。

 人と争わず、人と目を合わさずに、下を向いてる事が多くなったと思います。

 自分でも可笑しくなる事があります。

 若い時、上(空)を見ていたのは、やはり夢というものが有ったのかもしれません。漠然とした夢というものが。

 しかし、夢は叶えられるものではありません。

 夢がかなえられたらそれは夢ではありません。

 実際に叶えられるのは願望です。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・、火球から、思わぬ方向に行ってしまいました。

 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・・・。

 

 


 平26年10月29日(水)

 久しぶりに中央道を利用して東京へ行きました。

 定宿の一つが八王子に在りますので、普通は名神を草津で新名神に入り、細かく言えば加古川北から山陽道に乗って、神戸ジャンクションで中国道に入り、吹田から名神に入り、草津で新名神に入って、亀山で東名阪道に入って四日市から伊勢湾岸道に入り、豊田で東名に入って三ヶ日から新東名、御殿場で再び東名に入って厚木で圏央道に乗って相模原愛川で降りて少し一般道を走って八王子バイパスに乗って八王子の定宿に着くのが一般的な道順ですが、今回は東名で小牧まで行き、其処から中央道に乗って八王子まで行きました。

 何故、中央道を通ろうと思ったのかは、まだ紅葉や冠雪には少し早いとは思ったのですが、あの、長い恵那山トンネルを抜けて飯田から駒ケ根、伊那の街を下に見て、向かって左には中央アルプス、右には南アルプス、、諏訪湖を超えて小淵沢から甲府、向かって左に八ヶ岳、右に南アルプスを見て通るのが好きだからです。

 それに、飯田、駒ケ根、伊那、小淵沢、長坂、須玉、韮崎、甲府から勝沼にかけての沿線の畑の果物の色を見るのが好きです。

 只・・・、この道は、小牧から八王子までくねくね曲がって曲がって、もうこの地点まで来ると疲れているのか、特に釈迦堂を過ぎた所位から八王子までの区間、相模湖を右に見てくねくね曲がって、又この道は乗ってる人をレーサーの様な気にさせるのか、やたらと抜きつ抜かれつの気にさせる様な気がします。

 又、私等は、どちらかと言えばきっちりした方ですので、100キロと決めたらどんな事情が有ろうと100キロで走りますが、人(私)が機嫌よく走っているのに後ろからスピードを上げて抜いて行ったと思ったら、少し前でノロノロ走っいたりする車が多いのもこの中央道の特色です。

 まあ・・、これは大目に見て、一番イライラする車は、私が100キロジャストで走っていて、前の車も100キロジャストで走ってくれれば良いのですが、前の車が98キロジャスト位で走られたら、あの、真綿で首を絞められる様なというより、私が真綿で相手の首を絞めている様な感覚で、ゆっくり相手の車に近づい、一気に相手を締め上げるという感覚でスピードを上げるのが、それも120キロ位スピードを上げて抜く事になりますので、余り私の好みではありません。

 何も、100キロジャストでなくても良いのです。

 90キロでも良いし、95キロでも良いのです。

 あの、中途半間な、91、92、93、94、96、97、98、99キロというのが、私の性に合わないのです。

 特に、94、99キロで走る車は大嫌いです。。

 そんな気持ちで、イライラしながら運転していますと、談合坂?を過ぎた所の橋の欄干に、「ゆすりあいにご協力を」、と書いてある横断幕が目に入りました。

 思わず、「此処までイライラして運転して来たら、勝負せなあかんのやな・・・。走る車をゆすらなあかんのやな・・・」、と一瞬勘違いをして、横断幕を通り過ぎてから、あれは、「ゆずりあいにご協力を」、という意味だという事に気がついた次第です。

 「加古川から此処まで来たら、さすが俺も、疲れているな・・・・」、と自分に言い聞かせました。

 相手をゆすらんで良かった。

 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・。

 暇な方は、上りの談合坂サービスエリアの手前?の高架橋の横断幕を見に行ってください。



 平成26年8月30日(土)

 8月23日登載の、何か、すっきりしない・・・、の事で、直ぐに神奈川県の知り合いのK森さんから心配のメールを頂きました。

 K森さんのお父さんも私と同じ歳ですが、やはり、何か、すっきりしない派で、先日お父さんが低反発枕を細工して自転車のサドルにつけているが、大分ましだという事を知らせて頂きました。

 前回の事が有ってから人が自転車に乗る恰好を見ていますと、何と、サドルから少しお尻を横にずらして乗っている方の多い事・・・、殆ど男の方です。

 殆どが男の方ですが、そんな事は無い、女の方も多いはずです。

 K森さんからメールを頂いてから、早速近所の、「あさひ」、に行ってみました。

 「ふわふわのサドル、ある?。お尻が痛いんです」、と言うと、若い女の店員さんが、「こんなのが有ります」、と言って低反発の薄いクッションの入ったサドルを渡してくれました。



 988円?でした。

 家に帰って、早速サドルにつけて乗ってみましたが、やっぱり・・、何か、すっきりせんな・・・、という結果でした。

 つけていない場合よりはふわふわ感は有るのですが、何か、すっきりしません。

 それならと、サドルカバーの生地と低反発のスポンジの間に、車の座布団を切って、その座布団の真ん中の綿を引きずり出したものを入れて試してみました。

 しかし、まだ、何か、すっきりしません。

 そしてとうとう、根本的な原因を突き止めました。

 それは自転車のサドル自体の恰好、構造に原因がある事に気がつきました。

 もうこうなったら止まりません。

 誰が何を言おうと止まりません。

 自転車からサドルを外し、サドルの中心位置をカッターナイフで縦に切って、私の弱点の位置を考えながらペンチで中のスポンジを慎重に?つまみ出しました。



 私の弱点を考慮したサドルが出来上がりました。

 サドルカバーの生地と低反発のスポンジの間に、私の弱点を考慮した、真ん中の綿を取った座布団を入れたサドルカバーを、私の弱点を考慮して製作したサドルにつけてみました。

 その後、ちょっと近所のマルアイまで試運転しましたが、すばらしい乗り心地で、軽四のトラックと高級乗用車の乗り心地の違いの様で、完璧な仕上がりです。

 私の弱点が全く何も主張しません。



 (すばらしいクッション性で、少し指で押さえただけでこの通りです)

 自分ながら良い仕事をしましたが、冷静に考えると、このサドルカバー自体、余り防水性はありませんし、本来のサドルはカッターナイフで切っていますし、雨の日はどうしようかと考えたのですが、まあ、マルアイのビニール袋でもかぶせて乗っていたら良しという結論に達しました。

 お尻の方が大事です。

 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・・。

 神奈川県のK森さん、有難うございました。

 お父さんにも宜しくお伝えください。







 平成26年8月25日(月)

 邪魔くさがりの私にしては、暑い中、よく頑張りました。

 祈祷に必要な幣や紙の位牌などは、普段から残りの数を考えて事前に作っておけば良いものを、「あかん・・、もう後一組しかない・・、どうしょう・・・」、という段階になって初めて作り始めるのが何時もの癖で、今回も、よりによって真夏の暑い時期にそれがきました。

 おまけに、クーラーをつけて作業をすれば良いのですが、クーラーをつけると湿気が無くなり、指の先がサラサラになって、紙をさわってもつるつる滑ってしまいますので、クーラーなしの状態での作業になりました。

 私は何に対してもそうですが、もの事をきっちり?とするのが大嫌いな性格で、特に紙の端と端をきちんと合わせるという作業は本当に辛い仕事になります。

 本職の方はその日の都合や気持ちで毛先を跳ねたり内巻にしたり、右に向けたり左に向けたり、評価されるのは、要するに綺麗になったら良いという仕事ですので、私の性格には合っているのですが・・・・。

 その事で、まあ、このブログは美容師さんが沢山見ておられる様ですので・・・、本題とは少し外れますが・・・・。

 いくら私とて、その昔は正確なカット技術をしていました。

 カットと言えば、その地域では名が通っていたものです。

 しかし、よう聞いときや、今、やる気満々の若い子・・・。

 髪型に関しては私の若い時とは大分違いますが、完璧な仕事をしたら、その時は大変喜ばれます、お客さんには・・・、しかし来店の頻度が落ちます。

 完璧な仕事をしたら、ヘアスタイルは一か月や二か月、型崩れせずにそのままの形を保っています。

 ヘアスタイルが崩れなかったらお客さんは美容室に行く必要はなくなります。

 「あんたとこでしてもらったら、長い事もつわ・・・」。

 これは経営者に取っては命取りの褒め言葉です。

 特に男性美容師にその傾向が多いです。

 職人気質の男性美容師は美容師の寿命は短いです。

 その技術に惚れ込んで通ってくるお客さんは少ないです。

 お客さんは女の方ですので・・・・。

 本題から外れましたが、この暑い中、クーラーなしで、汗だらだらで頑張りました。

 

