『やがて海へと届く』
監督 中川龍太郎

 今を時めくドライブ・マイ・カーあのこは貴族を合わせたような主題とテイストの映画だと思ったが、その3作品のなかでは、僕は本作が最も好きだ。オープニングのアニメーションで、♪赤い靴、履~いてた、男の子~♪かと思っていたら、まるで違っていたけれども、涼やかな少年性を湛えた謎めいた女学生すみれを浜辺美波が好演していたように思う。でも、最も印象深かったのは、真奈を演じた岸井ゆきのの流した涙だった。

 すみれの残したビデオカメラに収まっていた真奈の部屋から引越していく日が2007年だったことに意表を突かれ、十五年も前の時代設定にしたのは何故だろうかと思ったら、2011年の東日本大震災が重要な意味を持っている作品で、納得した。あまり考えたことがなかったけれども、旅行中に被災して行方不明のままになっている人たちもいて当然だと改めて思った。

 真奈が消去せずにケータイに残していたすみれの留守録が09年、10年、11年2月だったから、09年には大学を卒業し、すみれと一年余り同棲していた時分に希望していた京都の家具メーカーではなく、高級レストランを運営する企業に東京で就職したのだろう。既にフロアチーフになっていた真奈が、すみれと同棲していた遠野(杉野遥亮)から、彼女のカメラを託され、謎の死を遂げた店長楢原(光石研)の喪失も相俟って傷心のまま、好漢シェフ国木田(中崎敏)と陸前高田を訪ねていたのは、いつだったのだろう。

 東京に出てみたいけれども迷っていると真奈に言っていた女子高校生が童歌を教わったという祖母を喪くした津波からは、まだ十年もは経っていない時期のようだったから、現時点よりも少し前になる気がする。

 「コタニ」と呼ばれていた真奈の職場でのネームプレートの「コ」の部分が「小」ではなく画数が多くて判読できずにいたら、想外の「湖」だった。オープニングのアニメーションでも繰り返されていた「深く、深く…」と呼応し、真奈の心の湖底に沈んだままのすみれへの想いが偲ばれた。

 ドローン撮影によると思しき俯瞰からのダイナミックな墜落の後の飛翔で、水平線を見渡す海の光景が序盤で映し出されていたが、終盤で同じカメラコントロールで朝日が昇る前の光を水平線に捉えていた心象からは、夜明けは近いのだろう。大学の新歓コンパの席で悪酔いしたと思しき真奈を気遣ってトイレに追い、自分の青いシュシュで真奈の髪留めをして「噛まないでよ」と添えて、背をさすりながら躊躇いなく真奈の喉に指を挿し込んでいたすみれの姿ひとつで、そのキャラクターを鮮やかに伝えていて感心した序盤の場面でも、人物の動きに沿って細かくフォーカス調整がされていたように、なかなか撮影が鮮やかで美しく、雄弁な作品だったような気がする。被災地に設えられた津波防潮堤の威容ともども、畏れ入った。
by ヤマ

'22. 4. 9. TOHOシネマズ1



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