『22年目の記憶』(나의 독재자)['14]
『DOGMAN ドッグマン』(Dogman)
監督 イ・ヘジュン
監督・脚本 リュック・ベッソン

 奇しくもシェイクスピアの引用が重要な役割を果たしている東西の作品を続けて観た。

 午前中に観たのが『22年目の記憶』で、韓国映画らしい誇張に満ちた大胆な戯画化による南北首脳会談に材を得た作品だった。'72年の南北共同声明とそれから二十二年を経た'94年における南北首脳会談にまつわる、原題は「私の独裁者」を意味するらしい映画を、何ゆえ2014年になって撮ろうとしたのか当時の韓国の状況が気になったりしたが、奇抜なエンタメ作品として、なかなかのものだったような気がした。十三年前に観た彼とわたしの漂流日記にも相通じるところがあるような気がしたから、脚本もものしているイ監督の持ち味なのだろう。

 公開当時のチラシの裏面に記載された売れない役者だった父、しかし彼には隠されたもう1つの人生があった――とのフレーズがよもや金日成なりきり人生とは思わず、大いに意表を突かれた。邦題の意味するところは、やはり幼い時分に父親のソングン(ソル・ギョング)にあげた丸メンコがキム・テシク(パク・ヘイル)に甦らせた記憶のことなのだろう。おそろしく強引な展開の作品だったけれども、妙に心に残る映画だった。二十二年前に幼い息子を失望させた無様な舞台の名誉挽回を大統領を前にして見事に果たし、孤独なリア王を脱して息子の生き方を改めさせたソングンには、きっと思い残すものはなかったことだろう。


 その日の午後に観たのが『DOGMAN ドッグマン』。ホアキン・フェニックスがジョーカーを演じたトッド・フィリップス監督作には痺れたが、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズが、孤独なドッグトレーナーにして“富の再分配者”たるダグラスを演じた本作にもすっかりやられた。五年前に観たジョーカー以上かもしれない。

 最終盤のピアフの歌う水に流して(NON,JE NE REGRETTE RIENが流れる場面には、震えの来るようなところさえあったように思う。十年前に観たチョコレートドーナツでルディ(アラン・カミング)が熱唱する♪I Shall Be Released♪の場面も素晴らしかったが、それ以上だと思った。

 心身の深い痛みを鮮やかに描出し、ダグラスのある種、突き抜けた境地を見事に造形していて恐れ入った。教会の塔の影に重なり倒れたダグラスの姿にはグラン・トリノを想起させられたりもした。

 なぜ話してくれたのと問うた精神科医イブリン(ジョージョー・T・ギッブス)に同じものを持っているからと答え、一呼吸おいて痛みと添えたダグラスが凄惨で苛烈な生のなかで味わった事々すべてに対し、体内に髄液が漏れ出ることでの自死を意味する歩行を重ねて清算を果たす心境のなかに、ピアフの歌う悔いの無さ以上に、劇中でもイブリンに語っていた…神が望めば医師にもなれた生を与えられずにきたことへの達観が窺えて何とも哀しかった。富者たち強者が作った法を司る警察権力の手に委ねるのではなく、自ら決着をつける誇り高さを支えていた“シェイクスピアを通じて得た知性”が見事なダグラスだったように思う。

 児童養護施設でのサルマ(グレース・パルマ)との出会いによって得た演技力でショーパブステージを務めていたピアフの群衆や、ディートリッヒのリリー・マルレーン、更にはマリリン・モンローの愛されたいのにのいずれにも通じる哀調がとても効いていた。

***
『水に流して(NON,JE NE REGRETTE RIEN)』
 Non,rein de rien Non,je ne regrette rien Ni le bien qu'on m'a fait Ni le mal Tout ca m'est bien egal
 Non,rien de rien Non,je ne regrette rien C'est paye,balaye,oublie Je ma fous du passe・・・


 リュック・ベッソンの作品は、『サブウェイ』『レオン』『レオン完全版』『フィフス・エレメント』『アーサーとミニモイの不思議な国』『アデル/ファラオと復活の秘薬』『マラヴィータ』『LUCY/ルーシー』『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』『グラン・ブルー完全版』と観てきているが、TV視聴の『ニキータ』も含めて、本作がベストワンだと思った。




*『DOGMAN ドッグマン』
推薦テクスト:「Filmumusik(フィルムムジーク)」より
https://filmmusik.jp/dogman/
推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
https://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/24090701/
by ヤマ

'24. 9. 3. BS松竹東急よる8銀座シネマ録画
'24. 9. 3. あたご劇場



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