『最低。』['17]
監督 瀬々敬久

 Netflix配信動画の無料体験の契機が全裸監督だったからか、お薦め番組にAV女優の世界を描いた作品が数々挙がってきたなかの一作だ。原作者の紗倉まなの出演作は一本も観たことがないし、原作も読んでいないが、『最低。』とのタイトルに反して「上等。」の作品だった。是非もない“人の生の哀しみ”とりわけ女性の生の哀しみが宿っていて、なかなか味のある映画だと思った。

 学校でAV俳優の両親の元に生まれたと噂を立てられる十七歳の本間あやこ(山田愛奈)がキャンバスに走らせている絵筆の場面から始まった本作が、ベクシンスキーを引用することで提起していたタナトゥスのイメージがなかなか効いていたが、原作小説にもこれはあったのだろうか。

 病院でもはや昏睡状態になっている死期の迫った老父をAVデビュー作に出演中に亡くしてダメージを受けていた三十四歳の橋口美穂(森口彩乃)について、手元にあるチラシには「果てしなく続くかのような日常に耐えきれず、新しい世界の扉を開く平凡な主婦。」と記されていたが、スカウトではなく自ら応募したと思しき彼女のAV出演動機には彼女の望む子どもをもうける気のない夫(忍成修吾)への腹いせのようなものがあるように感じた。姉の美沙(江口のりこ)から「自分と違ってちゃんとしているから、喪主は美穂がやって」と言われて図らずも傷口に塩を塗られていた美穂が哀れだった。

 ベッドを共にしていた男からAV出演を持ちかけられて軽いノリで応じて人気女優になっていたと思しき二十代半ばの綾乃(佐々木心音)には「やっと居場所を見つけ、現実の世界に自身をつなぎとめようと多忙な生活を送るAV女優。」との記載が添えられていた。「奔放な母親に振り回されつつも、絵を描いている時だけ自由になれる女子高生。」となっていたあやこの母孝子(高岡早紀)が四十代で、ちょうど各世代の女性が揃っていたわけだ。

 綾乃は、いわゆる親バレして田舎の北海道から母親(渡辺真起子)が大学生の妹さやかを連れて上京してきたことに閉口して撮影現場に逃げ込んでいたが、「戻るなんて出来るわけないでしょ」と激しく言い争った母の残していった置手紙を読んで、夜行バス乗り場に後を追い、涙して抱きついていた姿が心に残った。

 その綾乃が言う“出来ない帰郷”をするしかなくなり空蝉のような生を過ごしているのが孝子だったわけだが、AVに出演した過去によって傷んでいるというよりも、美穂の望んだ我が子は成しつつも、美穂の得ていた結婚生活を望むべくもない形での暮らしに疲れ果てていた感が強かったように思う。台詞には出てこなかった「こんなはずではなかった私の人生」に苛まれている感じを高岡早紀がよく体現していたことが効いていて、終盤のあたかも海街 diary['15]のような展開が切なかった。

 その若いあやこに今後どのような人生が待っているかは想像すべくもないのだけれども、綾乃にはオカルト雑誌の編集者、日比野(森岡龍)との関わりへの臨み方に転機が訪れていたように映るエンディングだった気がする。そこに生を鼓舞する何かが宿っているように感じられたところが気に入った。ラストショットの「日比野さん、あたしね…」の後に続く言葉は、何だったのだろう。



推薦テクスト:「一日の王」より
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推薦テクスト:「ADB」より
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by ヤマ

'19.10. 5. Netflix配信動画


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