『税金を払わない巨大企業』を読んで
富岡幸雄 著<文春新書>


 この9月に出た新書だが、1925年生まれの、国税庁職員から40歳で大学教授に転じたとの戦後税制の変遷をリアルタイムで知る人の著作である。日本の法人税は本当に高いのか?との帯文句に、つい買ってしまったのだが、読んでいるうちに現行税制の余りの理不尽にムカムカしてきた。

 8年前に不撓不屈』を観たときの映画日誌に綴ったように、僕は、節税という言葉が大嫌いなのだが、本書に触れて「節税」という言葉を初めて発表したのは、実は大蔵事務官時代の私でした。当時、「徴税担当者が節税とはなにごとか」と庁内で懲罰に掛かりそうになったほど、この言葉は物議をかもした(P12)と記されていることに大いに驚いた。

 その著者が、法定税率だけを取り上げて法人税の高い安いを論じているマスコミや財界に対して、企業の利潤「企業利益相当額」に対する実際の納税額「法人税納付額」の割合として「実効税負担率」という指標を提示して、竹中平蔵が経済・金融政策を牛耳っていた感のある小泉内閣時代の2006年に実施した「法人企業の申告所得金額の公示制度の廃止」により捕捉が極めて困難になった個別企業の納税情報を収集し分析して「実効税負担率が低い大企業35社」を割り出しているのだが、その余りにもひどさに呆れかえったわけだ。

 新書の帯には、2013年3月期のソフトバンクとユニクロが取り上げられていて、純利益788億8500万円に対する納税額500万円(0.006%)、純利益756億5300万円に対する納税額52億3300万円(6.92%)が示されているが、5期通算で見れば、特徴的なのは、金融機関とその持株会社、商社、自動車メーカーが多いこと(P47)が指摘されている。

 最も実効税負担率が低かったのは、みずほフィナンシャルグループで、1兆2218億5500万円の税引き前利益に対して実際に支払った法人税等が2億2500万円(0.02%)、 5位の三菱UFJフィナンシャルグループが1兆4186億300万円に対して197億3500万円(1.39%)、 6位の三井住友銀行が2兆2708億2100万円に対して1718億6500万円(7.57%)、 8位の三菱東京UFJ銀行が2兆3659億6200万円に対して2999億8100万円(12.68%)、 11位の丸紅が1兆517億2000万円に対して2475億400万円(23.53%)、 15位の住友商事が1兆5310億4600万円に対して4221億8800万円(27.58%)、 17位のNTTドコモが5兆3948億8600万円に対して1兆5086億円(27.96%)、 18位の日産自動車が1兆7002億7700万円に対して4905億7500万円(28.85%)、 19位の本田技研工業が2兆2817億2400万円に対して6771億4100万円(29.68%)と、 上位と言うか低位と言うか20社のうち1兆円以上の税引前利益を挙げている企業を拾い上げると、著者の指摘どおり顕著な傾向が露わになる。

 1位のみずほフィナンシャルグループを引用して、その実効税負担率の低さをサラリーマンの平均年収は400万円と言われていますから、換算すればわずかに「737円」しか納めていないことになります(P57)と判りやすくも刺激的な表現が目を惹いたが、むろん法人の企業活動と個人とでは単純な比較はできないことも一応は付言されていた。

 何故このようなことが起こるかというと、実際の税負担に影響するのが税率だけではなくて課税対象額だからだが、それは、利益があっても課税所得として算入しなくてもいいような優遇税制があるから(P44)で、「外国税額控除制度の欠陥」「特別試験研究費など政策減税による税額控除」などを挙げていた。ちなみに、この特別試験研究費の税額控除は、これまで法人税額の20%までを上限として認められて来ましたが、2013年度の税制改正によって上限は30%に引き上げられて、さらに優遇されました。(P54)とあるが、外国子会社への付替えや研究開発減税などの措置を活用できるのは大企業に他ならず、そういった優遇措置ほど強化している姿は、献金をしてくれる大企業のためなら、世界から批判的に見られても、強引な円安誘導をして、一時業績悪化が懸念されたトヨタを史上空前の2兆円黒字なんていう異常事態に導いたりしていることとも符合している。著者が自動車メーカー各社が恩恵を受けていると指摘している研究開発減税の2013年の強化も、おそらくはトヨタの強い要請によるものなのだろう。最近のトヨタのCMがソフトバンクも真似できないくらいの豪華キャストになってることに幸福感を覚えられる国民が果たしてどれだけいるのかなどと思うと、何とも腹立たしい。

