『フィールド・オブ・ドリームス』(Field Of Dreams)['89]
監督 フィル・アルデン・ロビンソン

 公開当時に観て以来の三十一年ぶりの再見だ。当時三十二歳だったから本作で三十六歳だと語っていた1952年生まれのレイ・キンセラ(ケヴィン・コスナー)よりも四歳若かったわけだが、今から思えば似たような年頃だったこともあり、脱現実と言うか、日常性に埋没せずに自身の存在証明に挑む彼のエネルギーを眩しく観た覚えがある。劇中のテレビに映っていた“2mの大兎ハーヴェイが見えていたダウド”さながらに、現実主義に埋没している人間には見えないものがきちんと見えたレイのようでありたいものだと思ったような気がする。

 だが、還暦も過ぎた今観直してみると、観賞した時点で似たような年頃ではあっても、'52年生まれのレイと '58年生まれの僕では、政治の季節と呼ばれる '60年代後半を十代後半で過ごしたか、十歳前後で過ごしたかの違いの大きさを感じる部分のほうが強かった。学生運動を共にしたと思しきアニー(エイミー・マディガン)と '74年に二十二歳で結婚したレイと、知り合って一年も満たない二歳足らず年下の女性と '82年に二十四歳で結婚した僕では、'70年代の過ごし方がまるで違うという気がした。

 そして、レイを駆り立てた「造れば彼がやってくる」というお告げの“彼”の真打は、亡き父の憧れだったシューレス・ジョー(レイ・リオッタ)ではなくて、レイの父親ジョン(ドワイヤー・ブラウン)であったことが明らかになるキャッチボールの場面においては、息子のほうよりもむしろ父親の側の気分で観てしまうようになっていた気がする。

 '70年代以降沈黙して十七年も休筆していた小説家テレンス・マンを演じたジェームズ・アール・ジョーンズが、クセのある存在感で異彩を放っていたのだが、この比較的近しい観覚えは、と思い返していたら、五カ月前に再見したボクサー['71]だった。あの“常に不敵の笑みを浮かべて、高笑いとともに突っ張っていた誇り高き黒人チャンピオンのジャック・ジェファーソン”さながらのテレンス・マンだったように思う。

 彼がトウモロコシ畑に招待され、消えて行ったということは、劇中に示されていたニクソン大統領が再選されゴッド・ファーザーが大ヒットした '72年に亡くなっていたアーチボルド・グレアム(バート・ランカスター)同様に、'88年にお迎えが来たということだろうから、十七年ぶりの新作発表とはならなかったに違いない。もっとも、レイが造ったグランドには戻って来ることができるのだから、キンセラ一家を通じて発表することができなくはないという気もするし、グレアムはシューレス・ジョーと違ってグランドから踏み出てレイの娘カリンの命を救うことができたわけだから、テレンス・マンもグランドから出られないわけではないかもしれない。

 かなり都合よく“本能的に集まって来る”などと言われていた車列のヘッドライトが延々と連なっていたラストカットを観ながら、このショットを引用していた映画を後に観た覚えがあるものの、そのタイトルを思い出せないで少々モヤモヤしていたのだが、『ペイ・フォワード 可能の王国』['00]だったことに思い当たった。
by ヤマ

'21. 9.25. BSプレミアム録画



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