『The Son/息子』(The Son)
監督・脚本・原作・製作 フロリアン・ゼレール

 数日前に観たラブレス['17]と同じく、裕福な家庭に生まれながらも生き場所の得られないことに苦しむ息子の物語を観ながら、十二歳のアレクセイと違って、息子の養育を押し付け合う養育責任放棄とは正反対の臨み方を親がし、既に十七歳になってはいても、己が出自の根源たる両親の離婚というものが、かほどに子供の心を傷つけ痛めつけるのかと、その描出に恐れ入った。子供を自死によって失った親が見舞われる喪失感やその後の欠落感と、両親の離婚によって子供が見舞われるそれとの、どちらのダメージが大きいのかなどという比較は、そのいずれをも経験しないで孫六人を得るに至っている僕には想像もつかないが、どちらにもきっと凄まじいものがあることだろう。

 本作のニコラス(ゼン・マクグラス)とちょうど同じ年の高二の時分に友人たちと楽しんでいた酒盛りの場で、いつになく悪酔いをしていたO君が「両親が離婚しそうだ」と零しながら泣き出したことがあったのを思い出した。彼もまた、ニコラスと似たような繊細で心優しいタイプだった。

 ニコラスの父ピーター(ヒュー・ジャックマン)は、『ラブレス』の父親ボリスとは違って、既に離婚も済ませて別家庭をベス(ヴァネッサ・カービー)と築いていたが、ベスの臨月時における状況がどうだったかは判らない。時系列的には、ボリスと大差ないような気がしなくもなかったけれども、前妻ケイト(ローラ・ダーン)との関係が、ボリスほどに拗れ切ってはいないようだった。それでも、突然ケイトが家に訪ねてきたときの様子には、現妻ベスの手前もあってか迷惑千万な構えが如実に出ていて、離婚時には相当な修羅場を経ている感じが窺えた。

 悪意や憎しみを以て臨んでいる人物が誰一人いないのに、決定的な悲劇に見舞われるのが家庭崩壊の恐ろしさだと改めて思う。ピーターがあれだけ嫌った父親(アンソニー・ホプキンス)と同じことを自分の息子に対して言っている自分が情けないというようなことを洩らしていたときに滲ませていた敗北感が、敏腕弁護士として政治家から選対チームへの参加を求められる社会的成功を果たしている姿とのコントラストを鮮やかに浮かび上がらせていたように思う。

 だが、まさにピーターのその言葉が如実に示していたように、結局のところニコラスが見舞われていた不調の真因が両親の離婚にあるとは、ピーターもケイトもベスも気づいてはいない様相だったところに、家庭崩壊問題の難しさが窺えるように感じた。僕はニコラスの心身の不調は、父親からのプレッシャーよりも両親の離婚のほうが大きいように受け取っている。ピーターが悔恨を露わにしていた部分は、離婚による家庭崩壊に至ってなければ、ニコラスは乗り越えられたような気がしてならなかった。だが、ピーターにはそうはできない事情がベスとの間に生じていたということなのだろう。

 そういう意味では、是非もない人の生のままならなさに思えて仕方がなかった。人によって意見は異なるだろうが、僕は、ピーターとケイトが医師の助言に従わずにニコラスを退院させたことやピーターの父親が猟銃を息子に贈っていたことを咎めても仕方がないのと同じようなことだという受け止めをしている。

 前作ファーザーと同じアンソニー・ホプキンスがピーターの父親役だったことも目を惹いたが、『ファーザー』にはピーターの存在がなく、前作ではロンドンに住んでいた父親が本作ではワシントンDCだったのだから、直接的な繋がりはないとしたものだろう。だが、アンソニー・ホプキンスの存在感は圧倒的で、前作でのアンソニーの往年は、本作でのピーターの回顧や久しぶりに父親を訪ねて行った際の息子ピーターへの対応さながらであったに違いないと思わせるところがあったような気がする。
by ヤマ

'23. 4. 1. TOHOシネマズ2



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

<<< インデックスへ戻る >>>