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『私の奴隷になりなさい 第2章 ご主人様と呼ばせてください』['18] 『私の奴隷になりなさい 第3章 おまえ次第』['18] | |||||
監督:城定秀夫 | |||||
三年半前に観た『私の奴隷になりなさい』['12]の続編が配信されているのを見つけて視聴したものだ。続編は、前作から六年を経て「第2章」「第3章」ともに城定秀夫監督作になっていた。 前作の映画日誌に「原作読了時に「嗜好や趣味としてのSMではなく、B&D(ボンデージ&ディシプリン)によるDS(ドミネーション&サブミッション)というものを明確に区分して意識しているからなんだろうが、そういう強い自覚の下にある作品であることが、現実感をもたらしているのかもしれない。」と記した部分は、映画化作品でも反映されていたように思うが、“僕”のキャラクターが原作に比べてひどく凡庸になっているような気がした。」と綴った点については、むしろそれを逆手に取る形で、目黒を演じた毎熊克哉の個性に似つかわしい人の好さが凡庸とは微妙に異なる妙味を醸し出していたような気がする。 第2章の主題歌としてクレジットされていた♪渚のシンドバッド♪の「チョイとお兄さん いい気なものね」の目黒が、挙式直前の婚約者希美(百合沙)を持ちながら軟派した人妻の明乃(行平あい佳)を性的に溺れさせることで溺れていく過程をかなり原作小説に忠実に描きつつも、原作にはない「神の元での平安」と「悪魔による支配」との言葉をオープニングとエンディングに配して最後に「君による支配」と応える形になっていた。 公開当時のチラシそのままに、拘束具といっても首輪と鎖だけで緊縛するものも打擲するものも何一つ登場させない非SMを明確にしたうえで、ひたすら破廉恥を強いて羞恥心を刺激することにより、当世流行りの“異次元”の性感を引き出して惑溺させることでの“支配”を描くわけだが、支配の源泉が破廉恥の極みという特殊性にあるのだとすれば、その特殊性による支配は、破廉恥を強いられる側のみならず強いる側にも当然ながら及ぶわけで、どっちがどっちを支配・従属しているのか、支配・従属させているのは、人なのか行為なのか、己が妄想というか想像力なのか身体感覚なのか、判別できないものになるということだろう。その支配・従属の関係性のなかに明乃の夫瀬尾(三浦誠己)の指令が介在してくるので、ますます判別困難になってくるわけだ。ヴァーチャル・ツールという身体性との対照を明確に企図していたような気がする原作と比較すると、その面での減退は否めないが、却ってDSに焦点が絞られてスッキリしているように感じた。四人の男女の関係性の進化の綾が、かなり巧みに平明に描かれていて、前作よりも好かったような気がした。 そういう意味では、『花と蛇』の日誌に「そもそも鬼六的SMというのは、肉体的には苦痛以上に快感を引き出すことで心理的にいたぶることを主眼とした嫌らしさが身上だという気がする。多大なる心理的苦痛と幾ばくかの肉体的苦痛を圧倒する肉体的快楽によって翻弄し、被虐の炎を炙り立てる筋立てなのだから、肉体的苦痛を与えて苦しむ様に性的興奮を覚えるサディズムや肉体的苦痛そのものを性的快感とするマゾヒズムとは本質的に異なる。だから、スパンキングや鞭打ちといった責めはほとんど出てこない。そういう意味では似非SMで、団鬼六自身もそう語っているらしい。」と綴っていることに通じている気がした。本作に現れるスパンキングの緩さ加減は、それが痛みを与えることよりも破廉恥を演出するものとして施されていることを明らかにしていたように思う。そのうえで鬼六的SM世界に特徴的な淫靡、敗北感と屈辱感、嫉妬と羨望といったキーワードが尽く排除され、羞恥と快感に絞り込まれていることが目を惹いた。 その第2章のラストシーンから始まる第3章は、配役も含めて紛れもない続編ながら、原作小説がそうだったように、SM世界からもDS世界からも中途半端な、実に表層的で凡庸な作品になっていたように思う。恋愛関係というものが相互に特別さを求める関係なれば、とりわけ特殊に思える心身の昂揚をもたらしてくれる行為と関係がうまく嵌れば、格別の効用をもたらすことは想像に難くないが、あまりに“特殊性”に寄り掛かった関係というものは、特殊性が鮮度を失えば忽ち倦怠に至る脆さを抱えていることから、常に特殊性の更新による鮮度維持に追われてエスカレートしていくか、パートナーを替えていくしかなくなるわけで、そのとおりの運びになっていたような気がする。 よく使うタクシーの運転手から羨まれるようなハーレム三昧に目黒(毎熊克哉)が些か食傷している様子が、さもありなんという態で妙に可笑しかった。繭子(杉山未央)に出会って「君次第だ」と言いつつ蘇らせることができたように感じたものも束の間のものとなり、明乃を目黒に宛がった瀬尾の真似をしてみたり、序盤で半端M男にキツいプレイを施し「おまえ次第だ」と言い放っていた真奈美女王様(福山理子)に頼んでマゾプレイを体験し、涙してみたりした挙句に、件の運転手からの「お客様次第です」との台詞でエンドロールへ流れていっていた。 手元にある公開当時の両作合併チラシにあった、明乃を演じた行平あい佳が「ロマンポルノ界の聖子ちゃんとして人気を博した寺島まゆみの実娘」という記載に驚くとともに、併せて記されていた「柳下毅一郎氏の2016年ベストテン第1位にも選ばれた」との城定作品『悦楽交差点』を観てみたいと思った。 | |||||
by ヤマ '23. 3.12,15. GYAO!配信動画 | |||||
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