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邦訳
アウグスト・ストリンドベリ「令嬢ジュリー」、千田是也訳、『ストリンドベリ名作集』白水社、2011年
原著(スウェーデン語)
August Strindberg : Froken Julie, 1888
作品概説
 『ペール・ギュント』をご紹介した時、この10選はわたしの初めて特集になっていると書きましたが、実は、ストリンドベリ(August Strindberg, 1849-1912.「ストリンドベルイ」、古いものには「ストリンドベルク」という表記も。ここでは、ご紹介する訳本の表記にあわせますが、トップページ等は、わたしが普段用いている「ストリンドベルイ」という表記にします。)は、ここでレビューするために、今回初めて読みました。読んだ感想は…わたしには、面白さが全然わかりませんでした!とにかく男女が永遠に闘争しているのですが、男とか女とかがそこまでのこだわりのポイントにならなければならないということが、そもそもわたしにはよくわかりません。ただ、闘争しているだけではなくて、男女は互いに求め合ってもいて、そのあたりの矛盾が、きっと面白いポイントなのでしょう。ストリンドベリの活動した時期(北欧文学史の用語では、「八〇年代」といいます)は、産業革命で女性が社会進出し、伝統的な家父長制が揺らいで、「男性性の危機」が一つのキーワードになった時代です。作家のうまくいかなかった結婚生活が作品の下地だとよく指摘されますが、男性性に強くこだわりながら、自分より身分の高い男爵夫人や、女性作家や女優など職業を持った女性と結婚すれば、うまくいかないのはむしろ当たり前なので、そのあたりの「矛盾」を、憎みあいながら求め合うという作品内の「矛盾」と関連させ、ジェンダー論などと関連付けながら論じれば、それなりに面白い論文は書けそうな気がします。わたしにはそういうセンスがあまりないので、結局ストリンドベリの面白さは見つけられないまま終わることになりそうですが、「北欧文学10選」にストリンドベリを入れないことはさすがにできないので、とりあえず、分かる範囲でレビューを書きます。ストリンドベリはここが面白い、というご意見があれば、ぜひお寄せいただきたいです。
 「令嬢ジュリー 自然主義的悲劇」が書かれた時代は、自然主義演劇の勃興期に当たります。1887年、アンドレ・アントワーヌは、フランス・パリに、「自由劇場」を設立します。これは、会員制の私的上演組織で、重税と検閲を避け、ゾラ、イプセン、ハウプトマンなどの社会批判的な演劇を次々と上演しました(『ペール・ギュント』を紹介する際に触れた、日本の新劇運動も、この「自由劇場」の影響を受けています)。ストリンドベリは、「自由劇場」で上演されただけでなく、コペンハーゲンに同じような劇場を作ることにも尽力し、出来たばかりの、財政的にも人材的にも余裕がない新劇場で上演することの可能な、長すぎず、登場人物が少なく、簡単な舞台装置で演じられる作品として、「令嬢ジュリー」を書きあげます。ストーリーは、2週間前に婚約が破たんしたばかりの令嬢ジュリーが、夏至の夜(夏至(midsommar/midsomer)は恋愛の日なのです。シェイクスピアの『真夏の世の夢』が典型的ですね)に、下男と間違いを犯す話。という紹介では、あまりに身も蓋もないので、先ほどあげた、「男女の闘争」的な場面を引用しておきます。
 愛していたわ、このうえもなく。でも憎んでもいた!自分では気づかずに、そうしていたに違いない!でも、私が自分の性を軽蔑するように教育なさったのは、私を半分女、半分男にしておしまいになったのも、お父様です。だれの罪でしょう?お父様かしら、お母様かしら……それとも私自身の罪かしら?自分のものなんて、私にはちっともありません!私の考えにしろ、お父様からいただいたもの以外にはなんにもないし、お母様からいただいたもの以外には、何の感情もない。そのうえこの……人間はみんな平等だという考えだって……あの人から、私の許婚からもらった……それを理由にあの人を軽蔑しておきながら!
 著者のアウグスト・ストリンドベリは、1849年ストックホルム生まれ、1912年同地没。世界史の教科書に出てくる、唯一のスウェーデン人作家です、多分。今回は戯曲を紹介しましたが、小説や詩、評論やエッセイなど、かなり幅広く多作な著作が残っています。第1回からノーベル文学賞の候補にあがり続けながら、スウェーデン社会を鋭く批判した点が危険視され、受賞には至りませんでした(その代わりに、スウェーデンを代表する「安全な」作家として、スウェーデン人としてはじめてノーベル文学賞を受賞したのが、ラーゲルレーヴでした)。 貴族とその女中の子として生まれ、ウップサラ大学で自然科学を学ぶものの中退、ストックホルムで作家になります。北欧文学史では、ブランデスの講演「19世紀文学主潮」に端を発して展開された自然主義的な文学のことを「八〇年代」文学と言いますが、イプセンやビョルンソンと並び、その代表者に数えられます。ストリンドベリは、フランスやドイツでも活躍していて、自伝的小説『痴人の告白』は、フランス語で書かれドイツ語で出版されたりしていて、翻訳論の観点からも研究を楽しめそうです。
その他の邦訳作品・関連書籍
・森?外訳「債鬼」(5)、「一人舞台」・「パリアス」(7)、「稲妻」(15)、「ペリカン」(18)『森?外全集』岩波書店、1988。
( )内の数字は、全集の巻数。このほか、筑摩書房の森?外全集にも収録されています。戦前は、このほか、和辻哲郎、有島武郎、山本有三など錚々たるメンバーがストリンドベリを訳しています。こうした訳のほとんどは、今では新刊で手に入れることが難しいのではないかと思いますが、それぞれの訳者の全集に収録されているはずなので、ご興味のある方は、「リンク」の「ストリンドベリ翻訳作品年表」をもとに、図書館などで探してみてください
・みなもとごろう『演劇・戯曲の近代』、久保田淳ほか編『岩波講座 日本文学史 第十一巻 変革期の文学III』、岩波書店、1996年、145〜169ページ。
「新劇運動」を含め、明治の演劇史がコンパクトにまとめられています。
・Glauser, Jurg (Hg.): Skandinavische Literaturgeschichte. Stuttgart; Weimar (J. B. Metzler) 2006.
スウェーデン語以外で書かれた概説書で、ストリンドベルイが「男性性の危機」の問題とともに詳しめに取り上げられているもの
・川島隆『カフカの〈中国〉と同時代言説 「黄禍」・ユダヤ人・男性同盟』、彩流社、2010
ドイツの作家カフカを扱ったものですが、上に書いた「男性性の危機」(著書内では「男性の危機」)に関して、一章使ってかなり詳しく論じられています。
リンク
・ストックホルムの ストリンドベルイ博物館(英語。言語選択でスウェーデン語にできます)
・Projekt Runeberg内ストリンドベルイの作品一覧。原文が読めます(スウェーデン語)
・青空文庫内ストリンドベルイの作品一覧。森?外訳「一人舞台」と有島武郎訳「真夏の夢」がオンラインで読めます。
・ナダ出版センター ホームページ内ストリンドベリ翻訳作品年表