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北欧文学10選・1
邦訳
ペール・ラーゲルクヴィスト『バラバ』、尾崎義訳、岩波文庫、1953/74
原著(スウェーデン語)
Par Lagerqvist: Barabas, 1950
作品概説
 もしも、「北欧文学で一冊だけ勧めるとしたら、何か?」と聞かれたら、迷わず挙げるのが、ラーゲルクヴィスト『バラバ』です。わたしは最初、図書館で借りたものを読んで、読み終わると同時に本屋に走ったのですが、当時は品切れ。さんざん古本屋で探して、ようやく見つけた次の月に、なんと復刊されました。現在は新刊が手に入ります。
 タイトルであり主人公でもある「バラバ」は、聖書の登場人物です。イエスの処刑の際、ローマ総督ピラトは、イエスを殺したくなかったので、殺人や強盗をしたとんでもない極悪人のバラバと、イエスのどちらかに恩赦を与えることにし、どちらを釈放するべきかと民衆に問いかけます。民衆が「バラバを放せ!」と叫んだので、バラバは釈放され、イエスが処刑されます。
 聖書にあるバラバの話は、これだけです。ラーゲルクヴィストの作品は、釈放されたバラバが、状況を理解できずにうろうろしていて、偶然、イエスの処刑を目にする場面から始まります。人の生死など気にしないバラバが、なぜかその処刑のことだけは心に引っかかり、イエスの信者や弟子たちと出会っていくのですが、バラバは何度も信仰に近づきながら、その都度、結局は放れていってしまいます。
 ラーゲルクヴィストは、1891年ヴェークシェー(スモーランド地方)生まれ、1974年ストックホルム没。7人兄弟の末っ子で、線路巡回員の父親は、非常に敬虔なクリスチャンだったようです。ウップサラやパリで美術史を学び、いち早くピカソを紹介しています。 2度の世界大戦の経験者として、社会主義にも強く接近しつつ、作風としては、キリスト教や神話のモチーフを使って、善悪の問題や、神の不在、そうした状況下での人間の不安などを描きました。1940年に、スウェーデン・アカデミー(ノーベル文学賞の選考で有名)の会員になり、1951年には、自身がノーベル賞を受賞しています。
 わたしは『バラバ』のほか、『巫女』と『アハスヴェルスの死』しか読んだことないのですが、キリスト教信仰を当然のこととしては受け取っていない作家が書く「神と信仰」というテーマは、西洋文化に興味を持ちながら、「信仰としてのキリスト教」にあまりなじみのないわたしのような者には、読んで損のない作品だと思います。
その他の邦訳作品
・山下泰文訳『巫女』、岩波文庫、2002
・谷口幸男訳「地獄へ下るエレベーター」、『現代北欧文学18人集』所収、新潮社、1987
・山口琢磨訳「刑吏」「こびと」、『ノーベル文学賞全集11』所収、主婦の友社、1971
・山室静「人間を生きさせたい」、『世界文學大系95 現代劇集」所収、筑摩書房、1965
・谷口幸男訳「アハスヴェルスの死」、『キリスト教文学の世界 13』、主婦の友社、1977
映像化
アンソニー・クイン主演『バラバ』(リチャード・フライシャー監督、1962)
VHSが1994年に日本でも発売されています。未見ですが、ジャケットに、原作にないコロシアムの場面があるなど、改変があるようです。
リンク
ラーゲルクヴィスト基金オフィシャルサイト(スウェーデン語)
ラーゲルクヴィスト学会オフィシャルサイト(スウェーデン語)
・ノーベル賞オフィシャルサイト内ノーベル文学賞受賞理由(英語)
・ReaD & Researchmap内山下泰文(東海大学元教授・ラーゲルクヴィスト研究者)紹介ページ(日本語)