 五大明王幣を作る用紙です。




 型紙を作ります。



 型紙と奉書紙を合わせて、切っていきます。


 
 折っていきます。



 五大明王幣の完成ですが・・・。細かい規則は書きません。

 霊媒体質の方が興味本位で作ったら、此処に邪が宿って、いろんな知らせを、体や五感に作用し始める事が多々あります。


 
 完成途中の不動明王幣です。


 
 釜に巻く幣です。



 一度に沢山作って、乾かしています。



 釜幣の完成です。



 目出度い時、幣立てに巻く紅白の水引です。



 五大明王幣、不動明王幣、釜幣、紙の位牌・・・、沢山作りました。

 ◎・◎・◎・・・、と続きます。

 一般の方には、

 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・。






 平成26年8月23日(金)

 何か、すっきりしない事が続きますが・・・・・、思ってみれば、小さい頃から・・、何か、すっきりしなかった事を覚えています。

 かと言って、親に言う訳でもなく、只黙って薬局に行って薬を買って来てた事を覚えています。

 ・・・と言って、一年中調子が悪いわけでもなく、直ぐに忘れてしまうくらいですので、まあ、そんな程度だったのでしょう。

 只、周りの友達との話で、「おい・・・、何か、調子悪いな・・・」、という話はよくしましたし、近所の女の子が入院して手術をしたらしいという話も覚えています。

 今でも時々・・・、というより、季節的に、「何か、すっきりせんな・・・」、という症状が出ます。

 それではいつ調子が悪くなるのかというと、大体、夏場から秋にかけて、調子が・・・、もう一つ、「すっきりせんな・・・」、になります。

 去年は、「運動せんとあかん」、と勘違いして歩き過ぎたり、自転車を乗り過ぎた後に・・・、まあ、膝は歩き過ぎて悪くなったのですが、「何か、すっきりせんな・・・・」、は絶対、自転車に乗り過ぎた事が原因だという事は分っています。

 田舎ですので、子供の時は何をするにも自転車で動いていました。

 今から思えば・・・・、子供の時から自転車が影響していた様です。

 今も・・、そして今年もそうですが・・・・、我が家は私が自転車に乗らないと食べていけない?のです。

 妻は杖をついていて重いものは持てないし、私が前と後ろに買い物かごを付けたママチャリに乗って買い出しに行かないと食べていけない?のです。

 一日に何回も自転車を漕いでうろうろして夜になると、「何か、すっきりせんな・・・」、が始まります。

 冬は寒いので余り乗らないせいか、気のなる事は少ないです。

 あの・・・、自転車の固いサドルにお尻を乗せて、一生懸命にペダルを漕いで、時々、ガッツ〜ンと・・・・、ガタガタガタ・・・と道路からの振動を受けて・・・、これは繊細な私の身にはこたえます。

 昔のサドルはもっと柔らかかったと思うのですが・・・・・・・。

 そこで何か・・・、この振動を和らげるものはないか・・・、自転車競技をする人はどうされているのかと考えて、アマゾンで検索すると、何と、「パッド付きサイクルインナーパンツ(高品質・ふかふかのパッド付だから長時間のサイクリングにも快適。蒸れない。伸縮性抜群。軽い。丈夫」、と良い事づくしのものが有るではないですか。しかも、値段も手頃で・・・・・・。

 あ〜、これが有れば、あの、「何か、すっきりせんな・・・」、から解放される・・・。

 あ〜、これが有れば、快適な買い出し?が出来ると思いました。

 即、注文しました。

 割と慎重な性格?なのですが、余程悩んでいたのでしょう。

 直ぐに物が着きました。

 これです。



 パンツの内側です。



 何か・・・、ふかふかして・・・、一瞬の安心感と・・・、その後、3〜4秒間程の不安感がよぎりました。

 早速はいてみました。

 勿論、こんなものを買った事を妻は全く知りませんので、「どや?。お尻、おかしくないか?」、と聞いてみましたが、「別に・・・」、という答えだけでした。

 私は、「何か、すっきりせんな・・・。絶対、モコッと・・・、後ろと下に・・・、モコッと膨らんでると思うんやけどな・・・。何か、すっきりせんな・・・・」、と感じました。

 エドウィンのジーパンが少し大きめですので、「人には分らんやろ」、と思い、パンツをはいて自転車に乗りました。

 「これで、一時間や二時間のサイクリングは大丈夫やろ」、と自転車にまたがったのですが・・・・、「どうも?・・・・・、この・・・、ふわふわした部分が・・・、余計に突起になって、弱い私をいじめる様な・・・・、何か、すっきりせんな・・・・、失敗したな・・・、慎重な俺が?・・・・・」、という散々な結果に終わってしまいました。

 「こんなパンツ、どなしたらええんや・・・・、欲しい人が居られたらあげるのに・・・・」、と思いましたが、まあ、記念に取って置く事ににします。

 しかし、私の様なお尻の敏感な方は沢山居られると思いますが、そんな方は自転車には乗らないのでしょうか・・・・。

 久しぶりに・・・・・、
 
 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・・・・・。

 お尻ついでに・・・・・・、今から30年近く前、ラジコン飛行機を通じて知り合いになったお爺さんが偶々修験者で、親の代から大々的に活動されている方で、その方が、「たかはっさん、護摩焚きを見せたるから明日おいで」、と言われるので何も考えずにその家に行きました。

 家に着いたのですが、いくら呼んでもその方は出て来ません。

 何回も呼んでいると、出て来られましたが、夢遊病者の様な状態でふらふらとして、口もろれっています。

 「たかはっさん、何で来たん?」、という様な始末です。

 今の私ならそんな所には出入りはしないのですが、その時の私は何も解りませんでした。

 「いや・・・、護摩焚きを見せたるからという事で来たんやけど・・・」、と言うと、「そうやったかいな・・・・」、という始末です。

 それでも護摩焚きを見せて頂いて帰って来たのですが・・・、その晩、急に私の肛門に激痛が走り、お尻はしびれてしまい、肛門からは沢山の粘液が出て来ました。

 兎に角、ズボンがすれてもお尻が痛いのです。

 肛門の感覚が無い様な症状でした。

 普通の方ならびっくりして病院に行かれると思いますが、何故か、病院には行きませんでした。

 この痛みは2年間ほど続きました。

 勿論、妻にも話していませんし、誰にも言った事はありません。

 只、面白くないので、相変わらずビール(その当時は、アサヒ、生一丁を飲んでいました。今はキリン淡麗グリーンラベルですが・・・)は沢山飲んでいました。

 ビールを飲んでいる時だけ、痛みが無くなるのです。

 あの・・・、ホップの鎮静作用がたまりません。

 話がそれましたが、これは家の地神様が怒られてこの様になったのです。

 あの・・・、沢山の仏像がある・・・、そして其処には余り歓迎しないこの領域のものがウジャウジャと集まって来ている様な所に私が行く事に大変怒っていたのです。

 家の地神様が知り合いの修験の方に働いて夢遊病者の様な状態にさせていたのです。

 その時点で私が気がついて家に帰っていたらこんな事にはならなかったのですが、その当時の私なんか、素人同然で何にも解りませんでした。

 しかし、このお知らせはこたえました。

 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・。

 やはり、持っていてもしょうがないので・・・、パンツ・・・・、欲しい方が居られたら・・・、あげます・・・、送ります。。

 今度、私はふかふかのサドルカバーを探しますので・・・・・。

 

 



 平成26年8月1日(金)

 何か、すっきりせんな・・・・・。

 昨日、淡路島から帰って来たのですが・・・。

 洲本の方の相談内容でちょっと引っかかるものを感じましたので、現地をこの目で見る事を第一に、その次の第二目標を、こんなあっついのにやっとられるか・・・、確かに、大変有り難い事に、静岡のKさんからウナギを沢山送って頂いて、勿論、国産の、関西では珍しい白焼のウナギを・・・、まあ・・、それも大半は息子家族に行ってしまったのですが、その味を占めて・・・、そうや・・・、淡路と言えば今の時期、沼島の鱧(はも)や・・・、という事になって、インターネットで調べると、福良のなんとかホテルが鱧の料理を出しているという事で、其処へ行った訳です。

 勿論、加古川から南あわじ市までは車で一時間半程ですので、一泊なんかすると日帰りをモットーにしている真面目な私が涙を流して怒るほどの短い距離ですが、しかし、もう一人の私が、「こんなあっついのにやっとられるか・・・・」、と怠惰な事を言い出し、結局もう一人の私が勝ってホテルに一泊した訳です。

