AKIKO GRACE
ここにいるのは「切れる女」としてのAKIKOでなくて、「一回りも二回りも大人の女」になったAKIKOの姿だ
"GRACEFUL VISION"
AKIKO GRACE(p), LARRY GRENADIER(b), ARI HOENIG(ds)
2008年4月 スタジオ録音 (SAVOY : COCB-53723)
結論から先に言おう。これはAKIKO GRACEの待望久しい傑作だ。
2002年録音の傑作"MANHATTAN STORY"(JAZZ批評 101.)ではベースにLARRY GRENADIER、ドラムスにBILL STEWARTを迎えて「切れる女」の凄さを見せ付けてくれた。その翌年には同じメンバーで"NEW
YORK STYLE"(JAZZ批評 144.)を録音している。とここまでは順調な路線をひた走ってきた感じ。ところが2004年あたりから変調気味になってくるのだ。日本人サイドメンと組んで妖艶なジャケットの"TOKYO"、オスロで録音したメルヘンチックな"FROM
OSLO"(JAZZ批評 234.)などがそれで、これ以降、僕も購入意欲を削がれたものだった。そして、AKIKO本来の姿に早く戻って欲しいと念じたものだった。
そして今、「切れる女」が「もっと大人の女」になって帰ってきたと思っている。誤解なきように付け加えておくと、この「切れる女」とは「感情が切れる女」ではなくて、「頭の切れる、または、所作の切れる女」という意味であることは言うまでもない。
@"EVANESCENCE OF SAKURA" 「桜の無常観」というらしい。しっとりと心にしみる良いテーマだ。ここにはアンサンブルの美しさがある。シンプルなテーマが日本人の美意識を呼び覚ましてくれることだろう。素晴らしい!
A"HOW DEEP IS THE OCEAN" ピアノとベースが絡みつく、その間隙をぬってHOENIGの多彩なドラミングが披露される。じっくりと耳をそばだてたい。
B"FLY ON SEVEN" ベースのGRENADIERが定型パターンの変則ビートを刻んでいく。何故、アコースティックベースでなければならないのかが分かっていただけると思う。力強くビート感に溢れたGRENADIERのベース・ワークを堪能いただきたい。
C"DOXY" SONNY ROLLINSの書いたブルースであるが、フリーなインプロから徐々にひとつに収斂して行くさまが良い。インテンポになるときのスリルったらないね。HOENIGのドラミングも見事に嵌っている。
D"APPROACH TO SHINE" AKIKOのオリジナル。これも美しい曲だ。じっくりとアンサンブルの妙を味わってもらいたい。GRENADIERのベース・ソロがまたいい!現代最高のベーシストと推したくなる所以がここにはある。
E"SILVER MOON" これもオリジナル。
F"LACRIMOSA" イントロのGRENADIERのベースに痺れる。良い音だ!僕が現代最高のベーシストの一人として推挙する理由のひとつがこの硬く引き締まった強靭なビート。そして、無駄を排した、ベース本来の役割に忠実な姿勢だ。
G"INNOCENT WALTZ" 10年ほど前に作曲したというオリジナル。
H"A NIGHTINGALE SANG IN BERKELEY SQUARE" 良い曲だなあ!ウットリとしてしまう。僕の大好きな楽曲のひとつ。ここでもGRENADIERのシンプルに歌うベース・ソロがフィーチャーされているが、GRENADIERといいAKIKOといい、心を込めた誠実な弾き方がいいね。
I"TRAUMEREI" なんと、「トロイメライ」
J"GRACEFUL INTERMISSION" 無音の4分と18秒。意識的に挿入されたトラックだそうだが、どう対処していいのか分からないというのが素直な感想。トイレにたったら申し訳ないような・・・。
K"DELANCEY STREET BLUES '08" ここでは、「切れるAKIKO」が戻ってきた。そうそう、こういう演奏も入っていないと画竜点睛を欠くというものだ。切れ味鋭いHOENIGのドラミングにも注目したい。
ドラムスがBILL STEWARTからARI HOENIGに代わり、どういう影響が出るのだろうかと思っていた。ところが、このHOENIGのドラミングは素晴らしかった。このプレイヤーはアンサンブルを大事にするプレイヤーだと思う。だからこそ、AKIKOがGRENADIERとともに採用したプレイヤーなのだと納得するのである。次のアルバムもこのメンバーでお願いしたい!お願い!
試行錯誤を繰り返しながらもそれを糧として成長したAKIKO GRACE の姿がある。ここにいるのは「切れる女」としてのAKIKOでなくて、「一回りも二回りも大人の女」になったAKIKOの姿だ。恐らく、AKIKOのベスト・アルバムだと称されるアルバムになるだろう。
幾つかの試行錯誤と紆余曲折を経て一回りも二回りも大きくなった大人のAKIKO
GRACEに「ありがとう!」と言いつつ、「manaの厳選"PIANO & α"」に追加した。 (2008.07.25)