『ジョニーは戦場へ行った』(Johnny Got His Gun)['71]
『離愁』(Le train)['73]
監督・原作・脚本 ダルトン・トランボ
監督 ピエール・グラニエ=ドフェール

 戦時の記録映像をタイトルバックにして始まる『ジョニーは戦場へ行った』は、劇場公開時に観て強い衝撃を受けた後、大学時分にTV放映を視聴して以来の再見だ。いま観直すと、少々まどろっこしい運びやら、キリストと呼ばれる男(ドナルド・サザーランド)の存在及び父親(ジェイソン・ロバーツ)の釣竿の持つ意味合いなどに持って回った感じを受けたりしなくもないが、初見時には「人が人として存在し得る条件とは何か」といったことについて、鋭く迫っていることに強い感銘を受けた覚えがある。

 劇中に現れる太陽を見つけたぞ!MERRY CHRISTMAS!にも心打たれるが、何といっても最後の十分間が素晴らしい。社会的に葬られる死のほうが肉体的な死以上の深い絶望を与えることを訴えていて、ジョー(ティモシー・ボトムズ)の姿に、初見当時には知らずにいたトランボの被った赤狩りによる無念の程を観る思いが湧いた。六年前に観たトランボ ハリウッドに最も嫌われた男['15]の後だから、尚更にそう思ったのかもしれない。

 邦題の「戦場へ行った」は、第一次世界大戦への出征前に掛け替えのない一夜を過ごした恋人のカリーン(キャシー・フィールズ)が繰り返し言っていた戦争に行かないでに由来するものだろうが、原題の「銃をとった」よりも優れているような気がする。もっとも「ジョニーよ銃をとれ(Johnny,get your gun)」というのは、アメリカでの志願兵募集のキャッチフレーズだったとの聞き覚えがあるので、原題としては、それに呼応させたものとして、これでいいのだろう。その名に関連して思い出した『アニーよ銃をとれ』(Annie Get Your Gun)['50]を観てみたくなった。それはそうと、ジョーの胸に涙を零す心優しい看護婦を演じたダイアン・ヴァーシは、その後、どのような作品に出演しているのだろう。


 第一次世界大戦の『ジョニーは戦場へ行った』に対して、第二次世界大戦中の話になる『離愁』もまた、記録映像と思しき戦闘場面がふんだんに使われている作品だった。

 物静かなラジオ修理工のマロワイユ(ジャン=ルイ・トランティニャン)が見掛けとは違って物怖じしない果敢な男であるのは、いきがった口髭男が瓶を割って喧嘩腰になっても怯むことがなかったり、ナチスの侵攻から逃れる特別列車が通行止めに遭った際の振る舞いからも予め提示されていたことではあるが、三年後となるラストシーンの1943年冬の再会場面での、ナチスに捕らわれたユダヤ人女性アンナ・クプフェル(ロミーシュナイダー)との対面によって、しらを切ったまま去り難くて歩み寄って頬を撫でてしまうというのは、さすがに子供もいるのにどうかという気がした。それよりは、断腸の思いで立ち去ったものの、疚しさに深く傷つく姿のほうが僕好みの結末であるように思われた。

 生活の場を捨てて一家でスダンからの逃避行を企てた列車のなかで、家族と離れ離れになり、ドイツ軍の機銃掃射を受けて同乗者の何人もが死んでいくというような非日常の状況での振る舞いと、ナチスの存在と物資窮乏以外は元の生活に戻ったと独白していた日常での選択は、自ずと異なってきて然るべきものだと思ったわけだ。列車の旅のなかで私だけじゃない、皆変わったとか戦争とは妙なものだなどとマロワイユが言っていたのも、そういうことだったような気がする。そして、アンナに偽りのマロワイユ夫人の身分証を作ることを促した際には、まだ妻子との再会は果たせておらず、その生死も行方も不明の状態だったように思う。

 だが、反芻しているうちに、ラストでの違和感に対しては、また別な思念も生じてきた。偽りの身分証を見せられてしらを切った段階でいったん解放する素振りを見せながら、呼び止めてアンナと対面させて反応を窺い、写真のときと変わらないなと評していた取調官の手の込んだ探りに対して、ただの警察ではないゲシュタポを察知して、既に逃れようがなくなっていることにマロワイユが気づいたのだろうと思い直した。されば、ここで家に帰れば、却って確実に家族を巻き込むことになるから、もし家族をゲシュタポの手から守れる可能性があるとするならば、家族に対しても秘密裡にアンナと結託していたことを示すほかないと考えて、手にしかけたドアノブから踵を返して、ただアンナに歩み寄るだけではなく、個人的な親密関係を露わにする頬撫でをすることにしたような気がしてきた。

 三年前のドイツ軍侵攻時にはナチスのユダヤ人迫害もまだ知らなかった技術職人のマロワイユも1943年冬にはナチスの存在と物資窮乏以外は元の生活と独白する程にナチスの存在が焼き付いているのだから、三年前の列車通行止めに際して見せた機転からすれば、もしそういう判断がなければ、マロワイユほどの男が頬撫でなどするわけがないと観るほうが自然だと思った。せっかく自分を観ても眉一つ動かさず無関係を装ってくれている彼女に対して、自分のほうから関係がある素振りを見せることによって彼女を救出できる見込みでもあれば話は別だが、そのようなことがあるわけもない。