 実際、うなぎも長い間口にしてはいませんでした。

 それを静岡の本職のKさんと知り合いにならせて頂いたお蔭で、「うなぎ・・、うなぎ・・・を食べたい。それも国産を・・・」、という欲求は満たされました。

 そして何を思ったのか、今度は、「はも・・、はも・・・を食べたい。それも沼島の・・・・・」、という欲求が何処かから出て来ました。

 そんな時に、洲本の方から相談があった訳です。

 勿論、今回の洲本行は私が勝ってに行っただけで、相談者の方とはお会いしていません。

 結局、はもが食べたかっただけかも知れません。

 ホテルの予約を取ってから、ある不安が脳裏を横切りました。
 
 此処は私達が何時も利用する様なホテルではなく、要するに、観光ホテルです。

 この時期、こんな所は・・・、子供連れの・・・、ガキがギャーギャー騒いで・・、あのせわしなく・・・、ハンドルもブレーキもアクセルも故障している様な不安定な動きの・・・・、ハイスピードで走り周るゴーカートの様な・・・・、あの・・・あの・・・、おまけに日向の臭いをプ〜とさせたガキが・・・、と思いながらホテルに着くと、ホテルのロビーは全く予想通りの世界でした。

 失敗した・・・、と思いました。

 しかし私達も仕方なしにこの様なホテルに泊まった事は何回かは有りますので、この先の展開は予想がつきます。

 この若い子連れの家族の夕食は、先ずオードブル形式の夕食です。

 こんなもんが横で騒がれたら、あの神聖なビールタイムが台無しです。

 まさか・・・、はもコースには来ないだろう・・、という自信は有ります。

 実際、夕食は静かな雰囲気の中、サービス精神過剰のホテルマンの接待がうるさかっただけでした。

 しかし・・・、鱧、はも、鱧、はも・・・、と期待し過ぎたのか、はもは・・・、もう一つ美味しくなかったです。

 量も少なく、質も悪く、本当はもっと美味しいものだと思いますが、別物ですが、その前に食べたうなぎが美味しすぎたのかも知れません。

 今回は「はも」がメインで来たのに、何か、しっくり、すっきりしませんでした。

 しかしビールを飲んだら、直ぐに何でも許してしまう良い性格ですので、「まあ、このホテルの「はも」は、こんな味やろな・・・」、という事で、酔うほどに楽しくなって来ました。

 こうなってくると・・・、何処かの寅さんではないですが、着物を着たスタッフ(仲居さんとは言わんのか・・・この頃は)の女の人の中で一番若い・・・、長身でほっそりとした・・・、解り易く言えば、電柱が着物を着た様な子の表情が暗くて・・・、何か・・・、この子・・・、顔は沢山塗っていますので地の顔色は分りませんが・・・、この子の家には病気の両親が居て、家の助けになればと・・・、そんな訳で働いているんやな・・・・と気になってきました。

 「よし、この子にビール、頼もう。ベテランの女の人にビールを頼んだら、あの、ちょっと斜めにビール瓶を持った手をクルッと35°位に回して、コップにビールが一杯になる手前で、もう5°ほどひねって斜め上に上げる、あの手慣れた動作でビールをつがれるのが嫌なので、今回はあの暗い子にしよう」、と思いました。

 そしてその暗い子にビールを頼もうと思い手を上げたのですが、一番敬遠をしていたベテランが目ざとく見つけてビールを持ってきました。

 「お注ぎしましょうか」、と言われたのですが、「自分で注ぎます」、と、勿論お断りをしました。

 何か・・・、すっきりせんな・・・・・、と思いました。

 しかし、何処に泊まっても一つや二つは面白いものを見るもので、大分離れた所の四人掛けのテーブルに、70代の男の人が二人並んで横に座り、三十代後半から四十前半の女の人が二人並んで横に座り、向かい合って楽しく食事をしています。

 何故大分離れた所の事が分るのかといえば、私はビールがまわって、何回もその前を通ってトイレに行っていましたので、その情景を見ていた事になります。

 「何か・・・分らん人らやな・・・」、と思いましたが、直ぐに部屋に帰って行かれました。

 何か・・・、もうちょっと見届けたかったのに・・・、すっきりせんな・・・、と思いました。

 何か・・・、ベテランがビールを持って来た事も・・・、夕食の鱧も・・・、目の前に展開される情景も・・・、落ちの無い・・・、すっきりしない夕食タイムでした。

 朝食はオードブル形式ですので覚悟して会場に行きました。

 朝食会場に行って驚いたのですが、殆どが若い・・・、私の息子夫婦位の年齢の人とその子供ばかりで、私達の様な年齢の方は先ず見当たらなかったです。

 この時期、こんな所に泊まった事自体が間違いでした。

 これからの人と、もうぼつぼつ終わろうか・・・、という勢いの違いを感じました。

 その朝の食事で面白い事が一つ有りました。

 横のテーブルに座った子連れの若い夫婦が食事を終わって一言、「これ、此処に置いといて良いの?」。

 この若い言葉は良かったです。

 朝食が終わって部屋に帰り、洗面台で歯を磨こうとした時、バスタブに加古川では居ない様な大きなやぶ蚊が一匹目に入りました。

 早速シャワーを浴びせましたが、シャワーの水ではこたえないのか彼方此方と飛び回っています。
 
 しかし、最後には仕留めました。

 今回の一泊の中で、この瞬間が一番すっきりしました。

 しかし、鱧に関しては、すっきりせんな・・・・・・・。

 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・・・。

 

 



 平成26年7月25日(金)

 あっ、ついな・・・。

 何か忘れてるで・・・、とずっと思っていたのですが、この暑さで?思い出しました。

 3月か4月?、何か頼まれて・・・、確か安請け合いした事があったはずだと思っていたのですが、この暑さで思い出しました。

 総務省統計局の家計費状況調査に協力してくださいと言われて、「ハイ」、と返事をしてしまい・・・、確か書類が沢山有った事を思い出しました。

 5月、6月、7月、8月、9月に提出しないといけない書類が、祈祷の願文、表白の書類の山の中腹位に有るのを見つけました。

 「えらい事した・・・・。完全に忘れてた・・・。5月、6月分、送ってない」、と思ったと同時に、「8月分は送らないでください。9月の上旬に調査員が回収に伺います」、と書いてあります。

 確か、定年された位の年齢の方が来られて、私が暇そうにしていると思ったのか、調査に協力してくださいと言われた事も思い出しました。

 偶々その日、私の機嫌が良かったのか、「ハイ」、と安請け合いした事も思い出しました。

 確か・・・、あの人、4月分は取りに来てあったな・・・・、という事も思い出しました。

 同時に、「箱に入ったボールペンも貰ったはずやで・・・・」、という事も思い出しました。

 「怒られるやろか・・・・」、と思ったのですが、「まあ、そんな事もせんやろ・・・、もし怒られたら、ボーペンを返そう」、とも思いましたが・・・・、「いや・・・、向こうも人を見て、頼まないとあかんわな・・・。半年に渡って調査に協力する人間に見えるか?・・・、俺が・・・。これは向こうが悪い。人を見る目がない。向こうが悪い」、という結論に達したのですが、9月の上旬が怖い気もします。

 しかし、もし、向こうが、「調査に協力出来ない人は渡したボールペンを頂いて帰ります」、と言われたら、確か、箱に入ったボールペンでしたが、箱なんか無いし・・・、どれが貰ったボールペンなのかも分りません。

 何しろ・・・、私の目の前だけでも・・・、又引出しの中には・・・、相当数のボールペンが無動作に転がっています。

 何しか・・・、昔からホテルに泊まったら、そのホテルのボールペンを頂いて帰る決まり事がありますので、相当数のボールペンの持ち主になってしまいました。

 そして今、もし、「ボールペンを貰って帰ります」、と言われたら、何処のホテルのボールペンを渡そうかと迷っている状況です。

 今までで一番質の良いボールペンは、茨城県の鹿島セントラルホテルのボールペンで、これだけは何が有っても渡すつもりはありません。

 しかし・・・、この頃、ホテルのボールペンの質が落ちました。

 置いていない所もある。

 それと、メモ用紙に、前に泊まった人が筆圧の高い?方の場合、書いた内容が下の紙に残って、もろに分る場合があります。

 そしてメモ用紙・・・、これは妻の書く絵でよくお世話になっています。

 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・・。

 





 平成26年7月24日(木)

 あっついな・・・。

 こんなに暑いのに、きちんと袖を合わせて、袴をはいてニコニコとした稲荷様が二体届きました。

 「伏見は暑いのに・・・、神主さんや巫女さんも、裏では普通の会社の如く、足の引っ張り合いやいじめも有るやろに、ニコニコしてようやるわ」、と市丸さんが送って来られたお像を見て思っている私は、大分暑さにやられているみたいです。





