『クロエ』(Chloe)['09]
監督 アトム・エゴヤン

 気になる監督ながら、もう何年も観ていなかったアトム・エゴヤンの作品の観賞機会をネットの動画配信サービスで得た。'00年の『フェリシアの旅』以来だから、もう二十年近くになるわけだ。十年も前の作品だったが、思いのほか面白かった。最後の髪飾りは、少々取って付けたような感があってあざとい気がしたけれども、オリジナルの恍惚['03]をうまく逆手に取った仕掛けに感心した。

 オリジナル作品で印象深かった予期せぬ形で生じてくるカトリーヌ(ファニー・アルダン)とマルレーヌ(エマニュエル・ベアール)の奇妙な友情と連帯が、本作ではキャサリン(ジュリアン・ムーア)とクロエ(アマンダ・セイフライド)の同性愛に転じていて、オリジナル作品で、歳の頃合いも境遇もそれぞれに離れた女三人のなかに共通している“女であることの哀しみと連帯”を浮かび上がらせた重要な役回りのカトリーヌの実母(ジュディット・マーレ)に替えて、キャサリンの息子マイケル(マックス・シエリオット)を登場させつつ、重要な位置を占めていた“ピアノ”の部分だけはきちんと踏襲していた。

 オリジナル作品の持ち味からするとテイストは逆方向にあって、罠と言うか試しに掛けたはずの自身が見事に罠に嵌まってどうにもならなくなるキャサリンを描いた本作は、半ばホラー的な運びを見せるわけだが、よく考えてみれば、冒頭の夫デビッド(リーアム・ニーソン)の誕生日のサプライズパーティの件からしても、産婦人科医としての患者への接し方にしても、ある種、独り善がりなキャサリンが自ら招いた災難だったような気がする。そして、その独り善がりは、オリジナル作品のカトリーヌとも相通じるものだったような気がする。

 キャサリンが疑心暗鬼に駆られる元になったと思しきセックスレスは、元々彼女の側から仕向けたことで、夫をベッドから遠ざけたのも加齢を重ねた身体を観せたくないとの思いからだったようだし、クロエから「何でもお金で解決できると思っているのね」と指摘されるような振る舞い方にしても、息子への臨み方にしても、何かにつけ一方的で、そのくせ自分は真摯に取り組んでいると思っているからタチが悪い。一見したところ、いかにもクロエに脅かされたキャサリンという形になっているけれども、周囲の身近な人たちの心を逆撫でていたのは常にキャサリンのほうだったような気がする。

 こういうことは、実は珍しくもなく、とても卑近なことなのではなかろうか。一見、非常に特異な設定のように見せながら、実にありふれた愚を描いているところが面白く、ビジュアル的にも充実していたことが嬉しかった。クロエを演じたアマンダは、実に謎めいていて、エマニュエル・ベアールよりも妖しく魅力的だったような気がする。
by ヤマ

'19.10. 4. Netflix配信動画



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