『認知症の「真実」』を読んで
東田 勉 著<講談社現代新書>


 根っからの小心者ゆえ怖いものはたくさんあるのだが、女性に勝る怖いものはないと思っていたのが、認知症に替わったのは、いつからだったろう。本書にも出てくる桜、猫、電車など(P111)に脅かされた『明日の記憶』以前の『半落ち』『折り梅』を観た四十代半ばの時分には既にそうなっていたような気がする。『花いちもんめ』['85]を観た二十代後半には、マイベストテンに選出はしていても我が事ではなかったように思うから、国のキャンペーンで広まった認知症との小見出しで2000年前後から認知症をめぐる動きが活発になってきた(P30)と記している部分と自身の感覚としても符合する。

 本書は、いま最も怖いのは認知症などと言っていたら、看護大学で教授職を務めていた友人から薦められて読んだものだ。僕には、同窓生や友人に幾人もの医者がいて開業医から勤務医、研究医まで揃っているばかりか実弟が医大で教授をしているのだが、彼らが医者になる前から今も変わらず大の薬嫌い病院嫌いで、それが功を奏しているのか否か、五十路の半ばを過ぎる今まで一度も入院を要するような病気に罹ったことがない。風邪さえ滅多に引いたことがなく、この年末に少し体調を崩して恒例のバドミントンの練習を控えたくらいでも鬼の霍乱のように感じている始末だ。

 病院に一切足を向けないわけではなく、年に一度の日帰りドックには行っているし、気に掛かることが生じれば行かないわけではない。だが、どちらかというと、病気になったから病院に行くという感じよりも病院に行っていると病気になるような気がしてならないようなところがある。その根底にあるのは、どうも薬業に対する不信のようなのだが、要は認知症の名のもとに薬漬けにしている医薬行政に対して最も批判と警鐘を鳴らしている本作には、うつ病と自殺者が近年激増した話との類似性からしても、大いに納得感があった。

 しかもつい先ごろ知り合いが、本書で指摘している誤嚥性肺炎で死亡したばかりだ。81歳だったのだが、絵に描いたように認知症による精神科入院の果ての最期だった。それが、本書に言うように、最もアリセプトを処方しやすいアルツハイマー型によるものだったのか、前頭側頭型なのか、レピー小体型あるいは脳血管性認知症だったのかも知らないし、ましてや晩年の彼に顕著だったらしい易怒が薬の処方によるものだったのか、また、死因となった誤嚥性肺炎が向精神薬の投与によって引き起こされたものなのか、僕には知る由もないが、本書を読んでいるさなかに訃報を受け、そのあまりにもの符合に大いに驚いた。

 著者によれば、医者が認知症の診断に積極的になってきた最初のきっかけは、日本の製薬会社エーザイが、世界で初めてアルツハイマー病の治療薬アリセプト(ドネペジル塩酸塩)を開発したことで(P30)あり、アメリカ精神医学会が作成した診断マニュアルであるDSMがガイドラインとして浸透した結果(P52)のようだ。これにより病因や生活歴に踏み込まずに診断する精神科医ばかり(P52)になったらしい。

 そして、脳の変性を進行させる病気としての“認知症”と何らかの病気や老化などによって起こる脳の機能障害としての症状である“認知症”とがまぜこぜになったまま、十把一絡げにして薬漬けにすることが認知症の標準治療として国の保険制度により推進され、厚生労働省が、認知症は脳の病気である早期受診、早期診断、早期治療が重要であると執拗なキャンペーンを行ってきた結果(P4)により問題が生じているということのようだ。

 確かに認知症患者も、統合失調症患者も、24時間を通じてフルに認知症であったりはしない。周囲が驚かされるほどの、認知力、体力、技能、記憶力などを発揮する瞬間や時間があるのである。この変化は極めて人間的であるし、動的でもあるので、評価を困難なものにしてしまう(P37)であろうからこそ、パターン的な処理で薬漬けにすることが不適切なのは道理だという気がする。しかも第2部 こんなに違う認知症タイプ別分類で88頁を割いて詳述してある認知症に対して認知機能だけを取り出して改善させようと、むやみに薬を使う(P47)治療が行われて良い結果が出るわけがない。それなのに、無視し難い副作用の認められる薬剤に対して規定に従わなければレセプト(診療報酬明細書)が切られ、医療機関の自腹というペナルティを受ける可能性(P68)があり、医者は規定通りに上げていくか処方をやめるか、二者択一を迫られます(P67)というような増量規定が本当に適用されているのだろうか、と思いつつ、官庁がどっちを向いているかを考えると、それなりにもっともらしい理由は僕でも想定できるので、あり得なくはないことのような気がした。

 それにしても、陽性症状(暴力、徘徊、妄想、幻覚、過食、不眠、介護抵抗など)が出ている患者に増量規定を守った標準治療が行われると、在宅介護は崩壊します。激しい行動・心理症状を抑えるために家族が次にとる行動は、精神科医の門を叩くことです。その結果、認知症患者を抗精神病薬でノックダウンさせることになります。すべては、初診の医者がアリセプトという薬の性質をよく知らないことから起こる悪循環です(P97)といったことが頻発しているのだろうか。しかもつい医者に窮状を訴えて、行動・心理症状をなくしてもらいたくなる…家族や介護者の訴えに対して、医者は多くの場合抗精神病薬を使い、…日本は、世界中で厳に禁止されている抗精神病薬の多剤併用が医者の裁量で行われ、国際的な非難を浴びている国(P84~P85)とのことだから、何とも救われない。