 企業献金力に乏しい中小企業が苦しくても、たいした支援策は講じないのに、大手家電業界が苦境に立ったときは、省エネ省電力によるエコを口実にエコポイントなどという販促キャンペーンを国掛かりで打ち出してきたのは、麻生政権のときだったように思うが、誰のほうを向いて、何のために政策施策を打ち出しているのかが、あまりに露骨で呆れてしまう。それでも富裕者でもない人々に支持させるメディア操縦だけは見事というほかないのが癪に障るのだが、嫌韓嫌中ムードを煽って利用しているのもそのためのようにさえ見える。

 そんななか、僕の目を最も惹いたのは企業が他社の株式を取得した場合、その受取配当金は課税益金に参入しないでもいいという「法人間配当無視」が認められている(P61)との受取配当金益金不算入制度だ。麻生政権のときに導入されたようだが、昨今、~ホールディングスという会社がやたらと増えたのは、どうもそういうことらしい。特に最近、異常なまでの高額配当が急増しているとのことで、配当金の増大に象徴されるように、近年、日本の社会には異常な変化が進行してきて、日本の企業経営者の意識が大幅にアメリカナイズされてきているのを感じます。バブル崩壊と「失われた10年」以降は、日本企業も、短期により多くの利益を求めるアメリカ型経営への傾斜と、株主重視の傾向が急速に強まってきています。その現象として「配当性向の増大」によって株主への配当金の大幅な増額が行われる一方で、「労働分配率の減少」が進行し、非正規雇用といわれる派遣労働者や契約労働者、パート従業員などの給与水準が低下しています。偏った富の集中が進行している証拠です。(P100)とあるのを読んで、小泉内閣時代の末期に村上ファンドが「もの言う株主」として脚光を浴び、株式投資こそが経済活動の活性化だと錯覚させる風潮が広がり始めるとともに、箪笥預金を株式市場に引き出せというような合言葉のもとに、個人投資家レベルでも不労所得に属するキャピタルゲイン(P151)への優遇措置が取られたときに、個人的に大いに憤慨したことを思い出した。

 この受取配当金益金不算入制度の問題について、ネットでは二重課税を避けるために設けられた当然の措置だとか、大企業のためのものではなくて中小企業も同じように使える制度だということをもって、本書をトンデモ本のように言っている輩もいるようだ。ロジック的にはそれも誤りではないけれども、現場的“実効”に目を向ける著者からすれば、中小企業で実際に受取配当金益金不算入制度を使って課税対象額を軽減している事業者がどれだけいて、その金額がいくらなのかということからすれば、笑止千万だからこそ、“事実上”大企業のための制度だと言っているのだろう。

 そして、二重課税の問題については、本書のなかでも「二重課税のケースはまれ」との小見出しで言及していて、「受取配当金益金不算入制度」は、法人企業と株主個人の二重課税排除のために設けられた側面もありました。しかし今では、大企業の利益の多くは、個人株主に帰着していないのですから、もはやこの制度を適用する根拠は失われたに等しいのです。それにもかかわらず、依然としてこの制度が実施されているのは、大企業を優遇するばかりで、国民に負担を押し付ける結果になっています。(P100)と述べている。

 この益金不算入制度の導入趣旨がどこにあったのかを僕は知らないけれども、事業収益に係る課税後のものであっても、配当収益として別人格が収益を挙げれば、グループ企業であるか否かによらず、収益として課税を受けるのは、むしろ当然のことのように思える。例えば、ガソリン税などは、消費税との二重課税を問題にする者もいれば、ガソリン税は商品原価を構成するものであって取引税の消費税とは別物とする考え方もあって、現行の“言うなれば二重課税”が制度的帰結として設けられているにすぎない。受取配当金を益金として算入させるかさせないかは、それと同じような問題で、制度的にどう整理をつけるかということであって、どちらが正しくてどちらが誤っているという問題ではない。それゆえに著者は、現行制度において不算入とすることをもって“脱税”などと言っているのではなく、この制度によって「国民に負担を押し付ける結果」になっていると考えるから、私は、巨大企業の受取配当金は課税対象にすべきだと主張(P101)しているに過ぎない。それをもって、トンデモ本呼ばわりするほうが、遥かに税制に対する制度的理解が低いということは、税の専門家ではない僕でも容易に判ることだ。