 実は私、去年まで、夏でも、ズボン下、ロングパンツ、巷で言う、「パッチ」、を履いていたのです。

 そんな事白状するとびっくりされるから、真夏の祈祷に行った先の方にも黙っていたのです。

 あの・・、何か・・、下半身のぬく〜い感じが好きだったのですが、今年はあきません。

 今年は、巷で言う、「すててこ」、というものを履いています。

 何時から、年中「パッチ」、を履きかけたかと・・・、ボ〜としている頭で思い起こせば・・・、大学を止めてパチプロを目指していた頃、今と違ってパチンコ屋には椅子などありませんから一日中ず〜と立って、斜めに構えて軍艦マーチに合わせて小さい穴にパチンコ玉を放り込んでいた姿勢が悪かったのか・・・・、いや・・・、中学二年の時、単車を乗り回していた時の事故の後遺症でそうなったのか(何故か、単車は小学生の時から乗っていました)・・・、小さい時、火遊びをしていて家(勿論、他所の家、全焼)を燃やしてしまった事の罰(ばち)なのか・・・、兎に角、腰、脚、下半身・・・、全身が・・・、首を下向けるだけで足の先まで電流が走る様な痛みが出る様になりました。

 単純に、「下半身を温めたらその内治るやろ・・・」、と思って、以後、「パッチ」を履き始めた事を思い出しました。

 話しがずれましたが、巫女さんの持つ竹ぼうきの先の細かい仕上げ、これは市丸さんしか出来ない技術です。

 又今回、台座に砂が敷き詰めてあります。

 細かいとこまで、ようやります。

 直ぐに売り切れになるそうな・・・・・。

 お像は直ぐに売れるのに・・・、市丸さんも売れたら(結婚)な・・・、思います。

 難を言うと・・・、神主さんが手に持つ幣ですが、これを、「祓串」、にしたら、もっと良いと思いますが・・・・。

 それと市丸さん、忙しいとは思いますが、前にもちょこっと言った、大塚さん(明府真影流手裏剣術)の忍者が手裏剣を振りかざしているところ・・・、お願いします。

 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・・。






 平成26年7月18日(金)

 先日、広島県の大野さんか、ら「ラジコン飛行機を独学で勉強して、やっと飛ばせるようになりました。小さい時からの夢が53歳になって叶いました。それにしても、たかはっさんは、よくも、あのユニオンの小さめのゴム動力飛行機をラジコン仕様にして、1ミリのピアノ線に車輪をつけて、無傷で生還させました。尊敬致します」、というメールを頂きました。

 この様な尊敬のメールは以外に少なく2通目で、市丸さんはUコンをやられていたのでその偉大さがお解りの様で、直ぐに、「尊敬致します」、というメールを受け取った事を覚えています。

 しかし、長い事、ラジコン飛行機は飛ばしていません。

 ラジコン飛行機をやられた方はお解りでしょうが、あれは疲れるものです。

 初心者の頃は、どこに飛行機が降りて来るか分かりませんので、うろうろうろろして疲れますが、そんな初心者の経験する体力的な疲れではなく、ず〜と神経を集中して飛行機を追って、手元のプロポにも集中し、落としたらウン万円の損害を心配し、疲れるものなんです。

 私なんか、同じ日に続けて2機、加古川に流してしまった事があります。

 また、河川敷のジャングルの様な所に機体を落としてしまい、それを取りに行ったのは良いが・・・・、背丈より高い草の中に入ってしまい、もう少しで遭難?する様な目に遭った事があります。

 蛇は居るし、いばらで顔も腕も傷だらけになった事もあります。

 そして、ラジコン飛行機に一生懸命になると、決まって妻の調子が悪くなります。

 そんな訳で、長い間、ラジコン飛行機を飛ばしていません。

 最後に飛ばしたのが・・・多分・・・、ハイテックの「イージーグライダープロ」、だったと思います。



 機体が重たい分、パワーが有りますので、これを故意に長い滑走で着陸するのは面白いです。(ハイテック、イージーグライダーと検索すれば、飛行の様子が分ります)

 しかし本当に好きなのは、近所の文房具店でスチレンペーパーを買って来て、それを適当に切って、自分の好きな様な格好の飛行機を作るのが好きです。

 しかし・・・、大野さんも飛ばしてんか・・・・、場所が問題やな・・・・。

 私なんかこの頃、場所も時間も全く気にせずに飛ばしています。



 オモチャですが、割と面白いです。

 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・。

 




 平成26年7月14日(月)

 うろうろうろうろ、いろんな所で泊まりますので、大体の目星は付いていたのですが、「やっぱり此処やった」、と、私の冷静?な記憶に満足しました。

 相当前の、此処での貴重な経験が、今日の冷静な?私のうろうろいろんな所で泊まった折りに困らない、有り難い経験をさせて頂いた貴重な所です。

 その昔、まだ、東京都に車で乗り入れる時、少しの緊張感を持っていた頃の時です。

 京王線調布駅前のパルコの8、9、10階がホテルになっていますので、其処に泊まった時、定番の寿司をパルコの地下の、今から思えば、「○きん」の鮮魚店で買った時、「すんません。わさび、無いの?」、と聞いたら、年配の店員さんが、いかにももったいぶって、ちいさな袋に入ったわさびを・・・、有り難く頂いてください、と言わんが如く、二つくれた事があります。

 「そんなもん、こっちでは何処のスーパーでも山と積んであるで・・・」、と思ったのですが、「はあ・・・、はあ・・・、あっ、どうも・・・」、と有り難く貰ったのを覚えています。

 それからです、東京・・・、いや、何処に行く時もわさびと醤油は持って行く事にしています。

 勿論、其処で買えばいいのですが、「そんなもん、スシローやかっぱ寿司に行けば、何ぼでも有るわい」、という事で、祈祷先の晩御飯の寿司には、スシローとかっぱ寿司の醤油とわさびが定番になっています。

 くら寿司は、あの・・、お皿をほりこんだら・・・、「ガチャン」、というのが性に合わないのと、妻の手の指の調子が悪いので、あの・・、移動している間に蓋を上に上げるという動作が二皿に一回は失敗しますので行きません。

 このパルコの上階のホテルには3回程泊まって、パルコ自体はよく知っているのですが、私は晩御飯とビールを調達する為に、それは大体地下にありますので、またその地下の食糧品を売っている各店舗の配置が、全国何処でも
大体共通していますので、私の頭の中には各地の地下の店舗配置の記憶が混ざって、解らなくなっています。

 しかし、この東京都いう所は、各土地、地域によってその柄の違いが解って面白い所だと思います。

 柄・・・・・、と言えば、この頃、祈祷は大体土曜日か日曜日が多いのですが、祭日の高速道路は・・・、柄が悪い。

 サービスエリアのお客さんにしても、祭日しか高速道路を走らない方の走り方にしても・・・、柄・・・悪い。

 先日(12日)、東京へ行く途中で、浜松サービルエリアで食事をしました。

 皆さん、うれっそう〜な顔して・・・、ニコニコして・・・・、腹が減ってるのにニコニコして、修行の済んだ方ばかりが居られます。

 私・・・、自分が注文したものを・・、自分がお盆に乗せて、嬉しそうに運ぶのは大嫌いなんです。

 やっぱり、持って来てもらわんと・・・、水も・・・・・。

 その水で・・、えらい目に遭いました。

 ・・・・、ですから・・・、私はこんなとこ、嫌なんです。

 私が妻の分の水と・・・、私の分と、もう一カップ、暑い緑茶を入れてたら、後ろで、えらい、睨みつける女の人(60前のおばはん)が居ます。

 頭(髪型)もあっくろしい頭で、サンバイダーをつけて、自転車で近所のマルアイ(家の近くのスーパー)にでも買い物に行った方が似合う格好で私を睨んでいます。

 「この人(女)、何で睨んでるんや・・、俺、こんなおばはん知らんで・・・、俺が知ってるのはこんな歳の人は居らん。はは〜ん、俺が器用な事をしてるのを・・・・、いや・・・、こんな表情しか出来ん人(おばはん)なんかな?・・・」、と思いながら三つのカップを器用に持って妻の座っている所に持って行きました。

 妻に、「怖いおばはん居ったで・・・」、と言って座って斜め前を見ると、そのおばはんが座っています。

 主人と思われる人(男)は、また、大人しそうで・・・・。

 「ええ加減にサンバイザーをとったらどないや」、と思いながら見ていますと、そのおばはん、さっと立って隅のテーブルに移動して、何かでテーブルを綺麗に拭いています。

 「ああ見えても綺麗好きやな・・・・、しかし、隅のテーブルに移るという事は独占欲が強くて勝手な人やろな・・・、他の人が横に来ない様に、隅の空間は自分のもんや・・、と、コーナーのテーブルを取ったな・・・・」、と思い見ていました。