 本書でも、厚労省が2013年7月に発表した「かかりつけ医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン」について言及しているが、この時点では、まったく煮え切らないものだった(P88)ようだ。「BPSDの治療では抗精神病薬の適応外使用になる。抗精神病薬は転倒・骨折のリスクを高める。従って抗精神病薬を含む向精神薬は第一選択ではない」としながらも、「やむをえず使用する場合には」と書き、「多剤使用はできるだけしない」と述べるにとどまった(P88)となっている。その後、2014年6月になって日本老年精神医学会から、認知症高齢者に抗精神病薬を使った場合、飲み始めから3~6ヵ月の間は、死亡リスクが飲まない人の2倍に高まる(P87)という調査結果が出たことなどから、学会の方向性を窺ったうえで、国から多剤使用を制限する指示が出るということになったらしい。

 著者は、本書のなかで認知症の治療を巡るトラブルは薬、特に行動・心理症状の治療に使われる向精神薬の問題に集約されます。なぜならば、認知機能の低下はもとより、徘徊、暴力、昼夜逆転といった行動・心理症状が、きわめて精神疾患と似通っているからです。そのために、家族や介護者は初期から精神科を受診して入院を勧められ、…そうでなければ、いろいろな診療科を転々として症状をこじらせ、最終的に精神科へたどり着きます。それが(認知症の行動・心理症状が精神疾患と似通っていることが)、どれだけ多くの悲劇を生んできたでしょうか。(P88)と述べていた。

 その問題意識の根幹は、脳の器質的変化によって症状を引き起こす認知症と異なり、器質的変化は認められないのに機能的変化の生じている患者を扱う精神科が、たまたま行動・心理症状が似通っているからといって、認知症治療の中枢にいる現在の認知症医療の在り方というところにあるのだと思う。そして、治療というものが行動・心理症状を薬で抑え込むことばかりに偏重していることを問題視しているのだという気がした。そのうえで日本は、精神科病院の病床が世界の国々と比べると突出して多いことが知られています。また、近年統合失調症での入院が減少してきたことから、空いたベッドを認知症高齢者で埋めようとする傾向が顕著です。(P87)という形で警鐘を鳴らしているように感じた。

 要するに、国際標準からして薬漬け傾向の目立つ日本の精神科医療の問題がそもそも根底にあって、その精神科が、病因ではなく表面的な行動・心理症状が似通っていることで認知症高齢者を積極的に扱っていることが問題だという主張なのだと思う。

 だが、行動・心理症状を抑えてもらう薬を飲ませることを求めるのは、医者以上に家族や介護者であるのも実態らしく、陽性症状の全てが薬の副作用ではないなかで、陽性症状に対して手厚い介護を提供できる者ばかりではないのは自明のことだ。そして、精神病院ではない介護施設においても、認知症が病とされている以上、医療から離れることはなく、薬をやめることは簡単ではないようだ。食事、排泄、入浴など基本的な介護をきちんとやれば認知症の人でも落ち着く(P232)らしいのだが、人員配置の問題から、そのような対応のできる介護施設は少ないのが現状のようだ。そのようななか本書で取り上げられていた手厚い人員配置を果たしている介護施設について、どうしてこのような手厚い人員配置ができるのでしょうか。それは、いいケアをしているからです。薬に頼らない介護を実践し、華美な室内装飾など過剰な設備投資を控え、オムツ代の節約によって生み出した原資をもとに、看介護職員の増員を行っています。たとえば、オムツを例にとってみましょう。特養の経営を圧迫するオムツ代は、手間を惜しまず早め早めにトイレへの誘導を行えば大幅に圧縮することができます。その結果、認知症と診断された入所者の行動・心理症状がなくなり、介護が格段に楽になります。さらに手厚い人員配置が可能になり、職員の離職が減るのです。残念ながら多くの介護現場は、このような「いい循環」とは縁がありません(P233)と報告されていたのが目を惹いた。

【構成】
 はじめに
第1部 認知症はどういう病気なのか
 第1章 その医者が認知症患者をダメにする!
 第2章 認知症の診断基準のミステリー
 第3章 認知症は薬で[治る]のか?
 第4章 コウノメソッドの挑戦 治療薬の適切量をコントロールする
第2部 こんなに違う認知症タイプ別分類
 第5章 レビー小体型認知症① 専門医ですら知らない治療法
 第6章 レビー小体型認知症② 当事者の口から語られたレビー小体型認知症
 第7章 脳血管性認知症 高次脳機能障害とのあまりに微妙な線引き
 第8章 ピック病などの若年認知症
第3部 認知症にどう向き合うか
 第9章 認知症介護で潰れないために 家族会からのアドバイス
 第10章 薬に頼らない認知症介護 「諏訪の苑」の取り組み
 第11章 認知症の人は病人ではなく[普通の人]
 おわりに

by ヤマ

'15. 1. 2. 講談社現代新書



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

<<< インデックスへ戻る >>>