『ブルーに生まれついて』(Born to Be Blue)['15]
監督・脚本 ロバート・バドロー

 写真家ブルース・ウェバーによるドキュメンタリー映画『レッツ・ゲット・ロスト』['88]を観たのはもう三十四年前のことになる。その♪レッツ・ゲット・ロスト♪の'54年バードランドでの演奏の映画撮影シーンからエンディングの作品タイトルでもある♪ボーン・トゥ・ビー・ブルー♪まで、僕が知る範囲でのチェット・ベイカーの世界が実によく表現された秀作だった。チェットを演じたイーサン・ホークの代表作に挙げていい作品だと思う。

 '66年のイタリアでの収監場面から始まる本作におけるメインは、その年に始まった映画撮影を通じて知り合った売れない女優ジェーン(カルメン・イジョゴ)が売人とのトラブルで歯と顎を折られて演奏の出来なくなった麻薬中毒ミュージシャンの彼を献身的に支えて再起に繋げていく姿だったが、最初の妻エレインそっくりの彼女がチェットの子供を宿しながら、再起を果たしても麻薬を止められなかった彼の元を去ったというのは、実話に即した展開だったのだろうか。

 手元にある公開当時のチラシの裏面に記されている'88年のアムステルダムのホテルでの謎の転落死は、本作のジェーンが実在していて去っていなければ訪れなかったことのように感じられた。ジェーンの父親からは結婚を認めてもらえなかった二人が波打ち際で重ねるキスに被さって演奏された♪虹の彼方へ♪がなかなか好く、ジェーンを見詰めながらステージで歌う♪マイ・ファニー・ヴァレンタイン♪が沁みてきた。劇中でマイルス(ケダー・ブラウン)がチェットにカネや女のために吹く奴は信用できないと言っていたが、確かにチェットは、信用に足る人物ではなかったように僕も思うけれども、劇中の音楽関係者が言っていた技術の衰えが逆に味になっているとの言葉がしっくりくるジャズメンだったように思う。

 レッツ・ゲット・ロストの意味は何だったかとの思いが湧いて調べてみたところ、「逃げ出そうぜ」というような意味らしい。なるほど、と思った。チェットの繊細で弱い気性から依存に打ち勝てない様子が、とてもよく描かれていたような気がする。そのなかにあって、ジェーンが片時も傍を離れないでいた間だけクリーン(禁断)でいられたけれども、オーディションを受けるために彼女が已む無く数日離れたニューヨークで舞い戻った形になっていた。

 自身の意志による克己を願ったジェーンや復帰を支援してきたディック(カラム・キース・レニー)が、チェット自身の意思に委ねた部分に応えられずに、強烈なプレッシャーの掛かる場で結局は麻薬に逃げたチェットという描かれ方がされていたように思う。バードランドでの再起を賭けたチェットのステージに結局は駆けつけて、そのステージ・パフォーマンスを観て、自身に処分を委ねた麻薬を彼が棄てていなかったことに気づき、バードランドを中座していくジェーンの姿が哀しかった。父親から初めて買ってもらったトランペットの部品のリングをペンダントにして婚約指輪代わりに渡され、首に掛けていたものを外して、ディックに託していた。
by ヤマ

'24. 8.30. BS松竹東急よる8銀座シネマ録画



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