MASSIMO PARENTE
組み合わせ次第によっては凄いアルバムを制作できるのではないか
"INTERLUDE"
MASSIMO PARENTE(p), VINCENZO MACCURO(b), PIPPO ARK D'AMBROSIO(ds)
2004年10月 スタジオ録音 (VELUT LUNA CVLD 100)

ジャズ・ピアニストの宝庫、イタリアからまた新しいピアニストの登場だ
*      *     *     *     *     *     *
     *

@"PIPA'S TOBACCO" リリカルな感じで始まり、なかなか良い線いっているなあと思っているとベース・ソロでガクッ。突然、音程が狂い修復にあたふたし、一瞬、空気が凍る。何とか辻褄を合わせるが、誤魔化しはきかない。よりによって、これを1曲目にもってくることはなかったろうに!
このベース、音程も良くないが、音も良くない。ブリッジを低めにして弦を緩めの設定にしているようでビリついている。一聴、ビートがあるように聴こえるのは音のビリつきとアンプの増幅に誤魔化されるからだろう。
イタリアのピアニストというのは日本人の嗜好に合うのだろうか?そう言えば、日本人が好む西洋料理といえば、何と言っても、イタリアンだろう。
今までに当JAZZ批評で紹介したピアニストはSTEFANO BOLLANI、ENRICO MIERANUNZI、GIOVANNNI MIRABASSI、ANTONIO FARAO、MASSIMO FARAO、ANDREA BENEVETANO、LUIGI MARTINALE、NICO MORELLI(以上、INDEX A TO Z)、そして、このMASSIMO PARENTEと枚挙に暇がない。いずれのピアニストも情感があって、メロディアスであり歌心がある。この辺が日本人好みなのかもしれない。

A"SONG FOR MY SONS" 
B"4W(ILLIAMS)" PARENTEのオリジナル。きらびやかなピアノの音色に乗って軽快に進むが、ベース・ソロで興が醒める。
C"RAIDERS OF THE LOST ARK" 
D"TITTI'S SONG" 
E"COMERADE CONRAD" 
F"ELSA" 

G"NATURE BOY" 
この曲とは分からないイントロとアレンジ。やはりここでもビリつくベース音と不安定な音程はいただけない。ドラムスも控えめというか、自己主張がない。これではいないも同然だ。この曲の名演といえば、STEFANO BOLLANI"MI RITORNI IN MENTE"(JAZZ批評 210.)やMARTI VENTURA"PAS DEL TEMPS"(JAZZ批評 287.)がすぐさま思い浮かぶが、比較する気にもならない。
H"BLUES DA LA SALOPETTE BLUE" 退屈なドラム・ソロだ。
I"EPILOGUE" 

@ABDHIがPARENTEのオリジナル曲。
全体的に叙情的な印象は免れない。ましてや、躍動感があるとは言えない。3人のメンバーもベストな組み合わせとは言い難い。1〜2回くらい聴く分にはいいだろう。しかし、5回、6回となってくるとちょっと勘弁して欲しいとなる。そういう時は、前掲のCARSTEN DAHLのピアノを聴いて「お耳直し」をしていたが・・・。
いつも思っていることだが、ピアノ・トリオは3人揃ってナンボのもので、一人、ピアニストが良くてもアルバムとしての評価が高くなるわけではない。このピアニスト、MASSIMO PARENTEはピアニストとしては面白いと思う。組み合わせ次第によっては凄いアルバムを制作できるのではないか。残念ながら、このサイドメンでは無理だろう。技量の拮抗したベースとドラムスを従えたアルバムをもう1回聴いてみたい・・・。   (2006.02.16)



独断的JAZZ批評 323.