『カピウ(kapiw)とアパッポ(apappo)~アイヌの姉妹の物語~』
監督 佐藤隆之

 上映後のステージトークで監督が、二十年余り携わってきた業界を十年前に去ってドキュメンタリーによる映画づくりを始めたけれども、この作品は、アイヌの姉妹を描きながらアイヌ問題への踏み込みのないドキュメンタリー映画とは言えない映画だというふうに言われると話していた。ステージトークの開口一番、「アイヌの文化や風習、アイヌ問題といったことに関心があって観に来てくださった方、どのくらいおいでますか?」と挙手を求めていたのは、そういうことだったのかと思った。

 十五年前に県立美術館がエースジャパンと共に企画した空想のシネマテーク”の第1回:「ドキュメンタリーとアバンギャルド」で、講師の西嶋憲生が教えてくれたドキュメンタリーという言葉は、…ジョン・グリアスンが1926年にフラハティの『モアナ』に対して使った造語だとの説明があり、当時、このジャンルは「現実のアクチュアリティをクリエイティヴにドラマ化する映画」のことを意味していたとの話を思い出し、まさに佐藤監督が現実のアクチュアリティをクリエイティヴにドラマ化する映画として本作を撮ろうとしていたのだと、妙に感慨深かった。

 たまたま監督と酒席を囲む場に誘われたこともあって、そのあたりの話をすると、ドキュメンタリーという今や映画のジャンル用語にもなっている言葉の由来を監督自身は知らなかったそうで、何だか嬉しい話だと喜んでいた。

 映画のタイトルになっている「カピウとアパッポ」というのは、アイヌ語で「カモメと花[福寿草]」を意味し、床絵美・郷右近富貴子姉妹のニックネームで「姉さんはカモメだから阿寒を出て行っちゃったのかしらねぇ」というようなことを阿寒に生まれ育ち今も阿寒に住む妹の富貴子さんが言っていたが、そう言いながらも、結婚相手の郷右近さんをインドで見つけて来たらしい富貴子さんのほうにむしろ飛翔イメージがあるような気がした。

 それぞれ別に、母親から受け継いだアイヌの歌やムックリを人々に伝えるパフォーマンス活動に従事しながらも、在所を異にしていたためにデュエットを組むことはなかったものが、3.11.原発事故を契機に阿寒で過ごすことになり、デュオライブを行うことになっていったようだ。地域のサブカル・リーダーというふうな紹介のされ方をしていた郷右近さんが重要な役割を担っていたのではないかという気がしたが、映画の焦点は専ら姉妹とその歌に向けられていて、そのあたりの事情はよく分からなかったものの、いかにも地域のレジェンドをまとっていそうなジャズ喫茶「ジス・イズ」を観ながら、過日の高知のアルテックの閉店を思ったりしつつ、雰囲気的にはむしろジャズ喫茶「木馬」を偲ばせる店舗の佇まいに、そのような気がした。

 アイヌ民族によるアイヌの歌について語る【和人】海沼武史やアイヌの秋辺日出男、弟子シゲ子の言葉がよく利いていたように思う。それにしても、撮影:床みどりとクレジットされていた姉妹の幼時や娘時代の8mm画像に驚いた。よもや本作のような映画化を予測してのものだったとは思えないものの、よくぞ撮られ、残されていたものだと思う。床家の佇まいからは少々意外に思えるような運命的な遺物のように感じた。本作は、監督の意図を越えたところで作られるべくして作られた映画なのかもしれない。

 
by ヤマ

'17. 3. 4. 喫茶メフィストフェレス2Fホール



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