 少しして、おばはんはお盆に何かを乗せて来て椅子をまたいで座ったのですが、お尻が椅子につくのと、お盆をテーブルに置くのが同時になる様な器用な座り方をしました。。

 主人と思われる人は大人しく、普通の座り方をされました。

 私・・・、本当は目が悪いのか、そのおばはんが何を食べてるのか確認出来なかったのですが、何やら・・・、プラスチックのスプーンで何かを食べいます。

 両肘ついて、両手でお皿を持って食べています。

 又、食べるのが早い事・・・、主人と思われる人は普通に食べていましたが、さすが夫婦、主人の方も食べるのが早い、妻の20倍は早い食べ方でした。

 後からよく考えると・・・、あのおばはん、私の前に並んでたのを私が前に入ったという事で睨んでいたのか・・・、まあ、どちらにせよ、私の目にはあのタイプの人は入らんから、もしそうだとしても許してもらわんと、という結論に達しました。

 それと、祭日や偶にしか高速を走らん人、あれは、かなん。

 普段の日、高速道路を長距離運転する時のストレスと、祭日の時のストレスは全違います。

 まあ・・・、下手なタクシーよりは距離を走りますので言えますが、祭日の高速道路のドライバーの質の悪い事。

 やたら飛ばして追い抜いたな・・・、と思って進んで行くと、少し前でトロトロ運転していたり、結局は私の方が追い抜いてしまうのですが・・・、それと、やたらとサービスエリアに入りたがる。

 私なんか、先日の帰り、東名川崎インターで入って、海老名の「海鮮三崎港」(此処、てんぷらの油、むらが有ります。もっとこまめに油を代えたらと思います。以前は良かったのに)、で食事をして、新東名の掛川でトイレに行って、もう邪魔くさいのでノンストップで家まで帰って来ました。

 それと、祭日、例えば、東京往復の距離を走っていると、一回はムカッとする事があります。
 
 ピタッと後ろにつける車が一台はあります。

 大概は若い子(男)ですが、まだ、人間の怖さを知らん子やな・・・、と思います。

 あの、鉄の箱の中には、途轍もなく怖いものが乗った箱も走っているという事を知らんな・・・・・・。

 それと・・・、可愛い車が走っているのを、可愛い気持ちの持ち主が運転していると勘違いしていると怖い目に遭います。

 大きなRV車から降りてくる人を見てると、本当は気の弱そうな人が多いです。

 そういう訳で、サービスエリヤの食堂の水をカップに入れる時と可愛い車には気をつけましょう。

 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・。

 可愛い子・・・は、もう、私には関係ありませんので知りません。







 平成26年7月10日(木)

 鹿児島のタクシーは、よう、プー、プー言わします。

 丁度、30年前の加古川駅前の様でした。

 車でいろんな地方へ行きますが、今どき、プー、プーなんか言わす車は珍しいです。

 まあ、何処の土地でも、駅前は嬉しそうに集まってプー、プー言わす輩は居りますが、タクシーのプー、プーは珍しいです。

 関西は車の運転が荒いという事になっていますが、とんでもない。確かに、黄色信号で止まる人は、まあ、居りませんが、例えば、関西で、信号の無い小さい通りから大きな道に出る時、大概の車は止まって、譲ってくれます。

 それが・・・、よく関東地方へも行きますが、関東の人も、その、「譲る」、という事が少ない様に思います。

 関西の人は道を譲ってもらった後、「ありがとう」、と手を上げると、大概の人が手を上げます。(注:女の人は違います。女の人は譲るという事も少ないですが、此方が譲ってあげても大多数の方は無反応で、礼も言わない人が殆どです。これは全国共通ですので、こんなもんはほかしとったら宜しいです)

 しかし、鹿児島中央の「アミュプラザ」、宜しいです。

 丁度、鹿児島では若い子が集まってくる場所になっているのか、何か・・、皆さん・・・、緊張して歩いているのが面白かったです。

 新幹線を姫路で降りて駅前に出ると、若い子はダラ〜、ダラ〜と歩いていて、土地柄というのか、少し柄が宜しくなく、見比べてみて面白かったです。

 という事で?、鹿児島中央駅、「アミュプラザ」、地下の、「しろやまストアー」、で調達した、祈祷前日の晩御飯メニューを披露します。



此処は、惣菜各種、「1グラム1円」、という看板につられて入ってしまいました。



 例のごとく、

 スシモリアワセ・・・570円・・・私用です。

 スシモリアワセ・・・933円・・・妻用です・・・力関係が現れています。

 澄みきり350ml・・・発泡酒です。

 大関ワンカップ・・・地神様にお供えします。

 赤りんご青りんご・・・チビにお供えします。

 淡麗グリーンラベル500ml×2・・・私のガソリンです。

 爽健美茶・・・お茶です。

 ●惣菜・・・332円。

 ●惣菜・・・196円。

 さあ・・・・、問題が、この、「1グラム1円」の惣菜でした。

 確かに、いろんな種類の惣菜が有りましたが・・・、こういう経験は初めてですので、先ずは諸先輩方の行動をじっくり見る事にしました。

 力関係のはっきりした主食(すし)は決まっていますので、私のビールのつまみが主で、後は妻が少し食べる分だけのものになります。

 しかし、じっくり見ると、肉じゃがの様な肉の姿が無い、要するに、ジャガイモの煮たものに手を出す方が少ない。

 「そうか・・・、通は・・・、あのジャガイモを1個入れたらぐ〜んとグラム数が上がるからか・・・、さすが先輩やな・・・」、と感心しました。

 「しかし、ころものついているフライものに手を出す人も少ないな・・・・、そうか・・・、油の質の問題やな・・・」、と勉強になります。

 「肉団子も美味しそうやが・・・・、1個の大きさが大きいから、これも手を出す人が少ないな・・・・」、納得、納得と感心してたら、妻が、「ここらの人、当たって来るわ。店員さんもぶち当たって来るわ・・・」、と不機嫌になって来ました。

 「あんたがボ〜としてるからやろ」、と言いたかったのですが、ぐっとこらえていました。

 まあ、こんな事をしていると時間が過ぎてしまいますので、早速、諸先輩方の仲間に入れて頂きました。

 「めずらしい・・・、はちくの煮たのが有るやないか」、とはちくをタッパに入れました。

 若くて綺麗な奥さんが、躊躇なくあるものを入れたので、私も躊躇なくそれを入れました。

 それを後で妻が食べて、「何これ?、イカの様な・・・、餅の様な・・・、何か分らない味やわ」、と言っていましたが、妻はあの綺麗な女の人が同じものを入れるのを見てて、文句を言っているのかな・・・、と思いました。

 しかし、私としては諸先輩方が手を出さない、あの、ジャガイモと肉団子だけは食べておこうと、決心していれました。

 後は・・・・、何を入れたのか忘れてしまいました。

 妻が、「サラダも入れよう」、と言うので、「たまごのサラダ」、「野菜サラダ」・・・・・、数種類入れましたが、忘れました。

 惣菜もまだ数種類入れましたが、何を入れたかは忘れました。

 これを各自、はかりの上に置くと値段が入ったシートが出て来ますので、それをタッパに貼ってレジに持って行く訳ですが、量の割には値段が安いのにはびっくりしました。

 それを家から持って来た買い物袋に入れてホテルに持って帰りました。

 さあ・・・、風呂から上がって、テーブルの上にビール(キリン淡麗グリーンラベル、500ミリ)を置いて、冷蔵庫に入れていた惣菜を出してきて、さあ・・・・、と意気込んだのですが・・・、先ず、あのサラダとあのサラダとあのサラダがグジャグジャに混ざって、何とも表現の難しいサラダになっています。

 さあ・・・・、惣菜は・・・・・、と思って見ると、確かに、あの大きなジャガイモと肉団子は見えます。しかし、後の・・・、あの綺麗な奥さんが買っていた、妻がこの後文句を言った、あの、柔らかい、イカ餅の様なものが見えません。

 俺・・、確か・・・、はちくも買ったはずやで・・・、見えんな・・・。

 ブロッリーが見えてるが・・・、買わんかったで・・・・。(妻が入れたみたいです)

 から揚げはかろうじて見えるな・・・・、という様に、買ってきた惣菜がごじゃ混ぜになって、その上、当然ですが、味もグジャグジャに混ざって、何とも表現のしにくいものになっていました。

 しかし・・、俺を裏切らんのは、このキリン淡麗グリーンラベルだけやな・・・、と思いながら、ホテルの窓からプー、プー言わすタクシーを下に見ながら飲みました。

 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・。

 

 


