『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』(Trumbo)
監督 ジェイ・ローチ

 僕がトランボの名を知ったのは、高校時分に観た『ジョニーは戦場に行った』['71]で、当時は確かドルトン・トランボと記憶した覚えがある。彼の死後にリメイクされたオールウェイズ['89]は、スピルバーグ監督作品の中でも異色作として非常に気に入っている作品だ。そのトランボがハリウッド・テンの中心メンバーとしてレッド・パージされたことは知っていたが、どのようにして復権を果たしたかは知らずにきたので、非常に興味深く観た。

 作り手は、偽名を止めてトランボの名でクレジットされる形で業界復帰した作品『スパルタカス』['60]の主人公にダルトン・トランボを重ねていたのだろう。劇中でダルトンの妻クレオ(ダイアン・レイン)が「乗り切った…」と嗚咽を漏らす場面や、エンドロールの直前に流れた、当時のものと思しき記録映像のなかでの「出所したとき三歳だった娘が十三歳になるまで、父親が何をしているのか秘密にしなければならなかったが、ようやく名前を取り戻すことができた」との彼の言葉が心に染みた。タランティーノのジャンゴ 繋がれざる者が名前を手に入れた男の話なら、本作は、名前を奪われた男の話だと思った。忖度やKYなどが社交の常識とされ、同調圧力が恰も組織マネジメントの眼目となってきた現代日本の状況を想起しないリベラリストはいないと思われる見事な作品だ。

 映画は好きでも、映画史などにそう明るいわけではなく、ハリウッドを席巻した赤狩りのことやトランボのことは知っていても、『黒い牡牛』['56]も観ていないし、ヘッダ・ポッターのことも知らなかった。ヘレン・ミレンの好演もあって強い印象を残しているが、こういう嫌味で増長したしつこい扇動者がおかしな力を持つようになる姿を目の当たりにしながら、ついつい櫻井よしこ女史のことを想起せずにはいられなかった。まるで今の日本の状況を見越して設えられた構成のようにすら感じた。ある意味、普遍性のあることなのだろう。

 だから、偽名でB級映画の脚本を書き続けるトランボ(ブライアン・クランストン)を目の敵にしているヘッダが、彼を雇い続けるプロデューサーのフランク・キング(ジョン・グッドマン)の元に、彼女とタッグを組んでハリウッドでの赤狩りに邁進しているMGMの大物プロデューサーのルイス・B・メイヤー(リチャード・ポートナウ)を送り込み、ロナルド・レーガンが代表を務めていた「全米映画俳優組合」やジョン・ウェイン率いる「アメリカの理想を守るための映画同盟」を使って起こすストライキで映画製作ができないようにされたくなければ、トランボを切れとか、彼を偽名で使っているキング兄弟の実名を新聞に書いて観客が来ないようにすると言って脅すも、うちはそんな上等な俳優など使えないし、うちの映画を観に来てくれる客は、新聞など読まないから好きなように書けとフランクがバットを振り回して叩き出す場面が痛快だった。

 その後、'60年に『スパルタカス』でトランボが公式に業界復帰した際には、非米活動委員会をバックに映画業界の御大となっていたヘッダが興行界に圧力をかけるも、時の大統領ケネディから水を差されていたが、非米活動委員会による全米での個人調査は、'76年にトランボが没する前の年まで続けられていたようだ。

 そのような政治状況下にあって、フランクが政治的立場からの正義感でトランボを擁護しているのではなく、思い上がったヘッダたちの横暴が頭に来たから、追い返しているという感じがなかなか良く、グッドマンは、いい配役だと思った。また、ダルトンが映画脚本家ギルドの功労賞【ローレル賞】受賞スピーチ['70]で、家族を繋ぎ止めてくれたと感謝していた妻を演じたダイアン・レインがとても素敵だった。




推薦テクスト:「ケイケイの映画通信」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1954346546&owner_id=1095496
by ヤマ

'17. 7. 1. 美術館ホール



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