平成30年度優秀映画鑑賞推進事業Qプログラム

『煙突の見える場所』['53] 監督 五所平之助
『この広い空のどこかに』['54] 監督 小林正樹
『裸の島』['60] 監督 新藤兼人
『名もなく貧しく美しく』['61] 監督 松山善三

 あたご劇場での平成30年度優秀映画鑑賞推進事業Qプログラムは、平日五日間の上映会だったので、午後から休みを取って、八年前に観た名もなく貧しく美しくを除く三作品を観て来た。
 
 午後イチで観たのは『裸の島』で、さすがに初見のときほどの衝撃はないものの、台詞をいっさい剥ぎ取ったアグレッシヴな映像の語るドラマの力に改めて感心した。舟を漕いで海を渡り桶に水を汲んで天秤棒で運び込んでこないと斜面に開墾した畑に作物は育たないのが“裸の島”なのだ。そのような過酷な生活を黙々と営む家族の姿に深い象徴性が宿っていて圧巻の作品だと思う。生きるということや人間、労働というものの根幹がそこにあるように感じるのだが、今どきの人たちが観ると、他方で垣間見せる“テレビもある世界との隔たり”に、違和感ばかりが残るのではないかという気もした。
 それにしても、乙羽信子は過酷な水運びのどこまでを実演していたのだろう。かなりの部分が吹き替えに見えたものの、平地ではきちんとやっていたように思う。たいしたものだ。最初に観たのはいつだったのか、手元の記録を辿ってみたが、豈図らんや、記録が残っていなかった。
 
 続いて観た『この広い空のどこかに』と『煙突の見える場所』は、ともに高度成長期に入る少し前の戦後復興後期の日本人の生活を描いていて実に興味深かった。この時代、まだまだ貧しいながらも日本人の心根の良さが慎ましく描かれていて美しかった。前者の泰子(高峰秀子)の負っていた障碍や後者の弘子(田中絹代)の重婚戸籍などに、戦災の影が色濃く差していて物語における重要なモチーフになっている。
 泰子の弟のぼる(石浜 朗)の見せる屈託のない明るさは、おそらく足に障碍を負う前には、姉の泰子にも弟以上に備わっていたものだったような気がしてならなかった。また、泰子の弾く琴を聴いて母しげ(浦部粂子)が言った「音(ね)の冴え」という言葉遣いが耳に残った。嫁取りをした家の親が花嫁花婿を連れて近所を巡り回るのが婚礼の挨拶だったのは、一体いつ頃までのことだったのだろう。酒や醤油の量り売りなども含め、家族や夫婦の関係を描いて、既に失われた風俗画としての観応えが詰まっている作品だったように思う。
 
 最後に観た『煙突の見える場所』では、オープニングのナレーションで示される“四本にも三本にも、二本にも一本にも見える「お化け煙突」”の一本とはどういうものだろうと思っていた部分を最後にきちんと見せてくれたことに満足した。四本の煙突とは、一つ屋根の下に住む緒方夫妻(上原謙・田中絹代)と間借り人の東仙子(高峰秀子)と久保健三(芥川比呂志)のことなのだろうが、『この広い空のどこかに』ともども、家族とは血縁ではなく、一つ屋根の下で喜怒哀楽の交錯を重ね合う関係によって構築されるものだという家族観が窺えるような気がした。そこには、家制度を廃した戦後民主主義の理念が投影されていたように思う。

 そして『この広い空のどこかに』で、知り合いの子供の急病に電話でカネを貸してほしいと泣きつかれた妻(久我美子)の求めに応じて、戻ってこないことを承知のうえで五千円(のぼるの無心していた三千円や妻を喜ばせるために買った服が二千五百円だったことからすると、今の五万円くらいだろうか)を見舞金として出していた良一(佐田啓二)の姿や、『煙突の見える場所』での見知らぬ赤ん坊を押しつけられたことによって生まれる状況を観るだに、当時の庶民の道徳感情として最も恥ずべきものは“薄情”というもので、最も重んじられたものが“人情”だったような気がした。

 少なくとも、責任であれ正当性であれ、すぐさま“法的”などという薄情な言葉が人の口に上ったりはしなかった時代であることが、奇しくも重婚の犯罪性についての言及によって浮き彫りにされているところに感慨を覚えた。また、最後の場面で仙子と健三の間で交わされる浮気心について“信じること”の頼りと心許なさというのは、原作者が椎名麟三であることを思うと、信仰の問題にも繋がるものなのかもしれないという気がしたが、物語的にはシリアス感はなく、むしろユーモアとして演出されていて、少なくとも婚姻に係る“法的”などという言葉が出てくる幕はなさそうなところが、今の時代とはまるで違っているように感じた。日本型資本主義と市場主義の衝突』を読んで綴った拙文に記した“今だけカネだけ自分だけの鬱苦(うつく)しい国”に成り果てようとしているような今の日本が失っているものが確かに描かれていたような気がする。



*『この広い空のどこかに』
推薦テクスト:「やっぱり映画がえいがねぇ!」より
https://www.facebook.com/groups/826339410798977/posts/5337895852976621/
by ヤマ

'18. 7. 5. あたご劇場



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