 これらに加えて、海外関連企業との取引価格の操作によって課税所得を抑えたり、タックス・ヘイブン(税金が極めて安いか、全く税金がない、という税率の低さのほかに、金融規制の法的規制を欠いていて、強い秘密保持の法制をもつ地域や国のこと(P153))の活用などをしている経営者に対し、察するに、税金はコストだから安ければ安いほど良い、自分の企業さえ儲かれば日本経済が空洞化しても関係ない、という感覚なのでしょう。哀しいことに、これが現代の多くの大企業の経営者の本音だと思います。(P114)としつつ、そもそも企業の社会的責任とは、本来、黒字を出して、雇用とともにより多くの税金を払うことで、国家の安全保障や国民の福祉などに貢献することです。それが、社会の公器たる企業のあるべき姿です。 ところが、今の日本では、また、多額の納税を行う企業を尊敬する社会的風土も失われています。企業経営者の側も、社会的責任感が欠如しています。…要するに、国にとって稼ぎ頭である大企業がグローバル化し、無国籍化して「国に税金を払わない大企業群」となってしまい、税金が空洞化して財政赤字の元凶となっている。その穴埋めを、消費税増税という形で負担させられているのです。被害者は、大企業とは直接に関係のない一般国民のほとんどです。(P115)と論じている大正生まれの気骨ある専門家の正論に、返す言葉はあるのだろうか。

 巨大企業が、法人所得をいくら申告し、実際にはいくら納税しているかを公表する制度が復活すれば、納税状況の実態を社会に開示し、透明化することができます。そうすれば、大企業の経営者も、社会的責任について自覚するでしょう。 大企業の経営者には、今一度、国家とは何か、企業の社会的責任とは何か、ということを考え直してもらいたい(P116)として著者が提案している「申告所得金額の公示制度」(企業長者番付)の復活は、即刻やってもらいたいものだと思った。

 そして、あとがきに本書は決して大企業バッシングではありません。大企業の巨大な利益からすれば、法定正味税率で納税しても、企業の屋台骨はゆるぎもしません。大企業を優遇するあまり、国民に過重な負担がかけられるゆがんだ税制こそ、日本の将来を危うくすると私は懸念しているのです。…日本を戦争に駆り立てた原因のひとつに、国家財政のもろさや経済の脆弱さがあげられます。日本の財政や経済の弱さを補うために、他国に進出を企んだのです。…悲惨な戦争を二度と起こさないためにも、日本を内側から強くしなければならない。そうしなければ、戦争で亡くなった人たちに申し訳ない。(P188)と記している“兵隊として外地からの復員経験を有する古老”がこのままでは、国と国民を幸せにするはずの富は、大企業や大富豪に吸い上げられて、海外のタックス・ヘイブンに流出する一方です。そんな理不尽な道理が許されていいのでしょうか。…税制は政治のバックボーンであり、社会の公正さの鑑です。(P189)と訴えている言葉に感銘を受けた。

【構成】
 はじめに
 第1章 大企業は国に税金を払っていない
 第2章 企業エゴむき出しの経済界リーダーたち
 第3章 大企業はどのように法人税を少なくしているか
 第4章 日本を棄て世界で大儲けしている巨大企業
 第5章 激化する世界税金戦争
 第6章 富裕層を優遇する巨大ループホール
 第7章 消費増税は不況を招く
 第8章 崩壊した法人税制を建て直せ!
 あとがき




参照テクスト:制服向上委員会ライブ at 「まもろう平和・なくそう原発 in こうち Part 2

参照テクスト:『新・富裕層マネー 1500兆円市場争奪戦』読書感想文
by ヤマ

'14.12.14. 文春新書



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