 そして、そのようなマロワイユの振る舞いに対して、アンナが込み上げる激情を露にしたのは、自分のレジスタンス活動が彼を巻き込んでしまったことに対して何らの咎め立てもせず、変わらぬ親愛を示してくれたことへの申し訳なさと感謝と喜びがないまぜになった万感の思いが湧いてきたからに違いない。

 合評会では、この最後の場面のマロワイユの行動をどう観たか、メンバーの意見を聞いてみたいと思った。また、1940年の初夏頃と思しき特別列車のなかで、口髭男の夜這いに応えていたジュリーがウインクを送ってくるような振る舞いに出て、アンナのほうからマロワイユを誘ったことに、ナチスの取調官が指摘していたような思惑が密かにあったと観るか否かについても、併せて訊いてみたいと思った。

 ロミー・シュナイダーは、その出演作をあまり観ているわけでもないが、公開時に観たっきりの『追想』['75]が印象深い。本作では三十路半ばだが、四十路半ばのときのサン・スーシの女['82]も併せて再見してみたい気になってきた。


 僕を含めた四人による合評会では、唯一の女性参加者から、列車でのアンナとマロワイユの振る舞いに対する異議申し立てが先ずなされる形で口火が切られたことがなかなか愉快で、ちょうどいいとラストについての見解を尋ねてみると、これまた全否定だったのが面白かった。残りの男三人は、戦時下にあっても飛び切りの非常時ともいうべき逃避行列車の車中という非日常の極みのなかで、ロミーから誘われて為す術なく陥落するのは、是非もなき必然との意見で一致。車両は違っていても同じ列車に乗っていて、それはないとの返答に、あの時点では、既に車両の切り離しがされていたとの指摘があったのだが、このやりとりによって、映画の運びの芸の細かさに改めて気づかせてもらえた。

 ラストシーンに関しては、その前段のモノローグが重要で妻との関係が冷えてしまっていることがあっての特別な女性との再会だから、その思いの丈が露わになることへの違和感はなく、むしろ互いの想いの強さに心打たれる名場面だと思うとの意見が示された。メロドラマ的高揚の極みとして感受して違和感がないというものだ。そこで、僕の反芻意見を伝えると、三人とも揃って成程と了解してくれた。

 列車での情事におけるアンナの思惑については、三人ともがそのような思惑はなかったと思うとのことだったが、これについては、僕はナチスの取調官の指摘どおりだったのではないかと思っている。でないと、いくら隣で始めたからといって些か唐突に感じつつ非日常なればこそとの了解をしていたのだが、取調官の指摘により成程と合点のいった部分だったからだ。結局は彼をレジスタンス活動に引き込むことがアンナは出来なかったわけだが、それは、利用目的で接近したものが本気になってしまい、妻子との再会を見届けたうえで、家族の元に返そうと決意したからで、それには、偽りのマロワイユ夫人の身分証を市役所に発行してもらえる書類を彼が与えてくれて、ユダヤ人の自分にアンナ・マロワイユの名を与えてくれたことが契機になっている気がした。そのように解するほうが、アンナの恋情を思ううえで、味わいの深みが増すように思う。

 すると参加メンバーから、マロワイユが秘密警察に召喚された時点での、彼のレジスタンス活動への関与について問われた。彼のモノローグからも関知していない感じがあったし、もし、関与していたのなら、一旦帰宅を断念することによって家族を守る可能性に一縷の望みを託す以上に、秘密警察の捜査状況について自分が目撃してきたことを組織に伝える活動者としての使命が生じるはずだから、あのラストであれば、彼のレジスタンス活動への関与はなかったと解するのが相当だろうと僕は思っている。

 また、『ジョニーは戦場へ行った』については、ダルトン・トランボによる原作小説が、戦後の赤狩り以前の1939年のものだと教えてもらったことが興味深い。それなら、見世物としてこの姿を人々の前に出してもらえないのなら、いっそのこと殺してくれと訴えるジョーの場面とそれに応えて看護師が呼吸を確保するゴム管をクリップで閉じる場面は、原作小説にはなかったのではないかという気がした。その看護婦が、他の看護婦にはなくジョーに寄り添って世話をしていた姿に、彼女が若くして出征した夫を戦争で亡くしているのではないかと思ったという意見があって、成程と大いに得心がいった。




*『離愁』
推薦テクスト:「ケイケイの映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20230811
推薦テクスト:「やっぱり映画がえいがねぇ!」より
https://www.facebook.com/groups/826339410798977/posts/5914508981981969/
推薦テクスト:「やっぱり映画がえいがねぇ!」より
https://www.facebook.com/groups/826339410798977/posts/5946990785400455/
by ヤマ

'23. 8. 6. DVD観賞
'23. 8. 7. スターチャンネル2録画



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