『たちあがる女』(Woman At War)
監督 ベネディクト・エルリングソン

 クレジットされた英題からすれば「たたかう女」だろうが、邦題は「たちあがる女」。僕が観て思ったのは「たちむかう女」だった。リアリズム的な具象画か、もしくはファンタジックな空想画しか観ることのないハリウッド映画ないしは製作委員会方式による日本映画ばかり観ていると面食らうような象徴的イメージによって物語られる“映画ならではの作品”で、大いに刺激的だった。

 オープニングから、“たちあがる女”と思しき女性のロビンフッドのような送電テロで意表を衝かれ、草原を駆け出す姿の傍らにブラス・ドラム・オルガンによるトリオ演奏が現れて、なんだかクストリッツァ作品のようだなとワクワクしてきた。世界を席巻しているグローバル資本主義に立ち向かう抗議者ハットラ(ハルドラ・ゲイルハルズドッティル)のタフでブレのない人物造形がとても興味深く、登場する国名がアイスランドとウクライナと中国という組み合わせなのがまた意表を衝くとともに、そのふたつで見事に現代という時代と世界に横たわっている問題を切り取り、シャープに捉えていることに感心させられた。

 双子の姉アウサ(ハルドラ・ゲイルハルズドッティルの二役)との関係が面白く、地球規模で展開している効率至上の強欲資本主義が蔑ろにしている“精神世界”と“環境問題”を双子の姉妹によって表象していたのだろう。なぜウクライナなのかは、直ちにピンと来るものが浮かばなかったが、器楽のトリオ演奏と対になって現れる、ウクライナの民族衣装と思しき姿でのトリオ合唱は、画柄的に申し分なかったような気がする。

 助けを求めて訪れたハットラに「そういうことなら、自分とは“いとこもどき”だ」と告げる、羊飼いと思しき男気溢れたスヴェインビヨルンの人物造形が痛快で、ハットラに協力する彼は、脚本・監督を担ったベネディクト・エルリングソンの立ち位置だったのだろう。官僚側にもハットラ支持者を置いてあるところがミソで、実際のところ、少々特異な経済立国を果たしているらしいアイスランドでは、国の在り方について数々の異論を抱えているのではなかろうか。そう言えば、ウクライナ、中国のほかにも、ハットラ捜索に関連してアメリカの名前も出てきていたのだった。

 僕がこれまでに観て来たアイスランド映画は、フリドリクソン監督の『春にして君を想う』['91]や『コールド・フィーバー』['95]にしても、ダーグル・カウリ監督の氷の国のノイ['03]や好きにならずにいられない['15]にしても、どこか不思議な感じや奇妙さがテイストとしてあったように思うが、本作には加えて強い社会性が感じられて、なおさら興味深く観た。観逃している前作『馬々と人間たち』も、ぜひ観てみたいものだ。
by ヤマ

'19.11.24. あたご劇場



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