 平成26年7月9日(水)、

 脆弱な人間なのか、性格なのか、口癖なのか、「パーとええことないんかい」、とよく口に出します。

 「パーとええこというて何?」、と妻が聞きますが、「パーとや」、としか答えられません。

 もうこの歳になるとそんなアホな事を言ってる場合ではないのですが、何故か「パー」が口に出ます。

 先日も朝から、「パー」、「パー」、と言いながら郵便ポストを見ますと、ブルーの「老人医療費受給者証」というものが届いていました。

 「何の話や?。誰の事や?。知らんで、そんな・・・」、と思いながらも受給者名は私になっています。

 「間違いやろ」、と思いましたが、まぎれもなく私です。

 その一週間程後も、朝から、「パー」、「パー」、と言いながら郵便ポストを見ると、何やらピンクの紙が入った封書が届いています。

 一瞬、「どっき」、としました。

 何故なら、このピンクの色にはいろんな苦労の想いが有ります。

 ええ歳して、電気、水道、ガス、健康保険料など、銀行引き落としにしたのは3年前からです。

 商売をしていますと月の売り上げがまちまちですので、その事もあって引き落としにはしていませんでした。

 そしてこのピンクが・・・・、今は分りませんが、当時、加古川市の水道代の場合、最初は白い紙の請求書が来ます。

 その次に水色の紙の請求書が来ます。

 水色の請求書が来ても、「まだ払わんで〜」、と粘っていたら、終い目に、ピンクの請求書が来て、何月何日に停止しますという「停水命令」が来ます。

 このピンクの色を見たら、「もう逃げられません」、と言って、水道局に行っていました。

 その、「どっき」、でしたが、封を開けてみると、ピンクの「介護保険被保険者証」、が入っていました。

 介護サービスを受けられる時は・・・・・・、と書いてありますが、それ以上は見たくないので仕舞ってしまいました。

 よし、そんなに俺をいじめるなら、そう来るなら、「今日は朝から「パー」、と飲んでやれ」、と思い・・・、「今日は誰が何と言おうと、朝から「パー」とビール(キリン淡麗グリーンラベル、500ミリ)やで・・・」、「今日は誰が来ても会わんで・・・出んからな、「パー」と」、「今日はもうメールも見んで・・・、「パー」と」、「今日はもう一切、誰とも喋らで・・・・・「パー」と」、パーと、パーとと言いながら、「やっぱり朝から「パー」ととは飲めんな・・・」、「誰も何も言わないけど、朝から「パー」、っととは飲めんな・・・」、「誰かが来たら「パー」と出てしまうな・・・」、「メールも「パー」と見てしまうな・・・」、「誰とも・・・、「パー」と、喋ってしまうな・・・」、・・・・・?。

 脆弱やな?・・・・・・。

 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・・。

 




 平成26年7月3日(木)

 「たかはっさん、大丈夫ですよ。通りますよ。必要ないですよ」。

 「いや・・・、そやけど、一回行って、また行きなおすというのもしんどいし・・・、書いてください」。

 「まあ・・・、前の晩、徹夜で一睡もしなくて行ったら・・・、ひょっとしたら・・・、いや・・・、まあ大丈夫ですよ」。

 「いや・・・、書いてください」。

 「ほな・・・、一応、書いときますが・・・、必要ないですよ・・・」。

 そない必要ないんかい・・・、と思いながら、「メガネスーパー」、に行きました。

 「診断書、有るんですか?。見せてください」。

 見せたったがな・・・・・。

 「・・・・、大丈夫ですよ。こんな程度なら必要ないです。右なんか1.2でしょう。左だけが・・・・・。こんなもん、まあ、通りますよ。あそこに何が書いてあるか解りますよね?」。

 そら・・・、アホちゃいますから解るわいな・・・・・、なんぼなんでも・・・・。

 「こんなん、作るにしても、右側は度のないガラスでしょう・・・・・、左も・・・・、必要ないです」。

 「作ってくれんのかい・・・」、と思ったのですが、「通らなかったら又来ますので・・・・・」、と言って帰って来ました。

 しかし・・・、俺・・・、目が悪かったはずやで・・・・・、確か・・・・・。

 夜なんか・・・、見えんかったで・・・・・・。

 20年前に「メガネのミキ」で高いのを作ったがな・・・・・・。

 それを今でも・・・・、そういうと・・・・、最近・・・・1年以上前から・・・・、夜の運転の時だけかけていた・・・・・・、そう言うと、かけてないな・・・・・。

 昼間でも遠くのものをはっきりと見たい時だけメガネをかけて見てたがな・・・・。

 そういうと・・・・・、遠くを見る時も・・・、かけてないな・・・・・。

 確か、5年前、免許更新に行った時なんか、見えないのに、無茶苦茶で大体の事を言ったら、「ハイ、よろしいです」、で終わったので、次回の更新の前は「絶対新しいメガネを作るぞ」、と意気込んでいたのですが・・・・。

 おかしいな・・・・、医者もメガネ屋も、「メガネは必要ない」、と言うし・・・・・、しかし、俺の目はノイローゼみたいで、日によってむらがあるからな・・・・・、まあ、しかし、「そんなに言うのならメガネなしで更新にいったろやないか」、と、6月30日(月)に免許の更新に行った訳です。

 私・・・、免許更新センターという所が大嫌いで・・・、昔から・・・。

 その昔、加古川警察署で免許更新をしていた時のあのイメージがまだ尾を引いているのか・・・・、嫌な所の一つです。

 交通安全協会にしても、以前は殆どの人が加入義務の様に入っていましたし、使途不明金や警察OBの天下り問題などをテレビで騒がれてからは殆どの人が入っていないのが、現場に行って解りました。

 まあ・・・、それは置いといて・・・、書類の記入が終わって、さあ・・・・、目の検診の列に並びました。

 私の番になりました。

 係りの人、

 「これ・・・、この書類の・・・、この枠からチェックしたのが一か所はみ出てますから、もう一度書き直してください」、と言われます。

 「この、ちょっと、はみ出たとこが、65年間生きて来た・・・、何というか・・・、枠にはまり切った・・・、敷かれた線路の上を真面目に生きて来た方では理解出来ない・・・・・・、何と説明したら良いのか・・・・・、沢山の人生経験を積んだ者だけが得る究極の余裕というものが、枠からちょっとはみ出た形になっとるのを解らんのか。このチェックもよく見たら、ちょっとは枠にかかっとるやないか」、と言いたかったのですが、後ろにも人がいましたので、隅の机で書き直しました。

 そこで文句を言おうものなら、私の目の検査がどうなるか、そんな根性はありませんので、素直に、黙って、書き直しました。

 「はい、両目を其処につけて・・・・・・、はい、宜しいです」、で終わりました、・・・・・、目の検査は。

 俺、確かに、目、悪かったはずやで・・・・・、悪い目は、何処に行ってしまったんでしょう。

 あの、眼科に行って、眼鏡屋に行って、意気込んでいたのは、一体、何に意気込んでいたのでしょう。

 嘘みたいな本当の話です。

 しかし最近、老眼は進んでいるのは確かです。

 嘘、ちゃいます。

 ところで、その・・・、交通安全協会の話ですが・・・、私・・・、入ったんです。

 交通安全協会に対する批判もあるが、もうこの歳になったら・・・、見ていたら、末端のパートの人が一生懸命に勧誘されているのを見ると・・・・・、あの人らもノルマがあるだろうし・・・、まあ、解っていて入ろうと思いました。

 そうしたら、中途半端な年齢の女の人が三人、ニコニコしながら私を専用窓口まで案内してくれたんです。

 「よっぽど・・・、入る人が居らんのんやな・・・」、と思いました。

 でも、ちょっと、嬉しかったで・・・・・・・。

 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・・。

 中途半端な年齢の女の人・・・、というのは、各自、考えてください。

 これは考える人の年齢によっても違いますので・・・・・・。








 平成26年7月2日(火)

 通?になると、楽しそうにしているカップルや旅行者なんか横目に、ひたすら通いなれた所に晩御飯を買いに行きます。

 「外で食べたら」、という方も居られますが、私には決まりが有りますので、余程決心しないと、外では食べられません。

 勿論、それは晩御飯だけで、昼なんか・・・、人が嫌がる様な所でも、何処ででも食べています。

 晩御飯は、やはり、ビールを飲まないといけませんので、勿論、「キリン淡麗グリーンラベル」、出来たら500ミリ・・ですが・・・、そのビールを飲む前には必ず風呂に入って身を清めて、その後、神聖なビール飲みとなる訳です。

 1日の汗を流し、すべすべした肌の状態で飲まなければなりません。

 汗でべとべとの状態で、ビールを飲む人の気持ちなんか、私には理解不能です。

 ビールは神聖なものですから、飲む方も神聖な状態で飲まなければなりません。

 ・・・・という事で、祈祷で出かけた先のホテルでも、先ず、風呂に入ってからビールを飲まなければなりません。

 ・・・・という理由で、ホテルに着くと直ぐに晩御飯を買いに行く事になります。

 「そしたら、ホテルの風呂に入ってから、外に食べに行かれたらどうですか」、という全く解ってない方も居られますが・・・、「ばかもん」、そんなもん、600キロも700キロも走って、それから外に食べに行くという事は無理です。

