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『ジョーカー』(Joker) 『アド・アストラ』(Ad Astra) | |||||
監督 トッド・フィリップス 監督 ジェームズ・グレイ | |||||
圧巻のホアキン・フェニックスが何とも凄かった。観ていてヒリヒリしてくるような感覚に見舞われ、こんなキツい人生は、ジョーカーことアーサー・フレックの台詞にあった“喜劇”でも“悲劇”でもなく、“惨劇”だと思った。誰からも求められないどころか気持ち悪がられ、からくも得ていた居場所を奪われ、己が出自の根底を覆されるアイデンティティ・クライシスに見舞われたうえに、微かな望みを託していた夢も無残に打ち砕かれて笑いものにされ、己が生と世界に向ける憎悪を爆発させていく過程が実に痛ましかった。笑わせるピエロではなく、笑われ甚振られる道化でしかない人生を逆手に取るなら、もはや最強のワイルドカードとしての切り札ジョーカーに転じるしか生き延びる道がなかった“世界は悪意に満ちている”と観る他ない彼の生は、やはり惨劇以外の何物でもないように思う。 奇しくもロバート・デ・ニーロが、笑いを司るテレビ番組のMCマレー・フランクリンの役で登場し、アーサーの思いに反して彼を全く認知していない姿を晒していたことから、誰からも正当に認知してもらえないアーサーに対して、自ずと三十五年前に観た『キング・オブ・コメディ』['82]での「ピプキンでもなく、ポプキンでもなく、パンプキンでもないパプキン」を想起した。そして、ジャック・ニコルソンが演じたときも、ヒース・レジャーが演じたときも、ジャレッド・レトが演じたときも、そのピエロメイクの下の素顔について想像すらさせなかった圧倒的なキャラクターの底に在る深淵を覗かせる本作のオープニングが、メイクのままに一筋の涙を流すアーサーの姿だったことが、観終えた後、印象深く蘇ってきた。あの涙は、どの時点のものなのか。心象なのか実相なのか。幼時の虐待暴行で受けた脳の損傷によって感情が高ぶると笑いが止まらなくなり、泣くことも出来ず、人から気持ち悪がられるという彼の負った障碍の持つ象徴性が実に強烈だった。 また、劇中に登場したチャップリンの映画のタイトルが示すまでもなく、まさに“現代”のアメリカの抱えている不満の蓄積と荒廃が、最も端的な形で浮き彫りにされているようにも感じた。そして、それがアメリカン・グローバリズムのもと、世界に蔓延しつつあるからこそ、本作がヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞を果たしたのだろうと思った。 ところで本作中、アーサーは結局、何人殺したのだろうか。人によって人数が異なりそうだが、僕は七人だと思った。明示されていた、地下鉄で遭遇したろくでなしの証券マン三人とアーサーに銃を押しつけ罠に嵌めた同僚芸人、母ペニー(フランセス・コンロイ)の五人に異論はないだろうが、加えて、最後に精神病棟で再会した利用者に全く無関心な女性カウンセラーとソフィー(ザジー・ビーツ)も、ジョーカーに転じたアーサーは殺しているような気がしたのだ。笑いで自己実現を果たせなかった彼は、殺しでそれを果たすようになったということだろう。 翌日に観た『アド・アストラ』は、組織で仕事をし、そこで“自分を利用しようとする組織の力”というものを感じたことのある者には、それに従った者であれ、抗った者であれ、どこか琴線に触れてくるものを宿しているように感じられる作品だった。折しも前夜に観た『ジョーカー』とも併せ、人は何のために存在し生きるのか、人にとっての自己実現とは何かを問いかける部分を持っている映画のように思った。 『ジョーカー』のアーサーとは対照的に、科学者にして宇宙飛行士のマクブライド父子(トミー・リー・ジョーンズ、ブラッド・ピット)には卓抜した技量と胆力があらばこそ、過酷とも思われる使命が与えられるわけだが、二人には、それを言われるままに果たそうとするには困難な強い自意識が働いていて、ある種の使いにくさを重宝と同時に“組織からの評価”として得ていそうな人物だった。 アーサーが見舞われていたほどの“世界は悪意に満ちている”との思いはなくとも、いかにも生き辛そうな生を過ごしてきた人物であることが容易に窺え、どのような結末に向かうのか、ある種の緊張感とともに観ていたから、少々拍子抜けのする顛末のようにも感じられたが、反芻しているうちに結末はこれでよかったようにも思えてきた。アーサー・フレックや、クリフォード&ロイ・マクブライド父子が抱えていた“囚われ”こそが、彼らの生を困難ならしめていたような気がしたからかもしれない。囚われから解放されたロイの表情が柔らかくなっているように感じられたのは、そういうことなのだろうと思った。 『ジョーカー』 推薦テクスト:「ケイケイの映画日記」より https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1973298174&owner_id=1095496 推薦テクスト:「お楽しみは映画 から」より http://takatonbinosu.cocolog-nifty.com/blog/2019/12/post-baba82.html | |||||
by ヤマ '19.10.16. TOHOシネマズ7 '19.10.17. TOHOシネマズ3 | |||||
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