『ワイルド・ワイルド・ウエスト』(Wild Wild West)['99]
『昼下りの決斗』(Ride the High Country)['62]
監督 バリー・ソネンフェルド
監督 サム・ペキンパー

 西部劇の最盛期からすると半世紀近くを経た新世紀目前の時期の作品と、西部劇の最盛期を過ぎアメリカ映画の総体がニューシネマの時代を迎えつつある時期の作品を続けて観た。

 先に観た『ワイルド・ワイルド・ウエスト』は、ここまでくると、いくら『荒野の七人』勇気ある追跡のエルマー・バーンスタインを音楽に配しようとも、もはや異色「西部劇」の領域を超えていて、失笑が拭えない。奴隷解放後の1869年のパラレルワールドとも言うべきアメリカ西部で繰り広げられるSFウエスタンを観ながら、その卓抜したデザイン力とくだらなさのくどさに呆れていた。そして、いかにもソネンフェルド作品らしい馬鹿々々しさと稚気のなかに、大統領から直接命じられた大量破壊兵器探しという使命を負ったエージェントの話という、本作製作当時のひどく危うげな国際情勢を新世紀の 9.11に先駆けて取り込んでいることに感心した。

 オープニングのジム・ウエスト(ウィル・スミス)の入浴場面には、ジム・クロウチの歌が印象深く使われていた後年のジャンゴ 繋がれざる者['12]を思い起こしたが、ウエストとゴードン(ケヴィン・クライン)の凸凹コンビは、当然ながら、ジャンゴとシュルツのようには格好よくなかった。

 アホな映画だなぁと思いつつ、こういう作品があればこそ、映画表現の幅や自由度が保たれるわけで、その存在価値は侮れないと思ったりもした。いろいろあるからこそ、自分なりに感じ取れる優劣好悪の起伏も生まれるわけで、しょうがねぇなぁという作品が無くなってしまうと、映画観賞の面白みは大きく損なわれるような気がする。真っ当なもののより良さを際立たせてくれる効用もあるとしたものだ。


 十日ほど経って観た『昼下りの決斗』は、スタンダード西部劇の代表的な顔の一つとも言うべきランドルフ・スコット&ジョエル・マクリーを配して、後にニューシネマの代表的な作り手の一人ともなるサム・ペキンパーが監督を務めた作品だった。

 作中にも言葉として現れる“自尊心”を素材とした物語だから、僕の好みであるし、加えて、老眼鏡なくしては契約書の文字も読めない老ガンマン、スティーヴ・ジャッド(ジョエル・マクリー)と、彼が連邦保安官時代に相棒だった今やイカサマ興行師に落ちぶれているギル・ウェストラム(ランドルフ・スコット)の物語となれば、還暦も過ぎた西部劇好きの僕にとっては、まさにお誂え向きの映画のはずなのだけれども、こうまで響いてこなかったことに驚いた。

 やはり若輩ヘックを振り回していたバカ娘エルザ(マリエット・ハートレイ)と、その父ジョシュア(R・G・アームストロング)、そして肝心のハモンド兄弟たちの人物造形が、揃いも揃って皆ヘンというか、釈然としないキャラクターの人々だったからかもしれない。金塊を巡る騒動が起こるはずなのに、金じゃなくてエルザ争奪のガン・ファイトとは恐れ入ってしまった。

by ヤマ

'21. 1.23. BSプレミアム録画
'21. 2. 2. BSプレミアム録画



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