『太陽がいっぱい』(Plein Soleil)['60]
『生きる歓び』(Che Gioia Vivere)['60]
監督 ルネ・クレマン

 定例合評会の課題作として、若き日のアラン・ドロン主演、ルネ・クレマン監督の同年製作映画の二本を観た。

 再見作の『太陽がいっぱい』は、四十五年前の学生時分に早稲田松竹でカサブランカとの二本立てで観て以来となるわけだが、オープニングからサインの場面で始まっていたのかと感心した。悪友の金持ドラ息子フィリップ・グリーンリーフ(モーリス・ロネ)の偽サインを練習するトム・リプレー(アラン・ドロン)の姿は、本作で最も印象深い場面だったのだが、僕の記憶のなかでは、閉め切った部屋のなかで汗を浮かせて繰り返し繰り返し“リプレー”していた気がするのに、思惑はずれの短さで拍子抜けしてしまった。

 また、殺めたトム以上に、殺されたフィリップのほうがろくでなしだったような覚えがあったけれども、今回観てみると、二人ともどっこいどっこいの似た者同士だと思った。悪気もなくしゃあしゃあとしている感じが、若気の至りというか幼稚さとして映ってきたような気がする。最後も海中から引き上げられる遺体のショットで終えたように思っていたが、しっかり刑事が逮捕しに来ていて驚いた。

 人生とは思惑はずれの連続だというのは人の世の真理で、行き掛りとも運命とも宿命とも言う外ない運びに流されていきながらも、その流れを己がものとして生きられる力を以て処世力と言うのだろう。元々殺意など抱いていなかったはずのトムが、報酬の五千ドルが不意になる思惑はずれから、どんどん逸れて行きながら何とかしようと懸命になっているさまが、滑稽なまでに哀れだったが、その是非を問うているわけではないところが重要だという気がする。


 初めて観た『生きる歓び』は、ファシストとアナキストとテロリストが蠢く1921年のローマを舞台に、ノンポリ青年ユリス・チェッコナート(アラン・ドロン)が、最初に独立を果たした地フランカコンテアに由来する名だというフランカ・フォッサーティ(バルバラ・ラス)を見初めて、政治抗争に翻弄されるコメディなのだが、何とも緩慢散漫な運びに倦んでしまった。もっと面白い映画に仕立てられる題材だと思うのだけれど、あまりうまく設えが活かされず、恋愛劇に傾いて按配が悪くなっていた気がする。

 ただペイネ 愛の世界旅行を観たときに、イタリア映画は昔から上映時間に関わらずインターバルのある作品多いようですと教わりながら、90分足らずの作品では僕自身はインターバルのない作品のほうにしか出会ったことがないとしたことから言えば、本作は90分足らずではないけれども、120分を切りながら第一部・第二部と表示される作品であったことが目を惹いた。

 合評会でカップリング・テーマを問われ、「人生は思惑はずれの連続」という二作だった気がすると応えたように、トムもユリスも当初の思惑からどんどん外れていく思惑はずれに翻弄されながら、懸命に何とかしようと奮闘していたように思う。そのようにして臨むのが人生というもので、さればこそ、その奮闘が犯罪であれ、政治活動であれ、恋愛であれ、是非を問うても詮無いことだという人間観が作り手にあるような気がした。結末は、両作において正反対だったけれども、ようやく安堵を手に入れて太陽がいっぱいだと呟き、陽の光を浴びながら寛いだところで足元を掬われることになるトム・リプレーの思惑はずれのほうに断然、味わい深いものがあったように思う。合評会でも『生きる歓び』に対しては支持不支持が分かれたが、『太陽がいっぱい』が秀作であることに異議を唱える者は、一人もいなかった。

 合評会では本作における同性愛の部分についても話題になった。僕は、あまりその要素を感じておらず、ローマでフィリップが軟派した女性のイアリングを使って、トムがフィリップとマルジュ(マリー・ラフォレ)の仲を裂こうとしたことについても、性愛的側面ではなく、フィリップに対する影響力においてマルジュに取って代わられることを恐れてのものだと感じている。自分が追われることを恐れるならば、自分がフィリップに成り代わることによって自分のポジションを追われずに済むばかりか、彼の手中にあるカネもマルジュも共に手に入れられるようになると覚悟しての犯行だったように思っている。ラストでトムが「太陽がいっぱい」だと言った太陽とは、カネだけではなく、フィリップの遺産を継いだマルジュを手中にできたと思ったことから洩らしたものだという気がするからだ。鏡の前でフィリップの服や靴に身を包んでマルジュへの愛の言葉を口にしていたトムの胸中にあったのが、フィリップのポジションへの成り代わりとともに、マルジュへの自身の想いであればこそ、選ばれた台詞だったように思う。
by ヤマ

'23. 3.14. DVD観賞



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