 というより、人が沢山居る所で、「ボ〜」として、店の人やその従業員に気を使って飲むというのも馬鹿らしいという理由もあります。

 何分、この歳になっても自分の中には、「品行方正純真無垢無口勤勉」というものがまだ生きていると・・・・、いや、もう無いか・・・・。

 兎に角、「ぼ〜」、として自分だけの宴会が好きなんです。

 つい先日の例を取っても、此処は横浜の山下町です。

 ホテルの前は山下公園で、あの、「日本郵船氷川丸」があって、カップルだらけで・・・、まあ、もうこの歳になるとカップルがどうのこうの・・、全く興味も何も有りません。

 あんなもん、ただ、はしゃいどるだけですので・・・、まだ気になるのは、年配のカップルの・・・・、年配のカップルの、ええ歳して、ギュッと前を見て、「わしらは成功して、こんだけお金をもってるんや。文句あるか」、と言いたい事がまる解りのカップル、あれはいけません。

 私くらいの歳になったら、「下向いて歩いてるカップル」、・・・こないならなあかんと思います。

 まあ、私の場合、嫁さんがこけない様に下を見たり、前を見たり、左右を見たり、嫁さんに気を使う忙しいカップルですが・・・。

 話しがそれましたが、この横浜市中区山下町界隈は、私の庭です。

 以前は中華街のR−ズホテルに決めていましたが、此処の駐車場に車を入れる際、道をキュ〜と曲がって、少し狭い道をまたキュ〜と曲がってホテルの地下駐車場に入れるのですが、このキュ〜、キュ〜に飽きてしまって、今回は山下公園の向かいにある「ホテルN〜何とか」、に泊まる事にしました。

 私の車はワンボックスですので・・・・・、まあ、そんな事はどうでも宜しいが・・・、ホテルに着いて、直ぐに通?になりました。

 「よし、まあまあ、このホテルなら徒歩2〜3分で「M治屋」もあるし、その向こうに「Mルエツプチ」もあるし・・・・」、と、通?なら直ぐに解る訳です。

 「しかし、「M治屋」、はちょっと難があるし・・、今日は「Mルエツプチ」、にしよう」、と、通?なら、直ぐに結論を出せる訳です。

 「Mルエツプチ」、は「中華街東門」の方向ですので、ホテルを出て山下公園をバックに歩いて行った訳です。

 その途中で、山下公園に行く膨大なカップルに遭遇したので、ちょっと、カップルの事を書いただけです。

 しかし、観光で、偶に中華街で食事をする方なら良いですが、私達の様に年中ウロウロしている者が、その都度その地の飲食店で食事をしょうものなら・・・、ましてや、ビールを人よりは少しだけ多く飲む者には、ちょっと難があります。

 という事で、通?はその土地のスーパーに詳しくなってしまいます。

 例えば、横浜駅の駅前なんかには沢山スーパーがあって買い物をし易いですが、中華街の近所でスーパーを知っているとなると通?でしょう。

 そんな方、中々居られません・・・・、いや・・・、沢山、居るか?・・・・・・・・。



 ハムカツ・・・・・ハムカツです。

 イカフライ・・・・・イカフライです。

 四季彩にぎり・・・・メインですが、もう一つでした。

 爽健・・・・・お茶です。

 Wタンレイグリーン・・・・これが無いと生きて行けません、特に夏場は・・・・・・。

 Wプライムリッチ・・・・発泡酒です。

 綾鷹・・・・お茶です。

 100%オレンジ・・・・チビ用のジュースです。

 ポテトサラダ・・・・ポテトサラダです。

 タコの酢の物・・・・タコの酢の物です。

 酢豚・・・・酢豚です。

 森永牛乳200・・・・牛乳です。

 大関ワンカップ・・・・地神様のお酒です。

 またまた、私達の脆弱な食事を披露する羽目になりました。

 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・・・・。

 





 平成26年6月24日(火)

 この度の東京都議会議員の女性議員へのヤジ、あれは程度が悪い。

 程度が悪いというか・・・、女の人を知らない無知な弱い男の勘違いの言葉だと思います。

 そんなもんと違います・・・・、女の人は。

 私の生きて来た世界は女の人の世界で、今でこそ沢山の男性美容師が居ますが、私の時代は希少な存在で、女の人ばっかり。何をするにも女の人に教えてもらって・・・、何をするにも女の人の許可を得て、・・・・、何をするにも女の人の顔を見て?、観て?・・・。「ハイ、高橋君、床、掃除して」、「ハイ、高橋君、タオル、洗って」、「ハイ、高橋君、次のお客さん、案内して」、「ハイ、高橋君、シャンプー、入って」、「ハイ、高橋君・・・」、「ハイ、高橋君・・・」・・・・・・。

 私の方にしても、「ハイ」、「ハイ」、「ハイ」、「ハイ」・・・・・・、と聞いてその通りに動いていても、何も嫌な思いも無かったし?・・・、大局的に?、その指示には何も間違いは無かったと思います。

 そら・・、私の生きて来た世界で今回の様な事を言ってみ・・・、馬鹿にされまっせ。

 女の人の体の構造は男性と違い・・・、当たり前ですが・・・、アホみたいに丈夫な人を除いて、大概の方は女性特有の体の不調に悩まれている人が多いというのは、女の人ばかりの世界に生きて来た経験上知っています。

 それを・・・、「産めんのか」、とは、いくらアホな私でも腹が立ちます。

 女の人の偉大さが解らん人(男)やな・・、と思います。

 女の人がほんまに怒ったらどうにもならんという事を知らない人(男)だと思います。
 
 女の人は賢い。
 
 精神的、性格的に病気の方を除いて、女の人は偉い。

 物事をまとめるには、女の人と話をする方が早い。

 女の人に後光らしきものが射しているのは感じる事はあるが、男にはそれがない。

 男の後姿から、「感謝」、という光を感じる方は偶に居るが、今回の都議会議員の後姿からは、「感謝」、には程遠いものを感じます。

 それにしても、女の人の後姿から感じるものは・・・・・・、もう話は他に飛んでいますが、1カ月以上前、三重県の志摩市に行った時、あるホテルで女の二人連れが・・・、「クーラー、効いてないんか?」、と聞かれるので、私は、「今の時期はホテルも切り替えの時期やから、効いてない所が多いですね」、と答えたのですが、「こんな暑かったらかなんわ」、と言いながら肩をゆすりながらエレベーターに乗って行かれました。

 確かに、中途半端な温度でしたが、私と妻には、「水」、が一杯入って、妻は、「寒い、寒い」、と言ってベッドで寝ていますし、私にしても心(しん)は「水」でしたので寒さを感じていました。

 妻とは全く違うタイプのおばはんには、大そう、「む〜」、としました。

 それにしても、あのおばちゃんの背中には、何故、あんなに・・・、「自信」、というものを感じたのでしょうか。

 どんな生き方をして来たら、背中に、あんな、「自信」、とう威圧感を体得出来るのでしょうか。

 「おばちゃん、嫁さんに、その、「自信」、というものを、ちょっと分けてくれへんか」、と頼みたかったのですが、大人しくおばちゃんの後姿を見送っていました。

 しかし、あのおばちゃんも若い時、一時期は後光が射していたんやろな・・・・・・・。

 しかし、しかし・・・ばかりですが、人は後姿でその人の評価を表現出来るようにならないと一人前ではないんやろな・・・・。

 おばちゃんの、「自信」、をも含めて。

 人の正面から観る評価なんか、若い時だけの様に思います。


 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・・。

 

 




 平成26年6月15日(日)

 此処はほんまにとはいかんまでも良かったです。

 あの・・・・、羊羹をスパッと切った様な形をポンとシャリの上に乗せたのではなく、何か・・・、その羊羹の切り口をP400位のサンドペーパーで角を取って、身を優しくなぜた様なものが巻かれる様に乗せてありました。

 残念ですが、食べてしまった後で気がついた次第で、写真に撮るのを忘れていました。

 近所の・・・、日本国中、何処でもある○○○の・・・、あの、羊羹をスパッと切った様な形のものを、邪魔くさそうに愛情も無く、ポンとシャリの上に置いて、所々それが横に出張したそれではなく、全てのネタが優しくなぜてあって、シャリと仲良くくっついていて良かったです。

 味は・・・、普通でした。



 二十日ほど前、静岡県に行った時、ホテルの近くの「バロー」、というスーパーで買い物をした時のレシートです。

 マルコメ・・・・・、これは即席の味噌汁です。

 コカコーラ・・・、これは爽健美茶です。

 みそ串カツ・・・・、これはビールのつまみです。ちょっと甘過ぎました。その土地の味です。これも良しです。

 ひじき煮・・・・、ビールのつまみです。甘かった。その土地の味で、良しです。

 ポテトサラダ・・・、これは関西と同じ味です。

 キリン淡麗グリーンラベル・・・・、これは関西と大差はない味でした。必需品です。

 サントリー・・・、発泡酒です。これも関西とは何故か大差のない味でした。

 月桂冠・・・・、これは夜と朝、地神様にお供えするお酒です。

 マルハチ、さんま・・・・缶詰ですが、見た事ないので買っただけで、食べなかったです。

 山ア、吹雪まん・・・・、ちびにお供えする饅頭です。

 12種の寿司盛り合わせ・・・、これが上記した、P400のサンドペーパーで角を取って、優しく人間の手でシャリの上に巻いた様な寿司です。

 ホテルに泊まって贅沢な食事をして、と思われている方に、祈祷の前の脆弱な現状をお知らせしました。

 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・・・。

 祈祷の前は余り飲みません。







 平成26年5月18日(日)

