『ラブレス』(Nelyubov)['17]
監督 アンドレイ・ズビャギンツェフ

 オープニングに映し出された雪山の樹々と川の光景以上に、寒々とした冷気に包まれた作品だったような気がする。離婚を目前にした両親のいがみ合いを目の当りにするだけでも12歳の息子アレクセイ(マトヴェイ・ノヴィコフ)にとってはキツイことなのに、自分の養育を両親が押し付け合っている罵り合いを聴いてしまった姿がドア陰から現れたときの、グシャグシャになった表情が何とも強烈だった。これを受けて彼は失踪してしまうのだが、以後、彼は二度と姿を現さない。凄いインパクトだった。

 そして、息子の行方不明に慌てふためきながらも、子供の身を心配する想いの狭間に、ひっきりなしに見え隠れする、夫婦間での鬩ぎ合いやら自己都合の優先ぶりが実に生々しく圧巻だった。なかでも刑事(セルゲイ・ボリソフ)による事情聴取の場面での所作、立ち位置、言葉、いずれにもボリス(アレクセイ・ロズィン)&ジェーニャ(マリアナ・スピヴァク)夫妻の拗れ具合が見事に映し出されていて、その迫真性に恐れ入った。

 ボリス、ジェーニャそれぞれ既に恋人がいたわけだが、本作が生々しい迫真性を印象づけるうえでは、そのベッドシーンの生々しさと睦まじさが与えている効果も大きく、ジェーニャの恋人アントン(アンドリス・ケイス)との場面もさることながら、ボリスとマーシャ(マリーナ・ヴァシリヴァ)の場面に驚いた。臨月間近の全裸の妊婦との交接を映し出した作品というのは初めて観たように思う。

 ボリスは、マーシャに対して離婚済だと偽っている様子で、とりわけ凄まじかったジェーニャの悪態には、それも影響していたようだが、それにしても、何がここまでと思わせるような激しさがあったような気がする。だがそれも、夫妻の唯一の親族となるらしいジェーニャの母親(ナタリア・ポタポヴァ)との“この母にしてこの娘”という外ない悪態ぶりを観て了解するとともに、つくづく本作は「Loveless」だと思った。

 また、この近親憎悪の根深さを描き出した後に、一足飛びして三年後を映し出し、現ゼレンスキー政権以前のポロシェンコ政権時代における東ウクライナ紛争を内戦として伝えるロシアのテレビ報道を映し出していたことに驚いた。2014年のクリミア併合後の東ウクライナでの紛争へのロシアの関与の有無については様々な見解のあるところだが、少なくとも2022年にはロシアによる侵攻が始まっている。僕には、ボリスとジェーニャの凄まじい夫婦喧嘩が両国の戦争と被って映ってくるようなところがあり、行方不明になったままのアレクセイが、両国の戦争の犠牲になっているウクライナの民のように思えて仕方がなかった。

 公開当時のチラシには、カンヌ国際映画祭の審査員賞受賞ほか数々の受賞やノミネートが記されていたが、さもありなんと思える出色の映画だった。大したものだ。十八年前に観た父、帰る['03]は、観た年度のマイベストテンの第2位にも選出している。こうなると、観逃している『裁かれるは善人のみ』['14]を観たい思いが改めて募ってきた。




推薦テクスト:「ケイケイの映画日記」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20180415
by ヤマ

'23. 3.30. GYAO!配信動画



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

<<< インデックスへ戻る >>>