 ほんまに、ほんまに、腹の立つ・・・・・・・。

 確かに、しんどい所だとは解っていたのですが、妻は・・・、まあ、集中して沢山の祈祷を聞いて、それをこなしていましたので、ふらふらで、歩くのも精一杯の状態で、おまけに体に痛みを伴って、最悪の状態で臨んだのですが・・・・・。

 東京から帰って来てその二日後に一泊の予定で家を出たのですが、山陽道、加古川北から乗った途端に助手席で口を開けていびきをかき出す始末です。

 山陽道の宝塚くらいで、ナビの画面が・・・、山陽道を走っているのに一般道を通っている状態になったのですが、メモリーナビやハードディスクナビの場合、邪の影響で偶にその様な状態になりますので気にはしていませんでした。

 「かなん奴やな・・・・」、と独り言を言いながら・・・・、名神に入って草津から新名神に乗った途端、メモリーナビの画面が(ちょっと前、頑張ってゴリラを買ったところでした)・・・、全く分からない・・・、多分、下の一般道の画面になってしまいました。(この時はカメラに撮るのを忘れていました)

 そうこうする内に、ナビの自車の位置を示すマークが全く動かなくなってしまいました。

 妻は相変わらずに、いびきをかいて寝ています。

 ナビの画面を広域にして自車の位置を見たら、何と・・・、新名神道路をはるかに離れた所を、それも動いたり、止まったりしています。

 よく見ると、ナビの方角(方位)を示すマークが、古いナビとは全く違う方角を向いています。

 実は、少し前、車を変えたのですが、その古いナビ(DVDナビ)も動かしていた訳です。(前のセレナですが・・・・、短期間で酷使し過ぎました。トラックの様な構造ではないので、やっぱりガタガタになってしまいました。10年落ちの車を買って、その後4年間で10万キロ以上走れば・・・、そりゃ、壊れます。今度は8年落ちの車を買った訳ですので、少し出世しました)

 古いナビは新名神など載っていませんので何も無い所を矢印が進んでいるのですが、その古いナビの磁石とゴリラの磁石との方角が全く違う方角を示しています。

 「かなんな・・・・・」、と独り言を言いながら亀山の手前まで来た途端、ゴリラが正常に戻りました。

 正常に戻ったのですが、何と、亀山で降ろして新名神を草津の方に帰さそうとしています。

 確かに、邪はナビを狂わしますが、こんな狂わし方は初めてです。

 「質の悪い奴やな・・・。普通、直ぐに戻るんやが・・・・、質の悪い奴が居るな・・・・」、と思いましたが、「はい、そうですか。では帰らせて頂きますとはいかんで・・・・」、と独り言を言いながら亀山から東名阪道を伊勢の方向に入ったのですが、何と、何と、ナビの自車位置とナビの音声案内は東名阪道を四日市方向に進む様に、「鈴鹿・・・・・」、と言い出す始末です。

 ナビの自車位置は、ちゃんと鈴鹿の方を向いて進んでいますが、途中で止まったり進んだりして、無茶苦茶な動きをしています。

 妻は相変わらず、口を開けていびきをかいて寝ています。

 なんぼ私でも、百戦錬磨?の私でも、「ちょっと待てや」、と思い、亀山パーキングに入りました。

 妻を揺り起こしてトイレに行ったのですが、やはりこのトイレにも豪傑は居ました。

 まあ、その話は横に置いて、「メモリーナビを狂わすんなら、こっちには元から付いていた古いハードディスクナビが有るわい、何とか動くやろ・・・」、と思い、ハードディスクナビの方に行き先を設定しました。

 古いハードディスクナビは、新名神の情報は全く入っていませんが、東名阪道、伊勢自動車道の情報は入っています。

 「おぅ、入っとるやないか、大したもんや」、「おぅ、ちゃんと亀山パーキングから伊勢の方に矢印が向いとるやないか、上等やないか」、と気を良くして出発しました。

 妻はトイレから戻って来て、座った途端にいびきをかいて寝てしまいました。

 「さあ、行ったろやないかい」、と気合を入れて・・・、ハードディスクナビの方は機嫌よく働いてくれているのですが、ゴリラは・・・・、「こいつ、ええ加減にしとけや・・・・」、という程狂っています。

 「金持ちで・・・、ええ歳したおっさんが若い子に一生懸命になったら・・・、何かふらふら道間違えて・・・・」、と訳の分らん事を一瞬だけ思いながら・・・・・。

 この時点でやっと気がつきました。

 「それにしても、程度が悪過ぎる。そうや、デジカメに撮ったろと」、思いました。

 ゴジラは相変わらず、「津」、にこだわって、何か知らんが、「津」、「津」、「津」、ばかりを連発しています。

 「その、「津」、がどなしたんじゃい。俺、「津」には知り合い、居らんで」、と独り言を言いながら、何枚かを撮りました。

 妻を無理やり起こして地神様を呼んだのですが、全く姿が出ませんでした。

 「あんた・・、出てみ」、と言うと、「四角形の中に目が四つ出てる」、と言って、また寝てしまいました。(この目の存在、その事情に関しては、他の項目で書きたいと思っています)

 「上等、上等」、と言いながら、写真を撮りました。





 下のナビがハードディスクナビですが、古い情報ながら、しっかりと動いてくれています。

 普通の方は、この様なナビの狂い方はしないでしょうが、全く知らない道を、ナビだけを頼りにしていて、もしこの様な目に遭わされたらパニックになると思います。

 あくる日の帰り、名神、天王山トンネルを抜けた時の正常なナビの画面です。



 これが本来の形です。

 しかし、車にナビを二つも付けて喜んで(喜んではいないのですが・・・)いるのも、人から見たら、変わっていると思われているでしょう。

 しかし、ナビを二つ付けていて良かったです。

 ほんまに、ほんまに、腹の立つ・・・・。

 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・・・。

 



 平成26年5月7日(水)

 前回(H26年5月5日、ほんまに・・・・)の後、直ぐに奈良公園で鹿に遊んでもらっている市丸さんからメールが来て、「佐賀弁の使う箇所がチカッと違いますバイ」、と言われます。

 「チカッとバイと来たか・・・・。市丸さん・・・・、そう来るか・・・」・・・・・・・。

 しかし、私もつい最近までは・・、明石で美容室をしていて其処を止める3〜4年前までは、綺麗な標準語らしきものを話していました。

 「先生、何処の生まれ?。ここらの言葉と違って綺麗な言葉ですね」、とよく言われたものでした。

 只、「ぞ」と「ど」が苦手で、丁度、和歌山の人が話す様な、「どうぞ・・・・」、という所を、「どうど・・・・」、と言ってしまう傾向があります。

 しかし、この事を意識していると・・、下手すると・・、「ぞうぞ」、となってしまう事がよくあります。

 私と話をした方なら分かると思いますが、極力、「ぞ」と「ど」、のつく言葉は避けています。

 しかし、お経の中で、この、「ぞ」と「ど」、がよく出て来るのです。

 困ったもんです。

 何年か前、茨城県の神栖市に行った時、祈祷先の方がえらい訛って(なまって)喋っているので、「何よんのん(何を言ってる?)?」、と聞くと、「これが標準語ダッペ」、その後も、「ダッペ、ダッペ・・・・ペ・・・ペ・・・ぺ・・」、「先生、訛っている・・・・ぺ」、と来ました。

 彼らを見ていて、「よし、俺もこれからは播州弁でいったれ」、と決心した次第です。

 以後、何処へ行っても、誰と話す時でも播州弁を貫いています。

 この方が楽やからな・・・。

 それと、もう一つ貫いている事は・・・、自分が独立するまでの話ですので、貫いていた事は・・・になりますが、履歴書には、○○大学中退、以後独学と書くようにしていました。

 その当時の友達は、「独学って、お前、何の勉強したんや?」、とよく言われましたが、「いろんな勉強や」、と答えたものです。

 基本的に、教育の場、学校などは一度も好きになれなかったので、「独学」、は性に合ってるのでしょう。

 しかし、「チカッと違いますバイ」、はええな・・・・。

 伏見稲荷大社が創建されてから後も、あんなと言ったら語弊がありますが、市丸さんが作る様なお像を作った方は居なかったでしょう。

 「チカッと違いますバイ」、やな。

 ほんまに、ほんまに、どうでも良いことですが・・・・・・。




 

 
ほんまに、ほんまに、ほんま・・・に、どうでも良いことですが・・・。